ミッション16—8 ガロウズの凶刃

 雷の光と音が同時に起こり、雨は強まるばかり。

 稲妻と発火炎マズルフラッシュが闇を切り裂き、闇の中で戦うヤサカたちを浮かび上がらせていた。


 暗闇に溶け込んだガロウズに対し、ホーネットは高い素早さステータスを利用し剣を振るう。

 常人では捉えきれないホーネットの剣の動き。

 ところがガロウズは、その全てを自らの剣で受け止めていた。


 ただし、ガロウズの敵はホーネットだけではない。

 ホーネットの剣を受け止めるガロウズに向けて、一定の距離を保ちながらヤサカがアサルトライフル――MR4を撃ち込んでいるのだ。

 2人の美少女を相手に、ガロウズの動きは抑制されている。


 加えてディーラーがジョーカーとなり、予測不能な動きでガロウズを翻弄。

 おかげでファルたちがこの場を逃げ出すチャンスが出来上がった。


「プレイヤーたちは全員ヘリに乗ったか?!」


「乗ったみたいだ! あとはヤサカとホーネット、ディーラー、僕たちだけだ!」


 プレイヤーたちを2機のヘリ――NH900に詰め込んだファルとレオパルト。

 2人はヤサカたちがヘリに乗り込むのを待つ。


 ヤサカたちは、ガロウズを抑え込むので必死だ。

 いくらホーネットが剣で斬りつけようと、ヤサカが銃弾を放とうと、ディーラーが翻弄しようと、ガロウズを倒せる気配がないのだ。


 このままでは脱出のチャンスなど生まれない。

 そう考えたホーネットは、ガロウズの頭上に思いっきり剣を振り下ろした。

 振り下ろされた剣はガロウズに受け止められるも、ホーネットは強烈な蹴りをガロウズにお見舞いする。


 ホーネットほどの筋力ステータスがあれば、蹴りだけでも相手をノックダウン可能。

 しかしそれは、一般的なNPCやプレイヤー相手の話だ。

 

 脇腹にホーネットの蹴りを受けたガロウズは、少しもよろけることはなかった。

 それどころか、ホーネットの白くスラリとした脚を掴んでしまう。


「Oh shit」


 顔を歪めたホーネット。

 直後、彼女はガロウズに振り回され、数メートル先まで投げ捨てられてしまった。


 ホーネットを排除したガロウズは、ゆっくりとヤサカに向かって歩き出す。

 アタッカーが欠けたことにより、ヤサカたちは一瞬にして危機的状況に陥った。

 ともかく、ヤサカはガロウズを止めようと引き金を引き続けるしかない。


 連続する発砲音。

 雨を切り整列する銃弾。

 その全てが、ガロウズの剣に弾かれてしまう。


 銃撃も虚しく、ガロウズはヤサカの目の前に立ち、紫の光を纏った剣を振るった。

 ヤサカはとっさにナイフに持ち替え剣を受け止めるが、ヤサカの首を狙う刃先は目と鼻の先。


「ヤサカ!」


 このままヤサカを見殺しにすることはできない。

 自分にはガロウズに対抗できる力などないと知りながらも、ファルはヤサカとの約束を守るため、銃を握りガロウズを攻撃した。


 ファルの放った銃弾はガロウズの肩に直撃。

 ガロウズは痛がるような動作もなくファルを睨みつける。

 

 だが、ファルの攻撃は無駄ではなかった。

 彼の攻撃に気を取られたガロウズは、背後から飛びつく人影に気付けなかったのだから。


「あたしを、無視するな!」


 ガロウズの背後に現れた、濡れたブロンドヘヤーを振り乱すホーネット。

 スズメバチが針で敵に襲いかかるかのごとく、ホーネットの剣がガロウズの背中を狙っている。

 

 突然の攻撃に対し、ガロウズはヤサカへの攻撃を諦め跳躍。

 ホーネットの剣は地面を突き刺すだけ。

 それでも、ヤサカとガロウズの距離が離れただけ十分だ。


「ありがとう、ホーネット」


「ううん、あたしのミスがヤサカを危ない目に遭わせたんだから、感謝される筋合いはない」


「それでも、ありがとう」


 微笑を浮かべて感謝の言葉を口にするヤサカから、ホーネットは顔を背けた。

 自分の照れた表情を、ヤサカに見られたくはなかったのだ。


 ここで残念なお知らせである。

 ヤサカとホーネットの戦いを見て、ディーラーは2人を気に入ってしまったらしい。


「ああ……〝素晴らしい〟じゃないか! 友人同士で〝協力〟し〝強大〟な敵と戦う。いいね、これこそ〝オンラインゲーム〟の醍醐味!」


 おもむろに能面を外し、子供の落書きのような顔を晒しながら、楽しそうに声を張り上げるディーラー。

 彼の視線は確実に、ガロウズを捉えていた。


「ガロウズ、〝オレ〟と〝お前〟は〝同じ存在〟だ。だが〝お前〟は、このゲームの〝楽しみ方〟を知らない。少しは彼女たちを〝見習う〟必要がある。だからこそ、お前は〝まだ〟彼女たちを殺すべきじゃない」


