ミッション2—5 ロケランと暴走車

 ストロボとアマモリの迷惑行為の影響か、NPCたちの目が怖い。

 こちらを見てヒソヒソと話すNPCも多くいる。

 きっとストロボとアマモリのNPC支持率はヒドイことになっているのであろう。


 NPC支持率とは、イミリアにおける指数のひとつで、NPCからどれだけプレイヤーが支持されているかを示すものだ。

 この支持率が高ければ高いほど有利なゲームプレイが可能であるが、支持率を上げるのは容易ではない。


 この世界には約2億以上のNPCが存在するが、それぞれが違ったステータスを持っているため、支持率もそれぞれのNPCによって上がり方が違う。

 綺麗事を言えば支持率が上がるNPCもいれば、上がらないNPCもいるのだ。

 一定のNPC(政治家や社長など)の支持率が高ければ、一般のNPCの支持率が低くとも有利だったりするため、なかなか支持率調整は難しいものがある。


 一方で、NPC支持率を下げるのは簡単。誰彼構わずNPCに迷惑をかけ続ければ良い。

 あまり支持率が低いと、まともに外も歩けないような事態に陥る。

 

 ストロボとアマモリの2人は、堂々とした迷惑行為でNPC支持率が下がっているはず。

 プレイヤーが支持率を確かめることはできないが、周りのNPCの反応を見れば分かる。

 

 仕方なく、ファルたちはストロボとアマモリを連れて車に乗り込んだ。

 彼らは現在、小阪城公園を離れ小阪の大通りを車で走っている。

 ファルは未だにヤサカたちと同じワゴン車には乗せてくれず、ラムダの運転するヴェノムの助手席に収まっていた。


 ワゴン車のヤサカたちと会話するため、車内で携帯電話をいじるファル。

 彼は携帯電話をヴェノムに繋げようとするが、狭く揺れる車内でうまく繋げられない。


「こういう時、レオパルトがいてくれたら良かったんだが」


「レオパルト?」


「俺の友達。俺はレオパルトと一緒にイミリアの事件に巻き込まれたんだ。その後、俺だけが強制ログアウトされたけど、あいつはまだイミリアのどこかにいるはず。あいつ手先器用だから、こういう時に頼りになるんだけどな」


「と……とと……と……」


「うん? どうした?」


「友達!? ファルさんよ、友達いたんですか!? 本当ですか!? 妄想じゃなくて、実在する人ですか!?」


「驚きすぎだし失礼だし……俺にだって友達ぐらいいるから!」


「なんてこったです……ファルさんがボッチじゃないなんて……」


「どうして残念そうにしてんだ?」


 心なしかハンドルを握る手から力が抜けたようなラムダ。

 ファルはようやく携帯電話をヴェノムに繋げると、ヤサカの携帯電話に発信し、口を開いた。


「ああ、ああ、本日は晴天なり。ワゴン車のみんな、聞こえてるか?」


《聞こえてるよ》


 携帯電話を介しての、ヴェノムとワゴン車の間での会話。

 ヤサカの返事を聞いて、ファルは次の仮説の検証方法についての話し合いをはじめる。


「今までの検証は全部失敗だった。考えられる理由は、チートを使った扱いになってない、あるいは迷惑行為の規模が小さい、の2つだと思うんだが」


《私もそう思うよ。ただ、チートを使った扱いになってるかどうかは、今の時点だと検証できないんじゃないかな》


「たしかに、検証は難しそうだな。じゃあ、次の検証はさらなる迷惑行為?」


「落書きとかネットで炎上とか、甘すぎますよ! もっと……すごいこと、しないと……ダメだと思うんですよ!」


《ラムさんの言葉聞いてるとォ、なんだか興奮してくるねェ、ムフフゥ》


《クーノ、変な妄想しないの》


《ヒドイなァ。クーノは変な妄想しないと死んじゃう病気なんだぞォ》


《もう、クーノは変なことばっかり言う。それで、もっとすごい迷惑行為って?》


 クーノの相手をするのを諦め、質問したヤサカ。

 これに一同はしばし考え、最初にティニーが口を開く。


《警察に喧嘩を売る》


「おお! ティニーさんすごいこと言いますね!」


《ちょっと……やりすぎじゃない?》


「いや、今回に限ってはティニーの言う通りかもしれない。このゲームにおける警察は、イミリアのゲームバランスを保つ重要な存在だ。それに喧嘩ふっかけるような奴を相手に、容赦しないだろ」


