ミッション1—5 黒仮面と少女
廊下の電球は点滅、電子機器のビープ音は鳴り止まない。
会議室に近づけば近づくほど、銃声と悲鳴は大きくなっていく。
同時に、悲鳴だけでなくサルベーション隊員の必死な言葉も、聞こえてきた。
「撃て撃て! 怯むな!」
「当たりません! 剣で弾が弾かれてます!」
「化け物か、コイツ!」
「黙って撃て! 1発ぐらいは当たるはずだ!」
明らかに、サルベーション本隊は何者かに襲われている。
サルベーション本隊の焦りは尋常ではない。
会議室前までやってきたファルは『クイックモード』を発動した。
クイックモードとは、これを発動すると、あらかじめ5~10のスロットに用意しておいた道具が、アイテム欄を開かずとも念じるだけで手にすることができるという機能だ。
工事現場での仕事や料理、戦闘時に重宝する便利な機能である。
ファルは拳銃とアサルトライフル、バールのようなものをスロットに入れてある。
クイックモードを発動した彼は、この3つの道具を、いつでも好きな時に出し入れができるのだ。
今のファルは、拳銃――SIL226を手にしている。
「俺のステータスは最大値なんだ。大丈夫だ、大丈夫」
同じくステータス最大のプロゲーマーやSAT隊員が苦戦しているようだが、きっと大丈夫。
そう自分に言い聞かせなければ、ファルは会議室に突入することもできない。
ゲーム世界とはいえ、こうもリアルな世界とビープ音が、ファルを緊張させているのだ。
「よし! 行く――」
意を決して踏み込むファル。
ところがその瞬間、会議室の扉から1人の男が吹き飛ばされてきた。デスグローだ。
デスグローは廊下の壁に勢いよく叩きつけられる。
そんな彼を追うように、大きな刀が会議室から飛び出してきた。
刀はデスグローの腹を貫き、廊下の壁に突き刺さり、デスグローは壁に釘付けされてしまう。
「誰か……助けてくれ……」
体力無限のデスグローは、この程度で死ぬことはない。
だが、ある程度の痛覚が存在するこの世界で、鈍痛に涙を浮かべるデスグロー。
腹を刀が貫き、壁に釘付けされて、動くこともできないというその状況も、デスグローを苦しめた。
ファルはデスグローを助けようとするが、壁に刺さった剣はそう簡単に抜けそうにない。
それよりも、会議室の中で戦っているサルベーションの方が心配だ。何より、デスグローが死ぬことはない。
「ダイキュウさんたちを助けに行ってくる!」
「おい……待って……待ってくれ!」
「すまんスグロー、もう少し耐えてくれ!」
「デスグローだ……!」
苦しむデスグローを背に、いよいよ会議室に入ったファル。
会議室にいたのは、ライフルやマシンガンを撃ちまくるサルベーション隊員たち。
そんな彼らに襲いかかるのは、ロングコートに身を包んだ、全身黒づくめの男。
鎧兜のようなフルフェイスの仮面を被っているため、顔は見えない。
だが体型からして、男であるのは間違いないだろう。
黒仮面は、右手に紫の光を纏った剣を持ち、左手にサブマシンガン――UZYを持っている。
驚くことに、黒仮面は右手の剣で、隊員たちが撃った弾丸を弾き飛ばしていた。
そして左手のサブマシンガンから放たれる弾丸が、隊員の体をえぐる。
撃たれた隊員がよろけると、黒仮面は一瞬で隊員との間合いを詰め、剣を振り下ろし、隊員の首を落としてしまった。
「またやられた! コイツ、強いぞ!」
「現役SATとプロゲーマーでも敵わないなんて……!」
唇を噛むサルベーション隊員たち。
たった1人の敵を倒そうと、容赦なく引き金を引き、会議室を穴だらけにする彼ら。
だが、やはり弾丸は黒仮面の剣に弾かれ、黒仮面に当たったとしても、大したダメージを与えられない。
そうしている間にも、黒仮面の左手にあったサブマシンガンは消え、代わりに現れたショットガンの弾丸が隊員の頭を貫き、隊員の数は減っていく。
「どうなってるんだ……」
プレイヤー表示はない。しかし、あれはNPCの動きではない。
明らかに、NPCが使えぬクイックモードを利用して、黒仮面は戦っているのだ。
「来るな! こっちに来るな!」
「気をつけろ
会議室で身をかがめ、なんとか発見されまいとしていたリッチ。
黒仮面は数多の弾丸を剣で弾きながら、リッチのもとに近づいていく。
「何が望みだ!? 金か!? 金ならあるぞ! ほら!」
リッチは必死の形相で、チート技を使い大量の札束を黒仮面に見せつける。
これに対し、黒仮面は首をかしげ、ショットガンの銃口をリッチの額に突きつけた。
