第2話
気が付くと、俺は檻に入れられていた。
脱出を試みたが、檻と鍵は頑丈で、不可能だった。
しばらくすると暗闇に目が慣れてきて、周りが見えるようになる。
俺は周りを見渡す。どうやらここは、どこかの建物の一室らしい。
誰かー!! 助けてくれー!!
俺は助けを求める。
「残念だが、この近くに人は住んでいない。叫んでも、誰も来ないぞ」
闇の中から、声がする。
俺は声のした方を、目を凝らして見る。そこには黒いローブを着た人間がいた。声から察するに男だ。
誰だ、お前は。
「俺か? 俺は仕返し屋だ」
仕返し屋?
「ある人物に依頼されて、お前に復讐しに来た」
俺に復讐だと?
俺は考えてみる。でも復讐される心当たりが無い。きっと人違いだ。
「残念だが、人違いじゃない。正真正銘、依頼人はお前を指名した」
ふざけるな! ここから出せ!
俺は男に命令したが、男は無視した。
……腹減った。
閉じ込められて、どれくらいの時間がたったかは分からないが、空腹の感覚から察するに、数時間は経っていると思う。
「そうか、腹が減ったか。待っていろ、今餌を買ってくる。」
そう言うと男はどこかへ行ってしまった。
しばらくすると、男がレジ袋を持って帰ってきた。そいつは袋から何かを取り出し、皿に盛る。
そしてその皿を、隙間から檻の中に入れてきた。
「ほら餌だ。残さず食えよ」
俺は、皿を見る。何か白いものが盛られているが、一体何だろう。
ジーッと見ると、その白いのが何か分かった。
それは、虫だった。何かの虫の幼虫だった。
俺は咄嗟に、皿を引っくり返して、幼虫をぶちまける。
「おいおい、食べ物を粗末にするなよ」
食べ物!? これがか!?
「『蜂の子』っていう山間部を中心に広まっている、日本の立派な食べ物だぞ。黄金伝説で有吉弘行も食べてた」
こんなもの食えるわけがないだろう!
「おいおい、自分が食えないものを依頼人に無理矢理食わせたのかよ。とんだクズだな」
俺が無理矢理食わせた?
……。
思い出した!
確か中学の頃、クラスメイトのバカに食わせたことがあった。名前は思い出せないが、そうか、あのバカが依頼人か。
「ようやく思い出したか。とにかく、その蜂の子がお前の餌だ。ちゃんと食えよ」
そう言うと、男の気配が消える。どうやらどこかに行ってしまったようだ。
俺は床に散らばった蜂の幼虫を見る。
……こんなの食えるわけがない。
数時間後。
俺はかなり衰弱していた。何か他に食べ物をくれと頼んだが、男は姿を見せなかった。
腹の音が闇に響く。
もう我慢できない。
蜂の子を拾い上げ、俺は口に含んだ。
ゆっくりと、俺は虫を噛む。
空腹のせいだからか、意外と美味しく感じた。
だが、こんな監禁されている中で、虫を食べている状況に、俺は味を楽しむ余裕はなかった。
「ようやく食べたか。どうだ、虫の味は」
男の声がする。いつの間に現れたんだ。
「ほら、晩御飯だ。これも残さず食えよ」
男が檻に入れたのは、また蜂の子だった。
俺は文句を言ったが、男は聞き入れなかった。
3日後。
俺の食事はずっと、蜂の子だった。水は与えられたが、食料は虫の幼虫だった。
な、なああんた、あのバカからいくらで雇われた? その2倍、いや3倍の金を出そう。頼む、ここから出してくれ。
蜂の子を皿に盛るタイミングを見計らって、俺は男に言った。
「あんたも商売人なら知ってるだろう? 商売ってのは信用が第1だ。金で寝返っちゃあ、お客がいなくなっちまう。まあもっとも、依頼人から1円も貰っていないがな」
そして男は蜂の幼虫を檻に入れ、またいなくなった。
3日後。
この3日間、俺は男に話しかけたが、男は何も言わなかった。おそらく、俺に会話をさせずに、精神を崩壊させるつもりなのだろう。
と、思ったが、男が久しぶりに口を開いた。
「喜べ。依頼人が別の食事を用意してくれたぞ」
ほ、本当か!
俺は喜んだ。久しぶりに幼虫以外のものが食べられる……!
「ほら、蜂の子、成虫バージョンだ」
いい加減にしろ!
俺は皿をぶちまけた。
だいだい俺がバカをイジメていたのは、中学の時だろう! もう10年以上経っている! もう時効だ!
「……あんたにイジメられたせいで、依頼人は今も社会復帰できなくなっている。それでも時効だとほざくか?」
そんなのあのバカの勝手だろう!
「……どうしようもないクズだな、まったく。罰として、3日間食事抜きだ」
そう言うと男は、床に散らばった蜂の子を回収して、いなくなった。
さらに3日後。いや72時間経ったのかさえ分からない。
唯一、時刻が分かる食事の時間が抜かれたせいで、時間の感覚が無くなった。
足音が聞こえる。男が来たらしい。
「さあ、あんたが拒んだ蜂の子成虫を持ってきてやったぞ。食いたいか?」
く、食いた、い。頼む、それを早、く俺に……!
「だったら、それ相応の頼み方ってものがあるだろう、ん?」
……。
お願いします、生意気なこと、言ってすみ、ませんでした、もう逆らい、ません。お願いします、食べ物を、餌を、ください、お願いします。
俺は土下座しながら、男に懇願した。
男は笑いながら、蜂の成虫を恵んでくれた。
もうなんにちたったのかわすれた。いちのつぎは、さんだっけ、ななだっけ? おれはようちゅうとせいちゅうをいっぱいたべた。おいしかった。もっとたべたい。 えへえへ、エヘエヘヘヘヘヘ……。
「10ヶ月か。今回の依頼は、けっこう時間が掛かったな」
「依頼通り、やつの精神が崩壊するレベルまで追い込んだ。もうあいつは人間として生きるのは無理だろうな」
「ありがとうございます。胸がすっとしました。これで私も前向きに生きていくことができます」
「俺も楽しかったよ。ああいう自分が1番偉いと勘違いやつを家畜として扱うのは、すげー面白かった」
「あの、本当にお代はいらないんですか?」
「ああ。あの家畜の金庫からたんまり貰ったからな」
「でもそれでは私の気が治まりません……」
「だったら、そうだな……もし、お前がこの先の人生で結婚して子供が生まれたら、その子供に教えてやれ、イジメは絶対にするなってな」
「それだけでいいんですか?」
「ああ。イジメのない社会を作る、それが俺の夢だからな」
「分かりました。子供にそう教えます」
私がそう答えると、仕返し屋さんはニッコリ笑って、姿を消した。
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