ミッション3—2 クエスト掲示板

 八洲首都江京。

 高層ビル街と繁華街、住宅街で埋め尽くされたこの街は、イミリア内の東京とも呼ばれている。

 そのリアルな街並み、リアルなNPCは、特に都民にとっては、ここがゲームなのか現実なのかという判断を狂わせるには十分な完成度だ。


 ファルとティニー、ラムダは現在、そんな江京の繁華街――古橋にやってきている。

 晴れ空の下、数多のNPCをかき分ける3人。


「なあティニー、SMARLスマール持ってると目立たないか?」


「袋に包んでるから、大丈夫」


「あんまり大丈夫とは思えないんだが。お前、和服姿でそんな袋持ってると、なんか和服バンドみたいな感じになってるぞ」


「……悪い?」


「いや、悪くはないけどさ」


「ファルさんよ、クエスト掲示板ってどこにあるんでしたっけ?」


「たしかこっちだったはず。ああ、ほら、あれだ」


 ファルが指差した先にある、ビルの壁一面を使った大きな掲示板。

 それこそが『クエスト掲示板』だ。

 

 クエスト掲示板とは、運営やプレイヤーが好き勝手に作ったクエストの参加者を募集する掲示板である。

 プレイヤー同士の交流や特別報酬を得ることも可能で、イミリアの楽しみのひとつだ。

 イミリアは一応RPG、やはりクエストは必須である。


「クエスト掲示板を見るのは久しぶりです!」


「見てるだけでも、楽しい」


「お前ら、今日は遊びに来たんじゃないんだぞ」


「分かってますよ! 分かってますけど、どんなクエストがあるかぐらい確認しても良いじゃないですか!」


 満面の笑みを浮かべ、掲示板を前に胸を踊らせるラムダとティニー。

 純粋にゲームを楽しもうとする彼女らを、ファルは邪魔する気にならない。

 仕方なく、ファルはラムダとティニーの自由にさせた。


 しばらく、ラムダとティニーは嬉々として掲示板を眺めていた。

 ところが数分もすると、2人はげんなりした様子。

 何があったのだろうかと、ファルも掲示板を眺めてみる。


「どれどれ……『ゴキブリの討伐。報酬5000圓』『パートさん募集。時給980圓から』『引越しの手伝い。報酬は好きな家具ひとつ』『ティッシュ配り。時給1100圓』。これって……」


「求人ばっかり」


「ファルさんよ、クエストに夢と希望がありません!」


 ゲームらしさが感じられない、現実に満ちたクエスト掲示板。

 この世界では、ゲーム感覚は忘れ去られてしまったのだろうか。


「なんでクエスト掲示板が求人になってるんだよ。間違ってないけど間違ってるよ。ここのプレイヤーは、みんな現実思考に侵されすぎだろ。ここゲーム世界だろ」


「でも、閉じ込められたプレイヤーにとって、ここが現実。みんな、気楽ではいられない」


「そうかもしれないが、陰陽師っぽい格好で霊感少女名乗りながらロケランぶっ放してるような、現実感の欠片もないティニーがそれ言うか?」


 掲示板眺める他のプレイヤー数人は、掲示板に何の疑問も抱いていない。

 ヤサカやクーノ、レイヴンなどを見ていると分からないが、このゲームのプレイヤーは深刻な状態のようだ。

 分かりやすく言えば、ゲームと現実の差がなくなっている。


 これは急いでプレイヤーたちを救出しなければと、改めて思うファル。

 そのためにも、これから行うクエストを成功させなければならない。


「お願いします! 『チーム戦ゴミ拾いクエスト』の参加をお願いします!」


「きっと楽しいよォ。報酬もいっぱいだよォ」


 すぐ側から聞こえてきた、2人の少女の言葉。

 ヤサカとクーノだ。

 

 彼女らのお願いするクエストこそ、プレイヤー救出への一歩なのである。

 このクエストで、なるだけ多くのプレイヤーにチート道具を使わせ、この世界をゲーム世界としてプレイヤーたちに楽しませるのが今回の狙いだ。


 なお、クエスト内容はラムダには教えていない。

 教えない方が、自然な反応をラムダは示すとファルは考えたからだ。


「ヤーサにクーノさんよ、ゴミ拾いクエストってなんですか?」


「数人で組まれたチーム同士で、どのチームがより多く、古橋地区に落ちていたゴミを拾えるかを競うクエストだよ」


「おお! なんだか楽しそうですね!」


「しかもォ、高額報酬だよォ。最も多くのゴミを拾ったチームにはァ、なんと1人100万圓あげちゃうよォ」


「100万圓!? 報酬100万圓!?」


「そうだよォ、100万圓だよォ」


 大声で100万圓を連呼するラムダとクーノ。

 これにはプレイヤーたちも食いつき、ヤサカたちのクエストに興味を持ちはじめている。

 数人のプレイヤーがこちらに注目しているのを確認したヤサカは、付け加えた。


「報酬はそれだけじゃないんだ。実は街のどこかに、隠しアイテム『キノコの生えたチェスシリーズ』33個が落ちてるから、これをひとつでも見つけた人には、50万圓の特別報酬があるんだよ」


