factor.3 - 4
工場地帯のフェンスを背に、だるそうな若者たちの姿があった。どこか虚ろで、一様に気抜けた彼らの目に、細い人影が映り込む。
「ねぇお兄さんたちー……いま、ヒマ?」
こちらを窺う上目遣いの中に
後ろで手を組んだことで必然的に押し出された胸は谷間も露わに、細い腰から艶めかしい曲線を描く脚は、覇気を失っていた男の本能を殴りつけて余りあるもの。
誰かが呑んだ生唾の音は、彼女にとってこれ以上ない返事だった。
「あのね、私ちょっとタイクツしてて……刺激的なこと、シたくない?」
あどけなさの残る目鼻立ちで、大人の顔をしてみせる彼女の手首を、一人の男が握り締めた。「きゃっ」と漏れた高い声は、乱暴を知らない無垢な少女のようだ。
そのまま茶髪の女をフェンスに押し付け、男は野犬のような熱い息を吐きながら。
「いいのかい? 俺たちそりゃもう、色々と溜まっててね……ナマ優しいことはできないぜ?」
「あ、待って、ここじゃ人が来ちゃうかも……もうちょっと隠れたところで……」
「構わねぇよ、そっちから言い出したんだろ? 刺激的にイこうぜ」
四人もの男に息がかかるほどの距離で囲まれ、女は露出した白い肩を縮ませる。言葉とは裏腹に、もう獲物を逃す気の無い男の顔が触れる、ほんの数瞬前。
「でもぉ――とっても強くて優しい、世界一カッコいい
潤んだ目元を一瞬で引っ込めた女は、だらしなく牙を剥いた男たちの前でにこりと笑うと、その背後を指す。
振り向いて、そこに修羅の形相で髪を天に立てた男を見た次の瞬間には、全員まとめて木刀で殴り飛ばされていた。
「つっ、
「アホ抜かせ誰がそこまでさせるか! 指一本触れた時点でアウトじゃボケェ!」
「俺なんかまだ触ってもいないのにィ!」
「いやらしい眼で見とったやろがい!」と半ば理不尽な理由で、真は縛りつけた男の後頭部にハリセンを振り下ろす。
三つ編み女のハニートラップに引っかかり、木刀男に打ちのめされたチンピラは、今や全員揃って手足を縛られたまま路地裏に正座させられている。
未だ怒り冷めやらぬ夫とは反対に、妻の方はといえばその辺に転がっていたビール瓶ケースに腰かけ、何事も無かったかのように化粧を直していた。
「まぁまぁシンっち。やっと落ち着いてお話しできるようになったんだから、さっさと用件聞いちゃいましょ?」
のんびりとした口調に、真のボルテージは急速にしぼんでいく。自分が不甲斐ないばかりに、一般人である妻にまで仕事を手伝わせてしまった。しかもその八つ当たりを、目の前の彼らに振るうなんて。
頭を垂れ、低く「ごめん」と呟く。
誰かに、ではなく、誰もに
「もう、そんな顔しないで? 私のイケメンが台無し。……大丈夫、シンっちは何も間違ってないもの。あなたはいつだって、敗者の味方」
男のひんやりとした手を、傷一つない両手が包み込む。
弱きを助ける人はごまんといるし、正義の味方も飽和気味だ。
たとえ世の勝者たちから、悪だ自業自得だとそしられようと、彼は負けた人々にこそ寄り添う。地に膝をつき、誰よりも自分を信じられなくなってしまった人たちが、また立ち上がれるよう心を砕いてくれる。
世界中の誰にも、真自身にだって、それを間違いだなんて言わせない。
彼女もまた、その底抜けの優しさに救い出された一人なのだから。
妻の笑顔につられて、夫も弱々しく眉を下げたら、もう心配いらない。彼の体をくるりと半回転させて、いってらっしゃいと背を叩く。
真は自分のやるべきことに向き直ると、深呼吸を一つ。そして目線を合わせるため、地面に片膝をついてから。
「あんたら、元は世田谷の方におったんとちゃうか? ワイはな、ここ数ヶ月の下北沢で何があったかを調べとるんやけど。もしあんたらが、自分の意思でなく古巣を追い出されたんなら……元の場所に戻りたいなら、何らかの手助けができるかもしれん」
「お前は何だ? サツじゃねえだろ? 何が目的でそんなことすんだ、見るからに
ぼやいた男の股間に、ヒールの先が喰い込む生々しい音がした。「ヒィッ」と(真も含め)男全員が震え上がる中、友里依は聖女の笑みを浮かべながら「さ、続けて?」と首を傾げる。
「あ、安心せぇ、うちらは警察やないから……」
「まままだサツの方が良かったわっ!」
「落ち着け、ワイが必ず全員生きて返すからっ、だからお互い早う済ませよう……!」
男性陣に謎の団結力が生まれたところで、「下北のことを喋ればいいんだなっ?」と今度はチンピラの方から口を開いてきた。
「……あの街は元々、シブヤみてぇなガチのスラムじゃなくて、俺らのちょうどいい遊び場だったんだ」
「けど数年前から少しずつ、外国人の浮浪者どもが増えて、いつの間にか集落を作り始めやがったんだよ」
「あいつら言葉通じねーし、大人数でうるせぇし……前からちょくちょくモメてたんだけどよ。三ヶ月前のある日、突然、ヤツが現れたんだ」
そこで彼らの脳裏にそれが過ったのだろう。誰からともなく唾を飲み込み、ある者は背を震わせた。
本気で裏社会に足を突っ込もうとはしない、半端者の自覚がある彼らにも、プライドと呼べるものがある。その自尊心を辻斬りのごとく容赦なく叩き潰し、負け犬として追い出した非情な人物を、彼らは畏怖と屈辱からこう呼んだ。
「バカでかい刃物を背負って、首を狩るまでどこまでも追いかけてくる大男――
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