ミッション16—3 ノースロス空軍基地 I

 メリア合衆国西部の大都市ロスアン。

 その中心部から北に10キロほど離れた場所にあるのが、メリア空軍ノースロス基地だ。

 

 ステルス機能を追加されたラムダのヘリ――NH900は、基地から数キロ離れた森の中に着陸。

 機体を森に隠し、ファルたち18人のプレイヤーは車に乗って、ノースロス空軍基地を見渡せる小高い丘にやってきた。


 太陽はすでに西の地平線に沈んでいる。

 ファルとヤサカは暗視スコープを使い、丘から基地を眺めた。

 暗視スコープの先には、基地の灯りと航空機のライトが輝く、緑色の世界が広がる。


「結構な数の戦闘機がいるな」


 丘から確認できた航空機の数は、約40機。

 海の向こうにある八洲に対しての前線基地であるため、相当な戦力を有しているようだ。

 これに驚くファルだが、ヤサカは冷静に分析する。


「機体の半分は、帰ってきたばかりの戦闘機や攻撃機みたいだね。残りの半分は、夜間作戦の準備をしてる機体かな。見て、ちょうどミサイルを取り付け中の機体がいる」


「作戦終わりの戦闘機とこれから作戦に向かう戦闘機が揃ってるってことか」


「うん。私たちの作戦からすれば、好都合だよ」


 暗視スコープを覗きながら口元を緩めるファルとヤサカ。

 とはいえ、油断はできない。


「ただ……警備もかなり厳重そうだな。戦争中に作戦中の空軍基地潜入なんて、どうすれば……」


「大丈夫、私が除霊する」


「戦車で正面から突入すれば良いじゃないですか!」


「パワーガールズは黙ってようか」


 ティニーとラムダが何やらのたまっているが、知ったことではない。

 今回は潜入ミッション、いわゆるステルス系のミッションなのだ。

 敵にバレることを避けるのが第一である。


 推定数百の警備と数千の兵士たちにバレることなく、基地に潜入する。

 果たしてそんなことが可能なのだろうか。


 あれこれ悩むファル。

 そんな彼に対し、デスグローがからんできた。


「おいてめえ、難しい顔する必要ねえだろ。ここには俺様がいるんだからな」


「お前がいると思うと、ますます難しい顔になるんだが」


「言ってろ! てめえごときが俺様の強さを理解できるはずもねえ!」


「では頭脳明晰なインテリスグロー様、基地に潜入する良い作戦を教えていただきたい」


「よく聞けよ! 俺様は無敵だ! だから俺様を盾にすれば、どんな攻撃でも止められる! つまり、てめえらが俺様に守られながら、基地に突撃すりゃ良いんだ!」


「……すまん、やっぱり俺にはお前が理解できなかった」


「当然だ! てめえよりも俺様の方が上だからな!」


「…………」


 相手するだけ無駄。

 むしろストレスが溜まるだけの害悪。

 デスグローを完全無視したファルは、再び頭を動かす。

 

 頭を動かしたのだが、デスグローの言葉はファルに思いつきを与えたようだ。

 無敵状態を利用するのは、決して悪い手ではないのである。


「ひとつ良いアイデアがあるんだが」


「どんなアイデア?」


「待ってくれ。その前に、ちょっとサダイジンに確認したい」


 ファルの思いつきが可能かどうかは、サダイジンの返答にかかっている。

 早速ファルは、無線機を手に取りサダイジンに連絡した。


《だぞだぞ、サダイジンだぞ。どうしたんだぞ?》


「ノースロス基地に関して質問がある」


《どんな質問だぞ? どんな質問でも答えるんだぞ》


「NPCにバレずに基地内に入れるような出入り口ってあるか? あるいは、壊しやすいフェンスとかあったりするか?」


《それなら良い場所があるんだぞ。NPCも知らない出入り口があるんだぞ》


「ホントか!?」


《ホントだぞ。いつでもお兄さんたちを案内するんだぞ》


「ありがとう、助かる。あとでもう一度連絡するから、その時に案内してくれ」


《分かったんだぞ。電話を待ってるんだぞ》


 サダイジンとの連絡を中断したファルは、ノースロス空軍基地潜入の作戦を決定した。

 ファルは立ち上がり、デスグローに言う。


「さすがはスグローだ! お前の無敵状態には誰にも勝てない! だから、そんなお前に頼みたいことがある!」


「フン、分かってんじゃねえか。で、なんだ?」


「お前は基地の正面入り口で警備たちを倒してくれ。1人でな」


「1人?」


「ああ、1人だ。俺たちは死ぬ可能性があるが、お前は絶対に死なない。だからお前に、正面入り口で警備員を全員始末してほしいんだ。スグロー、お前ならできるだろ?」


「もちろんだ! 俺様に任せろ! 俺様の活躍を焼き付けやがれ! うおおお!」


 チョロ過ぎるデスグローは、加えて気が早い。

 彼は自信たっぷりの表情をしながら、基地の正面入り口に走り去ってしまったのだ。

 

