ホワイトあるいはスパイダーウェブ、あるいは
ジェイムズの銃口から、白い硝煙がたなびいている。愕然とした表情でヴォルカニックが振り返った。
「てめえ、なんでここに……」
その肩から、どくどくと血が流れ落ちている。怒りが満面に広がり、血管がこめかみに浮き出ていた。
「ダリウス・ホワイト州保安官の捜査のためだ。彼が非合法な捜査と……私的に重大な犯罪を犯そうとしていることを突き止めに来た」
ジェイムズが進み出る。その背後から、クラウドたちも。
「抵抗するなよ」
噛んで含めるように言い、クラウドがヴォルカニックに七〇口径を超える“ドリーマー”を突きつけた。
「ジャスティスくん! 何を言う、私はあくまで、正義感に基づいて調査のためにここに来ただけだ」
咎める口調で、ダリウス。ジェイムズはきっと彼をにらみつけた。
「今の話、聞かせてもらったぞ! あなたは保安官になるため、この男を利用したそうじゃないか。しかも、あなたがここに来たのはサンディから無理矢理情報を聞き出したためだろう! その上、彼女……メリンダを利用して、悪魔の銃を凶暴化させようと!」
まくし立てるジェイムズの隣で、きっとレイニーが銃をダリウスに向けている。ダリウスは手を挙げ、銃を天に向けて見せた。
「それもこれも、全ては皆のためだ。結果を見たまえ、このイレブンスターは西部では他に類を見ないほどの犯罪率の低さを誇っている」
「そのために何人のアウトロウを犠牲にしてきた!?」
「アウトロウが何人犠牲になろうと、構うものか? 彼らはザ・ロウに認められた人間ではないんだ。それとも君は、連邦保安官でありながらザ・ロウに疑いを持つのか?」
ダリウスが、じっとジェイムズの顔を見やる。息をのんでから、言葉を続けた。
「その上、連邦保安官でありながら、君はアウトロウを釈放したのか? なぜ彼らと一緒に居る?」
「あなたと同じですよ。連邦保安官として、彼らと司法取引をした。あなたが行っている悪事を……アウトロウを利用しての殺人教唆、脅迫、収賄……その他の犯罪を暴くために協力してもらったのです」
「私は、一般市民には何ら危害を加えていない。すべて彼らを守るために行っていたことだ」
「そのためだったら、あたし達がいくら犠牲になっても良いって言うの!?」
耐えきれず、サンディが叫ぶ。怒りで顔が赤く染まっていた。
「そうだとも。アウトロウどもめ、神に見放された罪人に、私が情けをかけるいわれなどない」
「あんただって、悪魔の銃を持っているじゃないか! 自分自身がアウトロウのくせに、何を言ってやがる!」
クラウドがヴォルカニックに銃を向けたまま、狼のように叫ぶ。
「私は特別でなければならないのだ。人々は愚鈍で、怠惰で、何よりも惰弱だ。私が、私が守らなければ!」
「何を……ッ!」
ジェイムズが銃を向けたままうなる。足下に伏せたヴォルカニックが、がらがらと笑った。
「あれが奴の本性さ。久々に銃を抜いて、秘めていた欲望が溢れだしたみてえだな……奴はな、昔からそうだった。他人を自分の食い物としか考えちゃいないんだ。あいつの興味は、いかに大きな巣を張れるかってことだけさ……無数の人間を巣に引っかけて、糸でぐるぐる巻きにして、それを眺めて観賞したいんだ。それが奴の欲望よ」
「黙れ、愚か者」
ダリウスが叱咤するように言った。
「せっかく私が導いてやったというのに、その恩を返すどころか仇で報いるとはな。貴様なんかに期待すべきではなかった。貴様も、貴様も、貴様ら全員だ!」
ダリウスの叫び。利用しようとしたものに手を噛まれるだけでなく、危機に追い込まれている。彼はヴォルカニックも、ジェイムズも、サンディも、メリンダも、一様に罵倒していた。
「ここで終わらせてやる。間違いを全て正す。私はこんな所で終わるわけには行かないのだ……貴様達と違って!」
「だが、この状況をどうする?」
ジェイムズが銃を向けたまま、聞いた。その隣では、レイニーも狙撃銃をダリウスに向けている。ダリウスがどちらかを撃っても、その間にもう一方が引き金を引くに違いない。
