ミッション16—7 家に到着するまでが遠足です

 任務を終えたファルたちを運ぶNH900は、メリア軍のレーダー網を掻い潜りベレルへ脱出。

 ベレル沿岸を飛びながら、給油地点まで飛び続けた。


 給油地点は、ベレル西岸のとある丘の上。

 そこは給油地点というだけでなく、ホーネットたちとの合流地点でもあり、またプレイヤーたちの解散地点でもあった。

 今回の作戦のゴールと言える場所である。


 時間は深夜。

 空は雨雲に覆われ、月明かりは届かないが、ファルたちは目的地である丘を確認した。

 丘の上には、小さな光が灯されていたのだ。


「もうすぐ合流地点です! 見てください! ホーネットさんたち、もう到着してるみたいですよ!」


「本当だ。見た感じ、全員無事そうだな」


 わざわざ暗視スコープを使い、丘の上を確認するファル。

 丘の上には、フクロウのエンブレムを付けたNH900が羽を休め、その周りを数人の人影が動き回っていた。

 人影の中には、こちらの存在に気づき手を振る女性の姿も。


 ラムダはヘリを丘の上に着陸させ、ファルたちはヘリを降りる。

 夜の闇と雨の中、まず最初にファルたちを迎えてくれた人影は、ホーネットだ。


「Hi, 元気そうだね」


「ホーネットこそ、元気そうで何よりだよ」


「ヤサカたちの作戦は……ティニーとラムダの様子みると、成功したっぽいね」


「うん。ホーネットこそ、その表情を見る限り、作戦を成功させたのが分かるよ」


「まあね」


 互いに健闘を称え合うヤサカとホーネット。

 彼女らの会話と並行して、レオパルトがファルに話しかけた。


「ファル、基地は破壊できたか? 敵を混乱させたか?」


「やりすぎなくらい混乱させてやった。基地を焚き火にみたいにしたからな。そっちはどうだった?」


「僕たちは、エッジバレー基地の兵士を全滅させた」


「……全滅? それって、軍事的な意味の全滅? それとも文字通りの全滅か?」


「文字通りの全滅だ。ホーネットが暴れた結果、敵NPCは1人残らず殺されたんだ。それでもホーネットは、舐めプだったそうだ」


「あの暴れ馬……やばいな……」


「おかげで僕たちは楽ができた。苦労せず作戦が遂行できた。頭痛の方がよっぽど悩ましかった」


 レオパルトの口ぶりからして、彼は実際に苦労などしていないのだろう。

 実際にエッジバレー基地のNPCは、ホーネットによって全滅させられたのだろう。

 思わずファルは、ホーネットから少しだけ距離を置いた。


 ところで、問題のディーラーはどうなったのか。

 少なくともディーラーは、今現在ヘリの中でおとなしくしているのだが。


「なあレオパルト、あのクレイジーゲーマー、変なことしなかったか?」


「ディーラーなら特に変わったことはなかった。普通に、ゲームを楽しんでいた」


「普通に?」


「普通にだ。ただのプレイヤーみたいにだ」


「そうか。意外だな」


 いくらディーラーでも、他人のクエストに参加する場合はきちんとルールに従うようだ。

 彼は、根っからのゲームを楽しみたい人物、ということなのかもしれない。


 ファルとレオパルトが会話している間、ティニーたちはヘリの給油作業に取り掛かった。

 

「ティニーさん、給油のための燃料をォ、お願いねェ」


「ヘリコプター2機分の燃料です!」


「分かってる。今出す」


 ラムダとクーノに急かされながら、自分のペースで燃料を用意するティニー。

 ティニーが用意したのは、巨大な燃料タンクである。


 燃料タンクからホースを伸ばし、ヘリのタンクに燃料を流し込むラムダたち。

 この辺りの作業は、イミリアでは非常に簡素化され、短時間で行える。

 サダイジンに感謝だ。


 数分して、2機のヘリのタンクは満タンになった。

 ラムダたちはヘリからホースを外し、燃料タンクを放置し、ヘリのエンジンをかける。


「いつでも出発できます!」


「こっちも準備完了だよォ。雨も強くなってきたしィ、雷も鳴りはじめたしィ、早く帰ろうよォ」


 それぞれのヘリの操縦席に座ってそう言ったラムダとクーノの2人。

 ヘリの回転翼によって水しぶきが飛ぶ中、ファルたちはプレイヤーたちに顔を向けた。


「みなさん、今日はお疲れ様です。みなさんのおかげで、作戦は大成功でした」


「ええと、報酬に関しては数日以内に届けるので、しばらくの間だけ待っててくれると助かります」


 クエスト完了後の、プレイヤーたちへの挨拶。

 これに対し、ディーラーはケラケラと笑いながら答えた。


「今日は〝最高〟の1日だった。こんなに〝楽しい〟クエストは久しぶりだ。〝オレが〟君たちにクエストを〝提供〟するのも良いが、〝君たち〟がオレにクエストを〝提供〟してくれるのも〝悪くない〟ものだな。次の楽しい〝クエスト〟を待っているよ」


