ミッション1—8 レジスタンスメンバー

 サルベーション隊員の1人の叫びが、他の隊員たちの怒りを爆発させた。

 怒りの対象は、ファルとティニー、ラムダの3人である。


「お前らが隊長の言うことを聞かないからこうなるんだ!」


「任務を危機に陥らせやがって! このクソガキ!」


「やっぱり、こんな奴らを任務に参加させるんじゃなかったな」


「ガロウズを呼び込んだのはお前らだ! お前らが35人のメンバーを強制ログアウトさせたんだ!」


 次々に浴びせかけられる容赦ない怒り。

 これにはファルもティニーも、ラムダも、黙って歯を食いしばる他ない。

 コトミはどこか不満げな様子で、キョウゴに質問した。


「説明してください。この子たちが何をしたというんですか?」


「彼らが派手なことをした結果、この世界の番人であるというガロウズがサルベーション本隊を襲った。そして、大宮ダイキュウ係長たち35人は強制ログアウトされた。彼ら全員の命が無事だったのだけが、不幸中の幸いだ」


「なぜ、強制ログアウトされたのですか?」


「理由は不明だ」


「でしたら、この子たちの責任ではないのでは?」


「いや、ロケットランチャーや爆薬、戦車を使ってガロウズを呼び込んだのは彼らだ」


「だからと言って、この子たちを罵倒するのはやりすぎです」


「…………」


 黙り込んでしまったキョウゴ。

 彼の表情から、彼自身はファルたちへの罵倒を快く思っていないことが分かる。

 それでも、サルベーションメンバーの怒りは落ち着きそうにない。


「ガキども、お前らは特別なチートを持ってたんだろう? なぜそれを使って本隊を救わなかった?」


岡野デスグロー君は頑張っていたんだがな」


「使えねえ奴ら。レジスタンスが味方についた時点で、ゲーム経験者っつう肩書きも意味ねえしな」


「こいつらはもう俺たちに必要ない。ログアウトでもさせておけ」


 大人たちによる罵倒に、ティニーとラムダは俯き、今にも泣き出しそうだ。

 デスグローは罵倒する側に立ち、自分に隊員たちの怒りが向かわないよう必死。

 複雑な思いで彼らを見守るのがレイヴンとクーノ、キョウゴ、心配そうにするのがヤサカとコトミだ。

 ファルは反論したい気持ちを抑え、我慢する。


「邪魔しかしねえガキなんか放っとけ」


「ったく、これだからゲーム感覚の抜けねえガキどもは――」


 この一言が、ファルの我慢の限界であった。

 ファルはついに抑えきれず、隊員たちに向かって叫ぶ。


「ガロウズを呼び込んだのは俺たちだ。ダイキュウさんたちを助けることもできなかった。俺たちは使い物にならないかもしれない。それは認める。だけど、ちょっと言い過ぎじゃないか?」


「ああ?」


「言っとくが、ティニーとラムダは楽しそうだったぞ。そりゃ大迷惑なのは確かだったが、ゲームを楽しむ2人を否定するのはおかしい。だってここは、ゲーム世界だろ!? ゲーム感覚でいて何がおかしい!?」


「てめえ、何言ってんだ?」


「分からないのか? ここは現実じゃないんだよ! ゲーム世界なんだよ! ゲーム感覚でいるべき世界だろ! むしろお前らは、いつまで現実感覚でいるんだよ!」


 怒りと不満はサルベーション隊員たちだけのものではない。

 ファルにだって、怒りや不満はあるのだ。

 しかしそれをぶちまけたことで、食堂は紛糾してしまった。


「ガキが調子にのるな!」


「何を知ったような顔をして、偉そうに言ってやがる!? プロゲーマーでもないてめえがよ!」


 ヒートアップした怒りは渦となり、食堂を呑み込もうとする。最悪の雰囲気だ。

 ただ、これ以上の言い争いは不毛なだけ。

 ついにキョウゴが声を荒げ、レイヴンが飄々と言い放つ。


「相手は子供だ! お前たち、言い過ぎだぞ!」


「そうだぜ。いい大人がみっともねえ」


 沈黙に包まれる食堂。

 キョウゴに言われ、興奮していた隊員たちも冷静になり、自分たちの言動を反省する。

 しばらくして、レイヴンが口を開いた。


「俺はファルの言うことにも一理あると思うぜ。ここはゲーム世界だ。ファルの言う通り、ゲーム感覚を捨てないのもひとつの手だ」


「そうは言っても……レイヴンさん、このガキどもと一緒にいれば隊が全滅しかねない」


「なら、ファル、ティニー、ラムダの3人は、俺たちレジスタンスが世話してやる。最近は人手不足でなあ、新人が欲しかったんだ。それに、ガキの世話にも慣れてる。どうだ? 悪くない提案だと思うが?」


「なるほど、確かに悪くない提案です」


「お前らはどうだ?」


 レイヴンが出した提案に、キョウゴをはじめとしたサルベーション隊員は乗り気のようだ。

 邪魔者を押し付けられるのだから、乗り気なのも当然だろう。

 ではティニーとラムダは、そしてファルは、レイヴンの提案に乗るのか?


