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さて、どうしたもんか?
つららは悩んだ。もし犯人が電話で魔子の誘拐を告げた場合、すぐにでもここにあの刀を使いこなす奥さまと、まだ見ぬ関羽親父が乗りこんでくるかもしれない。
下手に逃げようとしたり、ごまかそうとするより、ぜんぶほんとのことをいったほうがよさそうな気がした。
そうかんたんには信じてくれないかもしれないが、逃げればなおさら事態は悪化する。それにもし、こっちのいうことを信じてくれれば、風太の立場もそう悪くはならない。
「まあ、なるようになるさ」
とりあえず脱衣所で、問いつめられたとき、なんて答えようかと考えた。
たしかに魔子を連れ出したのは風太だし、あたしは身代わりを頼まれた。だけど、それは誘拐とはまったく関係がなくて、たまたま風太が魔子を連れ出したとき、べつのやつにさらわれた。
って、そんなことあるわけねえっ!
自分でつっこんでしまう。
……つまり、魔子がさらわれたのは、たまたまじゃなくて……。
ん? たまたまじゃなきゃ、どうして誘拐犯は風太が連れ出すことを知ってたんだ?
そのことに関しては、風太はなにもいってなかった。
ん~っ? 犯人は暁に西郷、麝香院にジュベールだ。つまり、あいつらは最初からこの家に入りこむつもりで、家庭教師の採用試験を受けた。それが不採用になったから、魔子を誘拐したんだろうけど、……風太をずっと見張ってたのか?
それじゃ、弱いな。ひょっとしてこの部屋に盗聴器でもしかけてあんのかな?
だけどどうやって? 仕掛けるには部屋に入らないといけないぞ。この警戒厳重な屋敷に忍びこんで。
つららの考えはそこでとまった。どうもそういう推理には向いていない。
ま、いいや。そのことは警察なり、この家の人間が考えるだろ? あたしは事実をたんたんと述べるか。
つまり、魔子がどうしても外出してみたかったが、親が許してくれない。そこで風太に頼み込んだ。風太は魔子がかわいそうだったから、望みを叶え、あたしはそれに協力した。誘拐犯は採用試験を受けた四人で、それ以上のことはなにひとつ知らない。
ん、それでいいか。信じてもらえなければ、警察にしょっ引かれるかもしれないけど、どうってことない。
つららは覚悟を決めた。
脱衣所のドアを開ける。目の前に巣豪杉太刀、つまり奥さまが仁王立ちしていた。あまりのことに思わず声を出す。
「え?」
「やっぱり偽物」
つららの顔を見るなり、般若のような顔に見る見る変わっていく。どうやら犯人から、娘を誘拐したという電話があったらしい。
「いや、ちょっと待って。話を聞いて……」
刃の煌めきと、風を切る音。燃えるような殺気。
奥さまが後ろに隠し持っていた刀がつららの首めがけて飛んでくる。
とっさに身をかがめる。間一髪、頭のすぐ上を刀が通りすぎた。
「ひゅっ」
するどい呼気とともに、攻撃の第二弾が。
今度は斜め上からきた。
奥さまの体の軸を中心に、回り込むようにしてかわす。
しかしそっちからも刀が。二刀流なのだ。
つららは体操選手のようにジャンプし、側転しつつ、刀をやり過ごした。
「話を聞けぇえええ!」
「黙れ、誘拐犯。最初からそのつもりで、家庭教師の採用試験を受けたな?」
「ちがう。それはあの四人だけだ」
「嘘をつけ。巣豪杉家を舐めんなよっ! このビッチ。くそビッチ。ビッチ、ビチ、ビチ、ビチグソがぁあああ!」
ひゅん。
上段と中段の同時突き。つららは一歩斜め前に出つつ、かわす。
攻撃は直線から回転に変化。つららが逃げた方向に刀が追ってくる。奥さまの体の中心を軸にしてまわりながら。しかも、首と胴をねらって。
下がっていては間に合わない。
そう判断したつららは、逆に間合いをつめ、体当たりした。
はね飛ぶ奥さま。しかし回転はとまらなかった。
刀の切っ先がまさにつららの肉を切りきざまんとしたとき、間一髪でステップバックする。
しゃきーん。
奥さまは左右の刀をクロスした。
右の刀を立て、左は水平にして構える。たぶん、水平に振り払うのと、上段から打ち込むのを同時にやるはず。
「まさか、採用試験の二次に残ってたのが全員敵だったとはね。この太刀、一生の不覚」
「だから、ちがうって」
「言い訳無用」
奥さまが間合いをつめる。
つららは横に動いた。そのままベッドのシーツを掴む。
「逃がすか」
追ってくる奥さま。つららはシーツを振りまわした。
しゅぴーん。
真っ白なシーツがまっぷたつ。切れたシーツの片割れが、ぐうぜん、奥さまの顔にかかった。
チャーンス。
視界を失い、一瞬とまった奥さまのみぞおちに、つららの正拳が突き刺さった。
さらに一歩前に出て、左の上段回し蹴りが後ろから延髄に炸裂。
奥さまは、前方にふっとび、くるんと一回転すると、床に倒れた。
動かない。どうやら、気絶したっぽい。
もうこうなったら逃げるしかない。
つららは、風太と連絡を取るためのスマホを掴むと、部屋を飛び出る。
「きゃああああ」
叫ぶメイドさんをスルーして、廊下に出ると、窓を蹴破った。
「たいへん。たいへんよぉお」
ウ~っと非常警報が鳴った。
つららは走る。とにかく一番近くの塀に向かって走った。
どうせ、正門は閉じられる。だったらどこでもいっしょだ。乗りこえて逃げるしかない。
どこに隠れていたのかといった数の衛兵がつららを追ってきた。
さいわい銃はもっていないようだが、丈を手にしている。腰にはトンファも装備。あの棒の横に取っ手がついていて、そこを掴んでぶんまわせるあれだ。どいつもこいつも血走った目で、つららを捕獲する気満々。
くそ。五人。六人。七人。……十人はいるな。
囲まれたら終わりだ。
塀をよじ登るのに時間を食えば、その間につかまるのは必至。
つららは手に持ったスマホを、ポケットに押しこむと、いきなりUターン。一番近くのやつに向かった。
とっさのことに反応が遅れたらしく、そいつは一瞬、無防備になる。その隙をついた。
走り込みながら、カウンター。顎を掌底で下から突き上げる。
そいつは足を高々と上げながら、宙を舞い、頭から落ちた。まあ、下は芝生だから死にはしないだろう。
そいつの腰からトンファを奪う。
ぶん。
音を立てて、丈が斜め上から振り下ろされる。それをトンファで受けた。
そのままトンファを滑らせ、間合いをつめる。
「お?」
とまどった衛兵の顔。それが苦悶に変わる。みぞおちに正拳を入れた。
ひょおおっ!
