ミッション10—9 メリアの協力者

 ホーネットのおかげでガロウズの襲撃は切り抜けた。

 ファルたちを乗せたトラックは、しばらくの間メリアを走り、現在は山道で停車中である。

 

 ヘレンシュタットでの戦闘により、トラックの荷台はほとんど無いに等しい。

 銃痕だらけのトラックで街を走るわけにもいかない。

 ファルたちは今、この山道で車を乗り換えようとしているのだ。


 ところで、トラックの運転手であるビーフとキリーは頭を抱えてしまっている。

 密輸のために運んでいた武器を、ほぼ全て破壊され、あるいは落としてしまったのだから当然だろう。

 このままでは、彼らはドンの所に帰れない。


「やばい……ドンとトニーさんになんて言い訳すれば良いんだ……」


「全部の責任、あいつらに負わせりゃ良いんじゃないか?」


「そうだな、そうしよう。あいつらがいなければ、もっと楽に国境越えられたんだし」


「すみません、聞き捨てならないことが聞こえてきたんですけど?」


 ビーフとキリーの会話を聞き、そう言ったファルに、ビーフとキリーはびくりとする。

 しかし2人はすぐに、ファルに訴えた。


「運んでた荷物がほとんどなくなったんだ! 俺たちにとっては死活問題だ!」


「あれだけの武器の賠償なんて、俺たちには無理だ……」


 ガスコンロのゲーム実況動画を楽しんできたファルにとって、ビーフとキリーに文句を言われるこの状況は複雑な気分だ。

 だが、2人を救うことはできる。


 未来に絶望するビーフとキリーの背後で、メニュー画面をいじるラムダ。

 彼女はボロボロになったトラックと同型のトラックをメニュー画面から発見し、その箇所に触れる。

 すると、新品のトラックが山道に出現した。


「え!? なに!? なんでトラックが!?」


「すげえ! どうなってんの?!」


 どこからともなく出現したトラックを見て、今にも腰を抜かしそうなビーフとキリー。

 そんな2人のもとにティニーが近づき、口を開いた。


「運んでた武器、なに?」


「は? 運んでた武器って……トラックの積荷のこと?」


「そう」


「ええと……この紙に積荷の内訳が書いてあったはず」


「見せて」


「別に良いけど……」


 ビーフから書類を受け取ったティニーは、書類を見ながらメニュー画面のアイテム欄とにらめっこをする。

 書類に書かれた武器と同じものを発見すると、ティニーはその武器を出現させた。


 次々とティニーの目の前に生み出される武器弾薬。

 ビーフとキリーは開いた口がふさがらない。

 数分後には、書類に書かれていた武器弾薬の全てが揃ってしまった。


「できた」


「……もう武器の密輸なんて仕事、必要なくない?」


 元も子もない感想を述べたキリー。

 わずか数分で、トラックと武器弾薬が全て用意できたのだから、当然だ。

 

「準備完了です! 出発しましょうよ!」


「ビーフさん、キリーさん、もう少しだけ、トラックの運転をお願いします」


「あ……ああ……」


 ファルたち4人と1匹は荷台に乗り込み、ビーフとキリーは運転席に乗り込む。

 ボロボロになったトラックは山道に乗り捨て、新品のトラックに乗ったファルたちは、メリアの大都市ニューカークへと出発した。


    *


 ニューカーク。

 海に突き出た島を埋め尽くす、摩天楼が壮観な街。

 イミリアで最も栄えた、華やかな大都市である。


 ファルたちが向かったのは、そんなニューカークの郊外に佇む屋敷であった。

 塀に囲まれた厳かな屋敷の周囲は、強面の男たちに見張られ、明らかに堅気ではない雰囲気を醸し出している。

 そんな屋敷の敷地内に、ファルたちを乗せたトラックは止められた。

 

 荷台の扉が開けられ、車を降りたファルたち。

 マフィアたちを前に緊張するファルとラムダ、ミードン、慣れた様子のヤサカ、特に反応を示さないティニー。

 ファルたちを出迎えたのは、背広姿の紳士である。

 

「はじめまして、私はレオーネ・ファミリーのコンシリエーレ相談役、トニーと申します。あなた方をお待ちしておりました」


 何やら、交渉のためならサラブレットの頭を切り落としベッドの上に置いていきそうな雰囲気の紳士――トニー。

 レオーネ・ファミリーというのは、ビーフとキリーが所属するマフィアのことだろう。

 

 なぜそのレオーネ・ファミリーがファルたちを待っていたのか。

 マフィア相手に緊張するファルは、意を決し、小さな声で質問してみた。


「すみません。お待ちしていたというのは……?」


「それは後ほど詳しく。どうぞ、こちらへ」


 トニーに案内され、ファルたちは屋敷の中に入っていく。

 広く薄暗い屋敷の廊下を進み、奥の部屋に通されるファルたち。

 

