ミッション5—5 デモ? いいえ、暴動です

 ティニーの放ったロケラン1発が、江京駅前の平和を吹き飛ばした。

 NPCたちは逃げ惑い、推定数百の警察官NPCが江京駅前に集結しようとしている。


 対するデモ隊――プレイヤーたちは完全武装。

 加えてラムダの戦車とティニーのロケランだ。

 スナック菓子の販売終了回避のため、彼らは最後まで戦うだろう。


 あとは231人のコピー短気おじさんNPCをどう動かすかだ。

 ファルは1人のコピー短気おじさんNPCを生み出し、彼に命令した。


「仲間たちに、警察と戦うよう伝えてきてくれ」


「若イ奴ニ命令サレルノハ気ニクワン!」


「コピーの主の命令が聞けないのか?」


「……分カッタ分カッタ」


 これでコピー短気おじさんNPCたちも〝暴動〟に加わることだろう。

 そう、すでにデモは終わったのだ。

 これからはじまるのは、デモではなく暴動なのだ。


「ファルくん、私たちはあのビルの2階に行こう」


「え? 俺ラペリングなんかできないぞ?」


「2階なら大丈夫だよ。あそこならすぐに逃げられる。ほら、早くしないと警察が来ちゃう」


「あ、ああ」


 右手ではスナイパーライフル――SR24を、左手ではファルの手を握り、ビルへと走るヤサカ。

 どうせヤサカと手を繋ぐなら、もっと平和な時が良かったと思うファル。


 2人はビルの2階に到着し、窓を開け、プレイヤーたちを見下ろした。

 辺りはけたたましいサイレンの音に包まれている。

 プレイヤーたちは興奮と緊張感に包まれている。


 江京駅前にパトカーが到着したのは、それからすぐだ。

 パトカーの数は、なんと24台。

 武装警察を乗せたトラック型やバス型のパトカーも多く、警察官NPCの数は優に数百を超える。


「来ましたよ! 警察が来ましたよ! 大量です!」


「除霊の時間」


「みなさん、攻撃開始! 戦闘開始!」


 レオパルトが叫ぶと、プレイヤーたちは構えていた銃を一斉に発射。

 瞬時にパトカーは穴だらけになる。


 さらに、ラムダの戦車による攻撃が武装警察を乗せていた装甲車に直撃、装甲車は鉄屑と化した。

 さらにさらに、ティニーのSMARLが1台のパトカーを爆破する。

 警察官NPCたちは阿鼻叫喚だ。


「撃て撃て! どんどん撃て!」


「ロールとピッツァポテトのためだ!」


「私たちを止めたければ、まずはロールとピッツァポテトの販売終了を止めなさい!」


「これが俺たちの、ロールとピッツァポテトへの愛の力だ!」


 小銃とロケラン、戦車で武装した、愛に燃える152人のプレイヤー。

 警察官NPCや武装警察官NPCでも、これを突破するのは容易なことではない。

 

 加えて、警察官NPCたちを狙い撃つヤサカがいるのだ。

 ヤサカは1人、また1人と警察官NPCの頭を確実に撃ち抜いていく。

 前方からも後方からも攻撃を受ける警察官NPCは、動くことすらできないでいた。


 銃弾飛び交う江京駅前を見下ろし、ファルはニタリと笑う。


「さすがダンジョン攻略参加者。モンスター相手に戦えるなら、同じNPCの警察相手にも戦えるみたいだな」


「プレイヤーのみんな、ちょっと楽しそうだしね」


 スナイパーライフルのスコープからプレイヤーたちの表情を見るヤサカ。

 銃声に負けじと聞こえてくるプレイヤーたちの言葉からも、プレイヤーが今を楽しんでいることが分かる。


「1人撃破! 経験値は……100!? そんなに入るのか!?」


「ゴブリン10匹分じゃん!」


「警察相手に戦えば、経験値稼ぎになるね!」


「危ねえ! 銃弾がかすった!」


「ここはゲーム世界だよ! 死んでもリスポーンできる!」


「死んだらステータス大幅減だろ?」


「経験値稼ぎすりゃ良いだろ! 警察1人で経験値100だぞ!」


「そうか! そうだな!」


「どんどん撃て!」


「警察NPC! 俺たちの経験値になれ!」


 プレイヤーたちの言葉は、決して現実ではあり得ない言葉。

 彼らは完全にゲームを楽しんでいるのだ。

 この世界が現実であるという彼らの幻想は、消え去ったのだ。

 

