尋問

 ブルースターに辿り着く頃には、雨はしとしとと降る霧雨に変わっていた。街は水のヴェールをかけられたように、薄く、冷たい水に覆われていた。

 州都と言うだけあって、大きな街だ。外壁まである。道にはレンガが敷かれている。大きな建物がいくつもある……州知事庁舎や保安官事務所、そういった州の中心的な機関が集まっているのである。

「クラウド……」

「静かにしてろ。大丈夫だ」

 背中にもたれてくるサンディを気にしながらも、ジェイムズに連れられて列車を降りる。

 何人かの男が彼らを取り囲んだ。その中心に進み出たのは、長身の、口ひげをきっちり揃えた男だ。体は細く、手足は長い。肉食の虫を連想させるような体型である。革のコートに身を包み、白いハットをかぶっている。そして胸には銀色に輝く星のバッジ。

「ご苦労だった、ジャスティス君。まさか、悪党をひとりも殺さずにここまで連れてくるとは思わなかったぞ」

 固い金属を擦り合わせるような、硬質だが不気味さの混じった声。もはや、名前を聞くまでもなかった。ダリウス・ホワイト州保安官だ。

「きたねえぞ、保安官のくせにアウトロウを差し向けやがって!」

 クラウドは狼のように牙を剥き、何か言わずにはいられない苛立ちをぶつけたるように叫んだ。

「何の話かな? ははあ、さては他のアウトロウから命を狙われたな。今まで自分たちがしてきたのと同じことをされただけじゃあないか」

「おれ達には、まだ賞金はかけられていないはずだろう。アウトロウだって、自分の得にならない奴を狙ったりはしない」

 レイニーも気持ちは同じだ。言い返すことしかできないが、それならせめて言えるだけ言ってやろうという気分だった。

「私が無法者の考えを知るものかね。とにかく、馬車強盗および殺人の罪でお前達を保安官事務所に拘束する」

 バッジを掲げて、ダリウスが宣告する。その後ろを、いかにも関係ありませんよと言うような顔で、修道女……メリンダが通り過ぎて行った。

「ああっ、あの女……!」

 指さそうとするが、手錠が邪魔だ。ダリウスも当然、反応を返したりはしない。

 ジェイムズはいまいちそのことに納得がいっていない表情を浮かべこそしていたが、今はそれよりも重大な問題があった。三人を繋いでいるロープを手渡しながら、ダリウスに囁く。

「ガストン・ヴォルカニックがこの街へ来ました。何を考えているか、分かりません。気をつけてください」

 ちょうど、最後尾の客車から、熊ひげの男が降りてくるところだった。ダリウスは油断なくそちらに目を向けた。

「分かった。監視をつけておこう。教えてくれて感謝する」

 ぽん、とジェイムズを労うように肩に手を置いた。

「光栄です」

「クソッ。インチキ保安官! てめえこそ悪党じゃねえか!」

 クラウドはわめいた。だが、彼の声に耳を貸す者は居なかった。




 クラウドとレイニーはまとめて、保安官事務所の地下牢にぶち込まれた。サンディだけは女だからだろうか、それとも別の理由か、別の部屋に監禁されることになった。

 その後は、事情聴取だ。それぞれが別の部屋に連れて行かれ、畑の中にある小石を探してでもいるかのように、朝から晩まで細かい事を聞き出そうとする。

 その上、クラウドはイスに縛り付けられ、動けない状態である。これでは、事情聴取と言うよりは拷問だ。はじめのうちこそ黙り込んだり、余計なことを言ってはぐらかしたりしていたのだが、やがて疲れて気力が尽きてきた。長引かせても仕方がないと思い立ち、素直に答えることにした。

「なぜ馬車を襲った?」

 保安官補の男が、イスに縛られたクラウドを睥睨している。

「ヴォルカニックの野郎の馬車だと分かってたからだ。ヴォルカニックの馬車からやばいものが見つかっても、やつが他の馬車主みたいに訴えたりはしないだろうと思ったんだよ」

「つまり、自分たちにとってより利益が大きい馬車を狙ったというわけだ。卑劣な悪党め」

 吐き捨てるような口調だ。はなからクラウドの罪を軽くしようとする気などないに決まっている。

 保安官補の手には、砂を詰めて重くした袋が握られている。普通なら、脅しのためだけに使われるものだが……

「なんでそうなるんだよ! ヴォルカニックが犯罪をやめてるわけねえことなんか、みんな分かってるだろ! そこを襲ったって、むしろお前達の代わりに市民を守って……ぐうっ!?」

 まくしたてるクラウドに向けて、保安官補は言葉もなく砂袋を振り上げ、少年の腹を打った。ずしりと重い感触が、腹の中を抉るように響く。

「てめえ、こんなことしていいと、思ってん、のか……」

 吐き気を必死に押さえながら、クラウドは呻く。琥珀色の瞳が、反抗心をむき出しにして保安官補の男をにらみつけた。

「お前が素直な供述をしないから悪いんだ。少し、素直になれるようにしてやっただけじゃないか」

 右手に握った砂袋の感触を確かめるように左手で叩きながら、男は陰湿な笑みを浮かべた。

「これは独り言だから、お前への聴取にはまったく関係ないんだがな。連邦保安官だかなんだか知らないが、あんな若造に俺たちの仕事を奪われて、俺たちが何年も手を焼いてるヴォルカニックの手下を一〇人近くも流れ者のアウトロウに殺されたとあっちゃ、こっちの面子は丸つぶれなんだよな」

