ミッション16—9 現実からの報せ
雷鳴轟く大雨の中、ファルはガロウズに見下ろされている。
ガロウズの足元には、死亡エフェクトに包まれ消えかかったレオパルトの死体。
友人を殺され怒りに支配されたファルは、コピーNPCを増殖させた。
ファルのチートによって出現した5体のコピーNPCは、ガロウズに襲いかかる。
だがガロウズは、まるで虫を踏み潰すかのように5体のコピーNPCを殺してしまった。
そう、ファルが何をしようと、ガロウズの敵ではないのである。
このままではガロウズに斬り殺され、イミリアから強制ログアウトされてしまう。
プレイヤー全員を解放するというヤサカとの約束は、守れなくなってしまう。
半ば諦め、それでも歯を食いしばり、マグナム銃を握ったファル。
そんな彼の耳に、クーノの叫び声が入り込んできた。
「自殺だよォ! 自殺をすればァ、ログアウトはされないよォ!」
ヘリの操縦席から地面に投げ出されたクーノの、血まみれになりながらの叫び。
直後、彼女は自分の口に拳銃を突っ込み、自分の頭を撃ち抜いた。
1発の銃声とともに、クーノは力なく倒れ死亡エフェクトに包まれる。
クーノの言う通りだ。
ガロウズに殺されれば、イミリアから強制ログアウトされてしまう。
しかし自殺をすれば、リスポーンができる。
「クソ……クソッ!」
ファルがマグナム銃を握った理由は、レオパルトの仇を取るため。
ところがこの程度の銃では、剣を振り上げるガロウズを殺すことはできず、できるのは自殺だけ。
自分の無力さに屈辱的な思いを抱きながら、ファルは自分のこめかみに銃口を当てた。
ガロウズはファルめがけて剣を振り下ろす。
同時にファルはマグナム銃の引き金を引いた。
紫の光を纏った剣が雨を切り、ファルの頭を割ろうと迫る。
ファルの持つマグナム銃の銃口からは、マグナム弾が火炎とともに飛び出し、ファルの頭蓋骨を粉砕する。
ガロウズの剣がファルの頭を切り裂いた時には、ファルはすでに死亡していた。
*
眼前に広がるメニュー画面。
示された文字は『自宅にリスポーン』『フレンドの隣にリスポーン』『ログアウト』の3つ。
ただし『ログアウト』の項目は暗く、押したところで反応はない。
選択肢は2つだけだ。
『自宅にリスポーン』するか『フレンドの隣にリスポーン』するかである。
力の入らぬ指で『フレンドの隣にリスポーン』を選択すると、フレンド一覧が表示された。
最初に表示されたフレンド――レオパルトは、すでに死亡しているため選択できない。
レオパルトの次に表示されているのは、ヤサカだ。
ヤサカの表示に触れると、すし詰めのヘリの中、ヘリから体を乗り出し外を眺めるヤサカの姿が映し出される。
彼女は雨に濡れるのも気にせず、ずっと外を眺め続けていた。
(随分と心配そうな顔してるな)
ヤサカを見て思わずそう思うファル。
同時に、リスポーンと表示された箇所をタッチする指が止まった。
(すし詰めのヘリにリスポーンしたところで、邪魔なだけかもしれないな……)
ガロウズから守られるだけであった自分が、レオパルトも救えなかった自分が、これ以上にヤサカの邪魔をするわけにはいかない。
そんな思いから、リスポーンをすることに躊躇するファル。
一方でクーノは迷わずリスポーン、すし詰めのヘリの中でヤサカたちに歓迎されていた。
今すぐリスポーンすべきか、ヤサカたちが落ち着いてからリスポーンすべきか。
結局、ヤサカたちのヘリが『あかぎ』の甲板上に着艦するまで、ファルはリスポーンをしなかった。
白みがかった空の下、『あかぎ』甲板上でエンジンを止めるヘリ。
疲れ切った様子のプレイヤーたち、そしてヤサカとティニー、ラムダ、ホーネット、クーノの5人がヘリから降りたところで、ファルはリスポーンする。
リスポーンした瞬間、ファルの視界はまばゆい光に包まれた。
その光も数秒後には消え、『あかぎ』の広い甲板とヤサカたちの背中が、ファルの目に映る。
「……ええと……ただいま」
「ファルくん……?」
振り返るヤサカに、ファルは一体どんな言葉をかければ良いのか分からない。
「悪かったな、リスポーンが遅れ――」
「ファルくん!」
ファルの顔を見た途端、ヤサカは目に涙を浮かべ、ファルに抱きついた。
どうやら言葉など必要なかったらしい。
ヤサカはファルの顔が見られただけで、十分だったらしい。
「いつまでもリスポーンしないから……もしかしたら……もうログアウトされちゃったんじゃないかって……不安で……でも帰ってきてくれたんだね。良かった……」
震えた声で喜びを噛み締めるヤサカに、ファルは正直驚いた。
まさかここまで心配されているとは思わなかったのだ。
おかげで、ファルはいつもの調子を取り戻す。
