第2章 これ仮説ですし

ミッション2—1 レジスタンス初日

 キョウゴを新隊長とした11人の新サルベーション本隊は、朝のうちに『あかぎ』を去っていってしまった。

 『あかぎ』を去った彼らの表情に、何やら焦りが色濃くにじみ出ていたのが、ファルは気になっている。


 とはいえ、ファルは彼らのことなど、すでにどうでもよくなっている。

 なぜなら彼は、事実上サルベーションを追い出され、今ではレジスタンスの一員なのだから。


 そんな彼は、ヤサカに案内された三段ベッドの並ぶ居住区で、ベッドに横たわり、静けさの中でぼーっとしていた。

 ゲーム世界で、ベッドの上で、1人でぼーっとするのは、久しぶりである。

 

 レジスタンスのメンバーは74人と聞いていた。

 ところが、そのほとんどは『あかぎ』艦内にいないようである。

 三段ベッドが並ぶ居住区にも、2人の男がいただけ。

 人のいない、ところどころが錆び付いた『あかぎ』は、まさしく幽霊船のようだ。

 

「ファルさん、こんにちはァ。クーノですゥ」


 ベッドに横になるファルの前に現れた、全体的にふんわりとした雰囲気に包まれる、タンクトップを着た可愛らしい女性。

 クーノのはっきりとした胸のライン、チラリと見える脇の下に思わず言葉を失うファル。


「ファルさん? 聞いてるゥ? 大丈夫ゥ?」


「……あ、ああ。ええと、何の用?」


「ちょっとねェ、手伝って欲しいことがあるんだけどォ、良いかなァ?」


「別に良いけど」


「助かるよォ! じゃあァ、クーノについてきてェ」


 一体、何を手伝えば良いのかは分からない。

 分からないが、そもそもレジスタンスのことは分からないことばかり。

 タンクトップからはみ出るクーノの肩甲骨を眺めながら、ファルは黙ってクーノの後についていった。


「到着ゥ。ここで待っててねェ」


 クーノがそう言ったのは、部屋の真ん中に仕切りが置かれたロッカールーム。

 ここで何をしろというのか。


「なあ、俺はお前の何を手伝うんだ?」


「まあまあ、ともかくここで待っててよォ」


 ニヤニヤと笑うクーノは、それだけ言って仕切りの向こう側に行ってしまった。

 1人残されたファルは、クーノに言われた通り待つことしかできない。


 しばらくすると、仕切りの向こう側に誰かがやってきたようだ。

 これから何が起ころうとしているのだろうか。


「ヤサちゃ~~ん!」


「ク、クーノ!?」


 どうやらヤサカがやってきたようだ。

 しかしなぜだろう、心なしかヤサカの声色に恐怖がにじみ出ている。


「ヤサちゃん! 今日も良い体してるねェ。タオルなんか取っちゃえェ!」


「ちょっと!? やめて!」


「うむうむゥ、握ってモミモミするにはァ、相変わらずちょうど良い大きさの胸だなァ」


「あうぅ……ちょっと、やめてったら……んん……!」


 なんてことだ! 仕切り1枚の先で、何やらとってもいけないこと・・・・・・が起きている!

 ファルの体温は一気に上がり、想像が膨らむ。

 このままだと、想像以外の場所も膨らみそうだ。


「やめ……やめてってばぁ!」


「やめて欲しければァ、仕切りの向こう側に逃げるしかないよォ」


 とんでもないことを言い出したクーノ。

 そしてヤサカは、完璧にクーノに騙されてしまったらしい。


 仕切りが勢いよくどけられ、ファルがいる側にヤサカがやってきた。

 風呂上がりなのだろうか、濡れた長い髪に良い匂いを纏う、1枚の布も身につけていないヤサカが目の前に。


 白く柔らかそうな肌に、細身ながらもしっかりとした四肢、程よく膨らんだ胸――。

 全部・・、見えている。あまりの衝撃に、ファルもついじっくりとヤサカの体を眺めてしまった。

 一方でヤサカは、全部・・が見られていることへの羞恥心から、真っ赤に染まる。


「な、なな、ななな、な……」


「おお! ヤサちゃんの恥ずかしがる表情、最高ゥ! ファルさん、グッジョブだよォ」


 クーノはヤサカの恥ずかしがる顔を見るためだけに、ファルをここに呼んだのだ。

 きっとこの娘、かなり危ない娘だ。


「バカァァァァァアア!!」


 ヤサカの叫びの直後、ファルとクーノは頭に強い打撃を受け、しばらく気を失うことになるのである。


    *


 未だ頭部に鈍痛を感じながら、食堂で昼食を食べるファル。

 昼食はヤサカの手作りハンバーガー。

 料理ステータスが高いのか、なかなかに旨い。


 食堂で机を囲みハンバーガーを口に運ぶのは、ファルとヤサカ、ティニー、ラムダ、クーノの5人。

 ヤサカはファルから一番離れた席で、クーノと言い争う。


「もう! 信じられない! どうかしてるよ!」


「落ち着いてェ、次はモミモミするだけで良いからさァ」


「その手つきやめて! 思い出すからやめて! ああ……もう……」


 頬を赤らめ、小さくまるまるヤサカ。

 反省の色がまったく見えないクーノは、ヤサカに興奮し鼻息が荒くなる。

 ファルはそんな2人を見ながら、ハンバーガーを頬張っていた。


「このハンバーガー、2人の喧嘩が良い隠し味になってるな」


「トウヤが意味分からないこと言ってる」


 SMARLスマール――ロケランを抱えたティニーに呆れられてしまったファル。

 ここでファルは、ずっと気になっていたことをティニーに聞いてみた。


「なあティニー、なんでお前は俺のこと、トウヤって本名で呼ぶんだ?」

 

