どこよ、ここはっ?

 魔子は、そう問いただしたかった。なにせ、車のトランクを開けられた瞬間、目隠しをされたのだから。もっとも猿ぐつわのせいで声にはならなかった。

 目隠しされる前、一瞬見えた限りでは、どこかの廃墟のようなところに連れこまれたようだ。

「後ろ手に縛ったはずなのに、どうやってこの状態にしたんだ?」

 魔子を担ぎ上げた大男、暁がぼやいた。

「ふふ。体が柔らかいんでしょう。まあ、手を前に持ってきたところでなにもできないけどね」

 麝香院がいやらしく笑う。

 あとはいくら、もがもがなにかをいおうともがいても、暁は気にせず、魔子を肩に乗せ、のっしのっしと歩いていく。

 自分で歩いたわけでもないし、目も見えない。おまけにただでさえ、方向音痴気味なので、どういうルートを通ったのかはさっぱりわからないが、階段を下りているのだけはわかった。

 そのまま、どこかの部屋に連れこまれ、ベッドらしきところの上に投げ出された。

「もがあぁ」

 いったいあたしをどうする気なのよっ!

 両手と両足を縛っていたロープがほどかれた。

「勘違いしないで、自由にするわけじゃないから」

 耳元で麝香院のささやき。その言葉どおり、べつのもので固定された。今度は手ではなくに足首なにかを掛けられる。

 じゃらりと鎖の音がしたから、足の輪っかは鎖につながっている。

 ただし目隠しは外された。

 まず、まわりを観察する。まわりにいるのは自分をさらった四人だけ。そして案の定、足輪をかけられ、それについた鎖は固定されていた。すこし離れたところに入り口のドアがあるが、そこまでは届かないのだろう。

 部屋はけっこう広い。といっても、せいぜい十二畳かそこらだと思うが。

 この部屋は?

 なんなんだろう。床も壁もコンクリートの打ちっ放しで、天井にしろ化粧ボードで覆われておらず、上の階の床面と梁が露出している。そこに細長いタイプの蛍光灯が何本かぶら下がっていた。それが光っている。地下なのか、窓はない。それ自体はありがたかった。朝になって日光にさらされるのはごめんだ。

 正面の壁、ベッドからすこし離れたところには変な機械が置かれてあり、ぶううううんと耳障りな音を出していた。

 発電機?

 たぶんそうなんだろう。ということは、機械室?

「一応いっておくけど、叫んでも無駄よ。ここは地下だし、コンクリートの壁や床は厚い。外には聞こえないから」

 麝香院はそういってから、魔子の猿ぐつわを外した。

「あたしをどうしようっていうのよ?」

 魔子は四人をにらみつけた。

「けっこう。泣きわめかれても面倒なだけだわ。気の強いのは一族の証かしら?」

 麝香院が不敵にほほ笑む。

「あんたたち、何者? なにをしたいの?」

「ん~っ? どうしよっかな。いっちゃっていいのかな?」

「べつに構わないだろ?」

 ジュベールが口をはさんだ。

「僕たちは君のお父さんの商売敵に依頼された。あるプロジェクトを潰すためにね」

「あるプロジェクト?」

「それは知ってもしょうがないよ。っていうか、僕らもよく知らない」

 ジュベールが興味なさそうにいう。

「ただ、それが成功すると、君んちは大もうけするけど、大損するやつもいるってことさ。そえが僕らの雇い主」

「つ、つまり、あたしを人質にして、そのプロジェクトをやめさせようってこと?」

「その通り。なに、ほんの一週間くらいの我慢だよ。それで結果がわかる。そのあとはもういかに巣豪杉一族といえど、取り返しがつかない。そうなったら返してあげるよ」

「もう家には連絡したの?」

「もちろん。もっとも肝心のお父上はいなかったんで、奥さんに伝えておいたけどね」

 とりあえず、こいつらの目的はわかった。なんだかんだいって、巣豪杉家は手広くビジネスをやっている。ときには競争相手に多大な損害を与えることもあるのだろう。だから向こうも必死なのだ。

「で、あんたたちはなんなの?」

「僕たちかい? それは秘密さ。ただまあ、世の中にはこういう非合法なやっかいごとを金で請け負う組織があるってことを覚えておいたほうがいいよ」

「やくざ?」

「ははん。僕らをあんな連中といっしょにしないでほしいな。あいつらはこれ見よがしに相手を脅して金を巻き上げるけど、僕らは人知れず暗躍する。むしろ海外のスパイとか工作員といった連中に近いかな? もっとも国家に忠誠を尽くしてるわけじゃないけどね。そのへんは、まあ、一般の民間企業と同じ。利益優先さ」