「ログアウトされてないか不安って、おかしなこと言ってるぞ」
「ううん、おかしくなんかないよ。だって約束、まだ守ってくれてないもん」
「ああ、そうだったな。プレイヤー全員を解放するまで、ログアウトされるわけにはいかないもんな」
「うん!」
目には涙を浮かべながら、ファルの体から離れ、温かい笑顔を浮かべたヤサカ。
ファルは無意識に頬を赤らめてしまう。
ファルのリスポーンを喜ぶのは、ヤサカだけではない。
ティニーとラムダもまた、ファルに抱きつく勢いで喜びの言葉を口にした。
「トウヤ、帰ってきた」
「ファルさんよ、そのやる気のなさそうな顔が見られて、わたしは大満足です!」
「やっぱりトウヤ、特別な力を持ってる」
「ところで、なんでずっとリスポーンしなかったんですか?! 何かあったんですか?!」
「いや……それは……」
ラムダの疑問に対し口ごもるファル。
これを聞いたクーノが、ニヤニヤしながら口を開いた。
「何もできなかった自分がァ、人でいっぱいのヘリに乗ってェ、邪魔しちゃ悪いなァ、とか思ってた感じィ?」
「おいクーノ、俺の脳みそをハッキングしないでくれ」
「図星ですゥ!」
「あんた、意外と気を遣うんだね。無駄な気遣いだけど」
「うるさいぞホーネット」
ニヤニヤするクーノとホーネットにいじられ、口を尖らせるファル。
この3人のやり取りを見て、ヤサカは微笑むだけ。
しかしすぐに、ヤサカは辺りを見渡し首をかしげた。
「ねえねえ、レオパルトくんはどうしたの?」
「あいつは……」
言葉に詰まるファル。
だが、ここは事実をはっきりと言うべきだ。
「あいつはガロウズに殺された」
「そんな……」
「まあ心配するな。あいつは今頃、現実世界で目を覚ましてるさ」
レオパルトを殺したガロウズを許す気はない。
レオパルトがイミリアからいなくなってしまったことは、寂しい限りだ。
それでも、彼は本当に死んでしまったわけではないのである。
ゲーム世界のレオパルトは死んでしまっても、現実世界の
決して悲しむことではない。
そうファルが思っていたのは、田口から
『あかぎ』に帰還して数時間後。
ファルたちの他にコトミとサダイジンも集まった食堂にて、プロジェクターモードのミードンに映し出された田口は、沈痛な面持ちをしていた。
《
重い口をゆっくりと開いた田口は、ファルたちが息を飲んだのを確認し、話の続きを口にする。
《レオパルト――佐山さんは、不完全なログアウト状態となり、昏睡状態に陥りました》
「……え?」
《他の2人の事例と同じ症状です。命に別状はありませんが、どうすれば佐山さんが目を覚ますかは、まったくもって不明です》
「ウソだろ……? そんな……あいつが……よりによって、あいつが……」
言葉を失ったファルは、立つこともままならず、近くの席に座り込む。
座り込んだと同時、すぐ近くにいたサダイジンに問い詰めた。
「なあサダイジン、まだ不完全ログアウトの解消方法は分からないのか?」
「まだ、分かってないんだぞ」
「いつ分かるんだ? 明日か? 明後日か? それとも――」
「それも分からないんだぞ」
「お前はこのゲームの開発者だろ! 自分のゲームのバグぐらい理解しておけよ! さっさとレオパルトを完全にログアウトさせろ!」
「だぞ……」
「そもそもお前がカミを止められないから、こんな事件が起きたんだ! レオパルトを昏睡状態に陥れたのは、お前――」
「ファルくん!」
大声でファルの言葉を遮ったのはヤサカだ。
彼女に手を握られ落ち着いたファルは、目の前にいるサダイジンが今にも泣きそうになっていることに気づく。
「……すまない。ちょっと、気が動転して……」
「だぞ……お兄さんの言う通りだから、気にしなくて良いんだぞ……」
無理やりな笑みを浮かべたサダイジンに、ファルは申し訳なさでいっぱいだ。
食堂の空気は最悪である。
しかしそれでも、ヤサカは明るく笑い、ファルに言った。
「レオパルトくんを救う方法、探そうよ。ファルくんなら、きっとレオパルトくんを救える。だけど、辛い時は無理しないでね。ファルくんには、私たちがいるんだから」
ヤサカはそう言って、優しくファルの頭を撫でる。
おかげでファルの混乱した心は、安心感に浸り落ち着きを取り戻す。
「ありがとう、ヤサカ。でもお前も、辛い時は無理するなよ」
「ファルくんは優しいね」
原因不明の不完全ログアウトによって、現実のレオパルトは昏睡状態に陥った。
だが、ファルは絶望などしていなかった。
ヤサカたちとともにいれば、いつかはレオパルトを救う方法が見つかると思えたのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます