ミッション1—7 レジスタンス本拠地

 追ってから逃れるためだろうか。

 ファルたちを乗せたヘリコプターは、一度山の中に着陸し、数時間をそこで過ごした。


 この数時間、ヤサカたちが何をしていたのかをファルは知らない。

 久しぶりのイミリア世界と戦闘に、ファルたちは疲れきり眠ってしまっていたからだ。


 ファルが目覚めたのは、ガロウズの襲撃から7時間後。

 手配度が消え再び飛び立ったヘリの中、東の空から朝日が差し込む頃であった。

 ティニーやラムダ、ミードン、コトミはまだ眠っている。


「おはよう、ファルくん。もう少しで私たちの拠点に到着するからね」


 ただ1人起きていたヤサカは、ファルから最も離れた席で、スカートをしっかりとガードしている。

 よほどパンツを見られたことを根に持っているようだ。

 そりゃそうか。


「なあ、昨日は悪かったって」


「その話は……恥ずかしいから……なかったことにする」


 頬を赤らめ、俯き気味に言うヤサカ。

 黒髪美少女が頬を赤らめスカートを抑えているのである。

 思わずファルの胸がドキドキしはじめた。

 

 ただ、昨日のこともあって、これ以上に事故・・が起きれば嫌われるのは確実。

 ヤサカを見ていたい気持ちを抑えたファルは、窓の外に目を向ける。


 窓の外に広がるのは、住宅街と高層ビルが連なる大きな街。

 ところが住人の姿がほとんど見当たらない。

 当然だ。街は廃墟と化しているのである。


「ここって、八洲のはじまりの街だよな?」


「うん、はじまりの街『多葉たば』だよ」


「何があった?」


「戦争とか、いろいろとね」


 イミリアには『八洲』『メリア』『ベレル』の3つの国があり、それぞれにはじまりの街がある。

 以前にファルがイミリアにログインした際、彼が選択したはじまりの街は、欧州の雰囲気を感じられる、最も人気が高かったベレルの『エレンベルク』である。

 

 一方で『多葉』は、日本の典型的な都市をそのまま再現したような街であり、まさしく現実を拡張したかのような街並みが広がっていた。

 ファルも多葉を訪れたことがあるが、驚くほど現実世界と変わらぬ街並み、人々に、自分がゲームをしていることを忘れてしまったほどである。


 その多葉が、廃墟の街と化しているのだ。

 高層ビルのガラスはすべて割れ、一部のビルは傾き、今にも崩れてしまいそう。

 捨てられた家々は荒れ果て、区画ごと焼けたかのような跡地まである。

 NPCもいるにはいるが、活気はない。


「ひどいな……」


 変わり果てた多葉に唖然としたファル。

 ヤサカは苦々しい顔をして多葉を眺めながら、しかしすぐに気を取り直し、海を指さす。


「海の方を見て。あそこに空母みたいな船がいるよね」


「あれか。あれがどうしたんだ?」


「戦争中に座礁した護衛艦『あかぎ』。私たちレジスタンスの本拠地だよ」


「へ~」


 廃墟と化した高層ビルの隙間から見える、全通甲板の船。

 船体は錆びついてしまっているが、巨大で立派な船だ。

 

