ミッション10—7 国境線を超えろ

 トラックと装甲車のカーチェイス。

 凄まじい銃撃戦。

 車を吹き飛ばし、建物のガラスを粉々に砕く爆発。


 ヘレンシュタットは戦場と化し、NPCたちが逃げ惑う。

 その戦場の中心にいるのが、ファルたちだ。


「装甲車がまた1台増えたぞ!」


「悪霊退散」


「おお! ティニーのおかげで装甲車が1台減りました!」


「減ってないぞ! また1台増えた!」


「悪霊退散」


「残念です! 今度は当たりませんでした! でも関係ない車が爆発しました! 派手です!」


「ああ……俺たちどんどん極悪テロリストに……」


 メリアとの国境線に向け、複数の装甲車に追われながら、数多の銃弾にさらされながら、エンジンをうならせ走るトラック。

 トラックが走り抜けた場所は、ティニーのSMARLスマールによって甚大な被害を受けていた。

 当然だが、手配度は最大の6に上がっている。


 街道は完全に封鎖され、一般NPCは避難を開始した。

 そのおかげで、街道からは車が消え、トラックはさらにスピードを上げる。

 一方で、ベレル軍によるトラックの包囲も確実に狭まっていた。


「ヤサカ! これ逃げられるのか?!」


「さすがのベレル軍も、メリア領まで追ってくることはないと思うよ! ともかく、国境を越えないと!」


 目的は変わらない。

 ファルたちはただ、ベレルとメリアの国境を越えるだけである。


 ティニーはSMARLを放ち、ヤサカは1人ずつ確実に兵士NPCを撃破。

 トラックを追う装甲車は、彼女らの攻撃によって行く手を阻まれ、トラックに追いつくことができない。

 

 だが、ベレル軍やアレスターとてバカではない。

 2台の装甲車が交差点から現れ、トラックの前方に陣取ったのだ。


「クソ! 前にも敵だ!」


「私がなんとかする! ティニー! 後ろの敵は任せるね!」


「うん」


 ヤサカはMR4に装着されたグレネードランチャーを用意。

 2台の装甲車が攻撃できる位置に来るのを待つ。

 ファルとラムダもアサルトライフルを手にし、敵を待ち構えた。


 トラックの前方に陣取る2台の装甲車に乗る兵士NPCは、トラックからの攻撃を警戒してか顔を出さず、銃撃はしてこない。

 その代わり、2台の装甲車は車1台分の隙間を開けて並列し減速、トラックを両脇から囲んだ。


 今がチャンスとばかりに、兵士NPCは体を乗り出し、装甲車に装備された重機関銃に手をかける。

 彼らが狙うのは、運転手であるビーフとキリーだ。


「危ない! ブレーキ!」


 恐怖に怯えたキリーがそう叫び、ビーフは言われた通りブレーキを踏む。

 急ブレーキによりトラックは減速、ファルたちは盛大に転ぶことになったが、この減速が2台の装甲車の減速を誘った。

 

 再度トラックの両脇を囲むため、トラックに合わせ減速する2台の装甲車。

 しかし装甲車が減速したのと同時、トラックは一気に加速する。

 これにより2台の装甲車がトラックの運転席を狙うのは不可能となった。


 せめてトラックの荷台にいるファルたちだけは殺そうと、重機関銃の引き金を引く兵士NPCたち。

 すでに半壊していた荷台はさらに破壊されていくが、ファルたちは反撃を開始した。


「今だ! 撃て!」


 ファルの雄叫びと同時に、ヤサカは装甲車に向けグレネードを発射、1台の装甲車が炎に包まれ脱落する。

 ファルとラムダはもう1台の装甲車に向け銃を乱射し、装甲車からの攻撃を防いだ。

 この隙にティニーがSMARLで装甲車を攻撃、トラックを囲んだ2台の装甲車の撃破に成功した。


「よっしゃ!」


「倒しましたよ! 2台の装甲車を倒しちゃいましたよ!」


「にゃ! すごかったのだ!」


 破壊された2台の装甲車は障害物となり、後方の装甲車の行く手をも阻む。

 国境線は目前だ。


「見えてきた! 国境の検問所だ!」


 ほとんど壁のなくなった荷台からトラックの前方を確認し、そう叫んだファル。

 ラムダもファルの隣に立ち、ファルと同じ場所に視線を向けた。


「おお! ホントです! 検問所です! 国境線です!」


「……うん? 待てよ? なんか検問所の前に、車が並んでないか?」


「並んでますね! ずらりと並んでますね!」


「あれは……ベレル軍の装甲車か!? 戦車までいるぞ!」


「戦車と装甲車がずらりと並んでます! 最高です! かっこいいです!」


「興奮してる場合か!? 検問所がベレル軍に封鎖されてるんだぞ!」


 当然といえば当然のことだ。

 重要指名手配人が国境の街に現れれば、国境が封鎖されるのは当たり前である。

 

