ミッション18—2 ライアン・マウンテン基地襲撃作戦 I

 ファルはF150Eの狭い後席に収まっていた。

 目の前には4枚のパネルと、いくつかの計器類、そしてヘルメットをかぶったクーノの後頭部。

 

 首を少し上に動かせば、白い雲が浮かぶ青空が、キャノピー越しに一望できる。

 首を左右に動かせば、ロック山脈の山々がめまぐるしく過ぎ去っていく。

 地上を見下ろせば、樹木の一本一本を確認できるほどに近い地上が見渡せた。


 クーノが操縦しファルが後席に座る機体を先頭にした4機編隊――アウル隊。

 ラムダが操縦しティニーが後席に座る機体を先頭にした4機編隊――ファルケン隊。

 合計8機のF150Eが、現在ロック山脈の谷を低空飛行中である。


「所定の位置を通過したよォ。無線封鎖解除ォ」


《無線封鎖解除です!》


 封鎖が解除された途端、無線機にラムダの元気いっぱいな声が響いた。

 ファルは鼓膜の損傷を心配しながら、窓の外に視線を向け、後方を飛ぶラムダの戦闘機を睨みつける。


 ラムダの乗った戦闘機のコックピットでは、ラムダがファルに向かって手を振っていた。

 お気楽な奴である。

 能天気なラムダを見ていると、彼女に対する不満も露と消えてしまった。


 小さくため息をつくファル。

 少しして、無線機から低い声が聞こえてくる。


《こちら扶桑。聞こえてるか?》


「聞こえてるよォ、代表ゥ」


《その辺りは敵の監視下だ。レーダーぶっ壊す前に谷から出てフラフラ飛んでりゃ、対空ミサイルの餌食になる。注意しやがれ》


「はいはいィ」


 大洋上空で待機中の扶桑から、ファルたちへの再度の注意喚起。

 クーノは聞き飽きたとばかりの口調でレイヴンの注意をあしらった。

 そして彼女は、ニタニタとしながらファルに話しかける。


「ファルさん、大丈夫ゥ? 戦闘機に乗るのォ、はじめてなんでしょォ?」


「普通に飛んでる限り、特に問題はない。ただ、戦闘機動とかやられると、酔うかもしれないな」


「ええェ~困るゥ。これだからァ、素人は乗せたくなかったんだよォ」


「なんだその言い方。言っとくが、俺がいなきゃコピーパイロットNPCは細かい命令を聞かないんだぞ」


「クーノの戦闘機動に耐えないとォ、ファルさんは死んじゃうんだよォ」


「そ……そうかもしれないが……それを言うなら、互いに協力するしかないだろ」


「そだねェ」


 戦闘機初体験のファルとしては、クーノを信じるしかない。

 幸い、クーノがどれだけ優秀なパイロットであるかは知っている。

 一方で、クーノの奇怪な性格もよく知っているため、ファルの不安が尽きることはなかった。


 しかし、不安がっている場合ではないのだ。

 クーノは隊長機として、ファルに指示を下す。


「作戦開始時刻だよォ。ファルさん、パイロットNPCへの命令ィ、お願いねェ」


「はいよ」


 コピーNPCは、なぜか細かい指示はファルの口からでないと従わない。

 より正確に言うと、細かい指示をされても、いちいちファルからの許可を得ようとするのだ。

 ゆえに、細かい指示は最初からファルがするのが効率が良い。


 ファルは無線機を手に取り、アウル隊とファルケン隊のパイロットたちに呼びかけた。


「これからライアン・マウンテン基地のレーダー網を突破する。ファルケン隊は谷から出ないように」


《了解です! アフターバーナー吹かして、最高速を試しながら、おとなしく待ってます!》


「ティニー、ラムダを止めろ」


《分かってる》


「で、アウル隊はこれからレーダー網の破壊だ。敵レーダーの位置は、事前にある程度まで絞り込んでる。俺たちは対レーダーミサイルを撃つだけ。だけど、ミサイルを撃つには少しの間、谷の外に出ないといけない。撃墜されないように気をつけろ」


《ラジャー》


《ウィルコ》


《アファーマティブ》

 

 なぜか多種多様な受け答えをするコピーパイロットNPCたち。

 とはいえ、全員が命令を理解しているのは確実。

 ファルは言葉を続けた。


「よし、じゃあ俺の合図で谷を出ろ。谷を出たら、ロックオン次第対レーダーミサイル発射。発射後すぐに谷に戻るんだ」


 レイヴンに言われた通り、谷の外はメリア軍の空。

 敵のレーダー網に入った時点で、対空ミサイルが群がってくるだろう。

 

