ミッション17—2 脱獄計画

 粗末な蛍光灯に照らされた、コンクリート造りの建物。

 冷たく重々しい廊下。


 両脇に看守NPC。

 腕には手錠。

 正面には4重の鉄柵。


 オレンジ色の服を着せられたティニーは今、メリア合衆国ミシダン州のベルカーム刑務所に囚人として連行されている。

 裁判すらなく刑務所に連れてこられたティニーが入れられるのは、ベルカーム刑務所のプレイヤー専用の牢獄だ。


「手錠を外す。腕を出せ」


 看守NPCに言われ、素直に腕を持ち上げるティニー。

 頭にショットガンを突きつけられているのだから、素直に従うほかない。


 手錠が外されると、4重の鉄柵が順番に開いては閉まり、ティニーは少しずつ刑務所の奥へと連れて行かれた。

 そして最後の鉄柵が開かれたところで、看守NPCはぶっきら棒に言い放つ。


「入れ」

 

 そう言う看守NPCに肩を押され、鉄柵の向こう側に押し込められたティニー。

 ティニーが鉄柵の向こう側に押し込められると、鉄柵の扉は閉まり、ティニーは自由というものを失った。

 これから少しの間、刑務所生活である。


「って、おいいぃぃぃ!! お前が捕まってどうすんだあぁぁ!!」


 囚人服に身を包み、何食わぬ無表情で牢獄にやってきたティニー。

 本来彼女は、ファルたちを助けるはずだったのだが、どうしてこうなったのか。

 ファルは怒り心頭だ。

 

「トウヤ、元気そう」


「まったく元気じゃないよ! お前のせいで元気じゃないよ! おいティニー、なんでお前まで逮捕されてるんだ!?」


「分からない」


「分からないだと!? 思い当たる節もないのか!?」


「うん。SMARLスマール持って、歩いてただけ」


「どう考えてもそれが理由だろ! ロケラン持って歩いてたから逮捕されたんだろ!」


「そうなの?」


 なおも首をかしげるティニーだが、ファルは頭をかきむしった。

 続けて、ファルの背後で頭を抱え項垂れているホーネットが、ティニーに質問する。


「ねえ、もうSMARLは持ってないの?」


「没収された……」


「まあ普通そうだよね」


「SMARL……」


 なぜだろうか。 

 脱獄計画が失敗したことよりも、SMARLが没収されたことを悲しむティニー。

 そんなティニーにファルは悲しみたい。


 とはいえ、この刑務所は道徳心が崩壊したプレイヤーで溢れている。

 ファルたちが悲しんでいる暇などなかった。

 

「あら? また新人さん? 可愛い娘じゃない」


 大人な女性の囚人が、ファルの側に歩み寄りそんなことを言いだす。

 彼女は牢獄の奥で腰を動かしまくっている囚人の1人だ。

 どうやら彼女、今日のお相手にファルを選ぶつもりらしい。

 

「でも、お姉さんの方が魅力的だと思うんだけどぉ。どうかしら、これから奥で、奥まで挿れてくれないかしら?」


「ほえ!?」


 胸元を開き、ファルの股のあたりを触る女囚人に、ファルの体はびくりと反応。

 そんな光景を見ていたティニーは、ファルと女囚人の間に割って入った。


「ダメ。トウヤ、渡さない」


「はあ? なに? 新人ちゃんとデキてるの?」


「渡さない」


 ティニーはファルの腕を抱き、全力で女囚人の誘惑を跳ね除けている。

 どういう風の吹き回しだろうか。

 ファルとホーネットは目が点の状態だ。


「あの……ティニーさん? これはどういうことですか?」


「…………」


 何も答えぬティニー。

 女囚人はティニーの瞳をじっと見つめ、小さく笑った。


「そういうこと。じゃあね、邪魔したわ」


 ファルたちに背中を向け、手を振りながら、女囚人は去って行く。

 女囚人が去ったことで、ティニーはファルの腕を離し一息ついていた。

 状況が理解できぬファルとホーネットは、お互いに顔を見合わせる。


「なんだったんだ……今の……」


「ティニーがあんなに大胆だったなんて、知らなかった」


「というかホーネット、鼻血出てるぞ」


「え? あ……」


 おそらく女囚人の胸元を見たためだろう。

 ホーネットの鼻の下は血まみれだ。

 まるでコテコテの思春期男子のような反応である。


 鼻血の処理にホーネットが精一杯になる傍、ファルはティニーに疑問を投げつけた。

 

