ミッション17—3 プリズンブレイク

 両脇に看守NPC。

 腕には手錠。

 正面には4重の鉄柵。


「入れ」

 

 そう言う看守NPCに肩を押され、鉄柵の向こう側に押し込められたのは、オレンジ色の囚人服に身を包んだヤサカ――。


「お前もかあぁぁ!!」


「OH MY GOD」


 ヤサカまでベルカーム刑務所の牢獄にやってきてしまったことに、ファルとホーネットは天を仰いだ。

 自分たちは神に見放され、カミに呪われたのではないかと、本気で思う。

 

「Cプランも失敗か……俺たちはこの刑務所で、道徳観を破壊され、理性を失った獣として生きていくことに……」


「あの男ども全員をボコして、刑務所のてっぺん取ろうかな……」


「ファルくん? ホーネット? あの――」


「俺の貞操もここで終わり……17年間守ってきた童貞の地位が……」


「てっぺん取ったら、プリズン・ギャングとして君臨してみるのも悪くないかも……」


「2人とも! そんな暗い未来に備えなくても大丈夫だよ!」


 絶望しきったファルとホーネットの2人に対し、必死で何かを訴えようとするヤサカ。

 だが彼女は、その先の言葉を口にさせてくれない。

 今度はティニーとラムダが、嬉しそうな表情をしてヤサカに駆け寄ってきたのだ。


「ヤーサです! ヤーサが来てくれました! 待ってましたよ!」


「囚人服、似合ってる」


「囚人服が似合ってる? それって褒められてるのかな……。というか、今はそんなことよりも――」


 無理やりにでもティニーとラムダの話を遮り、ヤサカは重要なことを伝えようと口を開く。

 しかし口を開いたと同時、女囚人がファルを誘いに来てしまった。


「今日こそ、お姉さんと遊ばない? そろそろお姉さんのアソコ、気になってるんじゃない?」


 もはや囚人服の前を開ききり、下着を見せつける女囚人。

 ファルはそれどころではないため、女囚人の言葉は耳に入らない。

 代わりにホーネットが興奮状態に陥り、ダラダラと鼻血を流すだけだ。


 ヤサカはファルに言い寄る女囚人を睨みつけていた。

 そんな彼女を、さらに驚かせる事態が発生する。


「しつこいです! ファルさんは渡しません! 絶対にです!」


「もう、諦めて」


 ファルの両腕にそれぞれ抱きついたティニーとラムダは、そうやっていつも通り女囚人を追い払った。

 これにヤサカは呆然としてしまう。


「ティニー……ラム……もしかして……」


 珍しく、ティニーとラムダに向けられたヤサカの視線には敵意が含まれていた。

 この敵意には、さすがのティニーとラムダもすぐに気づいたらしい。

 2人はファルを投げ捨て、自分たちの行動の趣旨を説明しはじめる。


「ヤサカ、勘違い」


「わたしたちはヤーサのために、ファルさんの腕に抱きついたんです!」


「え? 私のため?」


「そうです! だって、ファルさんはヤーサのものですから! あんな淫乱女に、ヤーサのファルさんを渡しません!」


「ラ……ラム! そんなこと大声で言わないでよ! ファルくんだっているのに……!」


「ヤサカ、トウヤ好き。だから、トウヤを他の女に渡さない」


「もう! ティニーまで! どうしよう……恥ずかしくてファルくんの顔が見られないよ……」


「ねえヤサカ、マジ? あんな男のどこが良いの? 一度考え直したら?」


「ホーネット! ファルくんは普段はクソみたいな人かもしれないけど、とっても優しくて、頼りになる人なんだよ! そのギャップが――」


「うわ……これは恥ずかしい……」


「……もう!」


 真っ赤になった顔を押さえ、ヤサカは地面にしゃがみ込む。

 彼女らの話を当然聞いていたファルも、床に倒れたまま体が熱くなるのを感じ、黙り込んでいた。

 刑務所内の囚人たちは、ファルとヤサカの間に漂う空気を茶化している。


 甘い空気に包まれた刑務所。

 恥ずかしに押しつぶされそうなファルとヤサカ。

 そんな彼らのもとに、ひとつの届け物が落ちてきた・・・・・


 不意に空に轟くジェット音。

 直後、プレイヤー専用の牢獄の壁に深緑色の物体が直撃、大爆発が起こり、牢獄の壁が吹き飛んだ。


 強暴な衝撃派が刑務所内を駆け巡り、大小様々なコンクリートの欠片が飛び散る。

 ファルたちは爆風にさらされ髪をなびかせながら、唖然とするしかなかった。

 ただしヤサカだけは、現状を完全に理解している。


「みんな! 今だよ! 逃げよう!」


「はあ!? 待て待て! まず何が起きたのかの説明を!」


「Cプランだよ! クーノの空爆で刑務所の壁を破壊して脱獄!」