 困惑しているのはヤサカである。

 

「ねえファルくん、正面入り口からの突破は無謀だよ?」


「安心しろ。正面突破なんてバカなことはしない」


「え? もしかして……デスグローさんは囮?」


「囮というより、餌だな。餌にNPCが群がってる間に、俺たちはサダイジンから教えてもらった場所から基地に潜入だ」


 無敵状態のデスグローがどうなろうと問題ない。

 特にこれといった感情もなくそう説明するファルに、ヤサカはやや引き気味。

 一方でティニーとラムダは、いつも通りだ。


「適材適所」


「ファルさんよ、さすがです! 時折見せる鬼畜です!」


 そんな感想を口にするティニーとラムダ。

 2人もデスグローが死なないことを良いことに、デスグローへの心配はしていない。

 

 作戦は決まった。

 基地へ潜入するのは、デスグローを除いた17人。

 退屈そうに作戦開始を待つプレイヤーたちに対し、ファルは宣言する。


「これから基地に潜入します。倒した敵が多ければ多いほど報酬はアップするので、よろしくです」


 この宣言に対し、やはりプレイヤーたちの反応は良好。

 金稼ぎと同時にゲームを楽しめるということで、プレイヤーたちのテンションは高めだ。


 そう、プレイヤーたちにとっての基地襲撃は、戦争ではなくゲームなのである。

 ゲーム世界のクエストなのだから、ゲームで当然なのである。

 むしろ、ゲームであって然るべきなのである。


    *


 無線から聞こえてくるサダイジンの案内。

 ファルたちはそれに従い、暗闇に紛れながら、徒歩でノースロス基地に近づく。


《大きな木の近く、基地進入禁止の看板があるコンクリートの壁に向かうんだぞ》


「コンクリートの壁? そんな場所から基地内に入れるのか?」


《大丈夫なんだぞ。私を信じるんだぞ》


 今はサダイジンを信じるしかないだろう。

 ファルは特に文句を言うこともなく、サダイジンに従い続けた。


 サダイジンの案内に従い、林を抜けて基地へと向かう最中である。

 誰もが息を潜め、鼻をすすることすら躊躇われる状況。

 しかしラムダは構うことなく口を開いた。


「もうひとつの基地の攻撃、うまくいってますかね!?」


「ラムダ! 声が大きいぞ!」


「ファルさんよ、ファルさんも声が大きいです!」


「う、うるさいぞ。ともかく黙っててくれ。黙れないなら、せめて小声で話してくれ」


「了解です! それで、ホーネットさんたちはどうなりましたかね!?」


 とても了解しているとは思えぬ声量のラムダ。

 思わずファルは大きなため息をつく。

 対してヤサカは、苦笑いを浮かべながらもラムダの言葉に答えた。


「ディーラーのことが心配だけど、ホーネットなら大丈夫だよ。ホーネットは強いからね。それにいざとなれば、クーノがみんなを助けてくれる」


 ホーネットとクーノを信頼するヤサカ。

 これにファルは付け加えた。


「しかも、向こうのチームにはレオパルトもいる。あいつ、ああ見えて器用だし、戦闘ステータスもまあまあ高い。悪運も高い」


「おお! ヤーサもファルさんも友達を信頼しているんですね! 良いですね!」


「当然だよ。ホーネットとクーノは、いつだって私を助けてくれたからね」


「俺はレオパルトを信頼してるっていうより、どうせ勝手に作戦成功させるから放っといてるって感じだけどな」


「ファルさんよ、放っとける時点で、信頼してるっていうことですよ!」


「……まあ、そうかもな」


 ヤサカにホーネットとクーノがいるように、ファルにもレオパルトがいる。

 友達だとか親友だとかを意識したことはあまりないファルだが、レオパルトはファルにとって信頼できる友達なのである。

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