いみなで呼べば、トウヤの霊力に触れられるかもしれないから」


「は? 諱で呼ぶのは失礼なことだ、ってどっかで聞いたことが――」


「トウヤ、強い力を感じる。きっと霊力が強い」


「……すまんが、お前の方がよっぽど意味分からないこと言ってるぞ」


 会話が成立しているのかどうかも怪しいので、ティニーとの会話はここまでだ。

 今度はラムダが、ファルに質問してきた。


「ファルさんよ、そのアザはどうしたのですか?」


「ああ、気にしなくて良いよ」


「そう言われると気になります! たぶんですけど、ヤサカさんとクーノさんの喧嘩に関係がありますね!」


「だから! 気にするな!」


 ただでさえ、ヤカサに警戒心を持たれてしまっているのだ。

 この傷口を、ファルはなるべく広げたくはない。


「フフフ、このミードンがやってきたからには、レジスタンスの未来は明るいのだ! みんな、このミードンに頼ってくれても良いのだ!」


 大げさな言葉と、小さなネコの体がミスマッチなミードンの登場。

 ただ、ミードンのおかげでラムダの質問が吹き飛んだ。

 さすがは未来の英雄。


 なお、ミードンが現れたということは、コトミもやってきたということである。

 コトミはミードンの後ろでメニュー画面を眺めていた。


「魔王を倒す戦いは、きっと辛くて長い。それでも、ミードンはやり遂げてみせる! 必ず、このミードンが英雄として、世界を救ってみせる!」


「ミードン、ご飯の時間よ」


「にゃ~」


 ミードンの昼ご飯を差し出すコトミを前に、ミードンはただのネコに戻った。

 可愛い。


 昼食を食べ終え、ヤサカとクーノが落ち着いた頃。

 コトミはいつにも増して真剣な顔をして、ファルたちに言う。


東也ファル君、若葉ティニーちゃん、ラムダちゃん、ちょっと話があるの」


「なんでしょうか?」


「ミードン、お願いね」


「にゃ! このミードンに任せるのだ!」


 昼ご飯を幸せそうに食べるネコ、未来の英雄ミードンは、本来はネコ型通信機器。

 なんだかいろいろと盛り合わせである。

 ミードンは通信機器としてプロジェクターを起動、目を光らせ、壁に映像を映した。


 映像には、スーツの似合うイケメン男性の姿が。彼は現実にいる人間。つまりこれは、現実とゲーム世界の間での通信だ。

 実はミードン、外部との連絡が行えるという特別な力を持っており、この辺りが勇者設定に影響を及ぼしているらしい。

 ミードンの尻尾にはカメラが付いているようで、イケメンはそのカメラを通しファルたちを確認すると、すぐに自己紹介する。


《はじめまして。特別捜査本部と内閣府の連絡係、内閣府職員の田口蒼真たぐちそうまです》


「はじめまして」


 年齢は若そうだが、エリート感あふれる肩書きの田口。

 ファルたちがどう言葉を返せば良いのか分からぬ間に、彼は一方的に喋りはじめた。


《事情は聞いています。捜査本部はだいぶ、皆さんにお怒りの様子でした》


「やっぱり……そうなんですか……」


《気にする必要はありません。我々内閣府は、プレイヤー救出のためにあらゆる方法を探ってくれることを望んでいました。我々――少なくとも私は、皆さんの味方です》


「あ、ありがとうございます」


 この田口という人、爽やかな笑顔でファルたちに味方すると言ってくれた。

 彼に対するファルたちの好感度は高い。


 だが、田口は深刻そうな表情をしてファルたちの顔をじっと見る。

 そして彼は、どこか呆れたように言った。


《しかし問題が起きました。全員の命が無事だったとはいえ、大宮係長を含め、いきなり35人が強制ログアウトされるという事態に、捜査本部は半ばパニック状態、救出任務の打ち切りを言い出しています》


「え!? 打ち切り!?」


《今すぐではありません。内閣府や各ゲーム業界の人間が、救出作戦の続行を働きかけていますので》


「でも、今すぐじゃないってことは……いつかは打ち切りになるってことですよね?」


三倉ファルさんの仰る通りです。3週間以内に100人が救出されなければ、救出作戦は打ち切りとなるでしょう》


「そんな……」


 ゲーム世界だけでなく、現実でも危機に瀕する救出作戦。

 これにはティニーとラムダも顔を合わせ、コトミは頭を抱え、ヤサカとクーノも心配そうにファルたちを見ている。


《皆さん、なんとか3週間以内に100人以上のプレイヤーを解放していただきたい》


「難しい」


「ホントですよ! わたしたち、まだ何も分かってないんですから!」


「私たちレジスタンスが、力になれれば良いんだけど……」


 誰もが悩んでしまった。コトミも悩んだ末に答えが出ないらしい。

 ところがだ。ファルだけは、ひとつ思いついたことがあった。

 彼は田口に言う。


「俺に考えがあります」


《なんでしょうか?》


「ただ、その前に幾つか質問が」


《答えられることは、なんでも答えましょう》


 その後の田口との会話で、ファルは次の行動を決めた。

 プレイヤー救出の方法、それがおぼろげながら見えたのだ。

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