悪魔の眠る場所

 ブルースターから列車に揺られて一日。馬で半日。夜半についた村に泊まってまた一日。

 かつてはサンディら野の人々が暮らしていた集落があった地は、すっかり荒れ果てていた。木々や地面に弾痕が残り、破れた天幕や割れた生活用品が生々しい。人が住まなくなってまだ数日しか経っていないのに、真昼の日差しに照らされてなお、薄暗く感じられる。

 メリンダはその光景に空恐ろしいものを感じ、ぶるっと背筋を震わせた。彼女が乗る馬も、不安げに耳を伏せている。

「これは、一体……?」

 そのたてがみを撫でてやりながら、我知らず呟いていた。

「部下が取った調書によれば、この集落にいた部族は全員、ヴォルカニックとその部下によって殺されたそうだ」

 馬に乗って前を行くダリウスが答えた。白い帽子を押さえて、周囲を見回している。

「それでは……ここに落ちている弾丸を調べれば、彼が何人もの人を殺したことが明らかにできるのでは?」

「うむ……確かに、彼が野の人々を殺したことの証明にはなるだろうな」

「そのためにここまでいらしたのですね。ついに、ヴォルカニックの犯罪の証拠を……」

 メリンダの細面に喜色が浮かぶ。保安官補もつれず、自分と二人だけでここまで来た目的を、道中でダリウスは一度も話さなかった。だが、その目的が極秘捜査だったと分かって、不安が氷解したのである。

「いや、そうではない」

 ダリウスが馬の脚を止め、メリンダを振り返った。その顔から表情が消えたように、のっぺりと白く見えた。あまりにも無機質な目が、修道女を見据えている。

「そうだな、なぜヴォルカニックの弾丸を探さないのかから話そう。それは、彼が野の人々を殺した証拠を見つけたからと言って、彼が犯罪を犯したことを証明できないからだ」

「なぜですの? 人を殺して……」

「野の人々は、私が守るべき州民ではないからだ。彼らはザ・ロウや州規則に従って生きてはいない。だから、イレブンスターの州民でもなければ、合衆国民でもない。彼らはアウトロウなのだよ」

 のっぺりした表情のまま、ダリウスが続ける。それは、彼が保安官として生きるために必要な冷酷さを全て凝縮したような顔だと思えた。

「では、無法者が野の人々を何人殺しても、保安官は彼らを守られないのですか?」

「その通りだ。いわば、荒野でタカがウサギを殺したのと同じ。我々が介入するような問題ではない」

 メリンダの眉がきゅっとたわんだ。誰かに助けられることもなく命を失った野の人々のことを思うと、胸が締め付けられるように痛んだ。

「……せめて、彼らの魂が安らかに眠れるよう、祈ってもいいですか?」

「彼らは、死んだ後の魂は大地に受け入れられると信じているそうだ。だが、ザ・ロウは君のその行いを禁じてはいない。好きにしたまえ。我々がここに来た目的は、後で話そう」

「……はい」

 メリンダは両手を合わせ、ゆっくりと祈りの言葉を口にした。

 祈りを終えて、むき出しの岩肌を進む。やがて、ぽっかりと穿たれたような洞窟が現れた。

「あの娘が言っていた通りなら、この洞窟を抜けた先に鉱脈があるはずだ。では、我々がここに来た目的を話そう」

 洞窟の中は馬に乗ったままでは進めそうにない。ふたりは馬を洞窟の入り口近くの木に繋ぎ、歩き始めた。

「その前に……覚えているね。私が君を救った。君だけでなく、君の弟や妹たちを。私がそうしなければ、彼らは今生きていることはなかった」

「……はい」

 明かりを掲げながら、メリンダは頷く。彼の言うとおりだ。今の孤児院が存続しているのは、間違いなくダリウスのおかげである。彼女が無法者を秘密裏に殺すという、聖職者からはかけ離れた所行に手を染めているのも、全てはダリウスの支援を受けて孤児院の弟や妹たちを守るためなのである。

「感謝しているかね?」

「もちろんです。ザ・ロウに誓って、私の全身全霊をあなたの為にお仕えします。ですから、今まで……」

 今まで、彼の命令で何人もの悪党を殺してきたのだ。ずきりと胸が痛んだ。銃の引き金を引く右手が、自分のものでなくなるような感覚。人に向けて銃を撃つときは、いつもそれを味わっていた。

「ならば、私の命令を聞けるね?」

 メリンダはしっかりと頷いた。

「この洞窟の先には、知られざる金属の鉱脈がある。それは、ザ・ロウにすら記されていない、神すらもご存じない金属だ。私は、こう考えている……それは、かつて神に滅ぼされたという悪魔たちの死体ではないかと」

 洞窟の出口が近づいてきた。メリンダはその奥から、息が詰まるような圧迫感を覚えた。巨大な獣に威嚇されているような、無言の圧力。

「神に滅ぼされた彼らは、地下深くに潜り、神自身が滅びるのを待って姿を現すようになった。ただし、今の世界はザ・ロウにより守られている。もはや、神話に現れるような姿を取ることはできない。だから、彼らは姿を変えた。人々がもっとも望むものに……すなわち、もっとも根源的な欲望。安全の欲求、自衛のための力……武器として」

