くそ、くそ、くそ。

 風太は吐き気を堪え、ふらつく足で無理矢理立ち上がりながら、スマホをまさぐった。

 さいわい壊れてはいなかった。

 警察。まずそう考えたが、ほんとうに通知していいのか?

 やつらは当然、巣豪杉家に電話するだろう。目的が身代金かなんかは知らないが、魔子の命が惜しければ警察には連絡するなというはずだ。

 俺が勝手に警察に連絡していいのか?

 わからなかった。判断はあの家に任せたほうがいいかもしれない。

 だったらどうする?

 風太は、やつらが向かった方向に走った。足はもつれたが、そんなことはいっていられない。通りに出れば、それなりに人がいるはず。

 だが、公園から出たすぐの通りは裏通りで、暗い上に人通りはほとんどなかった。ここに車を止めていて、中に連れこんだとしても気づかれないだろう。表通りはここから数十メートル離れている。

 とりあえず、そっちに向かったはずだ。

 風太はそう判断し、表通りまで出る。しかしこっから先はどっちに行ったか見当がつかない。目撃証言を当たるにしろ、どんな車に乗っているのかわからない以上、聞きようがない。

 くそ。どうする? 追う方法があるのか?

 考えた。スマホの電波を追うなんてことは、風太にはできない。だが、あの家なら?

 巣豪杉家ならそれくらいできても不思議はない気がしたが、やっぱりだめだ。やつらはスマホなんて取り上げて、電源を切っているに決まっているし、そもそも魔子はスマホを持っているのか?

 外出する機会もなければ、同年代の友達もいない魔子は、たぶん持っていない。持っていれば、風太に番号くらい教えていたはずだ。

 それにジュベールが最後にいっていたように、風太は巣豪杉家からは、共犯と見なされるにちがいない。なにをいっても信用されないだろう。

 そこまで考えて、つららのことを思い出した。ということになると、とうぜん、つららも共犯と見なされる。

 まずい。

 とにかく、状況だけでも知らせないわけにはいかない。風太はつららのスマホに掛けた。

 でない。でない。……早く出ろ。

『はい、つらら』

「俺だ。風太だ」

『おう、どうだ? お姫様とのデートは?』

 それどころじゃねえっ!

「……まずいことになった。さらわれた」

 風太はついさっき起ったことを、一部始終つららに報告する。

「どっちにしろ、あいつらはそっちの家にコンタクト取ってくるはず。魔子を人質になにかを要求するはずだ」

 そうなったら、おまえの立場は悪くなるが、なんとかしてくれ。こっちはこっちでせいいっぱいだ。

「また、連絡する」

『おい』

 切った。

 なにか手がかりを探せ。なにか……。

 風太は表通りから、いったんさっきの位置に戻った。

 あいつらが公園から出た位置から考えて、車はこのへんに止めてあったはずだ。

 タイヤ痕は?

 見つからなかった。ただでさえ暗い上、そんなものは急ブレーキを掛けるか、急発進でもしなければ、そうそう道路に残りはしないだろう。

 遺留品は? なんでもいい。

 おそらく車を止めてあった場所にはなにもない。

 そこから表通りに向かって、なにか落ちていないか、目を皿のようにして探す。

 ん? あれは?

 街灯のそばになにかが落ちていた。風太はそこにむかって走る。

 そこに落ちていたのは、ひと粒の柿の種だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る