無法者の修道女

 静かに、夜が更けた。

 クラウドとレイニーはやはり手足を縛られたまま、町の診療所へ連れていかれた。ふたりとも、命に関わるケガではないと診断され、簡単な治療を受けた。レイニーは肩、クラウドは顔に包帯を巻かれた。

 列車が町に辿り着くのは明朝だ。ジェイムズはアウトロウどもから銃を没収し、町の宿にある窓のない部屋に繋いだ。

「妙な気は起こすなよ。その体で逃げられると思うな」

 悪党どもに告げて、彼自身はその部屋の扉にもたれかかって毛布にくるまった。

 別の扉の前では、メリンダが同様に扉の前に膝をつき、手を書の形に合わせて祈りを捧げている。彼女が陣取る扉の中には、野の人々の少女が繋がれているはずだ。

「お手柄ですわね。すばらしい戦果ですわ」

 祈りを追えたメリンダが、そっと笑みを向けた。

「君は……」

 ジェイムズは何か言葉を返そうとして、言葉に詰まった。この修道女に聞くべきことが山ほどあった。ひとつひとつ、どの質問を最初にするべきか検討する。その間、メリンダは言葉の続きを急かすでもなく、ほほえんだまま次の言葉を待っていた。

「君は、ホワイト保安官の命で僕を助けに来たんだったな」

 ようやく選び終えた質問を、クラウドは口にした。

「ええ、仰る通りですわ」

「君は、保安官補デピュティなのか?」

 連邦保安官であれ州保安官であれ、普通、部下として保安官補がつくものだ。ジェイムズは特例で任命されたこともあり、比較的自由な身の上なのでひとりだが、一州の治安を任されているダリウス・ホワイトには、十人以上の保安官補がついているはずだ。そのひとりを、彼は助っ人として派遣したのだろうか?

「いえ、違いますわ。私的な助手……と言った所でしょうか」

 しかしメリンダはその問いを否定し、どこか悲しげに視線を伏せた。

「それは……君がその銃を持っているから、保安官補に任命できないのか?」

 彼女の来ている修道服……その裾の下には、小さな銃があるはずだ。中折れ式の小型拳銃。明らかに普通の品物ではなかった。飛び来る弾丸を、その銃が弾丸で弾き飛ばしたのだ。

「やっぱり、気になりますか?」

 メリンダの紫の瞳が、そっとジェイムズをうかがっていた。そのとき、ジェイムズははたと気づいた。女性の脚をじっと見つめるなんて。

「い……いや、失礼。でも、それは……」

「悪魔の銃です」

 視線を逸らし、しどろもどろになるジェイムズの横顔に、ぴしゃりと平手を打ち付けるような答え。

「銘は“プロテクション”……護身用の銃ですわ。すごく近づいて撃たなければ、滅多に当たりませんもの」

「だが、僕の弾丸を弾き飛ばした」

「……気づいておられましたか」

 彼女にとって、あまり気づかれたくない部分だったのだろう。メリンダは目を伏せたまま、修道服の上から腿に触れた。細い足のラインが修道服の黒い布地に浮かび上がる。ジェイムズは思わずどぎまぎして、帽子を深くかぶって顔を隠した。

「この銃は、ご覧になったとおり、撃たれた弾丸を弾き落とす事ができます。弾丸が届く前に私が撃たなければ、意味がありませんけれど」

「悪魔の銃は、想像もつかないようなことができるんだな」

 ジェイムズは思わず天を仰いだ。連邦保安官になったからには、そういった連中を相手に立ち回らなければならないのだ。

「でも、そうだ、おかしいじゃないか」

 そうしてから、ふと新たな疑問にぶち当たった。

「いや、失礼、おかしいというのはぶしつけな言い方だった。だが……アウトロウは神とザ・ロウに背を向けたから悪魔の銃を手に入れるはずだろう。それなのに、君はそんな格好をして……変装、なのか?」

 問いかけに、メリンダはわずかに眉間を寄せた。やはり、聞かれたくない部分なのだろう……だが、ジェイムズは質問を取り消したりはしなかった。彼女のことを確かめずにはいられないと思ったからだ。

 アウトロウでありながら聖職者の格好をした彼女のことを知ることで、自分がアウトロウと戦うということに、何か新しい意味を見つけることができるのかも知れないという予感があった。