 洞窟を抜ける。周囲は切り立った崖のようになっている。山々に囲まれた中、そこだけぽっかりと穴が空いたような場所だった。まさに秘境と呼ぶにふさわしい。砦もなければ、その洞窟を抜けることが、この場所へ辿り着く唯一の手段だろう。

 そこには、細長く、黒い岩がいくつも突き出していた。つるりとした表面には光沢もなく、まるでそこにだけ日が当たっていないのではないかと思えるほど、ただただ黒かった。牙のような形のその岩は一定の間隔で並び、まるで獣の顎の中に入っていったような景色だ。

「ホワイト州保安官、仰る意味が分かりかねます。一体、何の話をしているのですか?」

 その光景におののきながら、メリンダが胸の前で手を合わせる。

「悪魔の銃は、知られざる金属を求めている。研究資料には、それを取り込むことでより強力な武器へと変化した悪魔の銃の記録が残っている。あるお尋ね者の武器だ。その男は身も心も悪魔となり、悪の限りを尽くしたという。彼はジェリー・ハートブレイクという賞金稼ぎによって殺されたが、そのハートブレイクにもすぐに賞金をかけられた。この事実を知るものを生かしてはおけないからだ」

 じっとダリウスが視線を向ける。親鳥の留守に巣を狙われたひな鳥のように身をすくませているメリンダに、彼は告げた。

「私は、それを知りたい。合衆国が隠している秘密を。そして、その情報を手にさらに上へと昇る。州保安官などで終わるつもりはない」

 そして、ついに命令を口にする。

「君の悪魔の銃を、その鉱脈に捧げるのだ。君が悪魔になる姿を、私に見せてくれ」




 サンディの案内の通りに馬を飛ばす。同じ道を、確かにダリウスとメリンダが通ったらしいことを確かめながら、クラウドたちは急いでいた。

 彼らよりも早い列車に乗っているふたりに追いつくため、必死に急いだ。馬の限界を見極め、夜も走った。そして、真昼。

「見ろ、州保安官の馬だ」

 ジェイムズが前方を示した。馬が二匹、並んで洞窟に留められている。

「おい。こっちはなんだ?」

 レイニーがその隣を示した。一頭立ての小さな馬車が留めてある。何か重いものを乗せていたのだろう、轍が深く残っている。

「……彼らが連れてきたのか? しかし、ふたりは二頭の馬に乗っていたはず……」

 眉をひそめるジェイムズ。が、焦れたようにクラウドが奥を示す。

「それより、この先にあいつらは居るんだろ! 早く行こうぜ!」

「うん。奥からにおいがするよ!」

 クラウドが叫び、明かりのランプをつける。サンディと共に駆け出したので、ジェイムズは呆れながらもその後を追った。

 暗い洞窟を一気に駆け抜ける。出口が見えた時、突如として銃声が響いた。洞窟の出口で鳴ったその音は、まるで獣の遠吠えのように何度も洞窟の中にこだまする。

「何だッ!?」

「シッ、静かにしろ。火を消すんだ」

 声を上げるクラウドを静止するレイニー。銃声の主は、洞窟の出口に、こちらに背を向けて立っていた。

 巨漢の男……ガストン・ヴォルカニック。その両腕には、巨大な銃が構えられていた。大砲と言っても通用しそうなサイズ。銃身をいくつも並べ、輪状に束ねた武器。ガトリングガン。それを左腕1本で支え、右手で後ろにあるクランクを回転させるのだ。恐るべき腕力である。

「久しぶりだなあ、覚えてるだろ。俺様の“ヴォルケーノ”だ!」

 ふつふつとした怒りを滾らせて、ヴォルカニックが叫ぶ。一歩ずつ、巨漢を揺らしながら前に進んでいく。左足の動きはまだぎこちないが、銃を支えることに問題はなさそうだった。クラウド達は洞窟の暗闇に身を隠しながら、外をうかがう。

「……っ!」

 ジェイムズが驚きの声を必死に押し殺したのが気配で分かった。撃ったのはダリウス。撃たれたのは、メリンダの脚だ。修道服に弾痕が穿たれ、赤い血が黒い服を染めている。

「ガストン。貴様……つけていたか」

 ダリウスが静かに言った。白い帽子の影になって、その表情は分からない。

「お前が考えそうなことくらい、おれには分かるさ。五年もの間、組んでいたんだからな。はははっ! お前はいつもそうだったよなあ、面倒な部分を全て他にやらせて、一番美味しいところだけを持っていく! ダリウス・ホワイト、いや……昔の名前で呼んだ方がいいか? ダリウス・スパイダーウェブ!」

 ヴォルカニックがガトリングをダリウスに向ける。

「私がお前を救ってやったんだ。私が居なければ、お前は単なる殺人鬼だった。そのお前に、節度と良識を教えてやったのが誰か、忘れたわけじゃないだろう」

「お前が教えたのは、殺しついでに金を奪うってことだけだろうが! たったそれだけのことで、おれより偉いつもりか!? あのときもそうだった! 列車強盗! 仲間を撃ち殺して、おれの脚を!」