《ううん……そう言われると、試してみる価値はあるかもしれないね》


 消極的ながら、ヤサカもティニーの案を受け入れたようだ。

 これで次の検証方法は決まったも同然。

 ただし、問題はまだある。


《すまんが、俺たちは2度死んだばかりで、ステータスが低いんだが》


《アマモリの言う通りだ。今の僕たちは、警察に喧嘩を売ってもすぐに逮捕されるか殺されるだけだろう》


 ストロボとアマモリの冷静な意見。

 ティニーとラムダは、まるで示し合わせたかのように彼らの意見に答えた。


「問題ないですよ! わたしたちがいますから!」


《私たちが、警察に喧嘩を売る》


《そっか。ストロボさんとアマモリさんがティニーとラムの仲間だって思われれば、同じ凶悪犯に認定されるもんね。いけるよ、きっと》


《即興組織犯罪ってことだねェ》


「ファルさんよ、どうです!? やりましょうよ!」


 目を輝かせるラムダが、大きな胸を揺らしファルをじっと見つめる。

 ファルとしても、彼女らの意見には賛成。

 何より、警察とドンパチだなんてゲームらしくて楽しそうだ。 


「よし、やるぞ。お前ら、準備は大丈夫か?」


《私は大丈夫だよ》


「バッチリなのです!」


《指示待ち中》


《楽しみだなァ》


《このクソ世界に一泡吹かせてやる!》


《なかなか面白くなってきたな。いつでもいいぞ》


「じゃあ早速、はじめるか。なるべく規模の大きい騒ぎを起こしたい。手配度が4段階目ぐらいまで上がるようなドンパチ、頼んだぞ」


「任せなさい任せなさい!」


あやかしたち、覚悟》


 ワゴン車のサンルーフから体を乗り出すティニー。

 彼女のSMARLスマール——ロケランは、どこを狙うわけでもなく、ただ混乱を引き起こし、ティニーを満足させるためだけに火を吹いた。


 突如として街中を飛び抜けるロケット弾。

 ロケット弾はとある雑居ビルに当たると、派手な火球を作り出し、衝撃波で辺りを破壊する。

 NPCたちは慌てふためき、道路を走っていた車は急ブレーキをかけ、数台の車がクラッシュした。


《えへへ》


 トリガーハッピー状態のティニーは、SMARLを次々と発射。

 スキル『爆発強化』とアビリティ『爆発マニア』によって、ティニーのSMARLは化け物レベルの威力だ。

 多くの建物が爆破され、ガラスが砕け散り、街は大混乱に陥った。

 クーノの運転するワゴン車は、もはやロケラン発射台と化しているのである。


 ティニーが23発目のロケランを発射しようとした頃。

 偶然近くを通りかかったパトカーが、ワゴン車の追跡を開始した。


「来ましたね! パトカー来ましたね! わたしも暴れちゃいますよ!?」


「おいラムダ、何をする気――」


 ラムダは勢いよくハンドルを回し、ファルがガラスに頭をぶつけたのも気にせず、ヴェノムを180度回転させる。

 パトカーと対面したヴェノム。

 するとラムダは、アクセルを踏み込んだ。


「おいおいおい! ぶつかるぶつかる! 避けろ!」


「避けません! 避けたら負けです!」


 加速するヴェノム。迫るパトカー。

 これはぶつかる、とファルが目を瞑った瞬間である。パトカーが道を逸れ、歩道に乗り上げ、建物に突っ込んだ。


「チキンレースはわたしの勝ちです!」


「ふざけんな! 危ないだろ!」


「言われた通り、警察に喧嘩を売っただけですよ!」


「正面衝突で死んだらどうするつもりだったんだ!?」


「それを恐れていたら、チキンレースには勝てません!」


「ヤバイ……車から降りたい……」


 恐怖に怯えるファル。ところが彼の恐怖心がラムダに届くことはない。

 さらに4台のパトカーが近づくのを確認すると、ラムダは車を一旦停止させ言う。


「しっかり掴まっててください!」


「待て! まだ心の準備が――」


 急発進したヴェノムは、4台のパトカーの側を駆け抜けた。

 そしてラムダはブレーキを踏み、再び車を停止させ、パトカーの反応を探る。


「警察さん、一緒に遊びましょう!」


 ラムダはバックミラーに目をやり、タイヤを空転させ、ヴェノムから白い煙を巻き上がらせた。

 どうやらラムダの願いは通じたようである。

 1台のパトカーはワゴン車を追ったが、3台のパトカーが向きを変え、ヴェノムを追ってきたのだ。


「やりました! 喧嘩を買ってくれました!」


「……これからどうする気だ?」


「どうするって、カーチェイスするに決まってるじゃないですか!」


「決まってるのかよ……」


 エンジンを唸らせるヴェノムと、楽しそうにハンドルを握るラムダを見て、ファルは諦めた。

 ラムダは本気で、小阪の街でカーチェイスを繰り広げるつもりなのだ。

 もはやファルは、事故死しないように祈ることしかできないのだ。

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