「んで? ティニーが逮捕された時点で脱獄計画は失敗したわけだが、どうするんだ?」


「大丈夫。失敗したの、Aプラン」


「その言い方だと、まさかBプランが用意されてる、みたいな話か?」


「すごい、トウヤ当たり。私の心、覗いた?」


「覗かなくたって誰でも分かるような気がするが。つうか、計画って複数用意されてたんだな」


「ヤサカが、念のため用意してた」


「さすがヤサカ。ティニーがポンコツなのは想定済みか」


「うん」


「お前がそこで頷くべきではないと思うが」


 脱獄計画はまだ終わっていない。

 ティニーはBプランについての解説をはじめた。


「Bプラン、簡単。ラムダが戦車で助けに来てくれる」


 この短い説明に対し、不安げな表情を浮かべたのはホーネットだ。


「ラムが来るの? すごく心配なんだけど……」


「今はあいつを信じるしかないだろ」


「ホーネット、ラムダ信じて」


「……期待はしないからね」


 完全に希望を失っているホーネット。

 だがファルはラムダを信じていた。

 頼りになるときにはとことん頼りになるのが、ラムダなのだから。


    *


 粗末な蛍光灯に照らされた、コンクリート造りの建物。

 冷たく重々しい廊下。


 両脇に看守NPC。

 腕には手錠。

 正面には4重の鉄柵。


「入れ」

 

 そう言う看守NPCに肩を押され、鉄柵の向こう側に押し込められたのは、オレンジ色の囚人服に身を包んだラムダ。

 ラムダが鉄柵の向こう側に押し込められると、鉄柵の扉は閉まり――。


「お前に期待した俺がバカだった! ホーネットが正しかった!」


「刑務所でどうやって過ごすか考えようかな……」


「Bプラン、失敗」


「ひどいです! わたしの顔を見るなりそんな表情、ひどいです!」


「脱獄計画失敗させたお前の方がひどいだろ!」


 刑務所にやってきたラムダに対し、ファルとホーネットは怒りよりも先に無念さに支配された。

 とにもかくにも、ファルはラムダに質問する。


「……なんで逮捕された?」


「脱獄計画に向かってる最中、魅力的な直線があったんですよ! だからヴェノムの加速を試してみたんです! そしたら、スピード違反で捕まりました!」


「ふざけんなぁぁぁ!!」


 Bプランはラムダのスピード狂癖によって潰えたのだ。

 もはやファルは、頭をかきむしり上半身を振り回すしかない。

 それでもラムダはいつも通りの呑気さを貫いていた。


「おや?! あああいさんです! 久しぶりです!」


「お姉さん! こちらこそ久しぶり!」


「ヒャッハー! 元気でしたか?!」


「ヒャッハー! 刑務所でも体は元気だ!」


 仲良く会話をはじめたラムダとあああい。

 2人の弾けんばかりの笑顔は、なんとも清々しい。


 対照的に、ファルは絶望の淵に立たされている。

 そんな彼を誘うチャンスと、女囚人が胸元を開けてファルに近寄ってきた。


「ねえ、辛いことがあるなら、私が慰めてあげるわよ。私の体、好きにしてくれて良いから」


 ファルの顎に指を絡ませ、ファルの耳に唇を触れさせる女囚人。

 呆然としたファルは、道徳心を崩されかけていた。

 だが、その光景を見ていたラムダが、ファルと女囚人の間に割って入る。


「ダメですよ! ファルさんは誰にも渡しません! 渡せません!」


 そう言ってファルの腕を抱いたラムダ。

 続けてティニーもやってきて、同じくファルの腕を抱く。


「ダメ。あなたにトウヤ、渡さない」


「そうです! ファルさんはあなたのものではないんです!」


「……分かった分かった。今日のところは諦めるわ」


 可笑しそうに笑って、ファルのもとから去って行く女囚人。

 ティニーとラムダはファルの腕から離れ、一息つく。

 ファルは相変わらず混乱したままだ。


 混乱したファルを茶化すのは、ホーネットである。


「なにそれ? ハーレム状態? あたしの救出をほったらかしてハーレム状態?」


「うるさいぞ。俺だってよく分かってないんだ。というかホーネット、鼻血出てるぞ」


「え? あ……」


 いっそのこと、女囚人はホーネットを誘ってみたらどうかとすらファルは思う。

 百合もまた悪くない。


 いや、今はそんなことはどうでもいい。

 Bプランは失敗したのだ。

 ファルはラムダに問い詰めた。


「この状況、どうするんだ? 脱獄計画のCプランはあるのか?」


「Cプラン? ああ! あります!」


「え!? あるの!?」


「はい! あります! ヤーサが助けに来てくれます!」


「ヤサカが救出に? そうか、それなら安心だな」


 Cプランを聞いて、今までに感じたことのない安心感を得たファル。

 ホーネットは遠い目をしながら、正直な感想を呟いていた。


「最初からヤサカが来ればよかったのに……」


 全くその通りである。

 ティニーとラムダに計画を任せたのが間違いだったのだ。

 あの2人が、まとまに計画を成功に導けるはずがなかったのだ。


 とはいえ、ヤサカが来るのであれば安心だ。

 今度こそファルたちは、このベルカーム刑務所を脱獄できると期待値を高めていた。

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