「しゃべりすぎだ。ジュベール」

 暁がいかつい声を上げる。

「なあに、かまわないさ。警察だってそんな夢物語みたいことを聞かされても困るだけだろ? それ以上、調べようがない。そもそも君のお父さんは警察に知らせるかな? まあ、君んちもけっこう人にいえないようなことをやってるからね。僕はよく知らないけど、今度中止をもくろむプロジェクトだって、非合法なことが絡んでるるんじゃないのかな?」

「そんなことないわよ。そもそももう風太センセが通報してるはずだわ」

「じつは僕らの仲間が警察内部にもいてね。通報されればわかるんだが、まだそんな連絡はないなぁ。日和ったんじゃないのかな、彼? 共犯だと思われたくないと思って。それともまだ気絶してるのかもね」

「まさか、あのまま死んだんじゃないでしょうねっ?」

「んん? それはないと思うよ。とどめなんかさしてないしね。あれで死ぬならよほどの軟弱者だ」

「風太センセは軟弱者なのっ!」

「じゃあ、ひょっとしたら死んだかもね」

 ジュベールは笑った。心底可笑しそうに。

 なに、こいつ。許せない。ぜったい許せない。

 いや、風太センセは生きてるはず。ただ、気を失ったか、誰かに一一九番通報されて、病院に連れていかれたかしたんだ。

 魔子は無理矢理にでもそう信じ込もうとした。

 ただ、相手の姿がにじむ。涙が浮かんでいるらしい。

 いやだ。こんなやつらの前で泣きたくない。

「あらあら、ジュベールったら、泣かせちゃって。こんな子供でも女は女なんだから。好きな男が死んだかもしれないなんていえば、泣くって」

「誰が好きな男よっ!」

「お~お~っ、しかもひねくれてる」

 麝香院はにんまり笑うと、魔子の頭をなでなでした。

「バカにしないでっ!」

 その手を払いのけようとしたが、逆に掴まれ捻られる。

 肘に激痛が走ったが、意地で悲鳴は上げなかった。

「うふっ、うふっ、気が強いのね。しかも素直じゃない。今流行りのツンデレってやつ? そういう子大好きよ」

「だ、誰がっ……」

 ピー、ピー、ピー。

 突如、なにか警報のようなものが鳴った。

「ん、ネズミか?」

 ジュベールが不審げな顔でいう。

「おいどんが見てくるタイ」

 西郷がドアに向かうが、そこでいったん立ち止まるとふり返った。

「麝香院。いいかげんにするタイ。おいどんは、女、それも子供をいたぶるのは好きじゃないけん」

「はい、はい。冗談よ」

「ならいいタイ」

 西郷はそういい残して出ていった。

「ネズミって、ひょっとして、誰かが……」

 あたしを助けに来たってこと?

「さあってね。まあ、入り口に仕掛けたセンサーに誰かが引っかかったんだけど、相変わらず警察は動いていないようだし、そこらの不良連中が悪さでもしに来たんじゃないのかな」

 ジュベールがつまらなさそうにいう。

「俺もいったほうがいいか? 万が一、巣豪杉家の連中が来たんなら……」

 暁がいった。

「どうやってここを探り当てる? この子はスマホも持ってないし、なにか電波を発するものもつけてなかった。尾行もされてない」

 実際、魔子はそんなものを身につけていない。両親にしろ、追いようがないはず。

 もし、追って来るものがいるとすれば、風太センセだ。あの柿の種を追ってくるのは他に考えられない。

 まさか、ひとりで乗りこんできたんじゃないでしょうね。なんで、警察を呼ばないのよ?

 いや、もし警察を動かさないんなら、家に電話してるはず。なんとかなる。

「あら、なんか嬉しそうな顔ね。ひょっとして君の王子様が助けに来てくれたのかな?」

 麝香院が嘘をついても見透かしてやるとばかりに魔子の瞳をのぞき込んだ。

「ふっ、まさかあの軟弱なお兄ちゃんがね……」

「し、知らないわ。きっとその人がいったように、どっかの不良がまぎれこんだんでしょ?」

「ふっ、まあいいわ。そんなのどうせ、西郷ひとりで充分」

 麝香院は笑った。

「もし、来たのがあんたの大事な人だったとしても、すぐにひねり潰されるわ」

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