「抵抗は無意味だ。岩に背中を預けて、銃を下に下ろせ」
ジェイムズは指示を出した。
だが、ダリウスは笑っていた。それは教本通りのジェイムズの指示を嘲るのではなく、勝利を確信した、他人を見下した笑みだ。牙のように突き出した岩に背中を預けて。ゆっくりと銃を下ろしていく……だが、地面に降ろすのではなく、その銃口を自分の胸に向けた。
「……ダメ! レイニー、撃って!」
ハッとしたようにサンディが叫んだ。
「ああ!」
レイニーも、狙撃手の勘じみた悪寒を感じていた。瞬間、思い出したように引き金を絞る。
飛び出した弾丸は、極めて正確にダリウスの掌へと飛ぶ。
「もう遅い!」
だが、一瞬早く、ダリウスが引き金を引いた。
どん、と音を立て、ダリウスは自らの胸を撃った。
「あいつ、なに考えてやがる!」
クラウドが驚愕に目を見開く横で、サンディが首を振った。
「あれはダメなの! 黒い金は、血に触れたら……」
「最後の解放は、人の血によって行われる! 悪魔に血を捧げるのだ、欲望のために!」
口から血を吐き出しながら、ダリウスが叫んだ。胸には自分の銃が穴を開け、右手はレイニーの銃弾によって粉々に砕けている。ぼとりと、その場に銃が落ちた。それでも、ダリウスは哄笑を上げ続けた。
「神よ、見放したもう! 私はあなたに挑戦するぞ!」
ダリウスが背中を預けている岩……知られざる金属の塊が、ゆっくりとうごめいた。巨大な影のようなそれの表面にびしりと亀裂が走り、漆黒の闇が噴き出す。
「野郎、悪魔の銃に取り込まれるぞ!」
ヴォルカニックが叫ぶ。
「どういうことだ! あれは一体何なんだよ!」
拳銃を向けたまま、クラウドが声を上げる。血を流す肩を押さえながら、ヴォルカニックは絶望的に呻いた。
「悪魔の銃の研究報告の通りだ。悪魔の銃に知られざる金属と使用者の血を捧げることで、銃は使用者を取り込むんだ。いわば、人間を媒介にして悪魔の姿を取り戻す……」
苦しげに息を喘がせるヴォルカニック。ダリウスの姿は、すでに漆黒の闇に包まれ、悲鳴とも歓声とも区別がつかぬ叫びを上げていた。
「取り込む……まさか、ハートブレイクが言っていたのはこういうことだったのか」
驚愕の表情。考える間もなく、クラウドはその闇の中心に向けて撃った。
巨大な弾丸が闇の中心に突き刺さる。かと思った瞬間、何かが闇の中から飛び出した。
「やったか!?」
ジェイムズは叫ぶが、飛び出した何かは、虫のように、別の岩の上に飛び乗った。弾丸ではじき出されたのではない。それをかわしたのだ。
「考えてみれば、私の人生は……いや、誰の物でも、人生は全て、繭のようなものだ。人間は繭の中に閉じこもったまま一生を終える。繭を形作るのは神が作った法だ。だが、私は違う。繭を破り、今ここに生まれ変わった!」
それはダリウスの声で叫んだ。そして四本の腕を空に掲げて歓喜の声を上げた。
「何……何、あれっ!」
サンディが悲鳴を上げた。それは……保安官だったものは、異形の姿になりはてていた。
もともと細かった体はさらに絞られたようになり、骨が浮き出るほど。だが、骨は浮き上がっては居ない。代わりに闇が体じゅうに張り付き、彼のコートを黒い金属のように硬質化させていた。頭の帽子が皮膚と一体化し、奇妙に頭頂だけが白い。まぶたを失ってむき出しの目がぎらぎらと赤く光っていた。
何よりも奇妙なのは、その背中を突き破って新たに生えた二本の腕だ。その腕には肘がふたつあった。異様に長く、その先端にはぽっかりと穴が空いていた。まるで、銃口のように。いや、アウトロウであるクラウドには直感で知れた。それはまごうことなく銃口だった。
「ガストン、君は私のことを、蜘蛛のように粘ついていると言ったな。それは正しい評価だ。私は蜘蛛のように抜け目なく、そして賢い!」
びゅう、と奇妙な銃声が響いた。ダリウス・ホワイトだったもの、ダリウス・スパイダーウェブだったものの背中にある銃が、弾丸を放ったのだ。
「避けろ!」
