ミッション5—6 カミは言っている、創造主に失礼だと

 続々と集まってくる警察官NPC。

 それでもプレイヤーたちとファルのコピーNPCに、警察官NPCは苦戦を強いられている。


 大勢の敵を相手に無双状態のプレイヤーたち。

 ティニーのおかげで弾丸無限状態なのも相まって、トリガーハッピーの有頂天だ。


「引き金引くだけで経験値が入ってくる簡単な仕事だぜ!」


「経験値トラップとか作れるかもしれないな」


「今日だけでステータス爆上げだ!」


「巨乳ちゃんと陰陽師ちゃんの火力に追いつきたい!」


 スナック菓子への愛は完全に忘れられている。

 彼らはデモ隊でもなければ暴徒でもない、ただのエンジョイ勢だ。

 イミリアに住むNPCからすれば、迷惑以外の何ものでもない集団であろう。


 加えて、警察官NPCに撃たれたコピーNPCはみんなバグっている。

 現在の江京駅前は、銃弾とバグったコピーNPCたちが飛び交う空間と化しているのだ。


 当然、この状況にイミリアが黙っているはずがない。


 突如として、銃弾飛び交う戦場にあるモニターというモニター全てが起動した。

 起動したモニターには、後光がさす、絢爛豪華な椅子に座った、ロン毛にヒゲまみれの男が映っている。

 パソコン、ケータイ、テレビ――全てにその男が映し出されているのだ。


《地上に住まう人の子らよ、我の言葉を聞け》


 脳みそまでをも震わせるような、何層にも重なる男の声。

 プレイヤーたちも警察官NPCたちも、思わず戦闘を中断した。


 自分のケータイに映る男を眺めるファル。

 男の正体が、ファルには分からない。


「誰だ? なんだこいつ? プレイヤー? NPC?」


「まさか……2年ぶりに現れるなんて……」


「ヤサカ、この男を知ってるのか? この男、誰なんだ?」


「この人が、製作者のカミだよ」


「製作者のカミって……瀬良か! こいつが元凶か!」


「戦争の時以来、その姿は見せなかったのに……」


 全ての元凶である人物の登場に驚きを隠せないファル。

 久しぶりのカミの登場に呆然とするヤサカ。

 ありとあらゆるモニターに映し出されたカミは、言葉を続けた。


《地上の子らよ。我は以前、汝らはこの世界の住人であり、この世界に住まう限りはこの世の理に従うべきだと説いた。あれから2年、汝らは我の言葉に素直に従い、この世界の住人として振舞ってきた。故に、我は汝らに福音を与えてきた》


 ここまでは微笑を浮かべていたカミ。

 ところが、その温和な表情は一変する。


《しかし、愚かな子羊たちが現れたようだ。この世の理において禁忌とされた力を使い、世界を混沌に貶め、この世界を遊戯と言って憚らぬ愚か者たちが》


 何やら難しい言葉を使っているが、ようはチートは許さん、ここはゲーム世界じゃない、とカミは言いたいのだろう。

 カミの口調は少しずつ激しくなっていく。


《許されぬことだ! 我が汝らに福音を与えてきたのは、汝らが我に従順であったからこそだ! 汝らが我の言葉に従わないというのならば、我は汝らを地獄へと叩き落としてやる! 許しなどないと思え! 汝らなどこの世界には必要ない!》


 怒りに震えるカミ。

 彼の怒号は続く。


《いいか!? ここは現実世界と変わらぬ第2の現実だ! それを、なんだ、ゲーム世界だとかなんだとか呼びやがって、創造主である我に失礼ではないか! 創造主である我の意思に従え!》


 だんだんキャラを忘れはじめたカミ。

 

《つうかさ、警察官をバカスカ殺して楽しむとか、極悪人ではないか! NPCを経験値としか見ていないではないか! あのNPCは、われが丹精込めて作り上げた可愛いが子たちなんだ! 経験値稼ぎに最適とか言うな!》