いくらチートで上昇させたHPでも、ショットガンを直接頭に撃ち込まれてしまえば、1発で死ぬ。
「いくらでも金は出す! だからどうか――」
命乞いも虚しく、リッチは至近距離からのショットガンに頭を割られ、死亡した。
ダイキュウは舌打ちをして、雄叫びをあげる。
「相手は1人だ! 数はこっちの方が上だ! ともかく撃ちまくれ!」
「了解です!」
「調子に乗るな!」
すでに11人の隊員が死んだ。
残された24人の隊員は、この場でアサルトライフルを手に、黒仮面を蜂の巣にしようと戦っている。
24対1。数で圧倒するサルベーション。
現役警察官や現役SATである彼らは、黒仮面を恐れず立ち向かう。
さらに味方の数を増やせば勝てるとファルは思い、コピー武装警察官NPCを5人ほど増殖させた。
コピー武装警察官NPCたちはガロウズに襲いかかるも、一瞬で頭を撃ち抜かれ、あるいは体をスライスされ、死亡する。
それどころか、サルベーションの迷惑にすらなっていた。
「コピーNPCが邪魔だ!」
「
「邪魔しかしねえなら帰れ!」
ひどい言われようではあるが、コピー武装警察官NPCが邪魔になっているのは事実。
仕方なく、ファルはコピーNPCの増殖を中断する。
しかし邪魔なコピーNPCが全員死んだところで、サルベーション隊員たちは黒仮面に追い詰められていった。
黒仮面の持つショットガンが、剣が、サルベーション隊員たちを次々と殺していく。
未だ黒仮面のHPは8割残されていた。
「クソッ! クソッ! クソッ!」
1人が殺され、また1人が殺され、ついに残ったのはダイキュウとファルのみ。
アサルトライフルの弾が切れたダイキュウは、拳銃に持ち替え黒仮面の頭を狙う。
黒仮面はすべての弾丸を剣で弾き、その勢いのままに、剣を振り上げダイキュウの首を切り落とした。
「ダイキュウさん!」
サルベーションの隊長を殺されて黙っているファルではない。
彼は拳銃を発砲し、5発の9mm弾が黒仮面の頭に直撃した。
HPを減らした――仮面の効果かヘッドショット判定はない――黒仮面は、ゆっくりと振り返り、ファルの顔を睨みつける。
仮面に隠れた顔は、一体どのような表情なのか?
それは分からないが、黒仮面は数秒間、ファルを睨み続けた。
そしてショットガンを消し、剣だけを持って、ファルのもとに近づいてくる。
――これはヤバイ。
きっと殺される。絶対に殺される。間違いなく殺される。
ファルの頭を恐怖が支配し、体は動かない。
同時に、死んでもすぐにリスポーンできる、などという安心感も心に同居し、ファルは混乱中だ。
少なくとも、ファルめがけて、黒仮面が両手に握った剣を振り上げているのだけは確か。
――ダメだ! 死ぬ!
死を覚悟し目を瞑ったファル。死を覚悟したのは本日2度目である。
ところが、黒仮面の剣がファルを切り裂くことはなかった。
黒仮面の剣は、ファルの目の前に突き出された剣に行く手を邪魔され、甲高い音と火花を散らし、動きを止めたのだ。
――俺、生きてる?
死を覚悟しながらも生き残ったのは、本日2度目である。
おそるおそる目を開けたファル。彼の視界に飛び込んできたのは、黒く長い髪をなびかせ、凛とした瞳を黒仮面に向ける、白くふんわりとした肌が美しい美少女。
黒仮面の剣を受け止め命を救ってくれたその美少女から、ファルは目が離せない。
美少女は剣を振り上げ、黒仮面の剣を振り払う。
あまりに力強いその動きは、黒仮面ですら体勢を崩すほど。
一方で、黒仮面の剣に美少女の剣は耐えられず、美少女の剣は真っ二つに折れてしまった。
剣が折られようと気にしない美少女。彼女は勢いよく足を上げる。
ファルの目の前を、黒のロングブーツが、色白の太ももが通り過ぎ、短いスカートはめくれ、青い生地の下着が――。
美少女の蹴りを受け、さらによろける黒仮面。
いつの間にPDW(アサルトライフルとサブマシンガンの中間の武器)――MP70を手に持った美少女は、黒仮面に向けて弾丸をばらまいた。
たまらず黒仮面は後退し、ファルと黒仮面の距離は遠ざかる。
「早く逃げよう! こっち!」
そう言う美少女の声は、容姿にぴったりの可愛らしい声であった。
現在、恐怖とトキメキでファルは心ここに在らずだ。
「どうしたの? 逃げようよ!」
「え? あ、あの……」
「ほら、行こう!」
美少女はファルの手を取り、駆け出す。
ファルは力なく、美少女に手を引かれ、サルベーション隊員たちの死体が死亡エフェクトに包まれ輝く会議室を後にした。
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