離しなさいよっ!

 魔子はそう叫びたかったが、口に押しこまれた猿ぐつわのせいで、もがもがと意味不明の音が漏れるだけだった。

 できるかぎり暴れてやりたかったが、後ろ手で縛られ、けっ飛ばそうとしたら、すぐに足首にもロープを巻かれた。

 そのまま大男、たしか暁とかいっていたやつにかつがれ、連れ去れていく。

 風太センセはだいじょうぶなの?

 さっき、麝香院とジュベールとかいうやつらにやられていた。刃物とかは使ってなかったみたいだから、たぶん死んではいないと思うが、確証は持てない。

 ちくしょう。もし、風太センセになにかあったら、許さないからっ。

「あの小僧、殺ったのか?」

 魔子をかついで歩きながら、暁が誰にともなく聞いた。

「ううん。その必要はないでしょ?」

 答えたのは麝香院。いつのまにか、脇を歩いている。

「ふぉんふぉなんふぇふょうふぇ」

 ほんとなんでしょうね? といいたかった。

「あら、あの男のことを心配してるの? 自分がどうなるかもわからないのに、お優しいことねぇ」

 麝香院が笑った。

「あいつはただの中学生。調べはついてるわ。そんなの殺したってしょうがないでしょう? 万が一つかまったとき、罪が重くなるだけだし。あいつにできることなんて、せいぜい警察に連絡することくらい。仮にそうされてもなにも問題ないし、そもそもできるかしら? だって、あなたをここに連れだしたのは他ならぬ彼だしね。警察だって、共犯だと思うに決まってる」

 それを聞いて、魔子は愕然とした。風太にそうしてくれるよう頼んだのは他ならぬ自分なのだ。

「ふぁんふぇ……」

 なんで、あなたたちがそれを知ってるわけ? そういいたかった。

「不思議? ちょっとあいつの体に盗聴器を仕込んでおいただけよ。財布をすり取るより、はるかに簡単」

「おい、しゃべりすぎだよ」

 ジュベールが口をはさんだが、麝香院はけらけら笑う。

「べつにいいじゃない。どうせなにもできないんだから」

「ふぁふぁふぁ……」

 あなたたちは誰?

 魔子は麝香院を睨む。

「あたしたちが誰か知りたいの? 残念ながらそれは秘密なんだなぁ。それとも生きて帰れなくなってもいいの?」

「ふぉふふぇふぃふぁ……」

「ん? 目的はなにかって聞きたいの?」

 魔子はうなずく。

「それも秘密。っていうか、そんなたいしたもんでもないけど、時間がない。あとで教えてあげるわ」

 いつの間にか、公園を抜けていた。細い通りには白いセダンが停まっている。目立たないようにか、高級車ではなく、どちらかというとオンボロの。

「さっさと入れるタイ」

 西郷が運転席でなにか操作すると、後ろのトランクが開いた。

「あなたの席はそこよ」

 暁にトランクの中に放り投げられる。

「ちょっとの間、我慢してね。アジトに着いたら、たっぷり可愛がってあげるから」

「ち、くだらねえこといってんじゃねえ」

 暁がばたんとトランクを閉めた。

 真っ暗闇。しかもこんな狭いところに閉じこめられ、ふつうの小学生の女の子なら、それだけで泣きだしそうだ。

 ぜったい泣いてなんかやらない。

 魔子はそう決心した。半分意地だ。

 でも、なんとかしなくっちゃ。なんとか。

 まずこの後ろ手で縛られた体勢をどうにかすべきだ。

 そう考え、両手を尻の後ろから前にすべらせる。そのまま膝の後ろまで持ってきた。

 あとはなんとか両足を、手の間に入れて……。

 手足も細く、人一倍体が柔らかい魔子は、なんとかそれができた。

 その結果、拘束されたままなのはかわらないが、両手は後ろではなく、前にもってこれた。これだけでも自由度はぜんぜんちがう。

 スマホかケータイを持っていれば、このまま通報するだけだが、あいにくそんなものは持っていない。

 車のエンジンを掛ける音。そして振動。

 まずい。出ちゃう。

 そのとき、トランクの床からわずかな灯りが漏れているのに気づいた。よく見てみると、小さな穴が開いている。直径一センチにも満たないような穴だ。車ボロすぎ。

 でも、こんな穴があったって……。

 車はゆっくりと動き出す。魔子は焦った。

 なんとか、……なんとかしなくっちゃ。

 そ、そうだっ!

 魔子の頭に名案が閃いた。

 ポケットからさっきコンビニで買った柿ピーの袋を取り出す。

 袋を破ると、柿の種を一個取り出した。

 それを床の小さな穴に押しこむ。

 お願い、気づいて、風太センセ。

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