ミッション12—10 <ボス戦>エンマの怒り III

 ファルのコピー鬼とデスグローの無敵が、今のエンマの敵である。

 宮殿内部から鏡を狙うヤサカに、エンマは気づいていない。

 

 ヤサカは一瞬で鏡に照準を定め、スナイパーライフル――SR24を撃ち、乾いた発砲音を辺りに響かせた。

 銃弾は重力に引かれ弧を描きながら、山の中腹に置かれた鏡に向かう。

 そして見事、銃弾は鏡に直撃、鏡は粉々に打ち砕かれた。


「当たった! ひとつ目の鏡を壊したぞ!」


「ヤサカ、すごい」


 ファルとティニーが驚き、レオパルトが言葉を失う中、ヤサカの視線は次の鏡を見つめていた。

 ヤサカはSR24の排莢を済ませると、鏡に照準を合わせ、引き金を引く。


 感情を持たない弾丸は、遠く離れた場所にあるトゲのような高台に置かれた鏡を撃ち抜いた。

 これで残る鏡は2つだけ。

 しかも、エンマは未だ鏡が破壊されたことに気づいていない。


「いいぞヤサカ。これなら残り2つもすぐに壊せそうだな」


「油断はできないよ。あとの2つは、ここから移動しないと壊せないからね」


「心配すんな。俺のコピー鬼がいる。いざとなったら、ティニーがSMARLスマールで暴れてくれるし、レオパルトもサルベーション本隊もいる。ラムダの戦車だっている。ヤサカは鏡の破壊のことだけ考えれば良い」


「うん、分かった。ファルくんの言う通りにするよ。援護は任せたからね」


 笑顔を浮かべたヤサカは、しかしすぐさま真剣な表情をして、宮殿を飛び出した。

 ファルはヤサカを援護するため、メニュー画面を開きさらにコピー鬼を増殖させる。


 相変わらず、デスグローはエンマに叩き潰され、焼かれ、蜘蛛の糸に巻かれ、そして気持ち良さそうに口元を緩めていた。

 ここに大量のコピー鬼が群がり、文字通りエンマの揚げ足を取っている。

 エンマは今、地獄で地獄のような目に遭っているのだ。


 宮殿の外に出たヤサカは、広場に生える禍々しい木の陰に隠れる。

 これを確認したティニーは、SMARLを撃った。


 ロケット弾に襲われ、1本の腕をバラバラにされるエンマ。

 すぐさま白い光が腕に当たるが、4つの光ではなく2つの光では、回復速度は遅い。

 加えて、この時点でヤサカは、残り2つの鏡の在り処を知る。


「キョウゴさん! エンマの回復手段を奪います! ヤサカの援護を!」


《了解した。サルベーション本隊! エンマに集中攻撃! 三倉ファル君たちに遅れをとるな!》


「よし! 俺たちもヤサカを援護するぞ!」


「鏡を壊せばエンマの負けだ! 僕たちの勝ちだ!」


「エンマを退治……エヘヘ」


 宮殿内部から体を乗り出し、エンマへの集中攻撃をはじめたファルたち。

 銃撃を受けたエンマは、8本の腕で自分の体を覆い、胴体を守ろうと必死。

 

