ミッション10—8 追っ手を振り切れ

 国境線を超えメリアの草原を走る、ファルたちを乗せたトラック。

 ベレル軍は彼らを追うのを断念したようだが、アレスターは諦めていない。

 

 そもそもアレスターは、どこの国にも所属しないカミ直属の特殊部隊だ。

 アレスターにとって国境などないに等しい。

 イミリアというこの世界の中であれば、アレスターはどこまでもプレイヤーを追ってくるのである。


 トラックを追い続ける、アレスターのV220。

 それを見て、ファルはティニーに言った。


「しつこいな……ティニー、あれを撃ち落せるか?」


「ちょっと遠い」


「ってことは、近くに来れば落とせるんだな?」


「うん。ゆっくりなら」


「じゃあ、その時は容赦なく撃ち落としてくれよ」


 そんなファルの言葉にペコリと頷くティニー。

 彼女は楽しそうに、早くもSMARLスマールを構えていた。


 ところが、アレスターのV220はスピードを緩めず、トラックの上空を通り過ぎてしまう。

 これではティニーのSMARLによる攻撃は当たらない。

 SMARLでの攻撃ができなかったことに、ティニーはさぞ残念そうだ。


「ひどい。無視された」


「アレスターに無視されるなら、それはそれで助かるんだがな」


「でもでも、どうしてですか? どうしてアレスターはわたしたちを無視するんですか? おかしいですよ!?」


 飛び去るV220を眺めながら、首をかしげたラムダ。

 もしやアレスターは、こちらの存在に気づいていないのでは、とすら思えてくる。


 しかし、ヤサカは見ていた。

 トラックの上空を通り過ぎたV220から、人影が飛び降りたことを。

 その人影が、こちらに向かって落ちてきていることを。


「無視はされてないみたいだよ」


 鋭くそう言ったヤサカは、MR4を構え、空に向けて弾丸をばらまいた。

 スキル『ロックオン』を使っての銃撃、ヤサカの攻撃がこちらに落ちてくる人影に当たらぬはずがない。

 ところが人影は、剣を振り全ての銃弾を弾いてしまう。


 直後、トラックの荷台にその人影が着地した。

 スキル『衝撃無効』を使っていたのだろうか、遥か上空からやってきた人影は無傷だ。


「ガロウズ……!」


 闇のように黒いロングコートを揺らした、紫の光を纏う剣をファルたちに向ける、鎧兜のような仮面を付けた男。

 人影の正体はガロウズだ。


 ガロウズの登場に唾を飲み込むファルたち。

 4人とも、手に握ったそれぞれの武器を構え、ガロウズに銃口を向けた。


 しかし、トラックの荷台という狭い空間で、ファルたちがガロウズに勝つことなど不可能であろう。

 ガロウズもそれが分かっているのか、彼は悠長にも、ファルたちに語りかける。


「貴様らには聞かねばならないことがある。大人しくしていてもらおう」


「余裕そうだな。俺たちなんか敵じゃないってことか?」


「それは貴様ら次第だ」


「ああそう。俺たち次第で、お前が死ぬこともあるんだな」


 引きつった笑みを浮かべ強がってみせるファルだが、彼はガロウズに言われた通り大人しくする他ない。

 ガロウズは淡々と語りはじめた。

 

