第16章 これ撹乱作戦ですし

ミッション16—1 世界大戦勃発

 午後5時30分。

 小雨が降る中、2機のNH900が護衛艦『あかぎ』甲板上で回転翼を回していた。


 1機はフクロウのエンブレムを付けた、クーノが操縦席に座りレオパルトがキャビンで待つNH900。

 もう1機は、ラムダが操縦席に座るNH900だ。

 ファルとヤサカ、ティニーは、ラムダのNH900へと向かう。


 艦橋までファルたち3人を見送りに来てくれたのは、コトミとミードン、サダイジンの3人。

 ただし、コトミは深いため息をついていた。


恭吾キョウゴさんも秋川さんも、レイヴンさんも、レオーネさんも、それに私も、まさかこんな形で戦争がはじまるとは思ってもみなかったわ」


「それは俺たちも同じです」


 コトミから視線を外し、明後日の方向を見てそう答えたファル。

 無邪気に笑うのは、盗賊のコスプレをするサダイジンだ。


「まさかまさかなんだぞ。2日前のアイドルファンの反乱に巻き込まれて、江京ドーム近くにいたメリア国務長官の乗った車が爆破されたんだぞ。シナリオとしてはめちゃくちゃなんだぞ」


「国務長官を殺されたメリアは八洲に報復、宣戦布告なしにコンドルを使って江京ドームを破壊したわ。無実の国民まで殺されたとして、八洲国会はメリアとの宣戦を決議。今日の昼間から、八洲とメリアは戦争状態に突入よ」


「アイドルファンは怖いんだぞ。戦争まではじめちゃうんだぞ」


「人間の愛や想いとは、それほど強いということ! にゃ!」


「まったく想定外の事態よ。みんな緻密な計画を立てて戦争準備を進めてきたのに、音楽フェスでの乱闘騒ぎで一気に世界大戦なんだから」


「だぞ! 誰かさんたちが武器を配らなきゃ、こうはならなかったんだぞ!」


 いよいよファルとヤサカは、コトミの目を見ることができなくなった。

 2人は遠くを見つめ、乾いた笑いで誤魔化す。


 ところが、ティニーは正直な爆弾陰陽師少女だ。

 彼女ははっきりと、コトミに言った。


「プレイヤー、197人ログアウトした。戦争、はじまった。全部、望み通り」


 包み隠さず自分の思いを口にしたティニー。

 これに対しコトミは、微笑みを浮かべて答えた。


「そうなのよ。東也ファル君たちを責める必要はまったくないのよね。秋川さんもレイヴンさんも、なんやかんや戦争がはじまったんだから、東也ファル君たちに感謝しなきゃ、って言ってたわ」


「……あれ? そうなんですか?」


「ええ、タイミングはばっちりだったの。フェス当日、秋川さんはね、メリア国務長官に戦争の不可避を伝えるつもりだったのよ。だから、江京ドーム前で国務長官が死ななくても、遅かれ早かれ戦争ははじまってたわ」


「そうだったんですか。てっきり、計画を狂わせちゃったかなと思ってましたよ」


「大丈夫。東也ファル君たちは、何も心配せずに、ゲームを楽しんでくれれば良いわ。面倒なことは、私たち大人に任せなさい」


「コトミさん……ありがとうございます!」


 聖母の寛大なお言葉に感涙し、ファルは頭を下げた。

 いつだってファルたちは、コトミたちに支えられているのだ。


「あ、それと秋川さんから伝言よ」


「伝言?」


「ミードン、お願いね」


「了解なのだ! スクリーンマジック!」


 プロジェクターモードに移行したミードンによって、秋川の映像メッセージが再生される。


《今回の件、私から少し言いたいことがある。君たちのおかげで計画が大いに狂った。宣戦決議のための折衝は大いに苦労した。私は今、大いに疲れている》


「やっぱり計画狂わせてるじゃないですか!? 完全に怒ってるじゃないですか!?」


「まだ伝言は続いてるわよ」


「説教でもされるのか……?」


《だが、今回の件はNPCがヨッツーを貶したことが発端と聞いている。であれば、私は身を粉にしてでも戦争をはじめよう。いやむしろ、NPCを許しはしない。ヨッツーの魅力が理解できぬNPCとの戦争、大歓迎だ》


