ミッション18—3 ライアン・マウンテン基地襲撃作戦 II

 敵のレーダー網は一部破壊した。

 アウル隊とフェルケン隊は、もう谷に隠れている必要はない。


 メリア空軍の戦闘機が到着するまで、もうしばらくは時間があるだろう。

 この間に6機の戦闘機は谷を出て、ライアン・マウンテン基地攻撃の準備を進める。


「敵の戦闘機はァ、クーノが撃ち落とすよォ。そのためにはァ、対空戦闘用の武装に変えないとねェ。ティニーさん、兵装転換をお願いするよォ」

 

《任せて》


 当然のように交わされるクーノとティニーの会話。

 一方でファルは、首をかしげた。


「ちょっと待て。質問があるんだか」


「どうかしたのォ?」


「空を飛んでる状態で、どうやって兵装転換するんだ?」


 いくら武器道具出し放題のティニーがいたとしても、空飛ぶ戦闘機にミサイルを取り付けることなどできるのか。

 できるとして、その方法はどのようなものなのか。

 そんなファルの質問に答えたのは、ティニーであった。


《5メートル以内なら、補正がかかる》


「補正? もしかして、5メートル以内まで近づけば、ティニーが出したミサイルが自動的に戦闘機に取り付けられるってことか?」


《そう》


「つまり、お前らの戦闘機と俺らの戦闘機が、5メートル以内まで近づくってことか?」


《うん》


「何それ怖い」


 まるでアクロバット飛行だ。

 反射的に恐怖を感じるファル。

 なぜ戦闘がはじまる前に、戦闘以外の恐怖を味わわなければならないのだろう。


 ファルの恐怖心にクーノも気づいたのだろう。

 彼女はファルに対し、いつもの軽い口調で言った。


「大丈夫だよォ。超近距離での編隊飛行なんてェ、そんなに難しくないからァ」


「いや、俺はクーノのことは信じてる。問題はラムダだ」


「ああァ、そういうことかァ。それに関してはァ――」


「それに関しては?」


「…………」


「おい! なんか言えよ! 恐怖心が増すだろ!」


《クーノさんの機体がすぐ近くまで来るんですね! 楽しみです! せっかくなら、1メートルぐらいの距離まで近づきたいです!》


「やめろ! 俺はまだ死ねないんだ!」 


 結局、ファルの恐怖心がなくなることはなかった。

 あとはもう、ラムダがおかしなことをしないよう祈るだけである。


 ともかく、敵の射程圏内に入る前に、兵装転換を終わらせなければならない。

 クーノとラムダの機体以外は、しばらく待機だ。

 