 ただし、彼らの言動は明らかに迷惑プレイヤーそのもの。

 救出作戦的にはそれも好都合なのだが。


「積極的に警察を殺しにかかる迷惑プレイヤーの量産か。ゲーム好きとしては複雑な気分だ」


「仕方ないよ。プレイヤーのみんなを救出するには、こうするしかないんだから。それに、ファルくんはチート持ちなんだよ?」


「1番の迷惑プレイヤーは俺ってことか。ま、仕方ないよな。製作者の瀬良カミが事件を起こさなければ、こんなことしないでも純粋にゲームが楽しめたんだからな」


「うん。全部製作者が悪い」


「そうだ。製作者が悪いんだ。俺は悪くねえ」


 全ての責任を製作者である瀬良カミに押し付けたファルとヤサカ。

 この間にも、ヤサカは警察官NPCの頭を撃ち抜き、ボルトハンドルを操作し、薬莢が地面に落ちる甲高い音を響かせた。

 

 開けられた窓から吹き込む風に、ヤサカの黒い長髪がそよぐ。

 スコープを覗いたヤサカの横顔はなんとも美しい。

 ビルの外では銃撃戦が繰り広げられているというのに、ファルはヤサカの美しさに見惚れてしまっていた。


「あれは……NPCの別働隊? プレイヤーのみんなを後方から攻撃する気、かな。プレイヤーのみんなは――気づいてない」


 敵の撃破と同時に戦況の確認を行うヤサカの呟き。

 ヤサカに見惚れていたファルは、ヤサカの呟きを聞いて1階へと向かう。


「ファルくん? どこ行くの?」


「NPCの別働隊をなんとかしてくる!」


「どうやって!?」


「俺のチートでだ!」


 キメ顔をヤサカに向け、ビルから外に出たファル。

 彼の手配度は未だに0。

 警察官NPCから敵として認識されていないファルは、警察官NPCの近くに立った。


「ここは危険です! 離れて!」


 プレイヤーたちの銃弾から身を守るため、パトカーを盾に隠れる警察官NPCの忠告。

 ファルは彼らの忠告に従い、すぐにその場を離れた。

 ただし、1人の警察官NPCに触れてから。


 銃弾をかいくぐり、ビルの中に逃げ込むファル。

 そこで彼はメニュー画面を開き、短気おじさんNPCを100人ほど追加増殖させた。


「おじさんたち、あそこで戦ってる人たちの後方を守ってくれ!」


「ウルサイ! 若造ニ言ワレナクテモヤッテヤル!」


 一斉に駆け出すコピー短気おじさんNPCたち。

 彼らは、悪い言い方をすれば肉の壁だ。

 きっと彼らが、警察の別働隊からプレイヤーたちを守ってくれるはず。

 

 ファルはさらにメニュー画面を連打。

 今度は先ほどコピーしたばかりの警察官NPCを50人増殖させる。


「「「命令ヲ!」」」

 

「よし、警察を攻撃してこい」


「「「了解!」」」


 50人のコピー警察官NPCたちは、拳銃を片手に警察官NPCへと突っ込んでいく。

 これに警察官NPCたちは大混乱だ。


「援軍が来たぞ!」


「援軍? 聞いてないぞ!」


「アイツラヲ攻撃シロ!」


「味方が撃ってきた!? なんだ!? どういうことだ!?」


 想定されていない事態に、AIはどのような判断を下すのか。

 答えは簡単。コピー警察官NPCを裏切り者の50人兄弟と認識し、彼らに攻撃を加えるだけである。


 小銃とロケラン、戦車で武装したプレイヤーたち。

 彼らを援護し彼らの肉の壁となる300人以上のコピー短気おじさんNPCたち。

 警察の同士討ちを誘発する50人のコピー警察官NPCたち。

 こんなものを相手に、警察官NPCは大苦戦。


 ファルがビルの2階に戻ると、ヤサカが笑顔で言った。


「やったねファルくん。別働隊の奇襲を防いだよ。短気なおじさんたちを肉の壁にするなんて、私じゃ思いつかないよ」


「それ褒めてんのか? 毒を吐いてるようにしか聞こえないぞ」


 きっとヤサカはファルを褒めている。

 無意識に毒を吐くことがあるヤサカだが、天使のような彼女が人を馬鹿にすることなどあり得ないのだ。


 ヤサカはファルの言葉など気にせず、話を続ける。


「プレイヤーのみんなは、もうこの世界に十分に迷惑かけたよね」


「そりゃそうだろ。江京の中心で銃撃ちまくって、警察官殺しまくって、帰宅ラッシュ時に江京駅の電車も止めてるんだ。数万人規模のNPCに迷惑かけりゃ、十分だろ」


「なら、作戦も次の段階に移行しないとね」


「プレイヤーがNPCに殺されてログアウト、の段階か。にしても、警察官NPCが弱すぎるぞ。プレイヤーたちを殺してくれるよう、警察官NPCにはもっと頑張ってくれないと」


 このファルの心配が、フラグを立てたようだ。

 そしてそのフラグは、すぐに回収されるのであった。

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