第3章 ちょっとしたクエストですし

ミッション3—1 面倒な客

 座礁した護衛艦『あかぎ』艦内にて。

 ファルとヤサカは2人きり。


「ファルくん……本当に入れて、良いの?」


「ああ。入れれば入れるだけ、強い刺激が得られるからな」


「グチャグチャになっちゃうかもしれないよ?」


「むしろ歓迎」


「……みんなにバレたら大変なことになるよ?」


「気にするな。みんなも喜んでくれる」


「分かった。じゃあ……入れるね」


 そう言ってヤサカは、フライパンの上で焼かれる卵に、ボウル1杯分の唐辛子とシロップを投入した。

 卵はみるみると赤く染め上げられ、地獄の地表のような見た目となっていく。


「こんな色の卵焼き、見たことないよ……ファルくん、本当にこれで良いの?」


「これが良いんだろ。究極の甘さと究極の辛さの融合だぞ」


「良いとは思えないけどなぁ。もう、焼いてるだけで目が痛い……」


 現在、ファルとヤサカは朝食を作っている最中なのだ。

 作っていると言っても、料理ステータスの低いファルは、自分好みの味の朝食をヤサカに作らせているだけなのだが。


 しばらくして、ヤサカは完成した卵焼きを皿の上に乗せる。

 地獄の業火に焼かれ地獄の一部と化したような卵焼きが十数個。

 ヒ素を食べるバクテリアであろうと、これは危険だと判断しそうな見た目だ。


「形だけは綺麗にできたけど、味見をする気にはならない……かな」


「味見する必要ないだろ。ヤサカの料理ならうまいに決まってる」


「褒められてるんだろうけど、今は美味しい卵焼きが作れた気がしないよ」


「心配するな。ティニーたちもいつもみたいに喜んでくれる」


「どうしてファルくんは、この卵焼きを見てそんなに自信満々なのかな……」


 ヤサカの不安など気にせず、ファルは卵焼き地獄を食堂へと運んだ。

 食堂ではティニーとラムダ、クーノの3人が腹を空かせて待っている。


「できたぞ。ヤサカと俺が共同で作った卵焼きだ」


「待ってましたよ! お腹が空いて死にそうなのです!」


「奇抜な見た目。霊力が高まりそう」


「これェ、一体なにィ? 石炭かなァ?」


「食べてみれば分かる」


「では、早速食べちゃいます!」


 まず最初に卵焼き地獄を口にしたのはラムダだ。

 ラムダは卵焼き地獄を味わうなり、机に突っ伏し動かなくなる。


「ラムダの……霊力が……消えた……?」


「そうか、そんなに美味しかったか。ラムダは反応が判りやすい」


「この卵焼き、特別な力が……」


 続いてティニーが、恐る恐る卵焼き地獄を口に運んだ。

 その瞬間、彼女も机に突っ伏し動かなくなってしまう。


「なんだかァ、命の危険を感じるけどォ、ヤサちゃんの卵焼きなら食べるしかないよねェ」


 そう言ってクーノは、躊躇なく卵焼き地獄を食べた。

 結果はラムダとティニーと同じ。

 食堂の机に、3人の少女が静かに突っ伏している。


「気絶するほど美味しいのか。さすがは俺の味覚とヤサカの料理ステータス」


「みんな……ごめんね……!」


 涙目になるヤサカをよそに、ファルは地獄卵焼きを頬張る。

 彼だけは、何事もなく地獄卵焼きを飲み込んだ。


「だ、大丈夫なの? ファルくん」


「何がだ? それより、この卵焼き美味いな。こんなに美味い卵焼きを食べたのははじめてだ。ヤサカ、これからもこの卵焼き、作ってくれよ」


「ええと……わ、分かった……」


 笑顔で地獄卵焼きを食べ続けるファル。

 今日は朝食なしだと決断したヤサカ。

 動かないティニー、ラムダ、クーノの3人。


 そんな有様の食堂に、複数の客人がやってくる。

 メガネをかけた中年の男を中心に集まる4人の客人。


諏訪コトミ君の言う通り、ここにいたか」


「キョウゴさん!?」


 サルベーション本隊だ。しかも4人のうちの1人はデスグロー。

 もしやプレイヤーを救出したことを褒めに来たのだろうか、などと思うファル。

 しかしサルベーション隊員のファルに対する恨みは深い。


「こんなところで仲良く2度寝か?」


「呑気なもんだな」


「違う! こいつらはヤサカの作った卵焼きの美味しさに気絶してるだけだ!」


「ファルくん……それも違うよ……」


「どっちにしろ緊張感がない。お前らはまだ、ゲーム感覚のガキどもだ」


「1人を救出したからって、調子に乗るなよ」


 2人のサルベーション隊員は、嫌味な表情と口調をファルにぶつける。

 一方でファルは、内心では怒りを爆発させながら、冷静さを保った表情で質問した。


