第17章 ここ刑務所ですし

ミッション17—1 ベルカーム刑務所

 粗末な蛍光灯に照らされた、コンクリート造りの建物。

 冷たく重々しい廊下。


 両脇に看守NPC。

 腕には手錠。

 正面には4重の鉄柵。


 オレンジ色の服を着せられたファルは今、メリア合衆国ミシダン州のベルカーム刑務所に囚人として連行されている。

 裁判すらなく刑務所に連れてこられたファルが入れられるのは、ベルカーム刑務所のプレイヤー専用の牢獄だ。


「手錠を外す。腕を出せ」


 看守NPCに言われ、素直に腕を持ち上げるファル。

 頭にショットガンを突きつけられているのだから、素直に従うほかない。


 手錠が外されると、4重の鉄柵が順番に開いては閉まり、ファルは少しずつ刑務所の奥へと連れて行かれた。

 そして最後の鉄柵が開かれたところで、看守NPCはぶっきら棒に言い放つ。


「入れ」

 

 そう言う看守NPCに肩を押され、鉄柵の向こう側に押し込められたファル。

 ファルが鉄柵の向こう側に押し込められると、鉄柵の扉は閉まり、ファルは自由というものを失った。

 これから少しの間、刑務所生活である。


 刑務所の敷地内では、プレイヤーたちはメニュー画面を開くことはできない。

 実際、いくら『mn起動』と囁いたところで、メニュー画面は出現しない。

 つまりファルは、コピーNPCを使うことができないということだ。


 プレイヤー専用牢獄は、囚人プレイヤーの共同生活空間らしい。

 実際、牢獄には大きな広場があり、そこにはファルと同じオレンジ色の服を着た十数人のプレイヤーたちが跋扈していた。


「おいおい、新人だぞ」


「腑抜けたツラしたヤツだな」


「久々の若い男の子じゃん。お姉さんと遊ばない?」


 早速、囚人たちに囲まれ絡まれてしまった。

 こういった雰囲気は、ファルが最も嫌うものだ。

 その思いが自然と顔に出たのだろうか、囚人の1人――大男がファルに肩を組んでくる。


「なんだその顔は? 俺たちと一緒にいて楽しくねえのか?」


「兄貴、その小僧にここのルールを教えてやろうぜ」


「そりゃ良い」


 ニタリと笑った大男は、ファルを床に押し付け拳を振り上げた。

 先日の自殺でステータスが大幅に減少しているファルは、身構えることしかできない。


 大男の暴力的な拳が、ファルを襲う。

 だが、その拳がファルに当たることはなかった。

 大男の拳は、大男よりもさらに巨大な男に止められたのである。


「初対面の人に暴力を振るうとは、感心できないね」


「あああい……邪魔すんな! 俺はただ、新人にここのルールを――」


「彼はボクの友人だ。彼に手を出せば、容赦しないぞ」


「…………」


 ファルを救ったのは、筋肉の塊のような肉体を持つあああいだ。

 爽やか男子に変貌したとはいえ、あああいの筋力には大男でも太刀打ちできない。

 大男は悔しそうな表情を浮かべながら、ファルのもとを去っていった。


「大丈夫かい?」


「ありがとう、助かった」


 あああいに差し出された右手を握り、立ち上がったファル。

 そんな彼の背後から、1人のブロンド少女が語りかけてくる。


「誰が救出に来るかと思えば、なんでよりによってあんたなわけ?」


 固い椅子に堂々と座りながら、眉間にしわを寄せ、口を尖がらせ、腕を組み、足を組むホーネットの言葉。

 対してファルも同じく口を尖がらせ、言い返す。


「まずは感謝をしろ。助けに来てやったんだぞ」


「感謝なら刑務所脱走してからヤサカに言う」


「お前……そもそもお前があっさり警察に逮捕されるのが悪いんだろ!」


「仕方ないでしょ! コンドルの偵察ミッション、難易度高かったんだから!」


「まるでミッション中に捕まったみたいな言い方だな。違うだろ! ミッション完了後に間違えて酒飲んで酔っ払ってたところ、補導されただけだろ! 夜の街ウロウロしてる女子高生かお前は!?」


