ミッション15—6 アイドル対戦の行方

 2年間の不満が爆発したプレイヤーたち。

 怒りステータスが限界値を超えたNPCたち。

 彼らの大ゲンカは、ケンカと呼ぶにはあまりにも壮絶なものであった。


 最初に地面に落ちていた武器を拾ったのは、とある1人のプレイヤー。

 そのプレイヤーの行動をきっかけに、プレイヤーたちは武器――拳銃からアサルトライフル、ロケランなど――を拾い上げ、NPC狩りに乗り出す。


 もちろんNPCも黙っていない。

 NPCの容赦ない自己防衛プログラムは、彼らにも武器を拾わせ、銃口をプレイヤーたちに向けさせた。


 数分前まで音楽フェスが行われていた江京ドームは、銃撃戦の会場となったのだ。

 いや、ロケランの弾までもが飛び交っているのだから、もはや戦場と言っても過言ではない。


「レオパルト! もうこれ以上は煽らなくていい! さっさと逃げるぞ!」


「なんだって!? 銃声で聞こえない!」


「だから! さっさと! 逃げるぞ!」


「逃げるんだな? 分かった」


 今のプレイヤーたちならば、警察に対しても躊躇なく攻撃を加えることだろう。

 未だリスポーンするプレイヤーたちも、警察にケンカを売ればログアウト対象だ。

 もうファルたちがケンカを煽る必要はない。


 NPCの死体を乗り越え、銃弾を避けながら、姿勢を低くしてファルのもとにやってくるレオパルト。

 レオパルトが到着すると、ファルはティニーを探した。


「ティニー! どこにいる!?」


 小さな体のティニーは、混乱と人々の波に埋もれ、見当たらなかった。

 こうなってしまえば、大声でティニーを呼び続けるしかない。


「ティニー! 逃げるぞ! 武器配りは終わりだ!」


 銃声に負けじと声を張り上げたファル。

 どうやらファルの呼びかけは、ティニーに届いたらしい。

 

 銃撃戦が繰り広げられる観客席に、突如として大爆発が起きた。

 複数のNPCがその爆発に巻き込まれ、衝撃に体を潰され、死体が宙を舞う。

 爆発によって出来上がった空間から現れたのは、ティニーであった。


「エヘヘ、楽しい」


 SMARLスマール片手にファルのもとにやってきたティニー。

 満足げな無表情を浮かべる彼女に、ファルとレオパルトの頰が引きつる。


 合流したファルとレオパルト、ティニーの3人は、江京ドームの出入り口に向かって走り出した。

 出入り口の方からは、複数の武装警察NPCが江京ドーム内に突入してくる。

 ファルの思惑通りの展開だ。


 武装警察NPCとすれ違ったファルたちは、江京ドームを抜け出し向かいのビルへと逃げ込んだ。

 ビルにはヤサカたちが待っており、これで合流完了である。


「お帰りなさいです! どうでしたか!? ケンカはどうなりましたか!?」


「ケンカという殺し合いになった」


「わお! 殺し合いフェスですね!」


 例のごとくテンションが上がるラムダ。

 ヤサカは江京ドームを眺めながら、素朴な疑問を口にした。


「プレイヤーさんたち、どのくらい暴れてるんだろう……?」


「私のファンたちですよ~。私たちのためなら~、きっと大暴れしてくれますよ~」


「ヨツバさんは、なんだか楽しそうですね」


「もちろんですよ~。だってだって~、私のために~、ファンのみんなが暴れているんですよ~。私たちを貶したクソどもを~、駆逐してくれているんですよ~。嬉しくてしょうがないです~」