 どうやらディーラーに気に入られてしまったらしい。

 正直、あまり嬉しくない。

 できればディーラーとはなるべく関わりたくないものだ。


 とはいえ、クエストを楽しんでくれたのはディーラーだけではない。

 プレイヤーたちもクエストを楽しんでくれたらしく、雨に濡れながらも、皆笑顔であった。

 

「よし、じゃ帰るか。ラムダ、ホーネットたちのためにワゴン車数台用意しておけよ」


「おお! 忘れてました! すぐに用意します! 大きくて速い車を出しておきます!」


「別に普通の車で良いからな」


 クエストは終わり、プレイヤーたちはここで解散。

 あとは各々が家に帰るだけ、のはずだった。


 暗闇の中から、にわかに銃弾が雨を切り飛び抜け、1人のプレイヤーの胸に直撃。

 胸を撃たれたプレイヤーはその場に倒れ、死亡エフェクトに包まれてしまう。


「どうした!? 何があった!?」


「敵が来たみたいだよ。しかも、厄介な敵がね」


「ここはあたしたちの出番かな」


 アサルトライフル――MR4を構えたヤサカと、剣を構えたホーネット。

 彼女らの視線の先には、稲光により闇の中から浮かび上がった、黒のロングコートに仮面をかぶった男が1人。

 敵の正体は、ガロウズだ。


「クソ……ここでアイツかよ……」


「ファルくん! ガロウズは私とホーネットが抑える! その間にプレイヤーさんたちをヘリに乗せて、逃げる準備をお願い!」


「わ、分かった! お前ら、死ぬなよ!」


「死ぬ? あたしがガロウズ相手に死ぬわけないでしょ」


 随分と自信たっぷりなヤサカとホーネットのコンビ。

 ガロウズは口を閉ざしたまま、左手に持った銃をプレイヤーに向けた。


 再び放たれた弾丸。

 だが今度は、その弾丸がプレイヤーの命を奪うことはなかった。

 ヤサカの作り出したシールドが、プレイヤーたちを守ってくれているのである。


 同時に、ホーネットが剣を突き出しガロウズに突撃。

 瞬間移動でもしたかのようなホーネットの動きに対し、ガロウズは完璧に対応。

 剣と剣がぶつかり合う音が、辺りに響き渡った。


「い、今だ! 今のうちに逃げるんだ! 全員ヘリに乗れ! 早く!」


「私、SMARLスマールでヤサカたち、援護する」


「ダメだティニー! 邪魔になるだけだ! お前もさっさとヘリに乗り込め!」


 どんな状況であろうと同じだ。

 ガロウズとは戦ってはいけないのだ。

 ヤサカやホーネットほどの強さがあったとしても、最終的には逃げる他ないのだ。


「ラムダ! クーノ! 定員が多少超えても飛べるか?!」


「すし詰めになっちゃうけどォ、飛べるよォ」


「最高速が出せなくなるかもしれません!」


「なんでも良い! 乗せられるだけ乗せろ!」


 クエスト参加者が死のうと、彼らはログアウトされるだけ。

 だがそれでも、彼らは死ぬ気はなく、我先にとヘリに群がってしまう。

 ならば最初から彼らをヘリに乗せてしまった方が、ファルたちは早くここから逃げられる。


 しかし、クエスト参加者の中で1人だけ、ヘリに乗ろうとしない人物がいた。

 ディーラーだ。


「他人の〝ゲーム〟に殴り込んで、他人の〝楽しみ〟を打ち壊そうとする。まったくもって〝気に食わない〟な」


 能面の底から湧き出る怒りの感情。 

 ディーラーは拳銃を手に取り、ガロウズへの攻撃に参加した。

 今の彼は、ファルたちの〝味方〟なのである。


 ガロウズに対し剣を振るうホーネット、銃を向けるヤサカとディーラー。

 この隙に、ファルたちはガロウズから逃げようと必死であった。

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