ミッション5—7 江京を脱出せよ

 ビルの外に出たファルとヤサカ。

 そんな2人の側を、ラムダの分散指示を受けた3人のプレイヤーが通り過ぎる。


「あいつら、絶対に警察よりも強そうだぞ」


「……ってことはさ、獲得経験値も高いんじゃない?」


「そっか。よし、戦うか!」


 アレスターの強さを知らない3人のプレイヤーたち。

 3人は踵を返し、小銃を構えアレスターを狙う。

 無謀だ。


 照準を合わせようとアレスターを追う3人のプレイヤー。

 だが、アレスターは巧みに遮蔽物を伝い、3人のプレイヤーたちのレティクルに入り込もうとしない。

 逆にアレスターを狙おうとする3人のプレイヤーが、アレスターにおびき出されていた。


 いつまでも頭を出さないアレスターにしびれを切らした3人のプレイヤーは、堪えきれず小銃を乱射。

 その直後、アレスターが放った数発の銃弾が、立て続けに彼らの頭や胸を貫く。

 勝負は一瞬で決着がつき、3人のプレイヤーは死亡した。


 彼らの他にも、複数のプレイヤーたちがアレスターによって殺されている。

 先ほどまでのプレイヤー優勢が嘘のようだ。


「強い……コピー警察官NPCじゃ相手にならないな、あれ」


「相手にならなくても、手数は多い方が良いと思う。ファルくん、コピーNPCでアレスターを攻撃して」


「オーケー、ちょっと待ってろ」


 メニュー画面を表示し、アイテム欄のコピー警察官NPCを連打するファル。

 次々と増殖し、30体まで増えたコピー警察官NPCに対し、ファルは命令した。


「お前ら、アレスターを攻撃しろ!」


「「「了解!」」」


 大挙してアレスターに突撃するコピー警察官NPCたち。

 バグのせいかコピー警察官NPCは若干透けているのだが、そんなことはどうでもいい。

 どこからともなく現れた、同じ顔の裏切り者警察官にアレスターも困惑気味だ。


 残りのプレイヤー人数は、ファルたちも含めて134人。

 コピーNPCに至っては400人もいる。

 対してアレスターの人数は45人、数の差は圧倒的だ。


「よし! プレイヤーの分散とコピーNPCの大群でアレスターも分散をはじめたぞ!」


「さすがファルくん」


「褒めるなよ。俺じゃなくチートの力だ」


「だけど、これで対処が楽になったのは確かだよ」


 1人や2人のアレスター相手ならば、勝ち目はある。

 江京駅前から逃げるのも難しくはない。

 

 アレスターを分散させ、ファルとヤサカがティニーとラムダとの合流を待つ間、アレスターを乗せていたV220に1発のロケット弾が発射される。

 おそらくティニーのSMARLスマールによる攻撃だろう。

 V220は緊急回避、墜落は免れるもアレスターの降下は中断された。


 この隙にティニーとラムダはアレスターの攻撃を突破。

 ラムダが運転席に、ティニーが助手席に座る1台のジープが、ファルとヤサカの前にやってきた。


「やっと合流できました! やっと逃げられます!」


「遅かったな。なんかあったのか?」


「戦車の履帯が切られて、脱出に手間取っちゃったんです!」


「トウヤ、ヤサカ、早く乗って」


「ああ、悪い。話してる場合じゃないな」


 急いで後部座席のドアを開けたファル。

 しかし、そんなファルをアレスターの銃口が狙っていた。


「トウヤ、危ない」


「今度は私が守る番だね!」


 アレスターが引き金を引く直前、ヤサカがスキル『シールド』を発動する。

 次の瞬間、スキル発動によりファルたちとアレスターの間に青く薄い壁が出現した。


 ヤサカのシールドは、ロケラン1発ぐらいの衝撃には耐えられる代物だ。

 シールドはアレスターの攻撃を防ぎ、その間にファルとヤサカはジープに乗り込む。


 ジープに乗り込んだファルは、すぐさまスキル『逃げ上手』を発動した。

 これでしばらくは、NPC――アレスターがファルたちを見失いやすくなる。

 逃げるなら今だ。


「出発しろ!」


「ヴェノムじゃないのが残念ですけど……飛ばしますよ! アクセルベタ踏みですよ!」


 ラムダは宣言通り、アクセルをベタ踏みした。

 ジープは一気に加速し、ファルたちはシートに押し付けられる。


「おお! 5秒で100キロ到達です! 速いですねこの車! 他の車も少ないですし、もっと飛ばしますよ! おっほう! 速いです速いです!!」

 

