ミッション5—9 救出作戦の行方

 最悪の状況で、相も変わらず冷静な面持ちでいるのはティニーであった。


「諦めるの、早い。まだ逃げ場、ある」


「ずいぶん自信たっぷりだな、ティニーは。で? 逃げ場って?」


「川に飛び込む。ラムダが船を出す。逃げる」


「おお! その方法がありましたね! やりましょう!」


「待て、ガロウズとアレスターはどうするんだ? 空にはガトリングで武装したV220もいるんだぞ。逃げられるわけない」


「……私が残って戦えば――」


「ヤサカ、それはなしだ」


「ファルくんなら……そう言うと思った」


 傷だらけの体で微笑むヤサカ。

 やはり、こんなヤサカを囮に使うことはできない。

 だが、どうやってここを逃げる?


「大丈夫。逃げられる」


「なあティニー、根拠のない希望は持つな」


「根拠はある。トウヤの特別な力」


「それは根拠じゃない。ただのオカルトだ」


 打つ手なし。

 ファルたちの諦めを察してか、コピーNPCを全滅させたガロウズがファルたちに言う。


「話は終わったか。ならば死んでもらう」


 銃口をファルたちに向けたガロウズ。

 どうせここで死んだところで、イミリアから解放されるだけ。

 救出作戦はサルベーション本隊に任せよう、などとファルは思いはじめる。


 その時であった。

 空から人ほどの大きさの物体が落ちてくる。

 物体が橋に直撃した刹那、ファルの視界は巨大な火球に包まれた。


 凄まじい爆風に吹き飛ぶアスファルト、歪に曲がる鉄。

 物体が直撃した箇所は崩れ落ち、残骸が川へと降り注ぐ。


「な……なんだ!?」


 闇夜にのぼる黒煙を目で追うファル。

 するとそこには、爆音とともに高速で空を駆ける1機の戦闘機――F150Eが。

 一瞬ではあったが、戦闘機の垂直尾翼には『フクロウのエンブレム』が見えた。


「クーノだよ! クーノが助けてくれた!」


 ファルと同じくF―150Eを目にしたヤサカがそう叫ぶ。

 クーノが、戦闘機に乗って援軍に駆けつけたのだ。

 クーノが、鉄橋に爆弾を落としファルたちを救おうとしてくれているのだ。


 ファルたちとガロウズの間に落ちた爆弾は、鉄橋を寸断しガロウズの行く手を阻んだ。

 チャンスは今しかない。


「ファルくん! ティニー! ラム! 川に飛び込んで!」


「分かった」


「ま、待て! 俺は泳げない――」


「ファルさんよ、飛びますよ!」


「あ、ああああ!!」


 こちらをじっと睨みつけるガロウズを横目に、一斉に橋から飛び降りるファルたち4人。

 川面までの高さは20メートル以上あったが、4人は一瞬で川に着水する。


 着水直後、ラムダはモーターボートを出現させた。

 4人はそのモーターボートに乗り込む。


「服、びしょびしょ」


「ボートで飛ばすのも面白そうです! どれだけスピードが出るか楽しみです!」


「興奮してる場合か! いいから早く出発しろ!」


「急いで! V220のガトリングがこっちを狙ってる!」


 ファルたちを逃がすまいと、モーターボートに照準を合わせるアレスターのV220。

 だが、ファルたちの仲間は空にもいる。

 旋回したクーノのF―150Eは、ファルたちを救うためV220に対空ミサイルを発射、V220は回避行動を余儀なくされた。


 対空ミサイルの発射を察知したガロウズは、ジャミング装置を起動。

 辺りの電子機器がビープ音を鳴らし、対空ミサイルはV220を逸れて川に落ちてしまう。

 それでも、クーノはV220を狙い続ける。


 突如として夜空に響いた怪獣の鳴き声のような音。

 同時に、川から鉄橋にかけて一直線に、150発もの20ミリ弾が着弾、V220の右回転翼が破壊される。

 F―150Eのバルカン砲による攻撃だ。

 

 片方の回転翼を失ったV220は墜落。

 機体は鉄橋に激突し、残骸を撒き散らした。


「よし! 今だ! 今のうちに逃げろ! 暗闇に紛れれば奴らも追ってこない!」


「お! それは好きなだけスピードを出しても良いってことですね!?」


「そういうことだ!」


「ヤッホー!」


 あふれんばかりの笑顔でモーターボートのスピードを上げるラムダ。

 ファルは、クールタイムが終わっていた『逃げ上手』を発動する。

 これで今度こそ、追っ手を撒けるはずだ。


 徐々に遠ざかっていく、黒煙を上げた鉄橋。

 すでにガロウズの姿は見えない。

 上空には、クーノが乗るF150Eが悠々と空を舞う。

 

「はあ……すげえ疲れた……脚痛い……」


「トウヤ、家に着くまでが遠足」


「分かってる分かってる。つうか、俺たちは帰宅途中に襲われたんだ。もう油断はしない。それよりヤサカ、怪我は?」


「今、回復薬を使ってるところ。痛みは少し和らいだかな」


「そうか、お前が無事でよかった」


「ファルくんこそ」


 濡れた髪をかきあげ、白い歯をのぞかせるヤサカ。

 どれだけのプレイヤーが解放されたかなど、今のファルにはどうでも良い。

 今のファルは、楽しそうに船を操縦するラムダ、SMARLスマールを抱きかかえるティニー、そして星空を眺めるヤサカが無事であることだけで、十分であった。


    *


 夜通し海を渡り、朝日に照らされながら『あかぎ』のもとまで帰ってきたファルたちは、食堂に集められた。

 一睡もしていないファルとヤサカは大あくびをしてしまう。

 ティニーとラムダに至っては、仲良く熟睡中だ。


 そんなファルたちに最初に話しかけたのは、レイヴンである。


「疲れてるとこ悪いな」


「早く用事を終わらせてくれないですか? もう眠くて眠くて」


「私もファルくんに同意です」


 レイヴンに対し素直な返答をするファルとヤサカ。

 続いてコトミが、プロジェクターモードのミードンを抱えてやってくる。

 