「貴様らの存在をアレスターに伝えたのは、ディーラーという男だ。貴様ら、ディーラーとはどういう関係だ? レジスタンスと冒険者ギルドは手を結んだのか?」


 この最悪の状況を作り出した男の名が、ガロウズから飛び出した。

 これに対し、ヤサカはガロウズの眉間に照準を合わせたまま答える。


「どういう関係でもないよ。冒険者ギルドと手を結んだ覚えもない」


「ならばなぜ、ディーラーと行動を共にした?」


「偶然、かな」


 ヤサカの答えに、ガロウズはこれといった反応を示さない。

 そこで、今度はファルがガロウズに質問した。


「どうして俺たちにディーラーのことを聞く? まさかお前も、ディーラーに嵌められた口か?」


「なるほど、貴様らはディーラーに嵌められたのか」


「おい、質問に答えろよ」


「答える義務はない。貴様がディーラーと関係がないのであれば、この場で処分するまで」


「え? いやちょっと待って! 話が急じゃないか!?」


 ガロウズが口にした処分という単語に、強がりにも限界がきたファル。

 今のファルは、ガロウズのわずかな動きにすら緊張し、冷や汗が背中を伝う。

 対照的に、ヤサカはガロウズのわずかな動きを見極め、隙を見せようとしない。


 しばしの間、睨み合いを続けるファルたちとガロウズ。

 そんな彼らを乗せて走るトラックに、1台のワゴン車が近づいてきた。


「また車が追ってきてますよ! ベレル警察? ベレル軍? アレスター?」


「違う。あのワゴン車、見たことある」


「あれは……」


 ティニーの言う通りだ。

 こちらに近づくワゴン車は、昨日見たばかりの車だ。 


 トラックの真横にまでやってきたワゴン車からは、1人の少女が体を乗り出す。

 少女は車を捨て、トラックの荷台に飛び乗り、剣を構えヤサカの隣に立った。


「まったく……ヤサカは目を離すと、すぐこうなる」


「ホーネット! 来てくれたの!?」


「おいおい、俺とは2度と会いたくないんじゃなかったか?」


「ホントは来るつもりなかったんだけど、ガロウズがいるなら来るしかないでしょ」


 口を尖がらせ、不満げにそう言い放つホーネット。

 彼女の不満は全て、ガロウズにぶつけられた。

 

「久しぶり、ガロウズ。あんたと戦うのは、これで何度目?」


「誰かと思えば、貴様か。貴様に邪魔されたのは、これで8度目だ」


「ああ、そんなに」


 ニタリと笑ったホーネットは、次の瞬間にはガロウズにナイフを投げる。

 ガロウズはホーネットの投げたナイフを剣で払うが、その時には、ガロウズの目の前でホーネットが剣を振り上げていた。


 目にも留まらぬ速さで剣を振り上げ、振り下ろしたホーネット。

 対してガロウズはホーネットの攻撃を剣で受け止めるが、ホーネットは流れるようにガロウズの後方へと移動する。

 しかし、ガロウズは背中に剣を当て後方からのホーネットの攻撃を防いだ。


 ガロウズがホーネットを攻撃しようと振り返ると、すかさずヤサカがガロウズの背中に銃を撃つ。

 数発の銃弾はガロウズの背中に直撃したが、彼は動じなかった。

 撃破すべき優先順位を変えたガロウズは、ホーネットを無視してヤサカに襲いかかる。

 

 ホーネットは背後から、ガロウズの側面に剣を振った。

 これにガロウズが対応し、2人は鍔迫り合いに。


「ホント、あんた何者なの?」


「これから処分される貴様が、それを知る必要はない」

 

 鍔迫り合いの最中、ガロウズは左手を剣から離し、拳銃を握った。

 これに対抗し、ホーネットはガロウズの左腕を掴む。

 互いに両手を塞がれた状態だ。


 両手を塞がれようと、脚は自由である。

 ガロウズはホーネットの腹に、強烈な膝蹴りを食らわせた。

 さすがのホーネットもこれには耐え切れず、後方に吹き飛ばされ荷台に転げてしまう。


「ホーネット!」


「大丈夫か!?」


「むしろ計画通り。ヤサカ! ちゃんと逃げてよ!」


 心配するファルとヤサカを他所に、ホーネットは未だニタリと笑ってそう叫んだ。

 ガロウズがその理由に気づいた瞬間、ホーネットは荷台から飛び降り、地面に転がる。


 猛スピードで草原を駆け抜けるトラックから飛び降りたホーネットは、あっという間に後方へ。

 しかしホーネットは、トラックから落ちると同時に腰に括り付けられた小さなランチャーからアンカーを発射、ガロウズに突き刺した。

 アンカーにはワイヤーが付けられ、そのワイヤーはホーネットが腰に括り付けた小さなランチャーに繋がっている。


 つまり、ホーネットがはるか後方の草原に転がると同時、ガロウズもまたホーネットに引っ張られ、トラックから転げ落ちたのである。


「今がチャンスだよ! 運転手さん! 最高速度で逃げて!」


「分かった!」


 ホーネットとともに、ガロウズは荷台から消えた。

 この隙にトラックはさらに加速、草原から森へと突入する。


「ヤサカ、良いのか!? ホーネットを置いていくのか!?」


「大丈夫だよ。もしホーネットがガロウズに負けても、すぐにリスポーンするだけだからね」


「あ、ああ、そうか」


 ここはゲーム世界。

 チート技を使っていないホーネットは、何度死のうと何度でもリスポーンするのだ。

 むしろ、ホーネットはそれを分かっていてあのような行動に出たのだから、ホーネットを置いて逃げるのが正解であろう。


 そもそも、ホーネットがガロウズに負けるとも限らない。

 彼女がそれほど柔だとは思えない。


「無茶なことするヤツだな……」


「ホーネット、ガロウズ相手だといつもこうなんだよね……」


「あいつ、バカなんじゃないか?」


「たぶんね」


 ファルの言葉を肯定するヤサカの表情は、ホーネットへの信頼を隠さない。

 あのホーネットの馬鹿さ加減に、ヤサカは何度も救われてきたのだろう。

 そして今日も、ヤサカはホーネットの馬鹿さ加減に救われたのだ。


 ガロウズはホーネットが止めてくれている。

 今はホーネットを信じて、ファルたちは先へと急ぐのみだ。

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