「それがCプラン!? 想像以上に力押しだな! なんで早く説明しなかった!?」


「説明させてくれなかったんだもん! それより、看守NPCから武器を奪わないと! ホーネット!」


「OK, 任せて」


 ヤサカとホーネットの2人は、空爆によって開けられた大穴から、プレイヤー専用の牢獄を飛び出した。

 そして混乱する看守NPCを締め上げ、警棒を入手。

 警棒を入手したヤサカは、刑務所を脱走するためのルート案内を開始する。


「こっちだよ! ついてきて!」


「待ってください! あああいさんよ、一緒に逃げませんか?!」


「……本来、ボクは刑務所に残って罪を償わなきゃいけないんだろう。でも、ボクはああああさんの世話をしなきゃいけない。だから、一緒に逃げたい」


「その調子です! ヤーサよ、案内お願いです!」


「うん! 遅れないでね!」


 ファルとホーネット、ティニー、ラムダ、そしてあああいの5人は、ベルカーム刑務所を脱獄するためヤサカを追う。

 壁に空いた穴を覆う土煙を抜けると、そこには刑務所の広い敷地が広がっていた。

 シャバとムショの境界線である高い塀までの距離は、100メートルちょっとぐらいだろうか。


 メニュー画面は開けず、スキルやアビリティも使えない。

 それでもヤサカとホーネットのステータスの高さは、看守NPCたちの攻撃をものともしなかった。

 

 監視塔はクーノの空爆に吹き飛ばされている。

 ファルたちを捕まえようと近寄ってきた看守NPCたちは、ヤサカに警棒で殴られ気を失う。

 遠距離式のスタンガンを持った看守NPCは、ホーネットに一瞬で距離を詰められ、殴られ、やはり気を失う。


 刑務所の敷地を走り抜け、一直線に塀を目指すファルたち。

 ファルとラムダ、ティニーは、高くそびえる塀を見上げ呟いた。


「あれ……どうやって越えるんだ?」


「戦車があれば、1発なんですけどね!」


SMARLスマール、恋しい」


 テキトーなことを口にする3人の背後で、ヤサカは空を見上げる。

 空には、クーノが操縦するF150Eが旋回し、ファルたちの頭上を飛び越える針路をとっていた。

 それを確認したヤサカは、大声で叫ぶ。


「みんな! 伏せて!」


 ヤサカの叫びに従い、ファルたちは一斉に地面に伏せた。

 すると、まるで雷鳴のようなジェット音が響き渡り、F150Eが頭上を飛び去っていく。

 と同時に、ファルたちの目指す塀が爆発、塀の一部は完全に崩壊した。


 クーノが爆弾を投下し、塀を破壊してくれたのだ。

 今こそ脱獄の時である。


「走って!」


 地面から立ち上がり、崩壊した塀へ。

 しばらく走ると、足元には大量のがれきが散らばり、ファルたちはそれを乗り越える。

 未だ土煙に包まれながら、がれきを乗り越えたヤサカが口を開いた。


「ラム! もう刑務所の外だよ! メニュー画面、開ける?」


「試してみます! ……おお! 出ました! 愛しのメニュー画面です!」


「それじゃあ、6人が乗れる車を出して!」


「6人乗りですね! それなら……君に決めました!」


 ラムダの言葉とともに、土煙の中に現れた7人乗りのSUV。

 ファルたちはそのSUVにそそくさと乗り込み、ラムダがエンジンをかけ、アクセルを踏む。


 かなり強力なエンジンを積んでいるのか、ラムダのスピード狂アビリティと合わせ、SUVの加速力は凄まじい。

 ベルカーム刑務所はあっという間に遠くに置いていかれ、警察の追跡も間に合っていない。


 大空には、銀の翼からヴェイパーを引くクーノのF150E。

 地上には、自由を得たファルたちの乗るSUV。

 どうやら脱獄計画Cプランは、無事に成功したようだ。


「やっと逃げられた……ヤサカ、ありがとう」


「どういたしまして、ホーネット」


「なあ、俺への感謝はないのか?」


「あんたは別に何もしてないでしょ」


「……クソ、言い返せない」


「トウヤ、役立たず」


「ティニーも十分に役立たずだったろ」


「ああああさんは、元気にしてるだろうか……」


「おやおや?! あああいさんは、ああああさんのことが気になって仕方ないんですか?!」


「まあね。ああああさんは、ボクがいないとダメだろうから」


「純朴な想い、良いですね! ところでファルさんよ、ヤーサよ、2人は両想いなんですか?!」


「そ、その話まだ続けるのか!?」

「そ、その話まだ続けるの!?」


 SUVの車内は、相変わらずのようである。

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