反射的に、クラウドはサンディの体を抱いて横に飛んだ。ジェイムズはダリウスがしたのと同じように横に飛び、地面に伏せる。レイニーは素早く、岩の影に隠れた。
放たれた弾丸は、網となって彼らが居た場所を捕らえた。動けなくなったまま、その場に残ったヴォルカニックごと。
「ぐあ、あぁああ!」
ヴォルカニックが悲鳴を上げた。網は彼の体を包む。ダリウスの背中から生えた銃は奇妙にうごめきながらびゅうびゅうと糸を吐き出し、ヴォルカニックを絡みつけた。ちょうど、蜘蛛の巣にかかった哀れな昆虫をそうするように。
「ガストン、君は私の役にたってくれたが、それ以上に私を侮辱した。今、ここでその代価を支払いたまえ」
ずるりと、糸が引かれた。白い糸の塊になったヴォルカニックの巨体が、軽々と引き寄せられる。ずるり、ずるりと、ヴォルカニックが岩の上に立つダリウスによって引っ張り上げられていく。
「やめろ! やめてくれ! おれは、そんなつもりじゃない! ちょっと、どうかしてただけなんだ! あんたに逆らうなんて……」
わめくヴォルカニックが、怪物となったダリウスの足下へと運ばれた。すとんと岩から降りると、岩につり下げられたヴォルニックに、告げた。
「やめろだと? 私に命令するのか?」
4本の腕が、ヴォルカニックを抑えこむ。ダリウスは彼の耳元へ顔を寄せ、低い子でで言葉を続けた。
「答えはノーだ。私はザ・ロウから解き放たれた。全て、私のやりたいようにする。これからは私が法だ。州保安官など、ばからしい。今から大統領を殺して、私がその代わりになる。正義や国や法に奉仕するなど下らない。これからは全ての国民、全ての正義が私のために奉仕するのだ!」
「やめろ! やめ……」
わめき散らすヴォルカニック。その声に不快感を表したかと思った直後、ダリウスはその首筋に噛みついた。
「きゃっ……!?」
地に倒れたままのメリンダが悲鳴を上げる。ヴォルカニックの頸動脈を、ダリウスが噛み切り、盛大な血飛沫が上がる。
「く……く、ふ、っはははは! 最後の最後で役にたったな! お前の血が私の力になるぞ!」
血飛沫を浴びながら、ダリウスは哄笑を上げた。恐怖の表情で動かなくなったダリウスを貪るように、四本の腕がその腹を突き破る。ばり、と男の体を引き裂き、内蔵に食らいつく。
その背から、ぶちぶちと音を立てて新たな腕が生えた。今度は、先ほど生えた一対の腕よりも太い。そして、その脚にはいくつもの穴が並んでいた。……ヴォルカニックのガトリングと同様に。
「あ……ああ、そんな。神よ……」
人間が人間を食らう凄惨な光景に、修道女は気を失って倒れ伏した。
「メリンダ!」
ジェイムズが駆け出した。が、少女の元に辿り着く前に、びゅうと銃声。放たれた網が、ジェイムズの脚を地面に縫い止めた。
「ぐ、あっ!」
ジェイムズはつんのめり、倒れる。しかし果敢にも騎兵銃を向け、ダリウスに向けて撃つ。
その弾丸はダリウスの体に命中した。命中したが、がん、と硬い音を立てて、硬質化した皮膚に弾かれた。
「馬鹿な……!?」
生身に銃が徹らない……それが、銃に生きる男達にとって、どれだけの驚愕だろうか。
「悪魔の力を得た私を、そんな銃で倒せると思っているのか? ジャスティス……君は後回しだ。せいぜい、もがいていろ」
ダリウスがもう一度、網を放った。それはジェイムズの銃を捕らえ、背後の岩に縫い付ける。
ジェイムズは両足を地面に、利き手を岩に捕らえられたまま、足下の網を引きはがそうとした。しかし、それは先ほどヴォルカニックの銃を絡めたときよりも太く、強い。いくら引きはがそうとしてもさらに複雑に絡みつく。
そうしている間に、ダリウスはヴォルカニックの死体から顔を上げ、倒れた修道女に目を向けた。
「メリンダ! やめろ、やめるんだ!」
「そこで見ているんだな」
そして、ダリウスはびゅう、と網を放った。倒れ伏したメリンダへ向けて。あっという間に、白い糸が修道女の体を包み込んだ。
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