 それでも、敵のレーダー網を潰すには谷から出なければならない。

 ファルは緊張を隠せず、手に汗握る。

 手に汗握りながら、カウントを開始した。


「攻撃まで5、4、3、2、1、今だ!」


 ファルの合図とともに、アウル隊の4機は機首を持ち上げる。

 機体が谷よりも高い高度に達すると、コックピットに警報が鳴り響いた。

 今まさに、アウル隊は敵の対空ミサイルに狙われているのである。


 加えて、ここはゲーム世界だ。

 無線からは、味方だけでなく敵の声も入り込んでくる。


《レーダーが4機の国籍不明機を捉えた。おそらく戦闘機だ》


《八洲空軍の襲撃でしょうか?》


《分からん。だが、敵はたった4機だ。こちらの迎撃ミサイルで、すぐにでも片付く》


 ライアン・マウンテン基地の兵士NPCたちは、ファルたちの襲撃に恐怖は感じていない。

 あと数分もすれば戦闘は終わるとタカをくくっている。

 実際に、対空ミサイルがこちらに向かってくる現状、恐怖しているのはファルの方だ。


 だが、ここで恐怖し攻撃のタイミングを逸すれば、それこそ死ぬだけ。

 ファルは警報の中から、ロックオンの合図が聞こえてくるのを待つ。


 対空ミサイルが迫り、警報は徐々に断続的なものから連続的なものに変化。

 ファルの鼓動も早まるその時であった。

 甲高い音が、ファルに対レーダーミサイルのロックオンを知らせる。


「ミサイル発射!」


 トリガーを引いたと同時、F150Eの翼にぶら下がっていた対レーダーミサイルの推進装置が起動。

 コックピットに座るファルの脇を飛び抜け、地平線の彼方に向かっていった。


 続けて2発目の対レーダーミサイルを発射した直後だ。

 クーノはフレアをばら撒き、F150Eを180度ロールさせ、操縦桿を引いた。

 明るく輝くフレアを放出させながら、F150Eは谷へと入り込んでいく。


 谷へと戻り、地上スレスレで機体を水平飛行に戻すクーノ。

 突然の激しい動きに吐き気を催すファル。

 谷の外を見上げれば、そこには未だ、2発の対レーダーミサイルを放ち谷に戻ろうとするアウル隊の3機がいた。

 

 直後、3機のうちの2機が対空ミサイルに撃ち落とされ、炎と黒煙を引き破片を散らばせながら地面へと落ちていく。

 残りの1機は辛うじて谷へと戻れたようだが、アウル隊はこれで半壊だ。


「おいおい、いきなり2機墜とされたぞ。大丈夫なのか?」


「心配ないよォ。死んだのはNPCだしィ、対レーダーミサイルはァ、全部発射できたしねェ。それよりィ、吐き気は大丈夫ゥ?」


「なんとかな。ただ、激しい動きするなら、次は事前に知らせてくれ」


「事前に知らせるなんてェ、無理だよォ。頑張って耐えてねェ。クーノもォ、ファルさんのゲロに耐えるからァ」


「俺が吐き出す前提なんだな」


 敵対空ミサイルへの恐怖から解放され、警報も鳴りを潜め、ファルは安心感を取り戻し、クーノとの会話に興じる。

 だが、作戦はまだはじまったばかりだ。


《対レーダーミサイルの着弾を確認。レーダー網の一部破壊に成功したぜ。よくやった》


 レイヴンから寄せられた報告。

 時を同じくして、メリア軍兵士NPCの焦りが漏れ聞こえてくる。


《レーダー6基が破壊されました! 北西方面のレーダー網、機能していません!》


《なんだと!? 相手はたった数機だろ!? 対応を急げ!》


《基地の付近に第112戦術戦闘飛行隊がいます。救援を要請しますか?》


《当たり前だ!》


 断片的とはいえ、敵の無線を聞いている限り、ライアン・マウンテン基地は空軍に救援を要請したらしい。

 その情報はレイヴンたちも掴んでいたようだ。

 レイヴンとともに扶桑に乗るヤサカがファルたちに言う。


《メリア軍の戦闘機8機が、ライアン・マウンテン基地の救援に向かったみたいだよ》


「8機!? そんなにか!?」


「たったの8機かァ。余裕だねェ」


「おいクーノ、本気で言ってるのか? こっちは6機、しかも対地攻撃用の武装なんだぞ」


《武装の心配はないよ。ティニーがいるからね》


「そうそうゥ、ヤサちゃんの言う通りィ」


「だけど――」


「クーノを信じなさいなァ」


 根拠不明の自信に溢れたクーノ。

 コックピットに座る限り、ファルはクーノを信じるしかない。

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