「50万!? 33個全部見つけたらどうなるんです?」


「1650万圓がもらえるよ」


「「「い……いい……1650万圓!!」」」


 衝撃の高額報酬に、ラムダだけでなく掲示板の周りにいたプレイヤーたちが一斉に驚く。

 そして皆、ヤサカとクーノに言った。


「そのクエスト、やりたいです!」


「俺もだ! 俺にも参加させてくれ!」


「僕たちも参加します!」


「私たちも!」


 掲示板周辺にいたプレイヤーは、全員ヤサカのクエストに参加するようだ。

 これも、ラムダが大声でプレイヤーたちの注目を集めてくれたおかげ。

 ファルの計画通り。


 それから1時間もすると、噂を聞きつけたプレイヤーたちも集まり、クエスト参加者は20人に達した。

 参加者の中には白いローブに身を包んだ女性、イミリアの有名プレイヤー『ああああ』の姿もある。


「皆さん、ゴミに溢れる汚れた街にいると、人間はその心までも汚され、荒んでしまいます。すなわち、ゴミを拾うという行為は、街だけでなく人々の心までも綺麗にする、ということなのです」


「なるほど。さすがはああああ様」


「報酬のことだけでなく、ゴミを拾い街を清潔に保ち、人々の荒んだ心に光を当てる。そのような意識で、ゴミ拾いクエストを行いましょう」


「分かりました! ああああ様の教えに従います!」


 どことなく教祖っぽい扱いをされているああああ。

 ヤサカによると、彼女は心優しく、様々な善行を積み重ね、イミリアの聖人と呼ばれているらしい。

 そんな人がクエストに参加してくれれば、良い宣伝になるはずだ。


 ヤサカは腕時計を確認する。

 時間は午後1時。


「もうそろそろ時間かな。それじゃ、クエスト参加者の募集はこれで終わり――」


「待ってくれ! 僕も参加する!」


「ギリギリでしたね。参加者はここにお名前を書いてください」


「はいはい」


 締め切り直前、ヤサカの前に現れた1人の少年。

 天然パーマにテキトーな格好の、眠たそうな顔をした少年。

 彼を見て、ファルは思わず驚きの声を上げてしまった。


啓佑けいすけ!」


「この声、もしかして……東也か!? ファルか!?」


「ああ! 久しぶりだな啓佑――レオパルト! まさかこんなところで会うなんて!」


 クエスト参加者募集の締め切り直前にやってきた少年は、ファルの――数少ない――友人である佐山啓佑――レオパルトであった。

 偶然の再会に喜ぶファル。

 一方でレオパルトは、幽霊でも見るかのような表情をファルに向けている。


「ファル、どうして突然消えた? どうして2年間も姿を消した?」


「実はな……俺、強制ログアウトされたんだ」


「強制ログアウト? 何だそれ? どういうのだそれ?」


「ヘッドギアを外すか電源を切るかして、無理やりダイブアウトログアウトさせる荒業だ。死亡率は80パーセント以上。俺は運よく生き延びたけど、それで死んだ人も多い」


「……本当か?」


「俺が意味のない嘘つかないの、知ってるだろ」


「まあな。いやでも、ファルはとっくに死んでると思ってた」


 驚きを隠せないレオパルトは、まだファルの説明を受け入れきれていないようだ。

 何より、彼には大きな疑問があった。

 

「だけど、強制ログアウトしたなら、なんでまた戻って来た? なんでまたイミリアにログインした?」


「そ、それは……」


 答えに困る質問だ。

 本当のことを言ってしまうか、嘘をつくか。口ごもるファル。

 その時であった。掲示板前にヤサカの声が響き渡る。

 

「それでは、クエストを開始します! 制限時間は3時間! みなさん張り切って、ゴミを拾ってきてください!」


 いよいよはじまるゴミ拾いクエスト。

 ヤサカの号令が、レオパルトの質問を吹き飛ばしてくれた。


「ファル、お前はクエストに参加するのか? 参加しないのか?」


「今回は参加しない」


「そうか、残念。話の続きはまた今度な」


「ああ」


 ファルはゴミ拾いクエストの主催者側。

 いろいろと知りすぎた彼が、クエストに参加することはない。

 レオパルトは名残惜しそうにしながらも、ゴミ拾いクエストのためファルと別れ、江京の街に消えていった。


「ファルくん、さっきの人って、もしかしてお友達?」


「不思議な霊力を感じた。どんな人?」


 ファルとレオパルトの会話を聞いていたのだろう。

 ヤサカとティニーがファルに質問してくる。

 これにファルは、テキトーな答えを口にした。


「友達のレオパルトだ。どんな人かって言われると……ま、変人だな」


 そんなテキトーな答えに、ヤサカとティニーは驚かない。

 変人が1人増えたところで、今更だからだ。

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