ミッション2—6 警察に喧嘩を売れ!

 タイヤを空転バーンアウトさせたおかげで、ヴェノムのタイヤは十分に温められた。

 3台のパトカーを背に、ラムダはいよいよヴェノムを発進させる。


「やりますよ! いきますよ!」


「うお!」


 けたたましく鳴り響いていたタイヤの滑る音は消え、街中にヴェノムのエンジン音が雄叫びをあげる。

 ヴェノムが発進した途端、ファルは体をシートに押さえつけられた。


 街道は、ティニーのロケランに驚き乗り捨てられた車や、逃げ纏う車で混乱中。

 時速80キロを出すことも難しい道のりだ。


 それでも、V8エンジン2基と4基のターボチャージャーにより加速するヴェノムは、あっという間にパトカーを置き去りにしてしまう。

 加えて、ラムダのアビリティ『スピード狂』によってエンジンが強化されているのだ。

 パトカーがヴェノムに追いつけるはずがない。

 

「遅いです! 警察さん、遅すぎです!」


「この車が速すぎるだけだろ!?」


「これじゃカーチェイスになりませんよ! 手加減します!」


「手加減?! 手加減って――うわ!」


 ラムダはブレーキを踏み込み、ハンドルを左に切り、路地にヴェノムを突入させる。

 突然のことにファルは再びよろけ、思わずラムダの胸に手が当たってしまう。


「ファルさんよ! この状況で胸を触ってくるなんて、すごいです!」


「今のは不可抗力だ!」


「本音ではラッキーだと思ってますよね?」


「否定はしない! しないけど、頼むから前を見てくれ!」


 ラッキースケベに対する喜びよりも、恐怖が勝っているファル。

 車1台がなんとか走れる程度の狭さの小道を、時速50キロ以上で駆け抜けるのは、なかなかにスリリングだ。

 いくらゲーム世界といえども、恐怖は現実並みである。


 後ろを見ると、3台のパトカーはなんとかヴェノムに食いついてきていた。

 狭い道であれば、パトカーでも1005馬力を追うことはできるらしい。


「ヤサカ、聞こえてるか?」


《聞こえてるよ。いきなりどこかに行っちゃったみたいだけど、大丈夫?》


「こっちはこっちで警察を集めてる。そっちはどうだ?」


《ティニーのおかげで武装警察も出てきたみたい。今はストロボさんとアマモリさんもSMARLスマールを使ってる》


「そうか。あんまりやり過ぎないよう注意しておいてくれ」


《分かってるよ。もう遅いような気もするけど……》


 ヤサカたちはヤサカたちで順調に警察に喧嘩を売っているようだ。

 もはや仮説の検証というより、警察との戦争になっているが。


 ファルがヤサカとの会話を終えた直後、ヴェノムは再び街道に飛び出す。

 こちらの街道にはロケラン発射台ティニーがまだ来ていないのか、NPCや街道を走る車は普段通りだ。

 

 まばらに走る車を縫うように追い抜くヴェノムと3台のパトカー。

 追い抜く車との距離はわずかに数十センチ。

 驚くNPCの表情を確認することすら可能である。


「ぶつかる! 危ない! 死ぬ! ヤバイ! ぶつかる!」


「ニヒヒ、ファルさんよ、楽しそうですね!」


「どこが楽しそうなんだ!?」


「安心してくださいよ! 警察さんもきちんとついてきてますし、まだまだ楽しめますよ! ほら! あれ見てください!」


「ああ!?」


 ラムダの視線の先に、無数の赤いパトランプが輝いている。

 ファルは目を丸くした。


「パトカーが10台以上いるぞ!」


「警察さんも本気のようです! ワクワクしちゃいますね!」 


 ヴェノムのエンジン音すらもかき消す、パトカーのサイレンの音。

 ご丁寧に、スポーツカータイプのパトカーまでやってきている。

 いよいよラムダのテンションはマックスだ。


「どこまでついてこられますか?!」


 大量のパトカーを目前に、ドリフトをかまし交差点を曲がるヴェノム。

 パトカーは餌に群がる魚のように、ヴェノムの後を追う。

 

 さすがにこれだけのサイレンが鳴り響いていると、道を走る一般車両も道を開ける。

 つまりそれは、ヴェノムの走る道も開けたということ。

 ここでラムダはアクセルを思いっきり踏み込む。


「この時です! この時を待っていたのです!」


「ここはサーキットじゃないんだぞ!?」


 長い直線を前に、ラムダのスキル『ニトロ』を使って加速するヴェノム。

 3秒もしないうちに時速100キロまで加速するその性能に、パトカーたちは置いてけぼりだ。

 エンジンの振動に揺らされるファルは、やはり事故らないことを祈るだけ。


 しばらく直進すると、パトカー5台に追われる、見たことのあるワゴン車が交差点を横切った。

 ヤサカたちだ。

 ラムダはブレーキを踏み、シートベルトがファルに食い込んだのも気にせず、ドリフトで交差点を右折する。


 右折した直後、目の前を走るパトカーが大爆発、横転した。

 破片をばら撒き転がるパトカーを避け、ワゴン車の側に近寄るヴェノム。


「ファルくん!」


 ワゴン車の助手席で手を振るヤサカ。

 ファルも手を振り応えるが、目線はヤサカにない。


 どうにもこのワゴン車、おかしい。

 サンルーフからティニー、後部座席右側窓からストロボ、後部座席左側窓からアマモリが体を乗り出し、まるで雑技団のようになっているのだ。

 もちろん3人ともSMARL――ロケランを構えている。

 