「それで、俺に八つ当たりってわけかよ。ざまあねえな」

「もっと素直にさせてやる」

 さらに男が砂袋を振り上げ、クラウドの腹や胸を打つ。

「腹立ち紛れってわけかよ。はん、俺だってお前に追いかけられたかったよ。ジェイムズの野郎より、一〇〇倍は無能そうだからな!」

 クラウドは叫び、手足を動かせない状態での最大の反抗として、赤い舌を垂らした。

「なんだと、てめえっ!」

 保安官補が憤怒に任せてクラウドの顔を打ち付ける。

「っぐ……!?」

 ただでさえヴォルカニックの手下に殴られたせいで顔は腫れているのだ。猛烈な痛みが頭を揺さぶる。

 それだけではない。舌を垂らしていたせいで、ざっくりと歯が舌に食い込む。大量の血が吐血したようにこぼれ、ベストが真っ赤に染まった。

「くそ、いつもなら、顔をけがさせちゃあまずいんだがな。こんなになってりゃ、一発や二発くらい、わからねえだろ」

 興奮で汗を浮かべながら、保安官補は言った。

「だが……クソッ、これじゃあ話は聞けねえな」

 舌を切ったせいでしゃべることもできず、口を開けば血がぼとぼと落ちる状態だ。その相手に尋問じみた拷問を続けることはできず、保安官補はクラウドを牢に戻した。




 クラウドは石組みの地下牢で動く気にもなれず横になっていた。レイニーの尋問はまだ続いているらしく、夜になっても牢には戻ってこない。やがて、クラウドはうとうとと眠りに落ちた。

 眠りながらも、彼の怒りは一向に収まらなかった。夢の中に怒りの原因が浮かんでは消える。

 州保安官でありながら、アウトロウを捕らえるために同じアウトロウであるメリンダを差し向けたダリウス・ホワイト。

 サンディの集落を皆殺しにし、彼女自身を不幸のどん底に突き落としたガストン・ヴォルカニック。

 そして何より、軽薄で浅はかにもこんな状況を作り上げた自分自身。

 口の中に血の味が広がっている。溜まった血を部屋の隅に吐き出したとき、保安官補に連れられてレイニーが戻って来た。

「こりゃ、ずいぶんひどくやられたもんだ」

 牢を出る前よりも傷が増えている様子を見て、レイニーが肩をすくめた。尋問で何が起こったかを、だいたい察したらしい。

 目を覚ましたクラウドは不機嫌ににらみ返すだけだ。口の中が血だらけで、喋れそうにない。

「喋れないのか? ったく……お前の命知らずは良い所でもあるが、死ぬ原因にもなりそうだな」

 クラウドの向かいの壁に背を預けながら、レイニーは肩をすくめる。言ってる場合か、とクラウドは心の中で毒づいた。

「俺の方は、たまたま尋問についた保安官補が女でさ。女でも公的な役職に就けるなんて、ブルースターはずいぶん先鋭的だ。いや、東部訛りがあったから、他の州から来たのかもな」

 クラウドの視線は、雄弁に彼の気持ちを語っていた。「こっちが殴られてるときに、お楽しみかよ?」

「そんな目で見るなよ。今日の所は、手を握っただけだ。でも、困ったことがあった」

 色男には珍しく、ため息が漏れた。

「ヴォルカニックから盗んだ、悪魔の銃に関する研究資料があっただろ。あれが見つかっちまった。今頃は、あのいけ好かない州保安官の所だろうな。まっ、あれがヴォルカニックのところにあったってことは言っておいたから、奴をしょっ引く理由になるかもな」

 別に、ヴォルカニックを道連れに捕まりたいわけではないのだが。レイニーの口調はそう語っていた。

 クラウドは反応をかえすでもなく、ぼんやりと天井を見上げていた。

「どうした、腑抜けちまって。サンディが居ないからか?」

 ぴくりとクラウドの眉が跳ねた。きっとレイニーに狼の目を向ける。

「図星だな。俺が思うに、お前は彼女と会ってから変わったよ。なんていうか、好き勝手やるだけじゃなくて、楽しそうになった。やってることに理由ができて嬉しそうだった」

 クラウドはむっとした。なんだよそれ。俺があの子のために何かしてたってことか?

「前々から言おうと思ってたんだが、お前は自分を動かすのがへたくそなんだよ。お前が、おれより多くの理由を挙げられたことが今までに一度でもあったか? 自分で、なんで自分がそうしたいのか分かってない所がある」

 レイニーは構わず言葉を続ける。

「アウトロウには向いてない」

 クラウドは黙らせようと壁を拳で打った。しかし、普段騒がしいクラウドが黙っている機会を見逃すまいとばかりに、口を閉じはしない。

「すぐ調子に乗るくせに、後であれこれ悔やんだりしてさ。やりたい事が見つかってないくせに、何かをやりたいとは思ってる」

 なんだよ。勝手に俺のこと、分かってるつもりか?

「お前の銃を見れば分かる。いいか、悪魔の銃はな、そいつの欲望に応じて現れるんだ。おれは女をけして傷つけたくないと思ってる。だから、おれの銃弾は決して女に当たらない。お前の銃は……」

 やめろよ。いくら長い付きあいがあるからって、俺を決めつけるな。

「でかいだけだ。人間を殺すにはそんな威力は必要無いんだ。お前の銃はな、何をして良いか分からない奴の銃だ。身の程が分かってないんだよ。その銃で撃たなきゃいけないものなんか、お前にはない。ただ、でかいことをしたいと思ってるだけなんだ」

 レイニーの視線が少年に向けられる。クラウドの瞳が狼なら、その青い瞳は鷹の目だ。高みから獲物を捕らえ、けして逃さない。

「ガキにはよくあるうぬぼれだ」

 クラウドはさらに壁を叩いた。

 だが、レイニーは涼しい顔で首を振った。

「だから、お前にはサンディが必要なんだ」

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