ミッション1—4 敵の襲撃

 本拠地確保から3時間程度。すでに日は沈み、外は街の明かりに照らされている。

 一方でファルの心は、暗闇に沈んでいた。


 ファルは、ティニーとラムダの手配度が5段階目まで上がっていることを黙っていた。

 しかし実際に軍隊が現れ、軍隊が「和服姿でロケランを撃つ少女」と「戦車に乗った少女」を探しはじめたため、ファルは白状せざるを得なくなる。

 白状した結果、ファルは倉庫に隣接する事務所の会議室で、大人たちに囲まれた。


「あのな、これは人命救助なんだよ。分かるか?」


「ゲームではあるが遊びじゃないんだ。素人が勝手なことをするな」


「チームを乱す奴はサルベーションに必要ない」


「処罰はログアウトも視野に入れている」

 

 現実では警察官や技術者、プロゲーマーである人々の視線と言葉がファルに突き刺さる。

 なぜティニーとラムダではなく、ファルがこんな目にあっているのかは不明。

 少なくとも、ファルは申し訳なさでいっぱいであった。


「すみません……」


「お前らは俺たちの信頼を裏切った。分かるか?」


「はい……」


「まったく、岡野デスグロー高橋リッチはきちんと協力してくれたんだがな」


 いや、自分も協力はしていたはずだと思うファル。

 デスグローとリッチのドヤ顔がムカつく。

 というか、なぜティニーとラムダではなくファルが怒られているのか、理由が不明なままだ。理不尽極まりない。


「あの……なんで俺が怒られてるんです? あれはティニーとラムダが勝手に――」


「作戦はお前が考えたものだ。川崎ティニー鈴鹿ラムダの暴走はお前の監督責任だ」


 ダイキュウいわく、ファルは責任者として怒られているということ。

 おそらく誰でもティニーとラムダを管理することは無理だと思うが、怒られている理由には納得するファル。


「申し訳ないです。俺があの2人の暴走を止めていれば……」


「その通りだ。君にはしっかりとしてもらわないと困る」


「ちゃんと2人に注意しておけ。多葉たばにいる柳川やながわ警部たち別働隊と合流したら、デバックルームを探す。それまでにあの2人には、しっかりと反省してもらわないといけないからな」


「はい」


 力なく答えたファル。さすがの大人たちも、それ以上はファルを叱ることはなかった。

 というのも、軍隊はサルベーションの存在に気づいておらず、戦闘がはじまる気配はないからだ。

 救出任務が失敗に追いやられるほど、手配度の上昇は大きな問題ではないのである。


 だが、会議室を出て1人で廊下を歩くファルの心は落ち着かない。

 あれだけの大人に囲まれ、あらゆる言葉を投げつけられたのは、1年と11ヶ月前に強制ログアウトから生還し記者たちに囲まれて以来だ。

 現実では半ば引きこもり状態のファルには辛いものがある。


「ったく……全部あいつらのせいだぞ」


 フツフツと湧き上がる、ティニーとラムダへの怒り。

 そのせいか、休憩室の扉を勢いよく開けたファル。

 

 休憩室の扉の先には、陰陽師姿でSMARLスマール――ロケランを抱きかかえるティニーと、ソファの上で小さくまるまるラムダとミードンの姿があった。

 ファルは休憩室を反省会室に変えるため、怒りをぶちまけようと息を吸う。

 しかしティニーとラムダは、ファルに気づくとすぐに頭を下げた。

 

「ファルさんよ、ごめんなさいです! わたしたちのせいで怒られちゃって……」


「ごめんなさい」


 先ほどまでの興奮は何処へやら。

 しおらしく謝罪する2人の美少女に、ファルの怒りの勢いは削がれた。


「謝罪はいいから、2度とあんなバカみたいなことはするなよ」


「分かった。次は賢くSMARLを使う」


「戦車以外にも、攻撃手段はいろいろありますからね! 気をつけます!」


「なんか……またダイキュウさんに怒られそうな気がしてきた」


 ティニーとラムダが反省しているのかどうかが分からない。

 分からないが、わざとらしく敬礼のポーズをとるラムダの胸が大きく揺れたので、よしとするファル。


「おや? ファルさんよ、わたしの胸はそんなに魅力的ですか?」


「え? あ、いや、別にお前の胸なんか――」


「ごまかそうとしても無駄ですよ! というか、もっと見てくれて良いですよ!」


「はい!?」


「今日は迷惑かけちゃったから、仕方がないです!」


「なんて大胆な……まあ、そのくらいしてくれないと俺の怒りは収まらないな。ということで遠慮なく」


「トウヤ、道徳ステータスが落ちる」


「俺はチャンスを逃さない男だ。道徳ステータスなんか知らん」


「そう。じゃあ、私の胸も見る?」


「いやいや、俺はティニーみたいなロリ体型も悪くないと思うけど、やっぱりラムダの……っておいティニー、ロケランをこっちに向けるな!」


 とても反省会には見えない休憩室。

 そんな休憩室に、1人の大人な女性がやってきた。コトミだ。


「あら? みんな落ち込んでると思って来てみたけど、なんだか楽しそうね。もう少し怒られた方が良かったかしら?」


「コトミさん!? す、すみません! きちんと反省します!」


「そんなに焦らなくて良いわよ。むしろ元気そうで安心してるわ」


 コトミはそう言って、クッキーの入った箱を机の上に置き、自らもソファに座る。

 彼女はファルたちに微笑んだ。

 