 ファルたちを乗せたヘリは高層ビル群を越え、海の上に佇む『あかぎ』へと向かう。

 『あかぎ』の上にまでやってくると、ヘリは甲板の上に静かに着陸した。

 目を覚ましたティニーたちも連れ、ヘリを降りるファルたち。


「ヘリ空母ですよ、ヘリ空母! 乗るのははじめてです! かっこいいです!」


「幽霊船みたい。私の霊感が疼く」


「未来の英雄には、これくらいの大きさの船が似合うのだ!」


「みんな元気そうだわね」


 相変わらずなティニーとラムダ、ミードンだが、コトミに元気はない。

 当然だ。サルベーションは本拠地を失い、ダイキュウら43人の行方が分からぬままなのだから。


 甲板に着陸したもう1機のヘリから降りたデスグローと2人のサルベーション隊員は、お気楽なティニーたちを睨みつけている。

 プレイヤー救出作戦の危機なのだから、彼らの反応こそ正しいのだろう。

 むしろティニーとラムダはなぜ、こうも楽天的でいられるのか、ファルにも分からない。


「こっちだよ」


 ヤサカに案内されたファルたちは、『あかぎ』の食堂にやってきた。

 食堂には、サングラスに革ジャンの男を中心に、8人のプレイヤーが集まっている。

 彼らを見て、コトミは思わず声を出した。


「サルベーション別働隊の皆さんではないですか!」


「おお、諏訪コトミ君か。災難だったな」


恭吾キョウゴさんたちこそ、ご無事で何よりです」


 メガネをかけた中年男性――副隊長柳川恭吾やながわきょうご――キョウゴによって率いられた8人のサルベーション別働隊。

 たしかに彼らは多葉に潜入していた。

 彼らもヤサカたちサルベーションとやらに拾われていたようだ。


 ところで、キョウゴたちと会話する、グラサン革ジャン男は何者なのだろうか。

 その答えを口にしたのは、グラサン革ジャン男本人であった。


「よくやったな、ヤサカ。さすがだぜ」


「ありがとうございます」


「さて、お前らがガロウズに襲われた哀れな子羊さんたちか」


「右からコトミさん、ファルくん、ティニーさん、ラムダさんです」


「よろしくな。俺の名はレイヴン。レジスタンスの代表をやってる」


 どうやら彼がヤサカの上司にあたる人物のようだ。

 ならば、ファルの質問は決まりきっている。


「はじめまして。あの、レジスタンスってなんなんですか?」


「向こうじゃIFR事件とか呼ばれてるんだっけか? ともかく、俺たちがログアウトできなくなったのは、ゲーム製作者の瀬良――カミってのが仕掛け人だってのは知ってるだろ? そいつがゲーム内にいることも」


「はい」


「だったら話は早い。事件発生から1ヶ月ぐらいの頃、俺たちも瀬良カミの存在に感づいた。で、俺たちはその瀬良カミを探し出し、ログアウト方法を聞き出すために、ある組織を立ち上げた。それがレジスタンスだ」


 事件発生から1ヶ月というと、ファルが強制ログアウトした時期、あるいは直後だ。

 どうにもレジスタンスの存在をファルが知らなかったわけである。


 レイヴンが低い声で説明する間、ヘリのパイロットであったクーノが食堂にやってきた。

 彼女は高い声でレイヴンの説明に補足する。


「一時は1000人近く参加者がいたんだよォ。でもォ、ログアウトできなくなってから2ヶ月後に起きた戦争でェ、クーノたちは汚名着せられてェ、だいぶメンバーが減っちゃってェ、今は74人しかいないんだァ」


「だいぶ減ったんだな。他の奴らはどこに? 死んだわけじゃないんだろ?」


「旧メンバーはみんなァ、娑婆で堅気の人をやってるよォ」


 消滅寸前の組織レジスタンス。

 レイヴンは苦虫を噛み潰したかのような表情をしていた。


「この世界じゃ、壊れた物を直すには相応の金と労力と時間がいる。悪さをすれば警察に捕まりムショ暮らしのクソゲー、死ねばステータスはリセット同然、NPCに嫌われりゃまともに生きていくこともできねえ」


「まるで現実……」


「ああ。戦争がプレイヤーたちにそう思わせた。今のプレイヤーたちは、この世界からログアウトすることを諦め、この世界で生きていこうとしてやがる」


 おそらく、多葉が廃墟と化したのも、レイヴンとクーノが言った戦争による影響だ。

 ログアウトできないのならば、イミリアでまともに・・・・生活するしかない。

 多くのプレイヤーはそう考え、それがレジスタンスを衰退させたのだろう。


 レイヴンは悔しそうだ。

 だが彼は、サルベーションに希望を見出したような視線を向け、言った。


「俺はそんなの認めねえ。ここはゲーム世界だ。現実じゃねえ。何が何でもログアウトの方法を探ってやる。そんな時、お前らが現れた。お前ら救出部隊なんだろ?」


「え? なんでそれを?」


「私が説明した」


 話に割り込むキョウゴ。考えれば分かることである。

 すでにキョウゴたちはここにいたのだ。

 レジスタンスはサルベーションの味方になり得る組織。

 キョウゴが自分たちの正体を明かしていても、おかしくはない。


「隊員わずか15人になってしまった私たちにとって、レジスタンスの皆さんは頼りになる存在だ」


「この世界に慣れ親しんだ俺たちと、現実とのつながりを持ったキョウゴさんたち、協力すりゃログアウトも夢じゃねえ」


 お互いの利害関係が一致した様子のレイヴンとキョウゴ。

 しかしファルは、キョウゴの言葉に引っかかった。


「隊員わずか15人って、どういうことです? ダイキュウさんたち、もうとっくにリスポーンしてる頃じゃないんですか?」


 素朴な疑問。

 これに答えたのは、キョウゴの隣に立つサルベーションメンバーの1人である。


大宮ダイキュウさんたち35人は、全員強制ログアウトされたよ。お前らのせいでな!」


 強制ログアウト? お前らのせい?

 一体どういうことなのか、ファルには理解できなかった。

 ひとつだけ確かなのは、サルベーションの生き残りたちが、怒りのこもった目つきでファルたちを睨んでいることだけである。

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