その瞬間、参加者たちの行動はすっぱりふたつに別れた。

 ひとつはなにが起こったのか理解できずに、動くことすらできないやつら。そっちが圧倒的に多い。

 数名だけが動いた。それも電光石火のスピードで。

 まず風太が動いた。柱の前にある木刀めがけて。

 だが、あのいかにも動きのとろそうな学ランダルマが、黒い風のように飛び出すと、木刀をよこどりする。しかもご丁寧に残りの木刀を外に投げすてやがった。

 風太が、座った位置がまずいと思ったのはこのせいだ。遠かったのだ、武器から。

「きえええええええ!」

 ダルマが手にした木刀で、一番近くにいた風太に襲いかかる。

 しかしそれが風太の頭をかち割ることはなかった。そばにあった机を盾にしたからだ。思ったとおり、その座り机は軽い上に丈夫で、木刀の直撃でも割れはしない。

「む?」

 風太の行動は予想外だったらしい。目つきが変わる。開いていたかどうか定かではなかったちっこい目がぎらぎらと燃えまくり。

「君、やるタイ」

 うおおおお? ほんとにそのインチキ臭いマンガ九州弁を使うのか、おまえ? ほんの冗談だったのに。

「死ぬタイ」

 風太の心の中のつっこみに反応するかのように、ダルマは上段に振りかぶった。

 ぶおおおおん。

 突如、ものすごい音が横から鳴り響き、風太は反射的に身を伏せた。

 それは丈だった。細長い丈はおろおろしていたやつら数名に命中。

「ふんぬうううう」

 そのまま、そいつらをからめとり、場外にはね飛ばした。

「わははははははは。ホームラン!」

 そう叫んだのは、髭筋肉。丈はこいつの手に落ちたらしい。

 ひゅんと風を切る音とともに、分銅が目の前を通りすぎる。それはダルマの顔めがけて飛んでいった。

「無駄タイ」

 だが、ダルマはそれを木刀ではね返す。それが風太の顔面めがけて飛んできた。

「ぐわあああぁ?」

 それをとっさにかわしたのは、日ごろ、つららのむちゃくちゃなつっこみ(というか、空手技)をかわしつづけた訓練のたまもの。

「チャンス、タイ」

 しかしくずれた体勢を狙ってダルマが斬り込んできた。

 や、やべっ。

 ばっきいいいいん。

 ダルマは木刀をふり下ろすことができなかった。それどころか、のけぞっている。よく見ると、つららの蹴りがダルマの顔面に命中している。つららの必殺跳び蹴りだ。

「馬鹿。油断すんな、風太」

 いや、べつに油断したわけじゃないんですが……。

 俺はおまえみたいに強くはないんだよ!

 ひゅあん。

 また風切り音。分銅がつららの顔面に向かう。

 まさに顔面に直撃せんとした瞬間、つららは真横からそれをつかみ取った。

 すげえええ。おまえ、人間かよっ!

「やるわね、あなた」

 そのみょうにエロい声の主は、爬虫類女。鎖鎌はこいつの手に落ちたらしい。

「はん。分銅さえ掴んじまえば、こっちのも……」

 そういいかけたつららは前につんのめる。鎖を思い切り前に引かれたらしい。

 しゃおおおおおん。

 体勢のくずれたつららめがけて鎌が飛んでくる。ぐるんぐるんまわりながら。

 ぐさっ。

 鎌は突き刺さった。といってもつららにじゃない。風太が持ち上げた机にだ。

 風太には回転して飛んでくる鎌を掴むなんていう超人的なことができるはずもないが、机で盾にするくらいならなんとかなる。

「こしゃくな!」

 女が前に出る。たぶん、突き刺さった鎌を取りに。

 だが、つららのほうが速かった。爬虫類女のふところにもぐり込むと、走り込んだいきおいを乗せて胸に肘打ちを突き上げる。

 おまえ、殺す気か!

 だが、それはよけいなお世話だったらしい。爬虫類女は、いつの間にか肘でブロックしていた。

 なに、この超人武芸大会?

