風太は息をひそめ、足音を殺して建物に近づいた。

 門に掛かっていた看板を読む限り、どうやらここは病院だったらしい。建物の寂れぐあいからして、たぶん潰れて数ヶ月といったところだろう。

 まず、入り口の前に駐めてあるセダンを調べてみた。もちろん、誰もいない。鍵も掛かっている。

 あいつらは四人。しかもそのうちのふたりはデブと大男。この中型セダンじゃ五人乗るのはきつそうだな。

 となると、魔子はトランクに入れられたのか? 

 風太はトランクを開けようとしたが、やはり鍵がないと無理だ。

 どうやって、魔子は柿の種を落としていったんだ?

 下を調べてみる。なんとトランクの床の部分に小さな穴が開いていた。目立たないよう中古にしたんだろうが、ボロすぎだ。

 謎が解けた。やつらはそのことを知らず、魔子をここに押しこんだにちがいない。

 ますますここがやつらのアジトだという確信が得られた。

 とはいえ、窓から灯りは一切もれていないが、この建物のどこにいる?

 やはり警察を呼ぶか?

 そう考えたが、あまり名案とは思えない。やつらはこの建物のどこかに隠れている。もし警察を呼んだらどうなるだろう? パトカーでどかどかやってこられたら、やつらは隠れたまま出てこないにちがいない。そうなったら、風太の気のせい、あるいは考えすぎということで終わってしまう可能性が高いのだ。なにせ、風太はここで魔子も犯人も見ていない。なにひとつ証拠がない。

 風太は覚悟を決めた。

 自分ひとりで魔子を助け出すのは無理だとしても、とりあえず、やつらがいる場所を探す。アジトがこの広い建物のどこにあるのか特定しないとどうにもならない。

 風太は入り口から中に潜入した。

 とうぜん、真っ暗。一瞬、近くのコンビニにでも走って、懐中電灯でも買ってこようかとも考えたが、そんなものを点ければ敵にさがしてくれといっているようなものだ。

 一分もすると目が慣れてきた。なんだかんだいいつつ、窓はけっこうある。あたりは住宅街ではないとはいえ、街灯もないど田舎ではないし、きょうは晴天。おまけに満月。ある程度の灯りは入ってくるのだ。

 もっとも、見えるといっても、ぼんやりかすかに見えるに過ぎない。とりあえず、壁にはぶつからないし、人が近くにいればわかるという程度だ。走るには心もとないし、なにか障害物が床にあれば、けつまずくのはまちがいないだろう。

 さて、どうしたもんかな? どっかから明かりが漏れてると助かるんだが。

 残念ながら、窓からのかすかな光以外、人工的な灯りはどこからも感じられない。

 音は?

 足音。声。それ以外のなにかでもいい。ここにやつらがきたんなら、なんらかの音がするはずだ。

 ぶううううううん。

 風太は低いかすかな音に気づいた。

 なんだ?

 気のせいではない。外の音だろうか? 近くの道路から聞こえる車の通過音でもない。

 発電機?

 そうか、きっとそうだ。この建物にはとうぜん電気はきていないだろうが、やつらがかりそめのアジトにするにしても、どうしても電気は必要だ。発電機を使っている。

 建物に標準装備されている自家発電か、やつらが独自に持ち込んだものかは知らないが、きっとそれが動いている。

 どこだ?

 風太は耳をすませ、音源を探った。

 地下? 下から聞こえてくる気がする。

 そもそも発電機を回せば、それなりの音がするはず。ということは距離が離れているか、密閉されているってことだろう。

 それにここは廃屋とはいえ、その気になれば誰でも入ってこれる場所だ。昼間は子供なんかが探検気分でやってくるかもしれない。誘拐してきた人質を隠すなら、かんたんに人目につかないところにするだろう。

 風太は階段を探した。

 どこだ? くそ。暗すぎる。いや、焦るな。

 敵に見つけられたらそれまでだ。あくまでも慎重にやる必要がある。とくに音を立てるのはぜったいにまずい。

 風太はやや前方に右手を突き出し、それを壁にあてて前に進んだ。なんだかんだいってこれが一番確実だ。階段部分になれば壁がとぎれる。直角に曲がるのだ。

 数十歩も歩いただろうか。壁が右に曲がっていた。

 これか?

 たしかにそこは階段だった。手すりにつかまりながら、ゆっくりと下の階に向かう。

 ほんとうにいるのか?

 いや、いる。必ずいる。

 そう思うだけで、心臓が高鳴ってくる。

 踊り場を折り返し、さらに下に進むと、地階の廊下にたどり着いた。

 そこから左右を見わたしてみたが、やはり灯りが漏れている部屋はない。

 階段はまだ下に続いている。どうやら地下二階まであるようだ。

 ぶううううん。

 例の音がさっきよりもはっきりと聞こえる気がする。しかも音源はたぶん下。

 風太は迷わず、階段をさらに下った。

 自然と足は速くなった。呼吸も荒くなっている。

 踊り場を曲がり、地下二階の廊下に近づいたころ、上のほうから音が聞こえた。

 足音。階段を下りてくる足音。

 風太はぴたりと足を止めた。

 同時に上の足音も止まる。

 誰だ? まずいぞ。相手が下にいるなら、上に逃げることもできるが、これじゃあ、逃げ場がない。壁に張り付いてやり過ごすか?

「そこにいるのは誰タイ?」

 上にいる男はそういった。

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