「食べて良いわよ」


「おいしそうなクッキーなのだ! にゃ!」


 誰よりも早くクッキーに飛びついたのはミードン。続いてラムダ、ティニー、そしてファルの順でクッキーを頬張った。

 クッキーの味と食感は、とてもプログラム上のものであるとは思えない。

 さすがはイミリア。『現実は拡張する』というキャッチコピーは伊達じゃない。

 

 最後にクッキーを手にしたコトミ。

 彼女はファルたちの顔をしっかりと見て、再び微笑んだ。


「今日はお疲れ様。みんなのおかげで、無事に拠点が確保できたわ」


「無事なんでしょうか? 外、軍隊まみれですけど」


「私のSMARLがすべてを浄化する」


「ヴェノムで駆け抜ければ、軍隊なんてぶっちぎりですよ!」


「元凶2人は黙ってろ! このマッチポンプガールズ!」


「フフ、3人とも仲が良さそうね」


 そうだろうか? などと思うファル。

 しかし可笑しそうに笑うコトミは、まるで母親のようだ。

 聖母の言葉を、ファルは否定できなかった。


「仲良く楽しくゲームをする。私は良いと思うわ」


「だけど、それで救出作戦に迷惑かけちゃいましたし……」


東也ファル君の言う通り、たしかに迷惑だったわね。きっと捜査本部の偉いおじさんたちも、今頃は青筋を立ててるかも」


「うっ……」


「フフ、気にする必要はないわ。私たち大人は、命令や任務、仕事でこの世界に来ているから、みんな真面目すぎるのよ。正直、私はゲームを楽しんでるみんなが羨ましいわ」


「羨ましい?」


「ええ、羨ましい。だって、人を救うことへの覚悟も責任感も自覚も何もなく、自分の好きなようにゲームを楽しむだけなんて、最高じゃない」


「なんだか自分がクソ野郎に思えてきました」


「分からないわよ。意外と、そういうゲームを楽しむ心が、プレイヤーたちを救うかもしれないわ」


「だと良いんですけど」


東也ファル君、若葉ティニーちゃん、ラムダちゃん、みんなまで真面目になる必要はないわ。真面目に働くのは大人たちだけで十分。ただし、あんまり隊長を怒らせないでね。約束よ」


「は、はい!」


「分かった」


「ラムダ、了解です!」


 笑顔を浮かべるファルたち。

 さすがは聖母だ。大人たちに責められたファルを、彼女は慰めてくれたのだ。

 少し甘やかしすぎな感もあるが、ダイキュウという瞬間湯沸かし器と合わせれば、バランスが取れる。

 

 ラムダの胸をファルが凝視し、ティニーがロケランの引き金に手をかけていた休憩室は、コトミの慰めとクッキーのおかげで、和やかな雰囲気となった。

 和やかな休憩室には、クッキーを食べる音だけが響き渡る。軍隊に囲まれた建物とは思えない、平和な光景である。


 しかし平和な時間は長くは続かなかった。

 4人がクッキーを食べていると、突如として電球が点滅しだす。

 そして、あらゆる電子機器がサイレンのようなビープ音を鳴らしはじめたのだ。


「何かしら……東也ファル君、分かる?」


「わ、分からないです。こんな経験はじめてで。誤作動って感じでもないし」


 経験者と言っても、ファルがイミリアに閉じ込められていたのは1ヶ月。

 1年と11ヶ月のブランクがあるのだから、分からないこともある。


「にゃ! 心臓に悪い音なのだ!」 


「すごく、うるさい」


「なあティニー、お前霊感少女だろ? ポルターガイストっぽいこの現象、なんだか分かるか?」


「私の専門はあやかし。これは専門外」


「専門外って……要は分からないってことか?」


「うん」


「ケータイ、パソコン、レーダー、電球、全部おかしくなってます! なんですか!? わたしおかしくなっちゃいそうです!」


「おいラムダ、胸を揺らして、おかしくなっちゃう! とか言わないでくれる」


「おお! ファルさんよ、なぜこの状況でそんな想像ができるのです!?」


 くだらない会話を繰り広げるファルとラムダだが、そんな場合ではない。

 けたたましいビープ音はファルたちの鼓膜だけでなく、恐怖心までも震わせてくる。

 

 しばらくすると、どこからか銃声のような乾いた音が聞こえてきた。

 それだけではない。叫び声が、会議室の方から聞こえてくる。

 まさか、軍隊の襲撃か?


「俺、ちょっとダイキュウさんのところに行ってきます!」


「あ! 待ちなさい! 東也ファル君!」


 聖母コトミの声は、ビープ音にかき消されファルには届かない。

 ファルはたった1人、銃声と悲鳴が溢れ出る会議室へと向かうのであった。

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