Conclusion

かくして因果は巡らない - 1

「さっすが泣く子の手もヒねるロスキーパー! ビルごと地獄の業火でウェルダンなんて、ボクの想像以上ダヨ! ぜひぜひ希紗チャンとは今後も末永いお付き合いをシたいなーッ、まずは結婚を前提に!」


 言って、陽気な大男が唇を突き出しながらハグしかかってくる。

 だが希紗が回避する前に、澪斗が割り込むようにしてフェイズの顔に依頼書を押し付けた。


「これで仕事は完了だ。速やかに報酬を指定口座へ振り込み、以後は一切俺たちに関わるな」


「エェ~、イーじゃないこれからも! 非力な一般人のお願いも聞いてヨゥ!」


 両頬に人差指を当てて小首を傾げて見せるが、十代の少女ならまだしも、坊主頭の大男がするそれはホラーでしかない。背後に建つ、朽ち果てた教会と相まって。


 仕事が終わった以上、フェイズのペースに乗せられてまで話を聞く義理も、さらに言えばそんな精神力も残ってはいない。全ての感覚器官から奴をシャットアウトするべく、早々に背を向け澪斗は歩き出した。


「フン、長居は無用だ。帰るぞ希紗」

「ア、待ってッ、希紗チャンに――」



「よぉぉぉやっと見つけたでぇ! 黄色の死神ゴールド・リッパー!」


「観念して、シンっちの出世の踏み台になりなさい!」


 突然の乱入者に全員で振り返ると、傾きかけている日光を背に、男女のシルエットがあった。


 気合の入った台詞とは裏腹に、男が羽織っているのは網膜を直接痛めかねない極彩色のアロハシャツ。女の方は何故か両手でイチゴクレープを構えながら、奇妙なポーズをとっている。


「あれ真……と、友里依さん?」


「うっそ、希紗ちゃんどうしてっ? 二人もこの辺りでドキドキ☆スラム風デートしてたの?」


「……貴様、俺に厄介な仕事を押し付けておきながら、よくそのような脳髄の沸いた姿で出てこられたものだな……!」


「いやちゃうって、これには深ァい訳が! とりあえず銃口下げよ!?」


 どうにか澪斗の気を逸らそうと――もとい本題に戻ろうと――して、真は木刀の切っ先を、部下の隣に立つ大男へ向ける。


 目を丸くしてこちらを見ている、毛髪から足元までくすんだ黄色をした外国人。奥の壁にスプレー缶で書き殴られた『出て行け死神』という悪態が、世田谷を追い出された不良たちの、あまりに儚い抵抗に違いなかった。


「三ヶ月ほど前、ここらに居た日本人のチンピラ共を脅して、金目のもんを巻き上げたのはあんさんやな? そちらに恨みは無いが、今後も恐喝を繰り返すつもりなら――」


「……プフッ、ハハハハ! まったく、ボクに辿り着くまでチョーットかかりすぎじゃないかい?」


 予想外の反応に真がぽかんとしている隙に、大股で歩み寄ってきたフェイズは突然、彼を強くハグし始めたではないか。


 大蛇に締め上げられたカエルの顔色で足をばたつかせている夫を助けようと、友里依が目を吊り上げて「ちょっとあなたシンっちとどういう関係よ! 負けないわよ!?」とライバル宣言をかましたところで。


『アハハッ、待たせてごめんよ兄弟ブラザー! けど結果オーライッ、カーテンコールには間に合ったじゃない!』


 真を解放したフェイズの手には、ジーンズのポケットから抜き出した仕事用端末が握られていた。画面の中ではしゃぐ狐面と、フェイズは太い指先でハイタッチを交わす。


「ちょっと待ってよフェッキー! フォックスの知り合いだったのっ?」


「アレ、言ってなかったっけ? 彼が、ロスキーパーを勧めてくれたトモダチさ!」


「はァ!? おい待てやフォックス! じゃあ何か、あんたは最初っから全部知ってたっちゅーことか!?」


『うん、そだよ?』


 悪びれる、という言葉すら知らぬ速さで情報屋は首を縦に振る。しかも怒りの二の句を遮ったのは、スピーカーからの溜息ときたものだ。


『あのさぁ真。それはさすがに、僕に失礼だと思わなーいッ? まさか本当に、この僕に――調なんて、有ると思ったわけ?』


「なっ……じゃあ、なんで」


『だからそれも教えてあげたじゃん? 久しぶりに君のデータを取り直す、ッてさ! 全部好きにしろ、ッて言質げんちも頂いちゃったのでッ、真以外のメンバーもデータ盗らせてもらいました~!』