 昔のように多くのファンたちが自分のために行動してくれている。

 自分のファンたちが、自分のために戦ってくれている。

 このことに、ヨツバは有頂天であるのだ。


 そんなヨツバへの反応に困りながら、ヤサカはファルに言った。


「救出作戦もうまくいくといいね」


「大丈夫だろ。プレイヤーたち、情け容赦なしだったし――」


 そうファルが答えている最中である。

 江京ドームの壁が爆発し、爆発によってできた大穴からロケット弾が飛び出してきた。

 ロケット弾は江京ドーム前の街道に飛び込み、街道を走っていた黒いセダンに直撃する。


 黒いセダンは爆発炎上。

 セダンを囲んでいたパトカーは大混乱。


「ほらな。あれだけケンカを売れば、ペンネ・グラタン――」

「ペルソナ・ノン・グラータ」

「――認定間違いなしだ。すぐにプレイヤー100人以上がログアウトされるだろ」


 ファルの言う通りであった。

 プレイヤーたちが殺されログアウトさせられるのは、それからすぐであったのだ。


 黒いセダンが爆発炎上してから数十秒後、一瞬にして江京ドーム近辺は影に覆われ、太陽の光を失う。

 何事かと思ったファルたちが空を見上げると、そこには巨大な鉄の塊が、無数の砲を地上に向けて浮かんでいた。


「あ……あれは……」


「空中戦艦!? 国籍マークは……メリアだよ! メリア軍の空中戦艦コンドルだよ!」


 直径1000メートル級の空飛ぶ戦艦が、江京ドーム上空に現れたのだ。

 八洲の首都上空に、メリア軍の空中戦艦コンドルが現れたのだ。


「すごいです! 空中戦艦です! わたしもあれに乗りたいです!」


「さっきまであんなのいなかったぞ!? どこから出てきた!?」


「超高速移動だよ! 空中戦艦は1日に2回だけ、どこにでも一瞬で移動できるんだよ!」


「はあ!? 公式チートか!?」


「まずいぞファル。コンドルが攻撃してくるかもしれないぞ」


「意味が分からない! なんでコンドルなんかが――」


「理由を考えるのは後回し! 今は伏せて!」


 ヤサカに言われるがまま、地面に伏せたファルたち。

 直後、コンドルに装備された無数の砲が同時に火を吹き、数えきれぬ数の爆弾が自由落下をはじめる。

 

 江京ドームに砲弾の雨が降り注ぎ、爆弾の嵐が襲いかかった。

 砲弾と爆弾が着弾すると、江京ドームは爆風と衝撃波、火球、土煙に覆われてしまう。

 ファルたちはその衝撃と爆音にさらされながら、ヤサカのシールドに守られ、なんとか耐えるしかない。


 火球は消え、爆風と衝撃波が過ぎ去った後、ファルはゆっくりと立ち上がり江京ドームを眺めた。

 ところが、そこに江京ドームの姿はなかった。

 そこにあるのは、瓦礫と深いクレーターのみだったのである。


「あの……江京ドームが綺麗さっぱり吹き飛んでるんだが……」


「爆発、楽しかった」


「ファルさんよ! やりましたね! プレイヤーのみんな、これで無事に死ねましたよ! 無事にログアウトですよ!」


「いやいやいやいや! やりすぎだから! ここまでは求めてないから!」

 

「ねえ、ここって八洲でしょ? なんでメリア軍所属のコンドルが来たわけ?」


「う~ん、どうしてだろうね。今の国際情勢を考えると、八洲のためにメリア軍が動くことなんてありえないもんね」


「もう訳が分からん……」


 プレイヤーたちが武装警察NPCに殺される。

 それがファルの求めていた展開だ。

 メリアの空中戦艦で江京ドームごとまとめて吹き飛ばすなど、想像すらしていなかった展開だ。


 クレーターを前にして、呆然とするファル。

 一方でレオパルトは、ヨツバの心配をしていた。


「ヨッツー、大丈夫か? 怪我はないか?」


「怪我はないみたいです~。お兄さんたちのおかげです~」


 この状況でなおもぶりっ子を貫き通すヨツバのプロ根性は大したものだ。

 レオパルトはヨツバに感心した様子。


 ヨツバに感心していたのはレオパルトだけではない。

 ファルたちと同じビルに避難していた1人の少女が、ヨツバの前に立ち目を輝かせた。

 

「ヨッツーさんッ! すごいですッ!」


「げっ!? ヒヨコ!?」


 ショコラのメンバー、ヒヨコの登場だ。

 ヨツバはあからさまに嫌な顔をしてヒヨコを嫌がるが、ヒヨコは気にしない。

 それどころか、ヒヨコの言葉にヨツバは驚かされることになる。


「どうしたら、あんなすごいファンを獲得できるんですかッ!? 是非、ヨッツーさんに教えて欲しいですッ!」


「すごいファン?」


「ヨッツーさんのためなら命をかけて戦うファンたちッ! すごすぎますッ! ヨッツーさんの魅力はすごすぎますッ!」


「ま、まあね~。私ぐらいのトップアイドルともなれば~、ファンのみんなも命がけになって当然だからね~」


「わあ~……ヨッツーさんッ! ヒヨ、ヨッツーさんみたいになりたいですッ! 弟子入りさせてくださいッ!」


「え!?」


 目を丸くするヨツバ。

 ヒヨコが本気なのかどうか、ヨツバは確かめる。


「じゃあ~、ショコラを脱退して私と一緒にアイドルやってよ~」


「分かりましたッ! ヒヨ、本日限りでショコラを脱退して、ヨッツーさんの弟子になりますッ!」


「ほ、本気なんだ……。でも気に入った。それじゃ~ヒヨちゃん、私についてきなさい!」


「了解ですッ! マイマスター!」


 何やらアイドル界に激震が走るようなことが起きた。

 空中戦艦といいヒヨコのヨツバへの弟子入りといい、展開が急だ。

 ファルとヤサカは状況についていけず、まばたきを繰り返すしかなかった。

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