風太はふたたび表通りに走った。

 目を皿のようにして地面を見わたす。

「あった」

 また柿の種。それも角を曲がったところにすぐ。もうまちがいない。これは魔子が意図的に落としている。

 今、魔子がどういう状態で運ばれているのかはわからないが、すくなくともこういう真似ができる状況ではあるらしい。

「とにかく、こっちだ」

 風太は柿の種の落ちていた方向に走る。

 一筋の希望は持てたが、過大な期待はできない。相手がどれくらいの距離を移動するのかわからないが、長距離なら柿ピーがつきてしまうだろうし、そもそも風太にそれを見つけることができるか? 光るものならともかく、夜の道路に落ちている柿の種、もしくはピーナッツをさがすのは至難の業だ。あるいは高速にでも入られたら。

 だが、やるしかない。

 神経を集中しろ!

 たぶん、魔子は交差点など曲がり角を中心に目印を落としていくはずだ。それも曲がった直後に。そこを集中して探せ。

 案の定、つぎの交差点の角、左側に落ちていた。

「ようし、いいぞ」

 さいわい、そっちは魔子が泊まるはずだったホテルがある。風太は駐輪場から自分の自転車を持ち出し、それに乗った。

 探せ、探せ、探せ。

 さいわい落ちているのは柿の種だ。道に落ちている柿の種を拾うやつなんかいないし、夜だから鳥についばまれることもない。風もおだやかだから飛ばされる心配もないし、雨も降ってないから流されもしない。

 見落とさなければいい。

 風太は一本道では自転車を飛ばし、曲がる道がある場合、立ち止まってその周辺を慎重に探した。

 風太はいつの間にか、大きな通りに出ていた。しばらく走っても曲がり角はない。

 柿の種もピーナッツもしばらく目に止まらない。

 だいじょうぶか? どこかで見落としたんじゃ?

 あるいは、魔子がこれを落とせない状態になったとか……。

 不安が襲う。

 だめだ。しっかりしろ。信じろ。信じるしかない。

 そう思ったとき、柿の種を発見した。

「よしっ!」

 曲がり角でもないまっすぐな道の途中。きっと魔子は、節約のために、曲がり角でだけ落としていたが、まっすぐな道が長く続きすぎたので、念のために落としたのだ。

 だが、それは大正解だった。おかげで風太はふたたび元気が出る。

 すくなくとも、どこか曲がり角があるまでは、このまままっすぐ走ればいい。

 そう思うと、ペダルを踏む力も入る。

 しばらく走ると、ふたたび曲がり角。かなり細い道だ。柿の種、確認。

 なんとなくだが、終点が近い気がした。

 道はだんだん人気のない方向に向かっている。人家も店も少なくなり、灯りはかすかな街灯だけ。

 やがて、目の前に大きな建物が見えた。

 ただ窓からはいっさいの灯りが漏れておらず、人がいる気配がない。廃墟だ。

 道はその手前でふたつに別れ、柿の種が廃墟のほうに落ちていた。

「ビンゴ!」

 まちがいなくここだろう。

 風太は建物を詳しく観察する。

 四階建てくらいで横に長いコンクリート造の建物。たぶん学校か病院だったんだろう。さらに、入り口と思われるところの前に、車が一台止まっていた。使い込まれた平凡な白いセダン。

 警察に電話するか。

 そう思ったが、考えてみればなにひとつ証拠がない。車にしろ、魔子を連れ去られたとき見てすらいないのだ。まさに根拠は柿の種だけ。

 とりあえず、つららに電話してみる。

 どうなったか気になったし、いざというときのために、ここの位置だけでも教えておいたほうがいいと思ったからだ。

 出なかった。

 やむを得ず、留守電サービスに、ここの位置と、廃屋に潜入してみると吹き込んでおく。

 風太は自転車を残し、その建物に向かった。

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