 怒り狂った獣のように叫ぶヴォルカニック。

「その後は、うまくやったじゃないか。私が保安官として、君が悪党の長として、この州を回してきた」

 対するダリウスは無感情にすっくと立ったままだ。

「……どういうことだ?」

 ぽつりと、クラウドが呟く。レイニーが肩をすくめた。

「どうやら、奴らは昔、仲間だったらしいな。ヴォルカニックの銃は派手で人の噂に上りやすい。それをホワイト……いや、スパイダーウェブが隠れ蓑にして、強盗団のリーダーを張っていたというところだろう」

「最後には、仲間を撃って市民の人気を得たわけか。そんな男が保安官になっていたなんて……」

 ジェイムズが青ざめながら呟いた。

「だが、おかげで州の治安は保たれていたんだ。一概に悪いとも言えないな」

「……そんなの、間違ってるよ」

 ぽつりと、サンディ。

「じゃあ、あたしの部族は、あいつらが潰したんだ。みんな殺して……そんなのが、良いことなわけない」

「その通りだ。メリンダも、そのために望みもしない人殺しを続けてきた。……彼らを止めなければならない」

 ジェイムズの決意じみた呟き。クラウドは音を立てず、背中の銃を抜いた。

「……撃つか?」

「いや、今ヴォルカニックを撃っても、スパイダーウェブがどう出るか分からない。せっかくの仲間割れだ、見物させてもらおう」

 レイニーが先を示す。ジェイムズは、胸の前で手を合わせた。

「耐えてくれ、メリンダ……」

 脚を撃ち抜かれた修道女は、痛みに喘ぎながらも、その傷の具合を確かめていた。銃弾は貫通している。骨は砕けていない。何人ものけがを確かめてきたのだ。彼女は自分の体でさえ、冷静に判断できていた。……大丈夫、致命傷ではない。

「ホワイト、様。あの男の話は……」

 修道服を引き裂き、止血のために脚に巻き付ける。地に伏したまま、ダリウスを見上げる。

「本当さ。だが、全ては皆を守るためだよ。悪党だったとき、私は気づいたのだ。単なる悪党のままでは、私の人生はそれで終わってしまう。意味のあることをしなければならない。そう、より多くの人を救わなければ」

「そのために、こいつは何人もの人間を利用して、犠牲にしてきたんだ! 撃ってみろよ、スパイダーウェブ! お前の銃がお前の本性を誰よりも知ってるぜ!」

 ヴォルカニックが叫び、ガトリングのクランクを回す。並んだ銃身が回転し、その一つ一つが一斉に銃弾を吐き出した。

 横薙ぎに飛来する弾丸の群れを、ダリウスは横っ飛びにかわし、腰の銃を抜く。

 リボルバー拳銃だが、銃身が長いロングバレルだ。傷のような模様が全体に走り、遠目には糸が絡みついているかのように見える。

 ダリウスは静かに、伏せた体勢で引き金を引いた。くぐもった銃声と共に飛び出した弾丸は、ヴォルカニックに向けてまっすぐに飛ぶ。それは、空中で突然ほどけ、網のように広がった。白い糸と化し、ヴォルカニックの銃を地面に縫い付ける。

 スパイダーウェブの名の通り。弾丸が網となってヴォルカニックを捕らえたのだ。

「出やがったな、“コブウェブ”! 見ろ、これがお前の本性だ! 蜘蛛みてえに粘っこく他人を絡め取って、そいつの逃げ場所をなくすんだ!」

 ヴォルカニックは叫び、銃を縫い止めている糸に向けて弾丸を放つ。糸がちぎれ、あるいはつなげられた地面を穿ち、力任せにガトリングを構え直す。ガトリングの銃身に糸が絡みつくのにも構わず、ヴォルカニックは銃を振り回した。

「その女で、知られざる金属の成果を試すつもりだったか? はん、気にくわねえ! おれがてめえの策略をぶっつぶしてやる!」

 ヴォルカニックの放つ弾丸の群れが、周囲の岩を砕きながら、コンパスで丸く線を描くようにメリンダに近づいていく。

「……神よ、お許しください!」

 メリンダは咄嗟に銃を抜いた。だが、すぐにその顔には絶望が飛来した。彼女のデリンジャーは二連装。敵の弾丸を弾くのは二発までだ。だが、ヴォルカニックの弾丸は無尽蔵なのだ。

 それでも、メリンダは撃った。飛来する弾丸のうち二発が、メリンダの弾によって逸らされた。だが、すぐに次の弾丸が放たれる。メリンダはぎゅっと目を閉じた。

 そのとき、ヴォルカニックの断続的な銃声に混じって、ひときわ鋭い銃声が響いた。

「ぐうっ!?」

 ヴォルカニックのうなり声。メリンダの眉間を狙った銃弾は、わずかに逸れて彼女のベールを弾き飛ばした。

 プラチナブロンドがはらりとこぼれる。メリンダは驚愕の表情で、目を開いた。

 ヴォルカニックがその場にくずおれ、右の肩を押さえているのが見えた。

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