「あれ? 流れ変わった?」


「秋川さん、顔が本気だよ……」


《君たちのおかげで、ヨッツーはトップアイドルの座に戻れた。AIの無能さを知ることもできた。私は君たちに感謝している。以上だ》


「許された……のか?」


「許された……みたいだね」


 顔を見合わせ、安心したような困惑したような感情を共有するファルとヤサカ。

 なんだかよく分からないが、秋川はファルたちに感謝しているらしい。

 やはりヨッツーファンはおそるべし。

 

 さて、秋川からのメッセージも終わり、コトミがファルたちに伝えるべきことはなくなった。

 コトミは再び微笑み、ファルたちを送り出す。


「それじゃ東也ファル君、ヤサカちゃん、若葉ティニーちゃん、作戦頑張ってね」


「もちろんです。絶対に、コトミさんを失望させません」


「頼もしいわ」


 これからファルたちは、ラムダとクーノのヘリに乗りメリアへと向かうのだ。

 可能なかぎり戦争を長引かせ、またその規模を大きくするための作戦遂行のため、メリアへと向かうのだ。


「困ったら私に質問するんだぞ。どんなことでも答えるんだぞ。私は瀬良カミ兄よりもイミリアに詳しいんだぞ」


「サダイジンちゃんの助言、期待してるからね」


 自信満々のサダイジンは、ヤサカの言葉を聞いてさらに自信を深める。

 ここでファルは、自信満々のサダイジンに質問した。


「そういやサダイジン、プレイヤーが不完全なログアウトで昏睡状態になる件、どうなった?」


「だぞ……分からないままなんだぞ……」


「イミリアに詳しいんじゃなかったのか?」


「だぞ、お兄さんが意地悪を言うんだぞ。私にだって分からないことはあるんだぞ」


 口を尖がらせしょんぼりとしてしまうサダイジン。

 先ほどまでの自信満々な姿が嘘のようである。

 ファルは焦りながら、フォローを入れた。

 

「ま、まあ、サダイジンが分からないってことはカミも分からないってことだし、サダイジンならいつか解明してくれるよな。ア、アハハ」


「クックック、やる気のないお兄さんはよく分かっているんだぞ。その通りだぞ!」


 あっという間にサダイジンは元気を取り戻したようである。

 なんというか、チョロい。


「早く、行こ」


 待ちくたびれたティニーがファルとヤサカの袖を引いて、出発を促す。

 時間的に出発の頃合いだ。

 ファルたちはコトミたちに手を振り、艦橋の扉に手をかけた。


「ではコトミさん、行ってきます」


「いってらっしゃい」


神様ファルたちの凱旋を待っているのだ!」


「だぞ! だぞだぞ!」


 聖母とネコ、コスプレゲーム製作者に見送られ、ファルたちは艦橋の外に踏み出した。

 艦橋の外に広がるのは、薄暗い空の下、小雨に降られ2機のヘリのエンジン音に包まれた甲板。

 ファルたちはそそくさとラムダの待つヘリに乗り込み、無線を通してラムダとクーノに呼びかける。


「出発の時間だ」


「待ってました! すぐに飛びますよ!」


《目的地はァ、ベレル西部沿岸で良いんだよねェ?》


「ああ。そこで他の作戦参加者を拾って、メリアのロスアン近郊にある軍事基地を奇襲攻撃する」


《そうなるとォ、ベレルで給油しないとねェ》


「その辺りも準備は済んでる」


《ということはァ、クーノは目的地にヘリを飛ばすだけで良いんだねェ。楽な仕事だねェ》


「楽しそうな作戦です! ワクワクします!」


 どこかピクニックにでも行くような感覚が拭えぬラムダとクーノの2人。

 そんな2人に些か不安を覚えながら、ファルはクーノのヘリに乗るレオパルトにも話しかける。


「今回は同時に2つの基地を攻撃する。そっちのヘリに乗る部隊の指揮はレオパルトに任せたぞ」


《任せてくれ。僕を信じてくれ。必ず作戦を成功させる》


「お前、もう立派なレジスタンスの一員だな」


《プレイヤーのログアウトのためだ。イミリアを、あるべき姿に戻そうとしてるだけだ》


「真面目な回答だな。で、本音は?」


《救出作戦――いや、救出ゲームが楽しくて仕方がない》


「だと思ったよ」


 無線を通して笑い合うファルとレオパルト。

 そうしている間にも、2機のヘリは『あかぎ』の甲板を離れ、東の空へと飛び立っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る