四話 他力本願マン

 ————夜。まんまるお月様が顔を覗かせる時間帯。


 僕らは今、街の外にいる。もちろん依頼のために。

 わざわざ夜にでてきた理由は簡単だ。

 今日のメシ代だけでも稼がないと空腹がやばい。


「最近街周辺にゴブリンが出現するようになったので群れを殲滅してこい、か」

「儂は構わんがアキトはええのか? ゴブリンは単体ならば然程さほど脅威にはならん。じゃが、群れとなると話は別じゃ。知能は低いがなかなかどうして連携が取れておる故に駆け出しの人間にはちと厳しいんじゃないかの?」

「僕もそう思うよホントに」


 なら何故こんな依頼をチョイスしたのかって思うだろう。

 これ以外選択肢が無かったんですね、ええ。


 たとえば——とある貴族の身辺警護。衣食住付きで一ヶ月。有能であれば延期もあり。

 おいしい依頼だが、貴族を警護する以上やはり冒険者としてそれなりに有名であり、かつ信頼がないと受けられなかった。


 他には子捨ての森に生える『チギリダケ』を取ってこいとか、冬眠から覚めた——今の季節はどうやら春——『イキリグマ』の撃退又は討伐などなど。


 子捨ての森は普通に遠すぎるので却下。イキリグマとやらは調べてみると超危険生物——二、三頭で小さな村を全滅させるぐらいのヤバさだった。洒落にならん。


 要するに優れた身体能力を持つわけでも、圧倒的な魔力を保有しているわけでもない、ごくごく普通——呪われてはいるけれど——の少年には無理な依頼ばかりだったのだ。


 エリーは「任せい。イキリグマなんぞこの儂が撫でてやれば首がもげる程度の魔物のじゃ。一殺いちころというやつじゃ」とか言ってたけど遠慮した。色々ツッコミたい事もあるけど放っておく。


 お言葉に甘えても良かったのだが、ここで頼ってちゃ他力本願マンになりそうだったから今回は僕一人でやらせてしいと言った。

 まあ最悪ヤバくなったら助けてねとは言っておいたけれど。


「しかし見当たらないなあ。夜だし寝てるんじゃないの?」

「ふむ。今日でなければ寝ている可能性もあったじゃろうな」

「明日とか昨日とかなら寝てたって事? 何で?」

「魔物は満月の夜に活性化するのじゃ。魔神族は新月の夜に活性化する。これは覚えておいた方がよいぞ」

「ちょ、説明遅くない?! 僕丸腰なんだけど!! ねえ、これ絶対僕殺されるパターンだよね??」

「かっかっか。儂がおる。安心せい」

「……」


 結局他力本願マンになりそうだった。







——————


————


——


 目の前には闇。真っ暗な空間が、どこまでも広がっていた。


 自分の体を確認する。

 うん、見える。しっかりと見える。

 光源はわからないけれどもここは真っ暗な場所らしい。


 僕はこんな所で何をしてるんだろうか。

 というかここは何処なのだろうか。


 空を見上げてみるが、星もなく、さっきまでいたまんまるなお月様も姿を見隠している。


『察しが悪いなあ。僕は僕として僕が恥ずかしいよ』


 突然、声が聞こえた。

 ちょっと何言ってるのかわからないんですけども。


『僕は死んだじゃないか。思い出しなよ。ははっ! 情けない死に方だったよ? ゴブリンにタコ殴りにされてさ』


 ゴブリン……?

 ゴブリン!! そうだ! 僕は確かゴブリンの殲滅の依頼を受けて……


「って誰?」

『ホント、察しが悪いなあ……』


 心底呆れたような声と共に僕の前に姿を現したのは『僕』自身だった。

 それは、とても冷たい目をした『僕』。鏡で見ていた僕とは、まるで印象の違う『僕』だった。


「えっ」


 驚く僕をよそに、『僕』は続けた。


『さあ、本題に入ろう。あなたは死にました。コンティニューしますか?』

「ちょ、待て待て! 疑問が多すぎるって! まず君は誰なのさ! てかここは?!」

『質問が多いなあ。現段階で答えられる質問はここが何処か、だけ。ここは僕の世界。何人たりとも侵入を許さない、呪いにより生まれた僕だけの世界。僕が誰なのかなんて僕が一番知ってるだろうに。ま、思い出したきゃ沢山死ね』

「…………」


 もう何が何だかだった。


『さあ、質問タイムは終わりだ。もう一度問おう。あなたは死にました。コンティニューしますか?』

「し、します」

『ふっ。じゃあ行ってらっしゃい』


 『僕』が微笑み手を振る。


 瞬間、視界がぐにゃりと歪み次第にブラックアウトしていく。


 ……これが無限コンティニューの能力なのだろうか。







——


————


——————


「お……ろ」


 遠くで声が聞こえる。


「おい……お……る……じゃ」


 僕は目を閉じていたようだ。目を開けると目の前にはエリーの顔があった。


「おい、起きろ。何をゴブリンにやられとるんじゃ。情けない男め」

「お、思ってた以上にゴブリンが強くて……ってゴブリンは?」


 体を起こし周りを見渡すが先程まで僕を囲んでいた十五、六匹のゴブリンの姿はなかった。

 代わりに謎のクレーター——深さ二メートル弱、直径三メートルぐらいだろうか——が無数に出来ていた。

 辺りにはゴブリンが装備していた剣や鎧や盾の残骸が散乱していた。……ご察しである。


「しかし本当に蘇るとはのう。アキトの呪いは本物じゃったようじゃの。しかも唯の呪いではなさそうじゃ。この儂でも一切干渉が出来んほどには、な」

「うーん、エリーがどのレベルで凄いのか分かんないからイマイチ呪いのヤバさがわかんないんだけど」


 僕のイメージじゃあ七千年生きた吸血鬼の幼女だし。まあこの戦闘痕を見れば何となくヤバさはわかる気もするけれど。


「かっかっか。まあいずれ分かるじゃろ」


 機嫌を損ねたかなと思ったけど、何故か少し嬉しそうだった。うーん七千年生きた乙女の心は複雑なのかもしれない。


「そんな事よりアキト、お主…………違和感は無いのか?」

「えっ? 何急に? 僕、なんか変?!」


 今更気付いたけど体に痛みはなく寧ろ不思議と力が湧いていた。

 拳を握っては開いてを繰り返しながら自分の体を隈なくチェックする。

 大丈夫、問題ない。問題ない……よね?


「いや、何でも無いわい。それより街に戻って報告するとしよう。殲滅は終わったし、の」

「そ、そだね……」


 僕は何もしてないけどね。


 そんなこんなで初仕事を終えて街に帰ることにした。

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