ミッション16—4 ノースロス空軍基地 II
サダイジンに案内された先。
基地
「着いたぞ」
《だぞ。看板の『進入』の『進』って文字が、『振動』の『振』になってる看板だぞ?》
「ああ、間違いない。誤字ってる看板だ」
《じゃあそこなんだぞ。そこから基地内に
「本当か? ただのコンクリートの壁しかないぞ」
《そうだぞ。そこにはコンクリートの壁しかないんだぞ》
「はあ?」
コンクリートの壁が基地への入り口とは、一体どういうことなのか。
少なくともサダイジンの口調に嘘はなさそうだ。
ファルは直接問いただした。
「じゃあどうやってコンクリートの壁を突破するんだ? まさかC4で爆破しろとか言わないよな」
《言うわけないんだぞ。ステルスミッションじゃなくなるんだぞ》
「ならどうすれば良いんだ?」
《まずは浮き輪とこけしを用意するんだぞ》
「浮き輪と……こけし……?」
《次に浮き輪を装着するんだぞ。そしてこけしでコンクリートの壁を叩きつけるんだぞ》
「ちょっと待て。え? ふざけてるのか?」
《ふざけてないんだぞ。それはバグ技なんだぞ。ちょっとした不具合を利用するだけなんだぞ》
いよいよサダイジンの言っていることの意味が分からない。
だが、基地の正面入り口方面からは銃声が聞こえてきている。
おそらくデスグローの攻撃がはじまったのだろう。
「ねえファルくん、デスグローさんのおかげで、NPCたちが正面入り口に向かってるみたいだよ。基地に潜入するなら今じゃないかな」
「分かってる。分かってるんだが分からないことがあるんだ」
「分からないこと?」
「浮き輪をつけた状態でこけしをコンクリートの壁に叩きつけると、バグで基地内に潜入できるらしい」
「確かに、それは分からないことだね……」
ファルと同じくぽかんとした表情をするヤサカ。
一方でティニーは、ファルの話を聞いた直後から浮き輪とこけしの用意を開始した。
ティニーの前に転がる多数の浮き輪とこけし。
半信半疑なプレイヤーたちは、なかなか浮き輪とこけしに手を伸ばそうとしない。
ただし、ラムダは我先にとそれらを手に取った。
体に浮き輪を装着し、両手でこけしを握ったラムダ。
彼女はそのまま、コンクリートの壁をこけしで殴りだす。
「えい! えい! ファルさんよ、何回殴っても壁抜けできませんよ!?」
「……サダイジン、壁抜けできないぞ」
《壁抜けできる確率は低いんだぞ。ひたすら殴るしかないんだぞ》
「そ、そうか……。おいラムダ、ともかくひたすら壁を殴ってれば行けるらしいぞ」
「ひたすら殴るんですね! 分かりました!」
言われた通り、ただひたすらにこけしで壁を殴るラムダ。
ヤサカやティニー、数人のプレイヤーもラムダに倣い、浮き輪を装着しこけしで壁を殴りはじめた。
「今はサダイジンちゃんを信じるしかないよ」
「はい、トウヤの浮き輪とこけし」
「やるしかないのか……」
基地正面口からの銃声は続いているのだ。
下手をすれば、戦闘機が飛び立ってしまう可能性もある。
こんな場所でゆっくりとしている場合ではない。
いろいろなものを諦めて、ファルは浮き輪を装着しこけしを握った。
そしてヤサカたちとともに、こけしでコンクリートの壁を叩きはじめる。
18人の若い男女が、浮き輪を装着しこけしでコンクリートの壁をひたすら殴るという光景。
珍妙を通り越し危険な匂いのする光景だ。
今のファルたちは、相当に危ない集団にしか見えない。
「叩いても叩いてもダメだぞ。もうこけしの頭が折れそうだ」
「大丈夫。こけし、いっぱい用意できる」
「陰陽師姿のティニーがそう言うと、なんだかこけし職人みたいだね」
「浮き輪つけたこけし職人なんか聞いたことないぞ」
「こけし、たまに幽霊が取り――」
話しながら、突如として壁に吸い込まれ姿を消したティニー。