 どうやらジープの速度が上がるのに連動して、ラムダのテンションも上がっていくようだ。

 江京駅前の騒ぎによって車が減った街道で、ジープの加速度を試すラムダ。

 ファルは事故らないことを祈るばかり。


「なあラムダ、もうちょっと安全運転できないか?」


「ファルさんよ、変なことを言いますね! さっきからずっと安全運転ですよ!」


「はあ? お前の安全運転の概念ってどうなってんだ!?」


「事故らなければ安全運転です! 事故ったら危険運転です!」


「ダメだコイツ……」


 シートベルトを強く握るファル。

 対照的なのはティニーだ。


「私は、ラムダを信頼する」


「嬉しいです! わたしもティニーを信頼してます!」


「この質問、もう何回目か分からないけど、なんでティニーはそんな冷静でいられるんだ?」


「運転手はラムダ。信頼するしかない」


「……信頼する他に方法がないってか? それ、消去法だろ」


「うん」


「わたし、消去法で信頼されてるんですか!? なんだか悲しいです!」


 悲しいなどと口にするラムダの表情に、悲しさなど微塵もない。

 彼女はジープを運転するだけで幸せなのだろう。


 ところが、ラムダがジープのアクセルをベタ踏みできる時間は終わった。

 数台のパトカーとバリケードが、街道を封鎖していたのである。

 ラムダは涙目になりながら、ジープのスピードを緩めた。


「うう……邪魔です! 警察が邪魔です! せっかく時速200キロ目指したのに……」


「一般道で200キロ目指すな! というか、どうすんだよ!? 警察の封鎖なんてどうやって突破するんだ!?」


「私のSMARLが――」


「ティニー! お前は動くな!」


「みんな落ち着いて。大丈夫だよ。普通に通れる」


「はあ!?」


「ミストさんを信用して」


 自信ありげなヤサカ。

 なおも不安で心がいっぱいのファル。

 SMARLを撃ちたくて仕方なさそうなティニー。

 何も気にせずヤサカの言葉に従うラムダ。


 ラムダは封鎖線の目の前にジープを停車させる。

 当然、警察官NPCが寄ってきた。


「窓、開けて」


「はい、なんですか?」


「なんですかも何も、君たちはここで何をやってる? ここで何が起きているのか分かってないのか?」


 不審者を見るような目を向けてくる警察官NPC。

 これに対応したのはヤサカだ。


「分かっています。私たち、命からがら逃げてきたんです。お願いします! まだ死にたくないんです! ここを通してください!」


「身分証出して」


「これが身分証です! 早く通してください!」


「……待て、確認する」


 パトカーに戻り、書類を確認し、どこかと無線でやり取りをする警察官NPC。

 いつ警察官NPCに攻撃されるかと、ファルは気が気ではない。

 何より、こうしている間にアレスターに追いつかれるのが一番の心配だ。


 ファルには数分間に感じる、たった十数秒の待ち時間。

 確認を終えた警察官NPCは、再びジープに近寄り言った。


「通ってください。ここは危険です」


 あっさりとバリケードを開く警察官NPC。

 ミストは宣言通り、警察がファルたちを追わぬよう手配してくれていたのだろう。


 ラムダの運転するジープは封鎖線を超え、江京の街を走る数多の車たちに混ざっていく。

 ファルたちは江京駅前の混乱から逃げ切ったのだ。

 少しして、ヤサカが口を開く。


「今、アマモリさんから連絡が入ったよ。静川しずかわの橋を越えれば逃げ切れるって」


「静川ですね! 北東ですね!」


「追っ手、いない」


「アレスターは俺たちを見失ったってことか。ああ~良かった~」


 大きく息を吐いて、シートに深くもたれかかったファル。

 あとは多くのプレイヤーが解放されたことを祈るだけ。

 窓の外の景色を眺めながら、一安心したファルはつい居眠りをしてしまった。

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