 膠着状態になったのか、ふたりははじけるように分かれる。その瞬間、爬虫類女の右回し蹴りが顔面に炸裂。

 と、思いきや、つららは右側に側転するように手をついた。その逆立ち状態から蹴り。

 カポエラかよっ!

 だが爬虫類女はその奇襲攻撃すらかわした。

 起きあがり、体勢をととのえながらあきれかえるつらら。

 不敵に笑う爬虫類女。

 ええっと、かっこつけてるけど、タイトミニでまわし蹴りすると、スカートがずり上がるんですが……。わかってる? 同様にミニスカートで逆立ちしても……。

 早い話が、パンツ見えるぞ、おまえらっ!

「危ない。風太、後ろ」

 つららの叫び声にとっさにふり返ると、丈の先が飛んできた。

 体が勝手に反応して、それをかわしていた。

 どうやら、つららに鍛えられた反射神経と動体視力は、けっこう馬鹿にならないものらしい。

 もちろん、突いてきたのは、髭もじゃだ。

「やるな、小僧」

 髭もじゃは今度は払ってきた。足もとを。

 反射的に跳ぶ。

「かかったな、小僧」

 髭もじゃは丈を振り上げる。そんなもの空中でかわせるはずもない。

 だが、風太の体はなぜか上に持ち上がった。おかげで、丈は空を切る。

「なんだとおおお?」

 叫ぶ髭もじゃ。っていうか、なにが起こってるのか自分でもわからねえ。

 上を見ると、あの優男のフランス人(?)が梁の上に登っていた。

 忍者かよっ!

 こいつが風太の襟首を掴んで引っ張り上げたらしい。

「毛唐が!」

 髭もじゃは丈をそいつめがけて突きつける。意外にも優男はそれをひょいとかわし、逆につかみ取った。

「助かったよ」

「おっと、礼をいうには早いよ」

 そいつは風太を髭もじゃめがけて投げすてた。

 丈は掴まれているし、身動きは取れない。風太の両足は髭もじゃの顔面に上から炸裂。

 風太はさほど重くはないといっても、五十キロ近くはある。それが上から降ってきたなら、普通ならぶっ倒れるはずだ。しかしこいつは倒れない。逆に風太がふっとばされた。

 不死身かよっ!

「復活タ~イ」

 死んだはずのダルマがむくむくと起きあがってきた。

 ゾンビかよっ!

「邪魔だ!」

 髭もじゃはダルマを張り手一撃で粉砕。しかしダルマはころころと転がると、起きあがった。

「負けんタ~イ」

「うがあああああああ!」

 髭もじゃがぶち切れたようだ。ちょっと気持ちわかるかも。

 なぜかダルマじゃなくて、風太のほうに向かってくる。

 俺かよっ! 怒りはダルマにぶつけろよ。

「それまでっ」

 突然かかった号令の意味がわからなかった。それは髭もじゃも同じらしく、突進の勢いを止めない。

 うおおおおお? 絶体絶命だろ、俺?

 そう思った瞬間、髭もじゃの体がふわりと浮いたかと思うと、床にたたきつけられた。

 っていうか、板が割れて、床にめり込んでるんですけどっ!

 そのすぐ脇に立っていたのは、試験官の若奥さまだった。どうやら、手にした箒で髭もじゃの足を払ったらしい。

 武器だったのかよ、それっ!

「それまでって、いったでしょ?」

 ん? それまで、ということは、一次は合格か?

 残っているのは、風太以外では、つららにダルマ、爬虫類女、それに梁の上にはフランス人。最後にのされた髭もじゃは失格か?

 と思いきや、ばりばりと板を突き破って、髭もじゃ復活。

 って、その前に質問。この若奥さま、髭もじゃをこんな目に合わせるとは、ひょっとしてめちゃくちゃ強い?