「Shut up! ジンジャーエールとシャンパン間違えた店員が悪い!」


「ジンジャーエールとシャンパンの違いぐらい気づけよ!」


「まあまあ、2人とも落ち着いて」


 言い争うファルとホーネットの間に入ったあああい。

 しかし2人の怒りは収まらない。

 それどころか、ファルは言葉の矛先をあああいに向けた。


「つうか、なんであああいさんがここにいる!? 聞いてないぞ!」


「い、いや……実はボク……ああああさんに頼まれて、メリア限定品のゲームを買いにメリアに来たんだけど――」


「まるでパシリだな。で?」


「帰り際に立ち寄った店でぶどうジュースを頼んだら、実はそれが赤ワインで……気づかずに酔っ払って……暴れて……逮捕されて……」


「お前もかぁぁ!!」


 ここにはアホしかいないのかと、ファルは頭を抱えてしまう。

 と同時に、ああああに対する不安も生まれた。


「……あああいさん、刑務所に入れられて何日目?」


「4日目だね」


「保護者不在で、ああああさんは大丈夫なのか?」


「友人に世話を任せているから、あと数日は大丈夫だと思う」


「あっそう」


「ファルさんこそ、どうして刑務所に?」


「俺は――」


 あああいの疑問に答える前に、看守の目を確認。

 安全であることを確信してから、ファルは小さな声で答えを口にした。


「そこに座ってるお姫様・・・を助けに来たんだ」


「助けに……!?」


 なぜファルは逮捕され、ベルカーム刑務所にやってきたのか。

 それは、逮捕され収監されているホーネットを救い出すためである。

 ホーネットを救うために、わざと罪を犯し、ファルはこの刑務所にやってきたのである。


 さて、無事に刑務所に入ることはできた。

 ではどのようにして刑務所から脱獄するのか。


「ねえ、そろそろ作戦内容教えてよ、白馬の王子様・・・・・・


「耳貸せ」


 ホーネットの隣に座ったファルに、ホーネットは耳を寄せる。

 ファルはホーネット以外のプレイヤーに話し声が聞こえぬよう、慎重に口を開いた。


「俺は単なる斥候だ。脱獄計画の本隊はティニー。あいつがご自慢のロケランで刑務所の壁に穴を開けてくれる。その穴を通って脱獄。これが作戦内容だ」


「随分とざっくりした作戦ね。それ、うまくいくの?」


「ティニーを信じろ」


「……やっぱり不安なんだけど」


 遠くを見つめたホーネットは、それ以降、喋らなくなってしまった。

 ホーネットは黙り込み、あああいも何も言わない。

 3人のもとに沈黙が訪れる。


 沈黙が訪れると、代わりにファルの鼓膜を震わせるのは、男同士の雄叫びと歓声、牢獄の奥から聞こえる盛りのついた女の叫び声。

 まるでサル山にいるような気分だ。


「おい、なんか変な声がそこら中から聞こえてくるんだが。なんだこの声?」


「暇してる男どもが喧嘩してるだけじゃない? あとは……奥の方でヤッてる奴らがいるんでしょ」


「マジかよ!」


「鼻の下を伸ばさない」


「そういうお前も鼻血出てるぞ!」


「え? あ……」


 なんともいかがわしい空間となり果てた刑務所内に、ファルとホーネットは興奮状態。

 一方であああいは、大きなため息をついた。


「ここにいるプレイヤーは、道徳観が崩壊している。やることがないので暇なのは分かるが、欲望をさらけ出しすぎだ。いくらゲーム世界とはいえ、理性を無くした人間は、獣と変わらない。けしからん」


 至極真っ当なことを言うあああいだが、彼も数週間前までは獣であった男だ。

 人殺しマッチョマンであった頃のあああいが、今や懐かしい。

 

 とはいえ、あああいの言う通り、刑務所内にいるプレイヤーの道徳ステータスは限りなく0に近いであろう。

 こんな場所で獣たちと何日も一緒にいるなど、ファルは想像しただけでも鳥肌が立つ。

 ティニーには早いところ、助けに来てもらいたいものだ。

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