丈の先端がつららの顔めがけて直進。敵の突きだ。
紙一重でかわす。
丈の先端を掴んだ。
ぐん。
ものすごい力で振りまわされた。力じゃ敵わない。
つららはその力を利用してジャンプした。そのまま横からの蹴りを顔面にぶち込む。
そいつは派手にふっとんだ。
左右から近づくふたりの敵。
つららはとっさにしゃがむと、いま手にした丈を地面すれすれに左右に大きく振る。
足を払われ、すっころんだやつらに、とどめとばかりに丈を上から打ち下ろす。
そのころには、つららは完全に囲まれていた。
相手は六人。つららを中心にし、ほぼ均等に円を描いて並んでいる。
そいつらは丈を低く持ち、切っ先をつららに向ける。たぶん、同時に突いてくるつもりだ。
やばい。どうやってかわす?
いきなり、胸に押しこんだスマホの着メロが鳴った。
『ちゃんちゃんちゃんちゃちゃちゃちゃ、ちゃちゃあちゃちゃあん~っ♪』
まさにそれが合図とばかりに、突きが四方から飛んでくる。
つららは真上にとんだ。自分の丈をどんと地面に打ち付け、その反動を利用し、高々と。
真下を六本の丈が鋭く交差する。
そのまま、ひとりめがけて飛び蹴り。顔面に炸裂。そのまま、振り上げた丈で、ひとり撃沈。
ひょおおおおっ!
体を反転し、同時に丈で相手の横面を打ち付ける。そいつ転倒。
つららは走る。敵の一面がくずれたことで円を描くように走る。それを追う敵の陣形が乱れた。もう囲まれてなどいない。三人の距離は間近、遠間、中間にきっちりと分かれた。
まず、手前のやつを丈で突いて倒す。
そのままそいつに体当たり。はね飛ばして二番目のやつにぶち当てると、その隙に丈を振り、首に当てた。
最後のやつが突いてくる。それをかわすと、中に飛びこみ、トンファで顎をぶん殴る。
全員が倒れた。
「風太か?」
スマホを取り出すが、切れていた。
留守電サービスに繋ぐ。
『つららか。風太だ。敵のアジトをつきとめた。これから確認するが、たぶんまちがいない。廃墟の中だ。場所は……』
それを頭に刻み込むと、スマホをポケットに押しこむ。
「悪いけど、借りるぞ」
ぶっ倒れている衛兵の安全靴と財布を奪った。
丈を手に塀に向かって走ると、棒高跳びの要領で、丈をつくとそのままジャンプ。軽々と塀を跳び越える。
外の歩道に着地したが、こっち側はずっと巣豪杉家の敷地だし、道路の向こう側もずっとブロック塀が並んでいる。車は通っていないわけでもないが、タクシーは目につかない。
ヒッチハイクでもしろってか?
そう思ったとき、間近からバイクの爆音がした。
どこから? すくなくとも道路にはそんなものない。
それが巣豪杉家の敷地内からだと気づいたとき、つららは信じられないものを見た。バイクが敷地から塀を軽々と跳び越えてきたのだ。
それはつららのすぐそばに着地した。
かなりの大型バイク。たぶんナナハン。
もっとも問題はバイクではなく、乗っている人間だった。
黒いラーダースーツに身を固めた女性は巣豪杉太刀。つららが衛兵と戦ってる間にすっかり意識を取りもどしたらしい。
ただしその顔つきは、さっきのような般若面ではなかった。むしろ、無感情の人形のような顔。殺気は垂れ流しではなく、押し殺している。
うわっ。ぜったいこっちのほうが数段やばい。
般若面のときは怒りの感情に囚われすぎて隙もあったが、今はもうそんなものは欠片も見えない。なんというか、イメージは殺人機械。
二段変身? そんなのありかっ!
今度は勝てない。百パーセント勝てない。直感的にそう思った。
「やるわね。あなた」
彼女はバイクから降りると、シートの両脇についている棒のようなものを掴んだ。
しゃきーん!
それも仕込みだった。今、奥さまの両腕には真剣が握られてる。
「ま、待って」
「問答無用」
彼女はバイクを踏み台にして、高々とジャンプした。まさに剃刀のように研ぎ澄まされた殺気がつららに向かう。
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