ミッション5—8 静川橋の戦い

 すでに日は沈み、外では暗闇と街明かりが溶け合う頃。

 静川にかかる鉄橋――静川橋の上。

 そこでラムダは急ブレーキを踏んだ。


 タイヤから悲鳴のような音を鳴らし止まるジープ。

 運転席に頭をぶつけて目が覚めるファル。


「痛え……どうした? チキンレースの相手でも見つけたか?」


「違います! 橋の上に誰かいるんです!」


「はあ? 牛若丸なんか放っておけ。俺たちは弁慶じゃないんだ。武器盗まなくてもいくらでも武器生み出せる陰陽師がいるんだ」


「でもでも、なんか人質取ってますよ! 人質の首に剣を突き付けてますよ! ほら!」


「え!?」


 ファルは寝ぼけた目を見開き、ラムダが指差す先を見る。

 するとたしかに、十数メートル先の闇夜の中に、何者かが立っていた。


 鎧兜を思わせる黒い仮面、地面まで垂れるロングコートに身を包んだ男。

 あの姿をファルが忘れることはない。

 サルベーションを壊滅寸前まで追い詰めた、ガロウズだ。


「ウソだろ……なんでアイツがここに……」


「あの人質、アマモリ」


 ティニーの言う通り、ガロウズが人質に取っているのはアマモリだ。

 ガロウズが右手に握る光を纏った剣が、アマモリの首に突き付けられているのだ。


「どうする? 助けるか? 逃げるか?」


「逃げるのは無理です! 後ろを見てください!」


「あれは……アレスター!? 俺たち、囲まれたのか!?」


「今の私たちじゃ、逃げることもアマモリさんを助けることもできないね」


「手詰まりか……」


「ファルくんたちは車の中で待ってて」


「おいヤサカ? 何する気だ? まさかお前1人でアイツを――」


「ここでガロウズと戦えるのは、私だけだから」


「ふざけたこと言うな! 死ぬ気か!?」

 

