ミッション15—5 これなんのフェス?
大規模音楽フェス当日。
様々な音楽ユニットによって江京ドームは大盛り上がり。
中でもアイドルグループ『ショコラ』の出番では、江京ドームが大勢のファンNPCの歓声によって埋め尽くされた。
さて、そんな場所に殴り込みをかけるのが、ヨツバをリーダーとした『イミリアぷりてぃースターズ』である。
メンバーはヤサカ、ティニー、ラムダ、ホーネットの5人。
彼女らの出番が、いよいよ訪れる。
制服姿の5人は舞台に飛び出し、ファンたちを前に手を振った。
慣れた様子のヨツバ、天使のような笑顔を振りまくヤサカ、無表情のティニー、あっけらかんとしたラムダ、緊張でガチガチのホーネット。
バラエティー豊かな5人だ。
ただし、舞台に上がった彼女たちを迎えたのは、プレイヤーたちの歓声とNPCたちの静寂である。
赤道と北極のような温度差が、江京ドーム内に出来上がっていた。
「うわ……NPCにとっちゃ無名のアイドルグループだから、静かになるのは当然だろうけど……。無理やりフェスに参加して、クエスト募集で客集めたせいか、NPCから敵対心すら感じるぞ」
怪しい方法でフェスに参加し、怪しい方法で客集め。
結果、現在のぷりてぃースターズのNPC支持率は最悪のレベルだ。
ただし、プレイヤーからの支持は高い。
クエストを見て集まった約200人のプレイヤーたちは、その10倍はいるような勢いで歓声を上げているのだ。
レオパルトも歓声を上げるプレイヤーの1人である。
「ヨッツーー!! これでヨッツーもトップアイドルだーー!!」
いつもの冷静さはどこへ消えたのだろうか。
なんとも楽しそうにレオパルトは叫び、舞台上のヨツバたちに手を振っていた。
舞台上のヨツバたちは、マイクを握り自己紹介をはじめる。
「みんさ~ん、こんにちは~! ぷりてぃースターズのヨッツーで~す!」
「「「ヨッツーー!! 今日も可愛いよぉぉーー!!」」」
「今日はね~、私の特別なお友達も連れてきたんですよ~!」
「ヤサカです! 好きな蝶々は八洲蝶です! よろしくお願いしますね!」
「「「天使だぁぁーー!!」」」
「ティニー。こっちは背後霊。よろしく」
「「「背後霊が見えないのが悔しいぃぃーー!!」
「ラムダですよ! ラムって呼んでくれても良いですよ! よろしくです!」
「「「巨乳だぁぁーー!!」」」
「……あ、あたしはホーネット。その……ええと……よ、よ、よろしく!」
「「「ブロンド美少女だぁぁーー!!」」」
可愛らしい5人と、いちいち反応がうるさいプレイヤーたちだ。
プレイヤーたちとNPCたちの温度差は、水星の昼と夜の温度差並みである。
「ということで~、今日はこのお友達5人が~、イミリア版ぷりてぃースターズです~! それじゃあ~、最初の曲に行きますよ~!」
「「「うおおおぉぉーー!!」」」
歌がはじまると、江京ドームの一部は熱狂。
5人の歌声とプレイヤーたちの声援が一体となり、NPCの静寂を吹き飛ばした。
何より、ファルは驚いていた。
ヤサカたちの歌声が、想像以上に美しかったのである。
舞台の上には、ファルがまだ知らぬヤサカたちの姿があったのである。
おそらくぷりてぃースターズは、今日のフェスで最も熱い声援を受けたアイドルであろう。
NPCはみな沈黙しているというのに、江京ドームが歓声に溢れているのだから、それは間違いない。
やはりヨツバは、プレイヤーたちを喜ばせるトップアイドルなのだ。
出番はわずかに20分程度。
3曲を歌い終えたぷりてぃースターズは、舞台を去っていく。
それでもプレイヤーたちは満足し、出番を終えたぷりてぃースターズを見送る。
「最高だったよぉぉーー!!」
「次のライブも絶対に参加するぞぉぉーー!!」
プレイヤーたちの歓声に包まれ、手を振り舞台裏に消えていくぷりてぃースターズ。
ライブは大成功だ。
「おいファル、これでヨツバはトップアイドルだ。僕たち、これで名プロデューサーだ」
「だな。金持ちも夢じゃないぞ」
冗談交じりにライブの成功を喜ぶファルとレオパルト。
ところが、事態は予想外の方向に発展した。
「やっとクソグループが消えたぞ。最悪のライブだったな」
「まったくだ。無名のグループが調子に乗りやがって」
「ショコラの足元にも及ばないグループがフェス参加とか、おこがましい」
観客の中から聞こえてくる、NPCによるぷりてぃースターズへの陰口。
これは決して少数意見ではない。
そのことに、プレイヤーたちの怒りが爆発した。
「おいクソNPC! お前らなんて言った!?」