 戦車2台、装甲車8台、兵士NPC多数が待ち構える検問所。

 はっきり言って、そんな場所に近づきたくない。

 どう考えても、突破は無理だ。


 戦車の主砲はトラックを狙っている。

 これにビーフは耐え切れず、ハンドルを大きく右に切った。


「うおっと! ビーフさん!? どこに行くつもりですか!?」


「知らん! 知らんけど検問所は無理!」


 トラックは道を外れ、国境線のフェンスに沿うように草原を走る。

 あれだけ重武装の検問所を抜けるのは無理なため、仕方のない判断だ。

 しかし、ヤサカは草原を眺め、表情を変えた。


「何もない草原……まずいよ! ティニー! ジャミング装置を使って!」


「ちょっと待って」


「おいどうした? 何がまずいんだ?」


「何もない草原なら、ベレル軍は住民の被害を考えなくて済む。そうなると……ヴォルケが攻撃してくるかもしれないんだよ!」


「……それはまずい!」


 ムーラ――チョムラを撃破した扶桑の攻撃を思い浮かべ、全身に鳥肌が立つファル。

 巨大空中戦艦からの攻撃など、耐えられる気がしない。


 トラックを追っていた装甲車たちは、姿を消した。

 そしてヴォルケの兵装が、トラックを狙いはじめている。

 ヤサカの読み通り、ヴォルケがトラックへの攻撃準備を開始したのだ。


「ティニー! ジャミング装置はまだ!?」


「待って」


「早くしてくれ! 全員仲良く吹っ飛んじまうぞ!」


 ここで死んでしまえば、ファルたちがゲームからログアウトされてしまうのは確実。

 となれば、プレイヤー全員解放は叶わず、ヤサカとの約束も果たせない。

 それだけはなんとしてでも避けたい。


 ティニーはファルとヤサカに急かされながら、ジャミング装置を出現させた。


「はい」


「さっさと起動しろ!」


「分かった」


 無表情のまま、1メートルほどのドーム状のジャミング装置を起動するティニー。

 ジャミング装置からは起動音が鳴り響く。


 それから間もなく、トラックのすぐ側に、ヴォルケの放った砲弾が降り注いだ。

 直撃こそ免れたものの、ヴォルケの攻撃によって地面はえぐられ、炎と土煙が舞い上がり、衝撃波がファルたちを襲う。


「近い! 爆発近い! みんな気をつけろ!」


「未来の英雄ミードンは、こんなところで死ねないのだ!」


「みんな、大丈夫? 怪我はない?」


「大爆発、楽しい。エヘヘ」


「危うく衝撃波でトラックから落ちるところでした! スペクタクルです!」


「みんな無事みたいだな……ティニーとラムダは脳みそに怪我してるが、それは元からだし」


「ティニーのジャミング装置に助けられたみたいだね」


 ヴォルケの火器管制は、基本的に自動だ。

 ジャミング装置でヴォルケのレーダーを麻痺させてしまえば、直撃だけは避けられる。


 しかし油断は禁物だ。

 ヴォルケの攻撃は未だ続き、20ミリガトリングによる攻撃がトラックの周辺に降り注いでいた。

 ジャミング装置だけでは赤外線誘導の攻撃を防ぐこともできない。


 ヴォルケの攻撃から逃れる最良の方法は、国境線を超えること。

 そこでファルは、声を張り上げた。


「ティニー! SMARLで国境線のフェンスを爆破しろ!」


「任せて」


 ファルに言われ、すぐさまSMARLを撃ち放ったティニー。

 ロケット弾は国境線のフェンスの一部を吹き飛ばした。


 ビーフとキリーもそれに気づいたのだろう。

 とっさにビーフはハンドルを切り、トラックは20ミリ弾と砲弾が降り注ぐ草原で急カーブ、国境線へと突っ込んでいった。


 土煙を払い、炎を突破し、衝撃波にも負けず、ボロボロのトラックは、ティニーが破壊したフェンスの残骸を乗り越える。

 ファルたちはついに、国境線を超えたのだ。

 ヴォルケの攻撃が鳴りを潜めたのも、ファルたちがメリアにやってきた証である。


「国境を超えたか!? 超えたな! よっしゃあ!」


「やった」

「やりました!」


 喜びの声をあげるファルとティニー、ラムダ。

 予定よりもだいぶ派手な密入国となってしまったが、ファルたちはメリアへの逃亡に成功したのだ。


 ただし、ヤサカだけは喜びの声を上げない。

 彼女の視線は、空を飛ぶ1機の航空機に向けられていた。


「まだ終わってないみたいだよ。ほら」


 ヤサカの視線の先にある航空機――ドクロのエンブレムを付けた、V220。

 それを見て、なぜヤサカが喜ばないのか、ファルも理解する。

 アレスターからは、まだ逃れていなかったのだ。

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