「……そう、と言うしかありませんわね」

 しばしの思案の後、メリンダは答えた。

「どういうことだ?」

「わたくしがこの銃を手にしたのは幼い頃でした。わたくしは孤児でした。教会に付属した孤児院で、多くの兄弟たちと共に育ちました」

 ぽつぽつと、メリンダが話し始めた。その間、両手は祈りの形に合わせたままだ。まるで懺悔するように……いや、それは間違いなく懺悔だった。

「孤児院は寄付で成り立っているものです。その孤児院には、多くの方が援助をくださいました。おかげで、わたくし達は、普通の家の子よりもずっと良い服を着て過ごすことができました。なぜそんなにたくさんの寄付が頂けたのか、おわかりになりますか?」

「いいや」

「援助をしてくださった方々は、その見返りに、孤児院の子供を好きにすることができたのです」

「なっ!?」

 ジェイムズは驚愕の声を禁じられなかった。

「それは……それは、法に反することだ。金で子供を買うなんて……教会でそんなことが……許されるはずがない!」

「孤児院が存続するためには、必要なことだったのです」

 祈りの形を崩さず、メリンダはゆっくりと息を吐いた。ようやく話す決心がついたとばかりに、吐いたぶんより多くの息を吸い込む。

「あるとき、わたくしにもその順番が回って参りました。ある旦那様が、わたくしをお部屋に呼んで、首に縄をかけたのです。前から一度、首を絞めながらしてみたかったと。

 わたくしは、今まで育てられたのですから、もしここで死んでも、頂いた命のこと、仕方ないと思いました。ですが、どうしても気になることがあって、旦那様にお聞きしました。もしそれでわたくしが死んだらどうなさるのかと。旦那様は、『来月には別の子供の首を絞めるさ』と仰いました。そのとき、わたくしは、どうしてもそれだけは止めなければと思って……」

 懺悔が続く。ジェイムズは頭が真っ白になって、何も言えなくなっていた。ただ彼女の白い横顔を見つめていた。

「気づいたら、わたくしの手の中にこの銃がありました。それで、わたくしは旦那様を……。それからは、孤児院への支援は全てなくなりました。わたくしのせいで。わたくしは何度も神に懺悔しました。毎日、祈ったのです」

 そのときのことを思い出してか、メリンダの頬に涙が伝っていた。ジェイムズはその涙をぬぐうこともできない。してはならないとすら思えた。

「そのとき、教会にホワイト州保安官が教会にいらしたのです。裁かれるときが来たと思いました。跪いて、わたくしはどうなっても構わないから、弟や妹たちが生きていけるようにして欲しいと願いました。

 ダリウス様は、わたくしを許してくださいました。罪を償うためには、法のためにこの銃を使うしかないと仰ったのです。わたくしは、この銃を手にしたとき、激しく後悔しました。でも、今ではこの銃のおかげで法を守ることができるのです」

「それで……君は、悪党と戦うようになったのか?」

「戦う、といった類のものではございませんわ。近づいて、油断したところを撃つだけです。もちろん、正式な保安官補ではありませんから、ダリウス様に密命を受けて……」

 ジェイムズの痺れた頭が徐々に正気を取り戻しはじめた。それでは、ダリウスは連邦に秘密でアウトロウを使って悪党を殺していることになる。ブルースター州が不自然なまでに治安がいい理由の秘密をのぞき見てしまった気がした。だが、それは悪いことなのか? 保安官がアウトロウを使うなど、もちろん法に反する行為だ。だが、それで悪党が倒されている。そうしなければメリンダは捕らえられていたし、彼女の兄弟たちは飢え死んでいただろう。

「……悪魔の銃は、その使い手の欲望に応えて生まれるものだと聞いたことがある」

 混乱しそうになりながらも、必死に嗜好をまとめてジェイムズは呻いた。

「君の銃は、誰かを守るための銃だ。……君はアウトロウだが、優しい人だ」

「ジェイムズ様も、お許しくださるのですか?」

「はっきり言って、分からない。法に従って、僕は君を捕らえるべきなのかも知れない。だが、そうしたくないんだ。……少し、混乱している」

 帽子を押さえるジェイムズ。メリンダは申し訳なさそうに頭を下げた。

「……ごめんなさい、つまらない話を聞かせてしまって」

「いいんだ。でも、少し考える時間をくれ」

 ふたりは互い違いに並んだ部屋の扉に背中を預けたまま、それから一言もしゃべらなかった。向かい合うことも、背中を向けることもできた。だがジェイムズは、その微妙な距離のまま、一夜を過ごした。