「ごめんね。田口さんとのお話が終わったら、すぐに眠って良いわよ」


 そう言ってコトミはミードンを机の上に置き、壁に映像を投射した。

 映像にはいつもと変わらぬイケメンエリート田口の姿。


三倉ファルさん! 川崎ティニーさん! 鈴鹿ラムダさん、ヤサカさん! あなた方を信じて正解だった!》

 

 興奮した口調、今にもガッツポーズをしそうな勢い、満面の笑み。

 いつもとは違う田口の姿。


《147人です! 147人のプレイヤーがログアウトに成功、全員が無事にIFRから解放されました! これで救出作戦の続行も決定! 素晴らしい成果です!》


「147人が解放……ホントですか?」


《嘘はつきません! いやはや、素晴らしいとしか言いようがない!》


「…………」


 疲れのせいか、ぼうっとした頭では田口の言葉が理解できず、黙り込むファルとヤサカ。

 田口は気にせず言葉を続けた。


三倉ファルさん、今回の救出は、以前に仰っていたログアウトの条件を整えた結果なのでしょうか?》


「はい」


《なるほど。ということは、プレイヤー救出の方法が確立したということですね》


「そうなりますね」


《ではこれからも、救出作戦を続けていただきたい。IFRに取り残されているプレイヤーのみなさん全員を、どうか救出していただきたい。お願いします》


「任せてください」


《頼りにしてますよ。では、ゆっくりとゲーム内の体を休めてください》


 それだけ言って、通信を切る田口。

 直後、コトミやレイヴン、ミードンがファルたちを称えた。


「すごいわ! 東也トウヤ君たちのゲーム心が、プレイヤーを救ったのよ!」


神様ファルは神様なのだ! このミードンも、未来の英雄として負けていられないのだ!」


「俺たちが2年間できなかったことを、やり遂げやがって。ったく、素直に褒めなきゃいけねえじゃねえか」


 ここまで言われて、ファルとヤサカのぼうっとした頭は、現状を理解したようだ。

 理解した途端、2人の心から喜びが溢れ出す。


「やった……やったぞ! 147人のプレイヤーを解放したぞ! 作戦成功だ!」


「やったね! ファルくん! すごいよファルくん!」


 喜びのあまり抱き合うファルとヤサカ。

 抱き合ってからすぐ、ヤサカの体が自分の体に密着していることに赤くなるファル。

 それはヤサカも同じであった。


 2人は静かに抱き合うのを止め、静かに席に座る。

 コトミとレイヴンは、そんな2人を可笑しそうに眺めていた。


 気恥ずかしい気分を少しでも飛ばしたいファル。

 彼はコトミに質問した。


「……ええと、ところで、150人中147人解放だから、3人解放されてないんですよね? どうしてです?」


「解放されてない3人は、レオパルト君と他2人。3人はうまいこと、NPCの攻撃から生き延びたらしいわ。さっきレオパルト君から連絡があったから、確かよ」


「あいつ、悪運だけは強いな」


 レオパルトが生き延び解放されなかったことに、妙に納得してしまったファル。

 続いて、ヤサカがレイヴンに質問した。


「クーノはまだ帰っていなんですか?」


「ああ、クーノは八洲空軍に見つかっちまったらしくてな。ちょっくら空軍連中と遊んでたらしくて、帰りが遅れてる」


「そうですか。クーノが帰ってきたら教えてください。クーノには感謝しなきゃいけないことがたくさんありますから」


「はいよ」


 昨晩、ガロウズの襲撃から助けてくれたクーノへの感謝を忘れないヤサカ。

 クーノがいなければ、ファルたちは今頃、現実世界で目を覚ましていたことだろう。


 さて、作戦は成功したのだ。

 147人ものプレイヤーがイミリアから解放され、救出作戦の続行も決定した。

 もう心配することはない。


「やっと、プレイヤーたちを解放できた。2年間目指してきたことが、はじめて現実になった。これも全部、ファルくんのおかげだね」


「俺だけじゃない。ヤサカやティニー、ラムダ、コトミさんやレイヴンさん、レオパルトたちが手伝ってくれたおかげだ」


「でも私の中では、ファルくんが一番すごい人だと思ってるよ。約束も守ってくれたし」


「いや、約束はまだ守ってない。プレイヤー全員解放が約束だったからな」


 147人の解放。しかしわずか147人の解放。

 イミリアには、未だに1万人以上のプレイヤーが閉じ込められている。

 ファルがヤサカとの約束を果たすのは、まだまだ先のことだ。


 だがその前に、ファルは体力の限界。

 彼は大きなあくびをした。


「もう無理だ……眠い……」


「ファルくん? ……寝ちゃった」


 食堂の机に突っ伏し、目を瞑り、眠りに落ちたファル。

 ヤサカは微笑み呟く。


「今日もありがとう。おやすみなさい」


 ティニーとラムダの寝息を聞きながら、彼女らとともに夢の世界へとログインしてしまったファルは、ヤサカのそんな感謝の言葉を聞きそびれるのであった。

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