 奥の部屋の扉をトニーが開くと、部屋の中には、オールバックに口ひげを生やした、鋭い眼光の初老の男がデスクチェアに腰掛けていた。

 そしてその男と対面する、サルベーション隊長キョウゴとデスグローの姿も。


「ドン・レオーネ、こちらがファル、ヤサカ、ティニー、ラムダです」


「君たちが例のチート持ちか。キョウゴ、間違いないな?」


「はい。まさしく」


 トニーにドン・レオーネと呼ばれた初老の男は、しゃがれた声でキョウゴに確かめる。

 キョウゴがトニーの紹介を肯定すると、レオーネはその鋭い眼光をファルたちに向けた。


「君たちがプレイヤー解放を成し遂げた者たちか。まだ若いな」


 何が何だか分からない。

 状況の理解が追いつかない。

 ファルは思わず、声を震わせながらも疑問を口にした。


「ええと……どういうことなんです? なんでキョウゴさんとスグローが――」

「デスグローだ!」

「――ここにいるんです?」


「彼はレオーネ。レオーネ・ファミリーのドン。メリアにおける、私たちの協力者だ」


「協力者……コトミさんの言ってた……!」


 なんと、メリアへの逃亡に協力してくれたレオーネ・ファミリーは、サルベーション本隊の協力者だったのだ。

 これは単なる偶然か。

 ファルに続いてヤサカが質問する。


「なぜ、レオーネ・ファミリーは私たちの逃亡を手助けしてくれたのでしょうか?」


 そんなヤサカの質問に答えたのはレオーネだ。


「ベレルに住むホーネットという少女が、トニーに君たちのメリアへの逃亡を手助けして欲しいと頼み込んできてな。そこで君たちの名前を知り、キョウゴに確認したところ、君たちがキョウゴの仲間だと知った。だから、我々は君たちを助けた」


 このレオーネの回答に、トニーは付け加える。


「今回の武器密輸は、サルベーションの皆様が使う武器を得るためのものでした。ならば、サルベーションの武器・・となるあなた方を積荷に加えたところで、武器密輸ということに変わりはありませんでしたので」


 2人の回答に、ファルたちは驚く。

 まず、ホーネットの知り合いのブローカーがトニーであったことが驚きだ。

 そしてその偶然が、こうしてサルベーション本隊との合流を呼び寄せたのだから、驚かぬはずがない。


 レオーネとトニーが話し終わると、今度はキョウゴがファルたちに話しかけた。


三倉ファル君たち、君たちに伝えなければならないことがある」


「なんでしょう?」


「解放されたプレイヤー450人のうち、1人が不完全なログアウト状態となり、ヘッドギアも外せず昏睡状態だそうだ。幸い脳に損傷はないとのことだが、そのプレイヤーが目覚める気配はないらしい」


「え!? 理由は分かっているんですか?」


「分かっていない。分かっていないのだが、レオーネ・ファミリーから興味深い話を聞いた。ゲーム開発者の1人、宇喜多サダイジン瀬良カミに反旗を翻し、どこかのダンジョンに軟禁されているらしい」


「その宇喜多サダイジンを、探すんですか?」


「私たちはそうするつもりだ。すまないが、三倉ファル君たちを手助けする余力はない。八洲へは自力で戻れるか?」


 申し訳なさそうにしながら、メガネの位置を直すキョウゴ。

 彼の言葉に、ヤサカが答える。


「大丈夫です。レジスタンスが迎えに来てくれますから」


「そうか、それは良かった。では三倉ファル君たちも、頑張ってくれ」


「はい」


 こうして、キョウゴとレオーネ、トニーとの会話は終了した。

 ファルたちは、なぜかデスグローに舌打ちされながら、レオーネの部屋を後にする。


「やっぱり……マフィアのドンと話すのは怖いな」


「この未来の英雄ミードンでも、緊張したのだ! にゃ!」


「オーラがすごかったです! きっと、カリスマステータスもすごいんだと思います!」


「それにしてもティニーは、相変わらず冷静だったな」


「レオーネの背後霊、普通のおじさんだった」


「そうなのか? 普通のおじさんって、どんな感じのおじさんだ?」


「1人で映画館にいるおじさん」


「なんか随分と限定されたおじさんだな、おい」


 無事にメリアへ逃れ、和やかに会話するファルたち。

 ヤサカは携帯電話を取り出し、これからすべきことを口にした。


「まずはクーノに連絡しよう。迎えに来てもらわなくちゃいけないからね」


「そうだな。今頃あいつ、寂しくて死にそうなウサギみたいになってるだろうし」


 メリアに来てから、ファルたちの手配度は2にまで下がっていた。

 これならば、政府が軍隊をも動かして追跡してくるということはない。

 ファルたちはようやく、平穏な日常――レジスタンスにとっての日常――を取り戻したのである。

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