「ふざけてない。死ぬ気もない。ゲームだから死なない。私はただ、みんなとプレイヤー救出作戦を続けたいだけだよ」


「ヤサカ……」


 クイックモードを発動し、アサルトライフル――MR4片手にジープから降りるヤサカ。

 そんな彼女を、ファルたちはジープの中から見ていることしかできない。


 橋の上に立ったヤサカは、凛とした瞳でガロウズを睨みつけた。

 アレスターに包囲された橋の上で対面するヤサカとガロウズ。

 先に口を開いたのはヤサカだ。


「ガロウズ! ここはゲーム世界なんだよ? 死んでもリスポーンするプレイヤーを人質に取っても、意味はないからね!」


 この言葉にガロウズは首を傾げた。

 と同時に、彼の剣はゆっくりとアマモリの首を斬り落とす。

 地面に転がるアマモリの頭部には興味なさげに、ガロウズは言った。


「人質? この男は貴様らと同じ、抹殺対象だ」


 はじめて聞くガロウズの声。

 低く響いた感情のない声には機械音が混ざり、ファルたちの恐怖心をくすぐる。


「アレスターは待機していろ。この世界を崩壊に導かんとする存在を排除するのに、貴様らの力はいらん」


 剣先をヤサカに向けたガロウズ。

 ヤサカもMR4を構え、お互いが戦闘態勢に移行する。


 その時であった。

 アマモリがヤサカの隣にリスポーンしてきたのだ。


「すみませんお嬢、ドジ踏んじまった。ったく、これだからこの世界はクソなんだ! おい! お嬢は俺が――」


 橋の上に響く1発の銃声。

 眉間を撃ち抜かれたアマモリは死亡エフェクトに包まれる。


 アマモリの死亡エフェクトが輝く中、ガロウズはヤサカに向け突撃。

 これに対し、ヤサカはとっさにMR4の引き金を引いた。

 ところがガロウズは、銃弾を避け、薙ぎ払い、着々とヤサカとの距離を詰めていく。


 ヤサカとガロウズの距離あと1メートル、というところでガロウズは剣を突き出した。

 高速で突き出された剣を辛うじて回避したヤサカだが、彼女の頬からは血が垂れる。


 突きを回避されたガロウズは足を止め、ヤサカめがけて剣を振るう。

 ヤサカはMR4を捨て剣を手に取り、ガロウズの剣を止めた。

 ガロウズは続けて剣を振り、ヤサカは必死でガロウズの攻撃を剣で受け止めるが、ヤサカの体は少しずつ傷だらけになっていく。


「クソ……ヤサカが危険だってのに、俺は何もできないのか?」


「わたしたち、チート持ちですよ!? ヤーサよりもステータス高いんですから、助けましょうよ! アレスターも何もしてきませんし!」


「無理はダメ。ヤサカの邪魔になる」


「だからって、このまま見てるだけなんてイヤです!」


「今はティニーが正しい。俺たちはステータスが高いだけで、戦闘には慣れてない。ヤサカの邪魔はできない」


「むう……」


 唇を噛みながら、ヤサカとガロウズの戦いを眺めているだけのファルたち。

 こうしている間にも、ヤサカの旗色は悪くなるばかり。


 現在のヤサカが使う剣は、イミリアの中でも耐久力の高い剣だ。

 しかしそれでも、ガロウズの使う剣には敵わない。

 数打の攻撃を受け止めるうち、ヤサカの剣は真っ二つに折れてしまったのである。


 チャンスとばかりに剣を振り上げるガロウズ。

 ヤサカは、折れた剣でガロウズの攻撃をなんとか振り払うが、ガロウズの蹴りを回避するほどの余裕はなかった。


 腹を蹴られ、数メートルほども吹き飛ばされるヤサカ。

 この危機をファルは黙って見ていられない。


「この仮面野郎!」


 ファルは、ヤサカと一緒・・にプレイヤー全員を解放すると約束したのだ。

 その約束は守らなければならない。

 まだ、ヤサカをログアウトさせるわけにはいかない。


 ジープから降り、ガロウズの仮面にマグナム銃の弾を撃ち込むファル。

 無論、ガロウズは剣で弾を払いのけ、お返しとばかりにファルに銃弾を打ち込んだ。


「貴様は黙っていろ」


「クソッ!」


「ファルくん!」


 腹を撃たれたファルはHPをごっそりと削られ、HP8700からHP6700に減少。

 だがそれ以前に、あまりの痛みからガロウズの言葉すらも耳に入らない。

 ここがゲーム世界であるのを忘れてしまいそうなその痛みに、ファルは苦悶の表情だ。


「許さない」


 怒りのこもった目をしたティニーが、AMR82をジープ内から発砲。

 至近距離からの12・7ミリ弾すらも避けるガロウズだが、さすがの彼でもファルから離れることを強要される。


 その直後であった。

 態勢を立て直したヤサカがナイフを片手にガロウズの背後に突撃。

 ヤサカの持っていたナイフはガロウズの脇腹に突き刺さる。


 ついに攻撃を当てたヤサカ。

 ところがガロウズはこれといった反応を示さず、ヤサカの体を片手で持ち上げ、彼女を地面に叩きつけた。

 そしてガロウズは、剣を振り下ろしヤサカの肩に剣を突き立てる。


 ここまでヤサカの推測通り。

 肩に剣が貫通した痛みに耐えながら、ヤサカは拳銃を取り出した。

 ガロウズはヤサカの拳銃を見て攻撃を中断、剣をヤサカの肩から抜き、ヤサカが連射した拳銃弾を避けながら後方へ跳躍する。

 

「除霊」


 SMARLスマールを構えたティニーがジープから体を乗り出す。

 標的はガロウズただ1人。

 ティニーは容赦なくSMARLの引き金を引いた。


 発射されたロケット弾はまっすぐとガロウズに向かう。

 だがガロウズは避けない。避ける必要がない。

 ガロウズは剣を一振りし、ロケット弾を叩き切ってしまったのだから。


「SMARLの弾……切られた……」


「おいおい、アイツもチート持ちなんじゃないのか?」


「マズイです! 逃げる隙もないです!」


「ファルくん……怪我は大丈夫?」


「すげえ痛いけど、このくらい回復薬使えばなんとかなる。それより、ヤサカこそ大丈夫なのか?」


「私は大丈夫……だよ……」


「大丈夫じゃないだろ! 無理するな!」


 立っていることすらままならないヤサカ。

 彼女のHPは4930から1500まで減っている。

 HPにはまだ余裕があるが、怪我と疲労、痛みが重なりヤサカは限界寸前だ。

 この状態では、HP1500などすぐに溶けていくだろう。


 全滅だけは避けるべき。

 今は逃げる隙さえあれば良い。

 ファルはそう考え、ジープの陰に隠れてメニュー画面を開く。


「どうせ無駄だろうけど……ガロウズを殺れ!」


「「「了解シマシタ!」」」


 武装警察官NPCを増殖させたファル。

 コピーNPCたちは、恐れを知らずガロウズに銃を向け一斉発射した。


 対してガロウズは、後退しながらも脇腹に刺さったナイフを抜き、それを投げつけコピーNPCの1人を撃破する。

 さらに、殺到する銃弾を全て右手の剣で弾いてしまう。


 そんな状況で、アレスターがコピーNPCに攻撃を開始。

 上空に現れたアレスターのV220、そこからのミニガンガトリングによる攻撃で、コピーNPCたちはあっという間に壊滅した。


「やっぱりダメか……」


「もうどうしようもないです! あの黒くて硬い仮面、たぶん戦車を使っても倒せませんよ!」


「私も……これ以上の時間稼ぎは辛い……かな……」


 状況は最悪だ。

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