そのあまりに不思議な出来事に、ファルとヤサカの壁を殴る手が止まる。
だがすぐに、ティニーが壁の中に消えた意味を理解した。
「ティニー……壁抜けした?」
「サダイジンちゃんが言ってたこと、本当だったんだね! みんな、こけしで壁叩きを続けよう!」
「ずるいです! わたしも早く壁抜けしたいです!」
喜ぶヤサカとふくれっ面になるラムダ。
実際にティニーが壁の向こう側に消えたことで、半信半疑であったプレイヤーたちも本気でこけしを振るいだした。
約2分程度経った頃だろうか。
10人以上のプレイヤーが壁抜けを成功させ、ついにヤサカも壁の向こうに消えていく。
残されたのはファルとラムダ、数人のプレイヤーだけだ。
「わお! 見てください! こけしさんの頭が3分の2まで削れました!」
「どんだけ強く叩いてるんだよ」
「だって! 早く壁抜けしたいじゃないですか!」
「どうしてお前は、こんなことにそんな本気なんだ……。ティニーがいないせいで、こけしの替えがないんだから、少し手加減しろ」
ラムダに注意しながら、作業のようにこけしでコンクリートの壁を叩き続けるファル。
なんとも不毛な作業だと、ファルはため息をつく。
その時であった。
ファルの視界が真っ暗になり、次の瞬間には広大な滑走路が目前に広がる。
何が起きたのか分からないファルは、浮き輪を装着しこけしを握ったまま、立ち尽くしてしまう。
「ファルくん、こっちだよ」
どこからか聞こえてくるヤサカの声。
声のした方向に視線を向けると、そこにはトラックの陰に隠れるヤサカたちの姿が。
ファルはすぐさまヤサカたちのもとに向かい、彼女らと同じくトラックの陰に隠れた。
「壁抜け、無事にできたみたいだね」
「みたいだな。なんつうか、思ったよりあっさりだった」
あっさりすぎて、壁抜けをした実感がない。
ノースロス空軍基地の敷地内にいる時点で、壁抜けを行ったのは確実なのだが、なんとも不思議な気分だ。
ファルが壁抜けを成功させてから数分後。
数人のプレイヤーも壁を抜け、最後の1人であるラムダも基地内にやってくる。
「ひどいです! わたしが一番最初に壁を叩いたのに、一番最後だなんて!」
「おいラムダ、なんでそんな悔しそうなんだ」
「ファルさんには、わたしの気持ちが分からないんですか!?」
「分かってたまるか」
「でも、壁抜け順位最下位ですよ!? 悔しいに決まってるじゃないですか!」
「壁抜け順位ってなんだよ。上位に入っても何も嬉しくないだろ、それ」
悔しさのあまり肩を落とすラムダ。
訳が分からないファル。
《だぞ、お兄さんたちは基地内に入れたのかだぞ?》
「入れたみたいだ。変なバグがあって助かったよ」
《私たちのガバガバなデバック作業に感謝するんだぞ!》
「その言葉、ゲーム開発者としてどうかと思うんだが」
妙に誇らしげな無線越しのサダイジンに、ファルは苦笑い。
対してヤサカは浮き輪とこけしを捨て、プレイヤーたちに言った。
「みなさん、これからティニーが爆弾を配ってくれます。みなさんは、その爆弾を戦闘機や基地の施設に取り付けてください。全ての爆弾を取り付けたら、正面口近くのハンガー裏に集合してくださいね」
「よし! 任せて!」
「派手な花火の準備だな!」
テンション高めでティニーの周りに集まるプレイヤーたち。
大勢の人に囲まれたティニーは、少しだけビックリしたような無表情で、大量の爆弾――C4を出現させる。
プレイヤーたちは持てるだけの爆弾を持ち、ライフルを構え、準備完了。
もちろんファルたちも彼らと同じく、準備完了だ。
「じゃあ、行くぞ!」
ファルの掛け声と同時に、プレイヤーたちは散開。
ようやくノースロス空軍基地破壊作戦の開始である。
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