 煙突からもうもうと黒煙を噴き上げる列車が、汽笛を鳴らしながら駅へ走ってくる。複雑な機械をいくつも組み合わせ、どんな馬よりも早く、大きく、強い、文明の証とでも言うべき鋼鉄の塊。

 ジェイムズはアシュトンのことを思い出して複雑な思いに駆られながら、手錠同士をつなぎ合わせた三人の悪党を進ませる。彼らの手綱を握ったまま、最後尾にいるレイニーに銃を突きつけている。

 一番前にはクラウド。間にサンディを挟んで、生身でも恐ろしい彼女を封じているのだ。

「乗るんだ」

 機関車のすぐ後ろにある檻車……中に檻のある車両に向けて、三人を進ませる。彼らの馬も、シルヴィアと一緒に後ろの車両に運ばれているはずだ。

「チッ。向こうに着いたらどうなるんだ?」

 おとなしくしていれば良いものを、茶色の髪の少年……クラウドが振り返る。その頭にはいまだ包帯が巻かれ、痛々しい様子だ。

「処遇はホワイト州保安官が決める。君たちの罪を洗い出して、ザ・ロウと州規則に基づいて裁いてくださるさ」

「やれやれだ。こうならないように気をつけて来たんだがな」

 レイニーが空を仰いで、やれやれと息を吐いた。

「善良な市民の馬車に手を出すから、天罰が下ったんだな!」

 横合いから、がらがら声。巨漢のガストン・ヴォルカニックが、片足を引きずるようにして歩いてきた。その回りには、何人かの手下がついている。

「感謝するぜ、連邦保安官様。俺様の手下……じゃなかった、部下たちを殺した悪党を捕らえてくれてな。お礼におれさまのねぐらに入り込んできたことは忘れてやるぜ」

 ヴォルカニックが機嫌よさげに大きな体を揺すって笑う。

 その目が、乗り込もうとする悪党どもを順番に睨め付ける。一番前のサンディが、大男を見返し、その顔を引きつらせた。

「……あ、あっ!」

 サンディが身を縮め、きゅっとクラウドの背に掴まった。

「動くな!」

 ジェイムズが叫ぶ。だが、様子がおかしい。サンディはクラウドの背にしがみついて、小刻みに震えていた。

「あ……暴れるつもりはねえみたいだぜ」

 クラウドも面食らった様子だ。ひとり、ヴォルカニックだけが笑っていた。

「この娘っこもこいつらの仲間なのか? しかし、野の人々がなんだって悪党どもと一緒に居るんだ?」

 ヴォルカニックはもう脅しは十分だというように、視線を悪党どもから連邦保安官に移す。

「答える義務はない。何をしに来た? まさか、僕が彼らを連行するのを止めに来たんじゃないだろうな?」

 ジェイムズは大男のひげ面をきっとにらみ返した。ヴォルカニックはわざとらしく、それを恐れるようなふりで両手を上にあげて見せた。

「違う、違う。こいつらのせいとはいえ、俺の部下が町中で暴れ回っただろ? だから、この町に居づらくなっちまった。だから、ブルースターみてえな都会に出ようと思ったんだ」

「……この列車に乗るのか?」

「ああ。正統な手順で切符を買ったぜ」

 ヴォルカニックは大きな手で握った紙切れを示してみせた。

「客車の一番後ろに乗っていろ。君は何をするか分からないからな」

「従う義務はないな」

 怒りがジェイムズの額に青筋を浮かび上がらせる。ひゅう、とヴォルカニックが口笛を吹いた。

「冗談、冗談。言うとおりにしてやるぜ」

 がらがらと笑い、ヴォルカニックが列車の後ろへ歩いて行く。彼が客車に乗り込むのを確かめてから、ジェイムズは前の三人がまだ檻車に乗っていないことに気づいた。

「何をしている。早く乗るんだ」

 レイニーの背に突きつけた銃をぐっと押しつけて急かす。

「そう言われても、前が動こうとしないんだ」

 男は無抵抗を現すように腕を掲げて見せる。確かに、彼の前ではサンディがクラウドにしがみついたまま震え続けている。

「……どうした。早くしろ」

 我ながら甘い、と思いつつも、ジェイムズはサンディに聞いた。

「あの人……」

 サンディの褐色の瞳は、ヴォルカニックが乗り込んだ客車へと向いている。震えながら、少女は驚くべき言葉を続けた。

「あの人が、あたしの家族……殺した、の」

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