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「お城かよっ!」
それが巣豪杉家を見たときの、風太の第一声だった。
あれから一週間、書類審査合格の通知をもらった風太は、つぎの日曜日、すなわちきょう、書類に明記された地図を頼りに現地にやってきたのだが、その外観に圧倒された。
まず屋敷のまわりにある塀。高さ三メートルほど。しかしそれはブロック塀でもフェンスでもなく、石垣だった。しかも今、正門の前に立っているが、両サイドの角まではるか彼方。
いったい外周何メートルあるんだよっ!
と、つっこまずにはいられない長さだ。しかも塀越しに見える建物は大きさといい、形といい、ほんとにお城のようだ。屋根には鯱まで乗っかっているではないか。もっとも背はそれほど高くはないようだが。
こんな建物が、家から自転車で三十分程度のところにあるなんて、風太はちっとも知らなかった。
「なんかすげえな」
後ろからなじみの声が聞こえた。ふり返ってみると、案の定、つららだった。こいつも書類審査に受かったらしい。
「ってか、おまえ、きょうもその格好かよ!」
いつものセーラー服の上に空手着。
「中学生が制服できて、なにが悪い。おまえだって学ランじゃないか」
「いや、おまえのは制服じゃないからっ」
まあいい。これでライバルがひとり減った。っていうか、こいつの場合、最初から受かる気ないらしいから、いいのか、これで?
「そんなことより、さっさと入ろうぜ。びびってんじゃねえぞ、風太」
背中をぱしーんと叩かれる。
たしかに、ちょっとびびっていたかもしれない。風太は気を取り直して肯いた。
まさに城門のような正門をくぐると、「家庭教師試験会場」という文字と矢印が書いてある立て札があり、それにしたがって歩いていく。
敷地内から見る光景には、さらにあきれかえってしまう。中央にどどんとそびえる城は外から想像したとおりだが、そのまわりにはだだっ広い空間が広がっていて、ゴルフ場のような芝生があるかと思えば、花園のような花壇、さらに池すらある。塀に沿った外周には並木が立ち並んでいる。かと思えば、テニスコートやらプールもあるし、離れには体育館と武道場のようなものまで存在していた。
風太とつららは順路にそって、石畳の上を小屋のようなところに向かって進む。どうやらそこが試験会場らしい。もっとも小屋といっても、学校の教室よりはすこし広いくらいの面積はありそうだ。切り妻の瓦屋根。柱は木製で壁はなく吹きっさらし。もっともけっしておんぼろ小屋でないのは、近くまで来るとよくわかる。木は白木で、どうやって雨を防いでいるのか知らないが、染みひとつない。床はつややかな板張り。マンションのフローリングなんかよりずっと美しい。その上にはまるで寺子屋にでも並ぶような座り机の列。すでに来ていた先客が何人か、くつろいでいた。
「ようこそ。試験会場へ」
入り口に待機していたのは、ビラ配りをしていたメイドさんだった。
この建物に似合わねえ!
っていうか、普段もこの恰好をしていたのか? てっきりビラ配り用のコスプレかと思ってたのに。
「靴はこちらで脱いで、お上がり下さい」
いわれるがままに靴を脱ぐと、数段分の木の階段を上る。床は地面よりちょっとだけ高い位置にあるのだ。
「ねえ、ここって雨降ったらどうすんの?」
メイドさんになれなれしい口調で聞くのは、つららだった。
「さあ、なにせできたてですので」
なるほど、そういわれてみれば、露出している木部がこんなにきれいなのもとうぜんだ。ここ数日雨は降っていないから、ひょっとしてまだ雨にさらされたことが一度もないのかもしれない。
「へええ。新築ねえ」
つららはみょうに感心した声を上げると、ようやく階段を上がってきた。
もっとも風太の関心は、今ここにいるライバルたちだ。ざっと見わたしただけでも、ひと癖もふた癖もありそうな連中であふれている。
まず目についたのが、どう見ても家庭教師というより武道家かプロレスラーのような体格をしたごつい男。四角くいかつい顔に、顔半分を覆う髭。服装はタンクトップにジャージ。ある意味、つらら以上に外見に気を使っていない。
おまえ、ぜったい来るところまちがえてるだろ?
そういいたくなるが、みょうに侮れない雰囲気だ。
さらに金髪に青い眼という明らかに白人の若い男がいた。しかも優しげな美形。服装は白いシャツに紺のスラックスだが、シャツにはみょうにぴらぴらがついてる。ネクタイはしていない。なんとなくだが、アメリカ人っぽくはない。イメージは……フランス人?
生徒がどんな女の子か知らんが、その子に選ばせたらこいつを選ぶかもしれない。
ダルマのように太った学ラン男もいた。丸顔に坊主頭で丸めがね。「勉強だけは誰にも負けんタイ」なんて台詞が死ぬほど似合いそうな男。さすがに中学生ってことはない。高校生だろう。
女もいた。身長百七十以上はありそうで、腰までのロングヘア。顔は整っているが、どこか爬虫類的な冷たさを感じさせるあまり関わりになりたくない類の美女。年は二十五歳前後か? ベージュの女性用スーツだが、シャツは黒の開襟で、胸元が強調されている。
あとはわりと地味な面子だった。制服姿の高校生。大学生風の若者。スーツ姿の中年。その他もろもろ。
そいつらの目がいっせいに風太に集中する。ライバルの値踏みをするのは向こうもいっしょらしい。
もっともそれは長くは続かなかった。はっきりいって、風太の見た目は良くも悪くも普通。常識内、まあ家庭教師としては若すぎるという点を除けばだが。みな興味を失ったらしい。
かわりにつららに視線が集中した。まあ、たしかに、セーラー服に空手着なんて世にもめずらしい格好の上、それがみょうに様になっている。只者でないと思われたのかもしれない。もっとも当のつららはどこ吹く風だ。仮にも武道家が、このあからさまな視線に気づいていないはずもないので、心臓に毛が生えてるだけだろう。
っていうか、変だろ? なんか。
これって、ほんとうに家庭教師の試験に集まったメンバーか?