 兵装転換のため、クーノは機体に搭載していた爆弾を全て放棄。

 落とされた8つの爆弾は地面を無意味に耕すだけ。

 これでクーノとファルが乗るF150Eは、機関砲以外の武装はしていない状態だ。


「ラムさん、機体をそっちに寄せるよォ。ラムさんはァ、速度と高度、針路を一定に保ったままァ、絶対に動かないでねェ」


《動いちゃダメなんですか!?》


「ダメだよォ。だけどォ、空飛ぶ戦闘機を間近でェ、じっくり見られるよォ」


《おお! 最高です! 早く! 早くこっちに来てください!》


 クーノの言葉に喜び、鼻息を荒くするラムダ。

 だが、この方がファルは安心できた。

 乗り物をじっくりと眺めている時のラムダほど静かなラムダはいないからだ。


 ラムダの暴走を抑えると、クーノは繊細な操縦桿さばきで、自分の乗る機体をラムダの機体に寄せていく。

 機体と機体が近づくにつれ、こちらを食い入るように見つめているラムダの表情が確認できるようになった。


 ついにはラムダたちの乗るF150Eのビス止めが見えるほど、2機の距離は近づいた。

 確実に、2機の距離は5メートルを切っている。


 ここで、クーノはさらに機体を動かす。

 翼をラムダたちの機体のコックピット上に重ねるように、機体を移動させたのだ。

 時速700キロで飛ぶ機体同士を、わずか5メートルの距離で重ねたのである。


《すごいです! 翼がすぐそこにあります! 手が届きそうです!》


「準備完了だよォ。ティニーさん、お願いねェ」


《霊力、発動》


 前席で目を輝かせるラムダを横目に、ティニーは無表情のままメニュー画面を開く。

 そして、クーノとファルが乗るF150Eの左翼パイロンに片腕を伸ばし、メニュー画面の対空ミサイルの箇所をタッチした。

 タッチしたと同時、左翼パイロンに対空ミサイルが装着される。


「あ、本当にミサイルが装着された。ティニーのチートに、こんな使い方があったんだな」


 パイロンに対空ミサイルが取り付けられるのを眺めながら、驚くファル。

 チートも便利に使えるものである。


 だがそれ以上に驚くのは、クーノの操縦の腕前だ。

 クーノはミサイルが取り付けられるたび、少しずつ機体を左に滑らせ、ティニーが確実にミサイルを装着できるようにしている。

 それを当たり前のようにやってのけるクーノは、イミリアでどれだけの時間を戦闘機の操縦に使ってきたのだろうか。


 兵装転換作業が続く中、ラムダは呑気に喋りっぱなしであった。


《こんなに近くに戦闘機……! なんだか、昔見た映画を思い出します! 旅客機がハイジャックされる映画! あの時、旅客機のすぐ近くまで戦闘機が近づいてくるんです! あのシーンよりも迫力満点です! 最後の墜落シーンの迫力も超えられますかね?!》


「そんな迫力は超えなくて良い! なんか、別の話題はないのか!?」


《それじゃあ……昔見たSF映画を思い出します! 2機の宇宙船が宇宙ステーションにドッキングしなきゃいけないんですけど、1機が宇宙ステーションに接触して墜落、その影響で――》


「映画以外の話題で頼む!」


《映画以外のお話ですか?! だったら、とあるパイロットのお話なんかどうです?! そのパイロットさん、最初はお医者さんを目指していたんですけど、大学の医学部の試験で落ちちゃって――》


「なんで落ちる話ばっかりなんだよ!?」


 クーノへの信頼から忘れていた恐怖心を、ラムダに呼び起こされるファル。

 ラムダの無意識ほど恐ろしいものはない。


 とはいえ、ラムダはクーノに言われた通り、戦闘機の速度と高度、針路を一定に保ったままだ。

 おかげで兵装転換はスムーズに進み、気づけばクーノの機体は完全な対空兵装となっていた。


《兵装転換、終わった》


「ありがとうゥ。良いねェ良いねェ。空中給油ならぬ空中兵装転換、便利だねェ」


 喜ぶクーノはゆっくりと、そして急激に機体をラムダの機体から遠ざけ、アウル隊との編隊飛行に戻った。

 戦闘準備は完了したのである。

 次はいよいよ、ライアン・マウンテン基地への攻撃だ。


 準備完了をレイヴンたちに知らせるため、クーノは無線に話しかける。


「こちらアウル隊ィ、準備はできたよォ」


《ほお、想像してたよりも早いじゃねえか。よし、じゃあこっちも超高速移動の準備だ。お前ら、扶桑到着予定地点に近づくんじゃねえぞ》


「了解ィ了解ィ」


 レイヴンとの会話を終えたクーノは、アウル隊とファルケン隊への指示を下す。

 ただし、指示を口にするのはファルだ。


「アウル隊、ファルケン隊、高度を9000フィートで維持。方角は1・3・7だ。扶桑が到着次第、ライアン・マウンテン基地の攻撃に移れ」


《了解です! 基地への攻撃、楽しみですね!》


《派手な爆発、期待してる》


「間違って地面とキスなんかするなよ」


《大丈夫です! わたしのファーストキス、地面なんかに譲りません!》


 相変わらずのおかしなテンションを爆発させるラムダとティニー。

 だが、攻撃には丁度良いテンションだ。

 

 ファル――クーノの指示を受けて、6機のF150Eは9000フィートまで高度を上げる。

 9000フィートは約2740メートル。

 ロック山脈上空では、地面からそれほど離れた高度ではない。


 ライアン・マウンテン基地までの距離は、すでに100キロを切っている。

 基地への攻撃も秒読み状態だ。

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