「クソがぁ! 天誅!」


「なんだか楽しくて仕方がない!」


「2人とも、SMARLの良さが分かってきた」


 ティニー、ストロボ、アマモリが一斉にロケランを発射、数台の車やパトカーが吹き飛ぶ。

 このワゴン車、明らかに近づいてはいけない車である。

 仲間だと知っていても、ファルはワゴン車から離れたい。


《すごいなァ、一気にパトカーが増えたァ》


《ファルくん! 10台以上のパトカーが追ってきてる!》


「文句はラムダに言え!」


 ヴェノムとワゴン車が合流した。

 それ即ち、ヴェノムを追うパトカーとワゴン車を追うパトカーが合流したということ。

 後ろを見るとそこには、20台近くのパトカーがサイレンを鳴らし追ってきている。


 壮観とも思える光景。

 あれだけの警察を振り切る方法が、ファルには思いつかない。

 

《ねえファルくん、どうやって警察から逃げよっか?》


 どうやらヤサカもファルと同じ思いだったらしい。

 とりあえずファルは、仮説の検証を優先した。


「……ヤサカ、ストロボさんとアマモリさんは車の中にリスポーンできるか?」


《うん、できるよ。それがどうしたの?》


「仮説の検証だ。ちょっと2人を殺してくれ」


《当たり前みたいに殺せって言うんだね……ちょっと待ってて》


 ファルの言葉のすぐ後、ストロボとアマモリが車の中に戻される。

 そして数秒後、ワゴン車の中から死亡エフェクトの光が漏れ出てきた。

 さらに数十秒後、ヤサカから報告が入る。


《2人とも無事にリスポーンしたよ》


「ダメだったか……」


《まだ暴れ足りないのかな?》


「いや、たぶん警察に殺される必要があるのかもしれない。ヤサカ、2人に車から飛び降りてパトカーに轢かれるよう言ってくれ」


《ファルくん、ひどすぎるよ、それ。まあ、やらせるけどね》


 ファルの言葉のすぐ後、ワゴン車のドアが開きストロボとアマモリが飛び降りる。

 そして数秒後、2人は見事にパトカーに轢かれて死んだ。

 さらに数十秒後、ヤサカから報告が入る。


《今、2人がリスポーンした。ダメだったみたい》


「そうか……」


《やっぱり、他人がチートで出した道具を使うだけじゃ、チート使用扱いにならないんじゃないかな?》


「いや、まだ分からない。わざと死ぬんじゃなくて、意図せぬ死に方をしなきゃいけない可能性が残されてる」


 これは仮説の検証だ。細かい条件を探らなければならないのだ。

 決して、面倒だから今回の検証だけで正解を見つけたいわけではない。決して。


 さて、意図せぬ死に方と言っても、何をどうすれば良いのか。

 警察はティニーとラムダが売った喧嘩を大量購入してくれたが、いささか売れすぎた。

 このままカーチェイスをしていてもラチがあかない。


《クーノからの提案だよォ。聞くゥ?》


「なんだ? 聞かせてくれ!」


《食いつき良いねェ》


「早く聞かせてくれ!」


《まずゥ、ここから数キロ先の港に行くのォ。それでェ、みんなで倉庫に篭ってェ、ストロボとアマモリを前衛にしてェ、銃撃戦をするのォ》


「2人を戦いやすくて死にやすい場所に置くんだな。それで?」


《ストロボとアマモリが死んだらァ、ラムがヘリを出してェ、クーノがヘリを操縦して脱出ゥ。どうかなァ?》


「なるほど……悪くないな。ヤサカはどう思う?」


《う~ん、やれるだけやってみようか》


「ストロボさんとアマモリさんは?」


《天誅が下せるならなんでも良い!》


《まるでゲームのミッションだな。是非やりたい》


「分かりました。ティニーとラムダには……聞いても無駄か」


 ここはクーノの提案通りに行動する。

 ファルはそう決断し、クーノとラムダに言った。


「クーノ、倉庫まで案内頼む!」


《任せてェ》


「ラムダ、ワゴン車を追え!」


「了解です!」


 仮説の検証も佳境に差し掛かった。

 果たして、プレイヤー救出のための答えは出るのだろうか。

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