 だが、奥さまはなにごともなかったかのようにいう。

「はい、じゃあ、ここにいるメンバーが一次試験合格者ね。おめでとう」

 奥さまは天使のように笑った。

「というわけで、自己紹介してもらいましょう。じゃあ、あなたから」

 奥さまが指さしたのは、まず髭もじゃだった。

「俺か? 俺は紅の傭兵、暁三四郎あかつきさんしろうだ」

 紅の傭兵? なんだよっ、紅って。しかも傭兵? 日本で? っていうか、なんでここにいる?

 まあ、暁三四郎ってのも、つっこみどころ充分なはずの名前なのに、そんなものどっかにふっとんだ。

「ちなみに覆面プロレスラーだったこともある。最終学歴は東京大学医学部卒だ」

 まだつっこんでほしいのか、おまえはっ!

「すばらしい。いえ、経歴は履歴書でわかってましたが、嘘偽りなさそうですね」

 こいつのどこを見て、嘘偽りなさそうって思ったんだ?

 しかし奥さまは、笑顔で惜しみない拍手を送る。

「じゃ、次はあなた」

 ご指名は爬虫類女。

「あたしは麝香院麗華じゃこういんれいか。IQ300。忍者の末裔よ」

 おまえもつっこんでほしいのかっ!

「最終学歴は京都大学理学部大学院博士課程」

 博士かよ……って、もうそれくらいじゃ、驚かないぞ。

「空手二段。合気道三段。水泳と体操ではインターハイ優勝経験あり」

 ははは。

「ちなみに男には興味がないわ。好きなのは女。とくにかわいいロリータ系が好み。さらにいうとあたしはSよ」

 なにがなんでも、つっこませたいのかよ、おまえはっ!

「はいはい。経歴どおりですね。がんばってください」

 ちょっと待て。あんた、自分の娘をレズでSでロリータ好きの女に引き渡すつもりなのかっ?

 生徒は小六女子。ぜったいこの女だけは避けたほうがいいような気がするんだが。

 しかし奥さまはそんなこと気に求めないといった表情でつぎをうながす。

 指名はダルマだった。もう、つっこんでなんかやらないんだからな。

「おいどんは西郷左門さいごうさもんですタイ」

 つ、つっこんでなんか……。

「学歴は現在定時制高校に在学タイ。昼間は親の遺産を元手にデイトレーディングやマルチ、競馬の予想、喧嘩や野球の助っ人で金を稼いでいますタイ。なんせ、三十人もの兄弟を養わんといかんですタイ」

 つっこんでなんかやるもんかっ!

「そういえば、最近は借金の取り立てもやってますタイ。どんなに払いたくないと思ってるやつでも、ちょっとおいどんがなでてやれば喜んで差しだしてくれるので、楽ちんタイ」

 俺の家にはぜったいにくるなよっ!

「はいはい。がんばって高給取りになって、ご兄弟に楽をさせてあげてくださいね。じゃ、つぎ」

 指名されたのは風太を武器がわりに髭もじゃに投げつけた白人。

「ワタ~シの名前、アラン・ジュベールといいまっす」

 おめえ、さっきは流暢すぎる日本語しゃべってたじゃねえかっ!

「ははは。ほんとはふつうにしゃべれます」

 だから知ってるって!

「なぜなら、日本語の他に、英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、スペイン語、イタリア語、中国語、アラビア語が話せる語学の天才だからです」

 へえええ、そうですか。

「一見、フランス人のように見えますが、じつは日本人です。いえ、国籍だけの話ではなく、先祖代々の生粋の日本人。外人顔は整形です」

 な、なんだってぇええええええ!

「ほんの冗談です」

 殺すぞ、おまえっ!

「ほんとはやっぱりフランス人。ついでにソルボンヌ大学卒です。よろしく」

 それにしてもこいつらの経歴って異常すぎだろうが。そういうやつばかり選んだにしては、俺とつららだけ普通すぎないか?

