3
離しなさいよっ!
魔子はそう叫びたかったが、口に押しこまれた猿ぐつわのせいで、もがもがと意味不明の音が漏れるだけだった。
できるかぎり暴れてやりたかったが、後ろ手で縛られ、けっ飛ばそうとしたら、すぐに足首にもロープを巻かれた。
そのまま大男、たしか暁とかいっていたやつにかつがれ、連れ去れていく。
風太センセはだいじょうぶなの?
さっき、麝香院とジュベールとかいうやつらにやられていた。刃物とかは使ってなかったみたいだから、たぶん死んではいないと思うが、確証は持てない。
ちくしょう。もし、風太センセになにかあったら、許さないからっ。
「あの小僧、殺ったのか?」
魔子をかついで歩きながら、暁が誰にともなく聞いた。
「ううん。その必要はないでしょ?」
答えたのは麝香院。いつのまにか、脇を歩いている。
「ふぉんふぉなんふぇふょうふぇ」
ほんとなんでしょうね? といいたかった。
「あら、あの男のことを心配してるの? 自分がどうなるかもわからないのに、お優しいことねぇ」
麝香院が笑った。
「あいつはただの中学生。調べはついてるわ。そんなの殺したってしょうがないでしょう? 万が一つかまったとき、罪が重くなるだけだし。あいつにできることなんて、せいぜい警察に連絡することくらい。仮にそうされてもなにも問題ないし、そもそもできるかしら? だって、あなたをここに連れだしたのは他ならぬ彼だしね。警察だって、共犯だと思うに決まってる」
それを聞いて、魔子は愕然とした。風太にそうしてくれるよう頼んだのは他ならぬ自分なのだ。
「ふぁんふぇ……」
なんで、あなたたちがそれを知ってるわけ? そういいたかった。
「不思議? ちょっとあいつの体に盗聴器を仕込んでおいただけよ。財布をすり取るより、はるかに簡単」
「おい、しゃべりすぎだよ」
ジュベールが口をはさんだが、麝香院はけらけら笑う。
「べつにいいじゃない。どうせなにもできないんだから」
「ふぁふぁふぁ……」
あなたたちは誰?
魔子は麝香院を睨む。
「あたしたちが誰か知りたいの? 残念ながらそれは秘密なんだなぁ。それとも生きて帰れなくなってもいいの?」
「ふぉふふぇふぃふぁ……」
「ん? 目的はなにかって聞きたいの?」
魔子はうなずく。
「それも秘密。っていうか、そんなたいしたもんでもないけど、時間がない。あとで教えてあげるわ」
いつの間にか、公園を抜けていた。細い通りには白いセダンが停まっている。目立たないようにか、高級車ではなく、どちらかというとオンボロの。
「さっさと入れるタイ」
西郷が運転席でなにか操作すると、後ろのトランクが開いた。
「あなたの席はそこよ」
暁にトランクの中に放り投げられる。
「ちょっとの間、我慢してね。アジトに着いたら、たっぷり可愛がってあげるから」
「ち、くだらねえこといってんじゃねえ」
暁がばたんとトランクを閉めた。
真っ暗闇。しかもこんな狭いところに閉じこめられ、ふつうの小学生の女の子なら、それだけで泣きだしそうだ。
ぜったい泣いてなんかやらない。
魔子はそう決心した。半分意地だ。
でも、なんとかしなくっちゃ。なんとか。
まずこの後ろ手で縛られた体勢をどうにかすべきだ。
そう考え、両手を尻の後ろから前にすべらせる。そのまま膝の後ろまで持ってきた。
あとはなんとか両足を、手の間に入れて……。
手足も細く、人一倍体が柔らかい魔子は、なんとかそれができた。
その結果、拘束されたままなのはかわらないが、両手は後ろではなく、前にもってこれた。これだけでも自由度はぜんぜんちがう。
スマホかケータイを持っていれば、このまま通報するだけだが、あいにくそんなものは持っていない。
車のエンジンを掛ける音。そして振動。
まずい。出ちゃう。
そのとき、トランクの床からわずかな灯りが漏れているのに気づいた。よく見てみると、小さな穴が開いている。直径一センチにも満たないような穴だ。車ボロすぎ。
でも、こんな穴があったって……。
車はゆっくりと動き出す。魔子は焦った。
なんとか、……なんとかしなくっちゃ。
そ、そうだっ!
魔子の頭に名案が閃いた。
ポケットからさっきコンビニで買った柿ピーの袋を取り出す。
袋を破ると、柿の種を一個取り出した。
それを床の小さな穴に押しこむ。
お願い、気づいて、風太センセ。
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