「わたしはそれで良いと思います!」


「私も、賛成」


「これ以上はサルベーションに迷惑もかけられないしな。レイヴンさん、よろしくお願いします」


 ゲーム感覚は維持したい。だがサルベーションに迷惑はかけたくない。

 あれだけ罵倒を浴びせてきた人々と一緒にもいたくない。

 レイヴンの提案は、そうしたファルの思いに合致する。乗る他に手はない。


 ティニーとラムダが賛成した理由は……不明だ。

 あの2人が何を考えているのか、ファルには全く分からない。


 さて、こうなると微妙な立場になるのがデスグローである。

 彼は立場的にはファルたちに近いが、サルベーション隊員たちから敵視されてはいない。

 案の定、隊員たちはデスグローに迫った。


岡野デスグロー君は、当然俺たちサルベーション本隊についてくるんだろ?」


「当たり前だ! 俺様はファルなんかと一緒にいたくねえ!」


 デスグローもファルを敵視していることに変わりはない。

 一切の迷いもなく、彼はサルベーション本隊の側につき、ファルを睨みつけた。

 デスグローは無視するに限る。


「私はこの子たちと一緒にいます。世話係ですから」


 サルベーションで唯一、ファルたちに味方してくれた聖母コトミ。

 彼女の言葉は想定内であったのか、キョウゴは驚く様子もなく答えた。


「諏訪君なら適任だ。任せたよ」


「必ず、この子たちを守ります」


 なんて優しいのだろう、聖母コトミは。

 ファルたちはコトミに感謝する。


「コトミさん……ありがとうございます!」


「私、嬉しい」


「感謝感激ですよ! コトミさん!」


「当然のことよ」


 まさしく聖母、これ以上にないくらい聖母。

 大人たちの罵倒の後にこれは、ファルも泣きそうである。


「じゃ、決まりだな」


 最終的に、ファルたちはサルベーションから離れ、レジスタンスと共に行動することが決まった。

 今後の方針が決まると、キョウゴたちはそそくさと食堂を去り、レイヴンとクーノ、ミードンを抱いたコトミはどこかへ行ってしまった。

 食堂に残されたのは、ファルとヤサカ、ティニー、ラムダだけ。


「ありがとう」


 突然、ティニーがファルに感謝の言葉を述べた。

 ファルは驚いてしまう。


「なんだよ、いきなり」


「私たちのこと、かばってくれた」


「かばった? 俺がいつお前らをかばった?」


「ゲームを楽しむ私たち、否定しなかった」


「ああ、あれのことか。いや、ただ大人げないあいつらにイラっとしただけだよ」


「それでも嬉しかった」


「……言っとくが、お前らが作戦を危機的状況にしたのは事実だからな。今回のこと、きちんと反省してもらうからな」


「うん」


 頷くティニー。ラムダも彼女と同じく、ファルには感謝しながら、申し訳なさそうな表情だ。

 ティニーとラムダの反省を確認したファルは、ヤサカに話しかける。


「ところでヤサカ、お前はどれくらい俺たちのこと知ってるんだ?」


「君たちがプレイヤー救出にやってきた人たち、っていうのは知ってるよ。ステータス上昇チート持ち、っていうのも知ってる。でも、なんで君たちが不思議な力を使えるのかは分からない、かな」


「不思議な力って……あれもただのチートだよ。俺たちはゲーム経験者ってことで、特別なチート技が使えるんだ」


「ゲーム経験者? みんな、昔はイミリアにいたの? 一度、ログアウトしたの?」


「そうですよ! まあ、経験者って言っても、1ヶ月にも満たない初心者ですけどね! わたしたちは全員、死亡率80パーセントの強制ログアウトから生き残ったんです!」


「そうだったんだ……」


 驚き目を丸くするヤサカ。

 同時に、ラムダの『死亡率80パーセント以上の強制ログアウト』という言葉に衝撃を受けたのか、ヤサカはしばらく言葉に詰まった。

 強制ログアウトで何人の人が死んだのか、彼女は想像してしまったのだろう。


 しばしの沈黙の後、ヤサカは申し訳なさそうに質問する。


「せっかくログアウトできたのに、なんでみんなはサルベーションに参加したの?」


 誰もが抱くであろう疑問。

 ラムダとティニーはすぐに答えた。


「わたしは、この世界でいろんな乗り物に乗りたかったんです! いろんな乗り物の最高速を体感したいんです!」


「愛するSMARLスマールのため」


「え? ええ?」


「そいつら頭がおかしいから、まともに取り合う必要ないぞ」


 混乱から右往左往しだすヤサカに忠告したファル。

 ヤサカは気を取り直し、ファルに聞いた。


「ファルくんは? 君はなんで、またイミリアに?」


「現実はクソだから」


「え?」


「せっかく現実から逃げるためにイミリアにログインしたのに、強制ログアウトされて困ってたんだ。だから、またイミリアにログインできるって聞いて、喜んでサルベーションに参加した」


「あれ? ファルくんはまともな人だと思ってたんだけど……やっぱりパンツ見てくるだけの人なんだ……」


ヤーサヤサカよ、実は一番ヤバいのはファルさんなんですぜ。パンツ見てきますし!」


「トウヤはクソ人間」


「お前ら辛辣だな。俺だって傷つくんだぞ?」


「罵倒されるのは……それなりの理由があったんだね……」


 遠い目をして、ヤサカは頭を抱えてしまった。

 しかしヤサカは強い。彼女は目の前の絶望を笑顔で吹き飛ばし――決して現実逃避ではない。決して――新たな仲間であるファルたちに言う。


「と、ともかく、これからよろしくね」


「よろしくです!」


「よろしく」


「よろしくな」


 これからファルたちは、ヤサカたちレジスタンスと共に行動するのだ。

 ここからファルたちの、プレイヤー救出作戦がはじまるのだ。

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