「用事は? プレイヤー救出をサボって、俺たちを馬鹿にしに来たんですか?」


「生意気な口を利きやがって!」


「やっぱり調子に乗ってやがる!」


「お前たち、悔しいのは分かるが、いい加減にしろ。目に余る醜悪さだぞ」


「す、すみません隊長」


「申し訳ありません。ついカッとなって……」


三倉ファル君たち、悪かったな。彼らは少し焦っているんだ。大目に見てくれると助かる」


「キョウゴさんがそう言うなら、大目に見ます」


「すまない」


 キョウゴが口にした謝罪の言葉は、彼の本心からくるものだ。

 しかしファルたちに罵声を浴びせた2人の隊員は、キョウゴには謝ってもファルたちには謝らない。

 一部の隊員は、未だファルたちを恨みに思っているのだろう。


 とはいえ、隊長のキョウゴがまともなのは助かる。

 ファルはもう1度、質問した。


「それで、今日は何の要で?」


「2日前、三倉ファル君たちがプレイヤー救出の方法を見つけてくれた。そこで我々は、八洲のプレイヤー救出を三倉ファル君たちとレジスタンスに任せることにした。今日はそれを伝えに来たのだよ」


「え? それじゃ、キョウゴさんたちはどうするんです?」


「我々は大陸に向かう。デバックルームを探す傍ら、ベレルやメリアで協力者を探し、プレイヤー救出のための下地を作るつもりだ」


 なるほど、とファルは思う。

 きっとサルベーション本隊の隊員たちは、恨めしいファルたちに先を越され、プライドとメンツがズタズタの状態だ。

 だからキョウゴは、救出作戦の下地を作り『俺たちがいなきゃファルたちは何もできなかった』という状況を作ろうとしているのだろう。


 キョウゴは苦労人だな、などと思うファル。

 実際、キョウゴはメガネを押さえながらため息をついている。


 その時であった。

 先ほどからファルを睨むだけのデスグローが、ファルに掴みかかる勢いで口を開く。


「俺様は絶対に認めねえ」


「な、なんだよ、いきなり?」


「絶対に認めねえって言ってんだよ!」


「だから、何を認めないんだ!?」


「てめえがプレイヤーを救出したのは、ただのまぐれなんだよ! 好い気になるんじゃねえぞ! 俺様はな、てめえらに八洲のプレイヤー救出を任せるのも反対だ! キョウゴさんが言うから、仕方なく従うだけだ!」


「ああ、そう」


「……おいてめえ、何だその反応は!?」


「いやいや、スグローはキョウゴさんに従うんだろ? じゃあ、お前の意見なんかどうでもいいや、と思って」


「デスグローだ! ふざけんなてめえ! そういうところが気に食わねえんだよ!」


 何やら激怒するデスグロー。

 彼の背後で、2人の隊員がデスグローの言葉に納得している。

 面倒な奴らだ。


「そのくらいにしておけ、岡野デスグロー君」


「でもキョウゴさん! こいつは――」


「そのくらいにしておけ」


「……チッ」


 今度は言葉でなく目でファルを非難するデスグロー。

 ファルがキョウゴに同情の視線を送ると、キョウゴは再びため息をつく。


「とにかく、八洲のプレイヤーは頼んだ。あと18日で、プレイヤー99人を解放してもらう」


「任せてください」


「ヤサカ君たちレジスタンスも、協力してくれ」


「はい。サルベーションの皆さんの信頼を裏切るようなことはしません」


「任せた。では、失礼したな。帰るぞ」


 それだけ言って踵を返したキョウゴ。

 デスグローと2人の隊員は、不服そうな表情でキョウゴの後についていく。

 だが、キョウゴは何かを思い出したように振り返った。


「ああ、すまない、これを返すのを忘れていた」


「これは……」


三倉ファル君、川崎ティニー君、鈴鹿ラムダ君の金だ。返しそびれていたからな」


「ああ! ありがとうございます!」


「よかったねファルくん。これで一文無し脱出だよ」


 正直、ただ迷惑なだけだと思っていたキョウゴたちの訪問。

 それでも金を返してくれただけで、ファルは満足だ。

 

 キョウゴたちは食堂を去り、食堂に静寂が訪れる。

 気絶するティニーとラムダ、クーノを横目に、ファルは余った地獄卵焼きを食べながらヤサカに話しかけた。


「ということになったわけだが……ヤサカ、クエストの準備は整ったのか?」


「準備万全だよ。その3人が目覚めれば、だけど」


 ファルたちはすでに、プレイヤー救出のための準備を進めていたのだ。

 3人が目覚めれば、彼らは八洲の首都江京こうきょうへ出発である。

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