 滔々と語りながら、一歩ずつガロウズに近づいていくディーラー。

 不思議なことに、ガロウズはディーラーの言葉を聞き、彼が近づいてくるのを止めようとしなかった。

 ファルたちからすれば意味の分からないディーラーの言葉が、ガロウズには理解できているのだろうか。


 ディーラーはガロウズの目の前までやってきた。

 そして彼は、楽しそうに笑いながら言う。


「さあ! 〝脱出ゲーム〟の時間だ!」


 そう言いながら、ディーラーは辺りに発煙筒をばら撒き、自身は服の中に仕掛けていた大量の爆弾を起爆させた。

 ディーラーの体に巻き付いた爆弾は破裂し、彼は炎の中で粉々に吹き飛ぶ。

 同時に発煙筒から吹き出す白い煙が、ガロウズの周りを取り囲んだ。


「今がチャンス!」


 ヤサカとホーネットは、ディーラーの作り出したチャンスを見逃さない。

 彼女らは一気呵成に駆け出し、ティニーが待つラムダのに乗り込んだ。

 2人がヘリに乗り込むと、ラムダはすぐさまヘリを離陸させる。


 1機のヘリが飛ぶのを確認したファル。

 レオパルトやデスグローとともにクーノのNH900に乗る彼は、クーノにすかさず指示を出した。


「クーノ! 早く飛ばせ!」


「もう飛ばしてるよォ」


 クーノに言われて外を見ると、確かにNH900は地上を離れ、大空へと向かっていた。

 つい先ほどまでヤサカたちが激闘を繰り広げていた丘は、徐々に小さくなっていく。

 

 ガロウズのもとから離れることに、なんとか成功したのだ。

 ファルは胸をなでおろし、大きなため息をつく。

 

 しかし、安心するのはまだ早かったようだ。

 丘の頂上を包み込む白煙の中から、対空ミサイルが飛び出してきたのである。

 ミサイルが目指す先は、ファルたちが乗るNH900。


 どうやらガロウズは、携帯式対空ミサイルを使ってNH900に攻撃を仕掛けたようだ。

 ミサイルはNH900のテールローターに直撃。

 NH900の操縦席から警報が鳴りはじめ、機体はぐるぐると回りだす。


「墜ちるよォ! 対ショック姿勢ィ!」


 間の抜けた口調のまま、最悪の言葉を口にしたクーノ。

 ファルは歯を食いしばりながら、NH900が地面に激突するその瞬間に備えた。


 あまりの恐怖から目を瞑っていたため、いつNH900が地面に激突したのか、ファルには分からなかった。

 だが少なくとも、凄まじい衝撃が身体中を駆け巡り、ファルの意識が飛んだ時が、NH900が地面に激突した瞬間なのであろう。


 ファルが意識を取り戻した時、彼は大幅にHPが削られた状態で、NH900の残骸に寄り添うように倒れていた。

 辺りを見渡すと、墜落の衝撃で死んだプレイヤーの死亡エフェクトの光が見える。

 そしてその光の先に、ガロウズに立ち向かうデスグローの姿が。


「俺様を殺してみろ! ほら、俺様を殺してみろよ!」


 強がるデスグローだが、ガロウズの敵ではない。

 ガロウズはデスグローの首根っこを掴み、丘の斜面の向こう側に彼を投げ飛ばしてしまったのだ。


 このままではガロウズに殺される。

 なんとか生き延びようと体を動かすファル。


 だが、その体が動かない。

 答えは簡単だ。

 ファルの足はヘリの残骸に挟まれ、動けなかったのである。


「最悪だ……」


 必死でヘリの残骸をどけようとするファルだが、残骸はビクともしない。

 焦りに焦ったファルは、頭の中が真っ白だ。

 そんな彼の前にレオパルトが現れる。

 

「ファル、大丈夫か? 動けるか?」


「いや、残骸に足が引っかかって動けない。残骸をどけてくれ」


「分かった。今助ける」


 レオパルトは全身に力を込め、ヘリの残骸を引っ張り上げた。

 ところが残骸が動く気配はない。

 さすがにファルとレオパルトだけでは、残骸を動かすことができないようである。

 

 残骸をどけるには、もっと大勢の人が必要。

 そこでレオパルトは、ファルに伝えた。


「コピーNPCだ。コピーNPCを何人も出して、残骸を動かすんだ。そうすれば――」


 不意に言葉が途切れるレオパルト。

 いや、途切れたのは言葉だけではない。

 彼の心臓は、背中から突き刺されたガロウズの剣に貫かれ、鼓動すらも途切れてしまったのである。


「レオパルト……? おい! レオパルト!」


 剣を抜かれたレオパルトは、ファルの叫びに答えることはなかった。

 レオパルトはヘリの残骸にもたれかかり、死亡エフェクトの光に包まれてしまったのである。

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