 そう思っていると、奥さまはついにつららを指名した。

「あたしは木枯つらら。優勝館学園中学一年生。実家は空手道場。一見、さえない道場のようでいて、そのじつ超実戦空手だからこその少数精鋭。あたしはそこの二段。ちなみに同じ二段でも、そこらの寸止め派や、顔面なしのフルコンタクト相手なら、たとえ百人でも勝てる」

 うおおお。すげえ自信だな、つらら。っていうか、ぜったいハッタリ混じってるだろ?

「ちなみに、あたしの親父は若いころ、わざわざ北極いってシロクマを倒した」

 つらら、おまえまで、つっこませる気かぁああああ!

「あたしもツキノワグマなら倒したことがある」

 いつだよ、いつっ! はじめて聞いたぞ、そんなこと。

「ちなみに、制服の上にまで空手着を着ているのは、いつでもどこでも空手家だという意識の表明だ。我が流派、血の掟でもある」

 嘘をつけっ! 嘘を。って、……ほんとなのか、それっ!

「はいはい、すばらしいですね。じゃあ、自己紹介も終わったことですし……」

「ちょっと待てえええ!」

「ふふ。そんなに叫ばなくても冗談ですよ。興梠風太くん。でも、わたしとしてはあなたに一番興味があるかも。だって、履歴書を見た限りでは、普通の中学生でしかなかったはずなのに」

 普通。そうだよな。名門進学校にトップ合格。自分じゃすげえと思ってたけど、ただの一般人じゃねえか。

 風太の中で、自信が音を立ててくずれていく。

「で、あなた、ほんとは何者です?」

「は?」

 ほんともなにも、裏なんかなにもねえよ。

「わたしの目は節穴ではありませんよ」

 奥さまの眼鏡がきらんと光る。

「一次試験の内容に一番早く気づいたのはあなたです。その証拠にもっともすばやく武器を取りに動きました。西郷さんに先を越されたのは、距離の問題にすぎません。どうしてわかったんですか?」

「どうしてって……、最初は筆記試験だろうって思ってたけど、不自然だろ、こんなところでやるの? おまけにこれは新築の建物だったし、つまり、この試験のために建てられたってことだ。そう思ってあたりを見まわせば、あちこちに武器がある。しかもつららがいうにはここは武道場ではありえないらしい。さらに盾になりそうな机。押し出されればすぐに外にたたき出されそうな構造。戦意をなくせば逃げ出すのも簡単。だったら、真っ先に思いつくのは、バトルロイヤル。相撲のように外に出し合い、残ったやつが勝ち。しかも武器使用無制限。きっとそれが試験内容だと思った」

「すばらしい」

 奥さまは惜しみない拍手を送る。

「なるほど、あなたは名探偵さんでしたか?」

 な、わけねえだろっ! ってか、そんなやつ、マンガか小説の中にしかいねえよ!

 などと、雇い主になるかもしれない人にいえるはずもなく、風太は同じ内容のことをきわめてソフトにいった。

「まあ、いいでしょう。もっとも、あなたが一般人でないのは、とっさの攻撃を人間離れした反射神経でかわしたことからも明らか。あなたの正体は二次試験以後の楽しみにとっておくとしましょう」

「二次試験?」

「ええ、そうです。とりあえず、場所を変えましょう。向こうの体育館に」

 奥さまはそういうと、率先して歩きだした。

 体育館。すくなくとも二次も筆記試験ではないらしい。

 参加者たちはぞろぞろとあとを追う。

「おい、つらら。さっきのハッタリはなんだよ。シロクマだ? おまえがツキノワグマを倒したって?」

 風太は他の連中に聞かれないように、こっそりといった。

 まあ、他の連中が濃すぎて、つい対抗したくなったのはわからんでもないが……。

「ハッタリじゃない。ほんとのことだ。空手家は熊を倒して一人前って古来より決まってる」

 マジかよっ! 空手家ってそんなに過酷なのか?

「べつにいいだろ? おまえにいってなかったことくらいあるさ」

 つららは口元にいたずらっぽい笑みを浮かべる。

「覚えとけ。秘密のひとつやふたつあって、はじめていい女なんだ」

 風太はすでにここに来た当初の理由を忘れかけていた。

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