「無能AIこそ調子に乗るんじゃねえ!」
「俺たちのぷりてぃースターズの陰口言って、ただじゃすまないぞ!」
怒りに身を任せたプレイヤーたちは、ここぞとばかりにNPCに言い返す。
するとNPCも言い返し、プレイヤーたちとNPCたちはすぐにケンカをはじめた。
「おいおい、なんか殴り合いがはじまったぞ」
「当然だ。僕たちのぷりてぃースターズを貶されて、僕たちが黙っているはずがない」
「……レオパルトもケンカに参加するか?」
「もちろん」
当たり前のように答えたレオパルトに、ファルは苦笑い。
だが同時に、ケンカを止めようと近づいてきた警備員NPCを見て、ファルはふと思いつく。
もしやこのケンカ、プレイヤーのログアウトに利用できるんじゃないかと。
「レオパルト、ケンカを煽れるだけ煽ってくれ。俺はちょっとヤサカたちに話がある」
「分かった。任せてくれ」
この場はレオパルトに任せ、ファルは舞台裏へと急いだ。
舞台裏には、観客席で起きたケンカを興味深そうに眺めるヤサカたちが。
「あ、ファルくん」
「どうでしたか!? わたしたちのライブ、最高でしたか!?」
「最高だった。最高すぎて、お前らを貶したNPCとプレイヤー間でケンカが起きるぐらいだ」
「あんたにとっての最高って、どういう判断基準なわけ?」
「なんだか素直に喜べないよ……」
「フッフッフ、さすがは~、私のファンです~」
「ヨツバさんは素直に喜ぶんだね……」
「ティニー、ちょっと来てくれ」
「どうして?」
「あのケンカを武力衝突に発展させる。プレイヤーたちとNPC双方に武器を配れ」
「分かった」
ファルの言葉にヤサカは口をあんぐりとさせているが、ティニーはいつもの無表情。
いつもの無表情のまま、ティニーは舞台裏を飛び出し大量の武器をばら撒きはじめた。
先ほどまでアイドルとして歌っていた少女が、ケンカ中の人々に武器をばら撒くとは、なんとも言えぬ光景である。
「ヤサカたちは江京ドームを抜け出して、向かいのビルに行くんだ」
「ファルくんは? ファルくんはどうするの?」
「ケンカを煽りに煽ってから、ヤサカたちと合流する」
「わ、分かったよ」
渋々とファルの言葉に頷きながら、ヤサカはホーネットとともにヨツバを囲む。
ラムダはテンション高めで、ケンカを応援していた。
ヤサカとホーネットに囲まれ江京ドームを抜け出そうとするヨツバ。
彼女は振り返り、ファルに言い放った。
「お兄さ~ん、ファンのみんなを~、よろしくお願いしますね~」
笑顔を浮かべたヨツバの言葉に、ファルは引きつった笑みを返すことしかできない。
なぜならば、これからヨツバのファンたちはNPCに殺されなければならないのだから。
ヨツバたちを見送ったファルは、観客席へと戻っていく。
観客席では、体の小さなティニーが次々と武器を地面に落としている真っ最中。
そしてレオパルトがヨツバファンたちの先頭に立ち、NPCたちを糾弾していた。
「たかだかプログラムに、ぷりてぃースターズの良さは分からない! 生きた感情を持つ僕たちプレイヤーにしか、ぷりてぃースターズの良さは分からない!」
「そうだそうだ!」
「クソNPCこそ引っ込んでろ!」
「てめえらの無能AIにはうんざりしてたところだ!」
ログアウト不可になってから2年以上。
現実のようで、現実ではないNPCたちの価値観に合わせ生きてきたプレイヤーたちの不満が、今まさに爆発している。
NPCたちがぷりてぃースターズを貶したことで、プレイヤーたちによるNPCへの反乱が巻き起こっているのだ。
同時にプレイヤーたちへのNPC支持率も急減。
プレイヤーたちに向けられたNPCの視線は、どれも鋭く敵対的なものばかり。
この状況で怒りのトリガーが引かれれば、間違いなく江京ドームはコロッセオに変貌するであろう。
ならば、ファルは銃のトリガーを引くだけだ。
メニュー画面から拳銃を取り出し、銃口を1人のNPC――生贄に向けたファル。
彼は躊躇なく引き金を引き、1人のNPCが鮮血を吹き出し崩れ落ちた。
「人が撃たれたぞー! あいつらに撃たれたぞー!」
自分でやっておきながら、ファルはそう叫ぶ。
するとNPCたちの怒りステータスは限界値を超え、いよいよプレイヤーたちに殴りかかった。
プレイヤーたちも反撃に乗り出し、江京ドーム内で壮大な殴り合いが開始される。
しかも、地面には無数の武器が落ちているのだ。
殴り合いが撃ち合いになるまでに、それほど時間はかからなかった。
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