 どうやらカミは、だいぶ溜まっているようである。

 これにはファルとヤサカも呆れ顔だ。


「本音だだ漏れだな、この神様……」


「だいぶ、ストレスが溜まってるみたいだね……」


「こんな威厳も何にもない――」


《あとさ、禁忌の力を使ってNPCバグらせるのやめろ! この世界は――》


「まだ愚痴続けるのかよ!?」


《――第2の現実世界なんだよ! おじさんがバグってバウンドしまくる現実なんてあるか?! ええ?! ないだろ! 『ああ、今日もおじさんが飛び交ってるねえ』なんて会話聞いたことないだろ! ああ!?》


《瀬良さん、落ち着いてくださいよ!》


「おい、なんか瀬良以外の声が聞こえてきたぞ。普通の男の声が聞こえたぞ」


《うるさいぞスレイブ! 我のことはカミと呼べ! 何度言ったら分かる!? サダイジンみたいに幽閉されたいのか!? ええ?! 給料下げんぞ!》


《す、すみませんでした!》


《ったく……どいつもこいつも我の言うことを聞かない……!》


《カミさん!》


《その呼び方もやめろ! 我はお前の嫁じゃないんだ!》


《付け髭が取れそうになってます!》


《え? あ、ホントだ、ヤベ……と、ともかく愚か者どもよ、汝ら全員死ね!》


 カミのその叫びを最後に、モニターは暗くなり、街に静寂が訪れる。

 誰もが口を閉ざし、近くにいる者と顔を見合わせる。

 正直、どう反応して良いのか分からない。


「……ええと、なあヤサカ、さっきの何だったんだ?」


「……何だったんだろうね。私も分からない、かな……」


「全員死ねとか言ってたぞ?」


「たぶん……危機が迫ってるんじゃないかな……」


 あの〝愚痴〟を聞いた限りでは、これから何が起きるのかを予想するのは難しい。

 少なくともカミがお怒りなのは確かであるため、おそらくプレイヤーたちには命の危機が迫っているのだろう。


 しばらく沈黙に包まれる江京駅前。

 その沈黙を打ち破ったのは、『ドクロのエンブレム』をつけた2機の航空機であった。

 

 ビルの隙間を縫うようにしてこちらへ飛んでくる、前方に傾いた巨大な回転翼を両脇に持つ航空機――V220。

 2機のV220は傾けていた回転翼を上に向け、江京駅前上空でホバリングを開始した。

 

「ドクロのエンブレム……ファルくん、やっぱりカミは本気だったみたい!」


「どうした? あれがどうかしたのか?」


「アレスターだよ! アレスターの2個小隊が来た」


「え!? アレスター!? あの鎧NPCか!」


「プレイヤーのみんなに逃げるように伝えないと!」


 すぐさまラムダに電話をかけるヤサカ。

 一方でファルは、平気な顔をして言い放った。


「別に逃がす必要ないだろ。アレスターならプレイヤーたちを全滅させてくれる。そうすりゃ、全員がログアウトされてハッピーエンドだ」


 先ほどまでプレイヤーを守ろうとしていたファルが、プレイヤーの全滅を願う。

 救出作戦であるため仕方ないとはいえ、めちゃくちゃだ。

 ファルのそんな言葉に対し、ヤサカは電話をかけながら反論した。

 

「私たちはどうやって逃げるの? すぐ近くにアレスター2個小隊がいたら、簡単には逃げられないよ。ミストさんもアレスターを動かすことはできないんだから」


「そうか、そうだよな」


 言われてはじめて気がついたファル。

 やはり戦場では、ヤサカの判断に任せた方が良さそうだ。


「ラム! 聞こえる?」


《なんとか聞こえてますよ! どうかしましたか?》


「今ラムたちの上空にいるV220、あれに乗ってるNPCはみんなじゃ絶対に勝てない相手なの! だから、みんなには分散して戦うように伝えて!」


《ほおほお》


「ラムとティニーは、私たちと合流して! すぐに江京から逃げるからね!」


《分かりました!》


 ヤサカとラムダの会話が終わってすぐだ。

 江京駅前に集まっていたプレイヤーたちが分散しはじめる。


 と同時に、2機のV220の後部ハッチが開いた。

 後部ハッチからは、ガスマスクで顔を隠した黒い鎧のNPCが、銃を持って次々と地上に降りてくる。


「ファルくん、早く逃げよう!」


「ああ。アレスター相手には戦いたくないからな」


 カミとアレスターの登場が、戦況をひっくり返した。

 150人のプレイヤーとファルたちは、これからは狩られる側なのである。

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