 無駄に白い歯を見せつけ、狭い部屋で小躍りする情報屋に、なる早で天罰が下ることを祈る。両足の小指を同時に機材の角へぶつけるとか。


「けどあんさんが、チンピラたちを追い出したんは事実なんやろっ?」


「ボクが彼らを? ノーノー逆だヨ! むしろボクは、なりたかったノ! 国籍が有ろうと無かろうと、住めばエデン、人類皆ブラザーじゃない! ボクは『暴力しないで話し合おうヨ』ってみんなに言って回ったのサ!」


「しかし、あんさんに金目のものを奪われた言うてたで?」


「誤解ダヨ~。彼らがボクを見るなり、お金投げて逃げちゃうよーになったんだヨ! お布施ふせとしてしっかりゲットしたけど」


「それ日本ではカツアゲって言うのよフェッキー」


 日本人の信心深さに感激し一銭残らず拾い集めた、とフェイズは胸を張る。

 だがその行動が、かえって彼等に『有り金を投げた隙に逃げる他ない』と学習させてしまった原因だと思う。


 確かに喧嘩を売りづらい巨体ではあるが、しかし別段強面というわけでもない、陽気な不審者だ。普段から徒党を組んで息巻いているチンピラを、かくも恐怖させた要因は何だったのか。真は情報屋の友人をしげしげと眺める。


「ソーソー言い忘れてたケド、今回の依頼はブラザーづてだから『社員紹介割引』分だけお値段引いておくネ!」


「なんだと!? 聞いていないぞ、そんな話は!」


『ちゃんと依頼書は読まなきゃダメじゃないか澪斗ッ。ほら用紙の右下に、炙り出しで僕のサインが浮かぶ仕様に』


「読めるかそんなものっ!」


『まったく蝋人形ろうにんぎょうみたいな顔しちゃってさッ、眼球もガラス玉なんじゃないのー』


 「ネー」『ねー』サラウンドで煽ってくる二人に青筋を立てる澪斗の後ろで、希紗は「フェッキーの日本語はここ由来かぁ……」と光の消えた目で遠くを見ていた。

 完全に場の空気をキテレツ兄弟に奪われてしまったものの、これだけははっきりさせておかねばと、真は口を開く。


 ――が、突然部長の背骨を的確に肘打ちして押しのけた女性が、青ざめた顔でフェイズにしがみ付いたではないか。


 恰幅の良い体を、つぎはいだ古着で包んでおり、肌は濃い黒色だが泣き腫らした目元だけ赤くなってしまっている。大声を上げ、身振り手振りも使ってフェイズに何かを伝えようとしているが、周囲は困惑するばかりだ。


「ねぇシンっち、この人どうしたの? なんて言ってるの?」


「うーん、英語を話そうとしとる、っぽいけど……」


「フン、なまりが酷くて聞けたものではないな。どうせ奴もわかってはいまい」


 女性に合わせて大仰なジェスチャーを始めたフェイズに対し、澪斗は腕を組んで鼻を鳴らす。

 ついには二人してロボットダンスじみた動きをした後で、神父は「オーケー!」と自身の胸を拳で叩いた。


「協力しておくれブラザー! 彼女の子供が、朝から神隠しらしいンだ!」


『なるほどッ、それは一大事だね! 実はフェッキーに紹介したい、お金さえ払えば迷子探しだってやってくれるクレイジーな便利屋が……』


「さも自然な流れで振り出しに戻そうとしないでくれる!?」


 嗚咽を漏らしながら、まだパントマイムで助けを求めてくる母親には悪いが、いくら何でも都内でたった一人の迷子を捜すなど無茶すぎる。


 おろおろと母親にハンカチを渡しているお人好しの上司が、今にも承諾してしまいそうなので、同じてつは踏むまいと澪斗が先手を打った。


「それこそ情報屋の出番ではないのか、フォックス。類は友を呼ぶとは真理だな、怠け者の知り合いもやはり、己は何一つ動かない横着者だ」


『僕だって、マブダチの頼みなら喜んで協力しますぅーだッ。大体、僕とフェッキーは全然似てないんだからねッ! ほんと知らぬがゴッドだよ!』


 彼が不法滞在者に教えた日本語が、三割増しで珍妙になって逆輸入されているところを見るに、やはり国境を越えて何らかの波長が合致した二人ではあるのだろう。


「この僕が本気を出せば、そのくらいちょちょいのちょいで……ありゃッ?」


『ママー!』


 フォックスの間抜けな声と、路地裏に響いた甲高い声は、ほぼ同時だった。そして、地鳴りがごとき羽ばたきの音も。

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