 ただし、エンマも防戦一方というわけではない。

 エンマは笏を振り回し、数人のサルベーション隊員を蜘蛛の糸で捕らえてしまったのだ。

 それでもファルたちは攻撃を続ける。


 ファルたちに完全に気を取られたエンマを横目に、ヤサカはSR24を構え、鏡を狙い銃弾を放ち、銃弾は狙い通りの場所に着弾。

 これで3つ目の鏡の破壊に成功だ。


「あと1つだ! 鏡はあと1つだぞ!」


 喜ぶファルたちだが、エンマはSR24の発砲音を聞き、すでに3つの鏡が破壊されたことに気づいたようである。

 エンマの標的はヤサカに変更され、笏を振り蜘蛛の糸でヤサカを襲う。

 天から垂れる蜘蛛の糸はヤサカの足に巻きつき、ヤサカを宙にぶら下げてしまった。


 宙にぶら下げられたヤサカに対し、筋肉の塊であるエンマの2本の腕が迫る。

 いくらヤサカでも、あの腕2本に殴られれば無事では済まない。


「ヤサカ!? おい、ヤサカを助けるぞ!」


《やらせません! ヤーサはわたしの戦車砲で守ります!》


「許さない」


 ヤサカの危機に、ティニーとラムダが立ち上がる。

 ティニーはSMARLを、ラムダは戦車砲を同時に撃ち放った。


 ロケット弾とAPFSDS弾は、ヤサカを狙うエンマの2本の腕を粉々に破壊。

 エンマは顔を歪め一瞬の隙を作る。


 宙にぶら下げられ、爆発の衝撃波に揺られながらも、ヤサカは隙を逃さない。

 彼女はその不安定な状態にもかかわらず、SR24を構え、スキル『ロックオン』を発動し最後の鏡に照準を合わせた。

 そして、息を大きく吸い、右手の人差し指を動かす。


 無機質かつ無感情な7・62ミリ弾は、音速を超え、弧を描き、吸い込まれるかのように鏡へと向かう。

 発砲音が静まる頃には、銃弾は鏡を貫いていた。


「やった……やったぞ! エンマの回復手段を奪った! エンマを倒せ!」


 ファルの叫びと同時に、ティニーとラムダは嬉々としてエンマを攻撃、8本の腕を次々と破壊していく。

 もちろん、白い光はなく、エンマの破壊された腕は回復しない。


 8本の腕が全て破壊されると、レオパルトやサルベーション本隊はエンマの胴体を狙った。

 ヤサカは蜘蛛の糸を切り、地上に降り立ってSR24をエンマの頭部に向けている。

 ファルもコピー鬼たちでエンマを押さえつけ、マグナム銃で攻撃だ。


 何百発という銃弾がエンマに殺到し、エンマの胴体は穴だらけに。

 驚異の回復力を失ったエンマは、ついに膝をついた。

 トドメはラムダの戦車砲である。


 戦車砲に腹を撃たれ、吹き飛んだエンマ。

 エンマであった破片が辺りに降り注ぎ、ファルたちの視界にアナウンスが表示された。


『冥府の主<エンマ>撃破。経験値1500獲得』


 HPを削っていた呪いは消えている。

 ファルたちはエンマを倒したのだ。

 地獄ダンジョンを攻略したのだ。


「エンマ撃破ですよ! 嬉しいです! 楽しかったです!」


「私の霊力、エンマを凌ぐ」


「危ない局面もあったが、なんとか倒せたな。ようやく倒せたな」


「これで地獄ダンジョン攻略だよ。やったね、ファルくん」

 

「ああ。それにしても、ヤサカはすごいな。あの状態で鏡を壊すなんて、神業だぞ」


「実は、自分でもちょっと驚いてるんだ。1発で当たるとは思わなかった」


「当たると思わなかったのに当てたのか……もっとすごい……」


「アハハ、なんだか、照れちゃうよ」


 そう言って後ろ頭をさするヤサカは、先ほどまでのスナイパーの顔とは正反対の、可愛らしい笑みを浮かべていた。

 エンマを倒したことよりも、ヤサカのこの表情を見られたことの方が、ファルの喜びは大きい。


 さて、エンマ撃破に浮かれるファルたちとは違い、サルベーション本隊はまだ任務の最中だ。

 キョウゴはファルたちに言った。


「まずはエンマの撃破、おめでとう。ただ、分かっているとは思うが、我々がここに来たのは宇喜多サダイジンの捜索のためだ」


「あ……そうでしたね。いえ、分かってます」


「本当か? まあ、なんでもいい。三倉ファル君たち、もう少しだけ手伝ってもらうぞ」


「もちろんです」


 正直、サダイジンの捜索のことなどすっかり忘れていたファル。

 彼はキョウゴに言われて本来の目的を思い出し、とりあえず辺りを見渡した。


 ファルが辺りを見渡す最中、体に巻き付いた蜘蛛の糸を剥がしていたデスグローが叫ぶ。

 どうやら何かを見つけたらしい。


「あれ見ろ! 山に扉がある! これあれじゃね? お宝じゃね?」


 デスグローが指差す先にある、山の斜面に設けられた扉。

 あの扉の向こうに何があるかを調べるためにも、ファルたちは扉に向かって歩き出した。


 ガレージのシャッターのような、鉄製の扉の前に立つファルたち。

 この扉はどうやって開ければ良いのかなどと考えていたその時である。

 扉はひとりでに、ゆっくりと開きはじめた。


 開いた扉の向こうからは光が差し、光の中から1人の人影が近づいてくる。

 人影の正体は、黒のローブにとんがり帽をかぶった、まるで魔法使いのような格好をする、ちんまりとした少女。


「人だぞ! プレイヤーだぞ! 私のお迎えが来たんだぞ!」


 魔法少女は目を輝かせ、魔法の杖らしきものとツインテールをブンブンと振り回している。

 ファルたちは呆気にとられながら、キョウゴが少女に質問を投げかけた。


「君の名前は?」


「だぞ? 私の名前はサダイジンだぞ。イミリアの製作者なのに、カミに怒られてこんなところに幽閉されちゃった、可哀想な女の子だぞ」


「サダイジン……宇喜多か!?」


「だぞだぞ」


「警察だ。宇喜多サダイジン君、同行願おう」


「だぞ!? 超展開だぞ。取り調べ室でカツ丼を食べさせてくれるなら、同行するんだぞ」


 なんだろう、サダイジンからティニーやラムダと同じ匂いがする。

 どうやら、変人が増えてしまったらしい。

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