まあ、時給が時給だから、ぎらぎらしてんのはわかるとして、なんかちがうくねえか?
そう思いつつ、風太は空いている席についた。つららはその隣に来る。
その後も何人かやってきたが、地味な面子ばかり。その間、髭は座禅を組み、ダルマは文庫本で読書、白人はスマホで音楽を聴き、爬虫類女はやはりスマホでネットを回覧しているようだった。
まあ、全員ライバルなわけで、なれ合う必要もない。試験直前の準備をするにしても、一次試験がなんなのか知らされていないから、やりようがない。
「なあ、一次試験ってなにやると思う?」
隣のつららが、こそっとつぶやく。
「まあ、常識で考えれば、学科試験とかじゃないのか?」
風太はそういいつつ、自信がなくなりつつあった。城みたいはお屋敷といい、面子といい、常識が通用しないような気がしないでもない。
とはいえ、ある程度の人数をふるいに掛けるには、ペーパーテストが手っ取り早いし、学力の判定は絶対に必要だろう。それに机がある場所を試験会場に選んでることからも、その可能性が高いはず。
「ふ~ん? そもそもこの建物、普段はなにに使ってんだ?」
つららはどうでもいいことを口にした。
だが、まあたしかに疑問ではある。机が並べられてはいるが、今どき座り机なんてめずらしいし、壁がないような建物だ。デスクワークに向かないのはまちがいない。
そもそも床が板張りの広い部屋なんて、洋間のリビングルームか、体育館、講堂、あとは武道場くらいしか思いつかない。
そういう目でこの部屋を観察してみると、はじめて気づいたことがあった。
隅の柱の前には木刀掛けが置かれていて、そこには三本の木刀があった。さらにべつの隅っこには丈、すなわち二メートルくらいの木の棒が置かれてあり、べつの柱には鎖鎌が掛かっていた。
さらに天井はなく、木の梁がむき出しになっているが、その位置はかなり高く、木刀を振りまわしても当たることはなさそうだ。
「たぶん武道場だろうな」
だが、つららはその答えに満足していないようだ。
「神棚がない」
それって武道場には必ずあるものなのか? そういえば、つららの家の道場にはあった。
つららは自分ちの道場以外にも、出稽古とかで行くことがあるのだろう。違和感を覚えるとすれば、ここは武道場ではないのかもしれない。たしかに、外から丸見えの武道場というのは変だ。っていうか、ここで剣道や空手の稽古をしたら、しょっちゅう外に飛び出してしまうだろう。床と地面は一メートル近く段差があるのでかなり危険なはず。
そもそもここは新築? さっきあのメイドさんがそういったな。
風太の頭の中で、推理が駆けめぐる。
そうか。ここはきょうの試験のために建てられたんだ。
なんのために?
ひょっとして試験内容になんか関係あるんじゃないのか?
そこまで考えが及ぶと、いやな予感がした。
ま、まさか?
なんとなく風太の中でつじつまが合う。ひょっとして今自分はとんでもないところにいるのではないか?
もしそうだとすると、この位置はよくない。
風太は机を拳で軽く叩いてみた。固い。かなり頑丈そうだ。しかもちょっと持ち上げてみて、軽いこともわかった。
これは……そのためなのか?
「なにやってんだ、風太?」
つららがあきれ顔で見る。
「つらら、落ち着いて聞け」
風太はつららにあることを耳打ちした。
「……マジか?」
「たぶんな」
そのとき、ふんわり栗色の長い髪をたなびかせ、ひとりの女性が上がってきた。机が全部埋まってることから考えて試験官だろう。
三十歳くらいだろうか? 成熟した魅惑的な体をしていて、豊満なバストはブラウスからはち切れそう。パーフェクトな曲線を描いた脚はミニのタイトスカートからはみ出ている。顔は優しげで子供っぽく、それだけ見たら二十歳くらいに思えてしまう。黒縁のトンボ眼鏡がみょうに似合っていた。
しかし、その手にはなぜか格好に不釣り合いな竹箒が握られていた。
しかもなぜか、柄がかなり太い。
「みなさん、お待たせしました。みなさんに受け持ってもらう生徒の母親、
彼女は天使のような優しげな笑みを浮かべた。
「では、一次試験の内容を説明させていただきます」
まわりにいっせいに緊張が走る。
だが、風太はべつの意味で緊張していた。もし、俺の考えが正しければ……。
「一次試験は、殺し合いで~すっ」
とたんにざわめいた。
「といっても、ほんとに殺しちゃだめです。その手前でやめてください。武器は自前のもの、ここにあるもの、なにを使ってもけっこう。外に出たらその時点で失格。ギブアップも失格。意識を失っても失格。わたしが止めというまで続けてください。残ってる人が一次試験通過です」
やっぱりかよっ!
「棄権したい人、今すぐ外に逃げだしてください」
誰も逃げ出さなかった。たぶん、時給につられて残ったわけじゃない。ほとんどのやつらは、あまりのことにどうしていいか、わからないのだ。
「誰も棄権しませんね。じゃ、始めてくださ~い」
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