ジャスティス
ジェイムズはその光景に愕然とした。
町の大通りが血で染まっていた。ヴォルカニックの手下たちが倒れふし、ぴくりとも動かない。悪党どもは宿に繋いだ馬に跨がろうとしている。
勢い込んでヴォルカニックの地下室を飛び出したはいいが、迷路のような裏路地を抜けるのに余計な時間をかけてしまった。悪党どもは町から逃げようとするはずだと判断して、すぐに繋いであった愛馬シルヴィアの元に駆け戻り、悪党を追った。そこで、町の出口にほど近いその通りに出くわしたのだ。
「ついに殺人か! こんな人数を!」
怒りで手綱を握る手が震えた。驚いたシルヴィアが鼻を慣らすので、なんとか頭にのぼった血を冷やそうと首を振る。
「やらなきゃ、やられていたんだ。許してくれよ」
馬に飛び乗った男が言う。その言い訳に、ジェイムズは髪が逆立つような怒りを覚えた。
「お前たちはいつもそうだ! 何か理由があれば、ザ・ロウを破ってもいいと思ってるのか!? 自分だけは特別だとでも!? アウトロウめ、お前たちのようなものが居るから、西部は変わらないんだ!」
ジェイムズは怒りに任せて、星のマークが刻まれた騎兵銃を撃ち放った。助っ人を待っている時間が惜しかった。
「くっ! 走れ、走れ!」
男が叫び、手綱を握った。怒りで狙いが定まらず、銃の中に込めた弾丸を撃ち尽くす。一発も当たらない。男だけでなく、少年と少女を乗せた馬が走り始める。その背中を撃ち抜いてやりたい。慣れているはずの弾込めが、やけに時間が掛かるように思えた。
「レイニー・ラヴァーズ! クラウド・ゴールドシーカー! 許さないぞ! 絶対に……絶対に!」
叫ぶ。あまりの怒りで、頭がどうにかなりそうだった。
「野郎、俺たちの名前を知ってるぞ!」
「サンディが呼んでたからな」
「あたしのせい!?」
悪党たちが相変わらずの様子で軽口をたたき合う。その様さえ、苛立たしく思えた。
確かに、少女が男たちの名前を呼んでいたのをジェイムズは聞いていた。目立つ連中だ、ファーストネームが分かれば、通り名を調べるのは造作もない。『狙撃銃と巨大な拳銃を持った悪党ども』と聞けば、すぐに答えが分かったものだ。
話を聞くと、滅多にカタギに手を出したりはしないようだ。同じアウトロウを殺して賞金を稼ぐのがもっぱらで、何百スミスもの大金を一晩でカジノで使い切った、女を追いかけて州を三つ横断したなどという話も聞けた。なかなか人間味がある奴かも知れない……なんて、少し思ったりもした。
だが、目の前で人を殺す姿を見せつけられ、その思いも吹き飛んだ。許せなかった。殺人だけは。それは、彼が連邦保安官になった根本の理由だった。
ジェイムズは、貧しい家の子だった。元の名を、ジェイムズ・ブランクという。東部はレッドウッズ州、リクライムシティの下層階級である。
レッドウッズは州規則により、学校を設立した。それは階級に関係なく、子供を通わせていい学校だった。リクライムシティは列車が必ず通る中継点として、大いに栄えていたのだ。
そこで、ジェイムズは誰よりも良い成績を挙げた。裕福な層の子供よりも、貴族の子供よりも。すぐに、子供に教えるための学校ではジェイムズが学ぶべきことはなくなった。
ジェイムズは特別に、州都ビッグツリーのある大学に通うことになった。わずかな荷物と姉が洗ってくれたハンカチだけを持って、初めて列車に乗った時の興奮は、今でも忘れられない。
ジェイムズは大学で必死になって学んだ。それは貧しい家族を救うためだった。だが、そのジェイムズを周りは疎んだ。大学では、下層階級の出身はジェイムズだけだった。そのくせ、金髪碧眼の端麗な容姿が、彼らの怒りをさらに煽った。周りから無視され、陰口をたたかれ、一層ジェイムズは勉学にのめり込むようになった。
そんな中でも、ジェイムズにも友人と呼べる相手ができた。名前はアシュトン・ジャスティス。彼はジェイムズより二歳年上で、連邦議員を父に持つ青年だった。議員の息子のくせに変わり者で、将来は技術者になりたいと語っていた。ジェイムズがその理由を尋ねると、
「列車ができたことで、東部は発展したんだ。西部にも鉄道を広げなきゃいけない。列車だけじゃない。東部にあって、西部にないものはたくさんある。それはいけない。どんな場所にいても、連邦市民が同じように暮らせるようにしなきゃいけないんだ」
そう、笑顔で語っていた。
アシュトンは、気晴らしに酒を飲むのが好きだった。州規則で未成年の飲酒は禁じられているとジェイムズは何度も注意したが、「これだけが楽しみなんだ」と言って、週末には酒場に繰り出していた。ジェイムズは仕方ないなと思いながらも、一方でいつか、自分が成人したとき、彼と一緒に酒を飲む日を心待ちにしていた。
その日も、ジェイムズは渋々といった体で彼を送り出した。彼は珍しく、出かける前にジェイムズを酒場に誘った。だが、もちろんジェイムズは断った。
その夜、アシュトンは死んだ。
酒場での言い争いが原因になり、その相手に撃ち殺されたらしい。刺激を求めるアシュトンは上流階級が集うパブではなく、下層市民がよく利用するサルーンに出向いていたのだ。アシュトンを撃ち殺した男が、悪魔の銃を持つアウトロウだと言うことを知ったのは、彼が墓の下に眠るようになってからだった。
なぜあのとき、アシュトンに着いていかなかったのか、ジェイムズは激しく悔やんだ。アシュトンほど優秀で、合衆国のためを思っていた人間も、規則を破ればあっけなく死んでしまうのだ。彼は法を、規則を破ることを激しく憎むようになった。そして何より、ザ・ロウすら平気で踏みにじるアウトロウの存在を駆逐すると、心に誓った。
ジェイムズはアシュトンの父親に、養子として迎えられた。もはや、誰もジェイムズをバカにはしなかった。代わりに恐れるようになった。ジェイムズにとって、大学の友人と呼べるのは最後までただ一人だけだった。
大学を卒業した後、厳しい訓練と、何十回もの試験を全てクリアして、連邦保安官になった。いまだ、成人していない。これほどの若さで大統領から星のバッジを受け取ったのは、合衆国史上でも初めてだった。
「そうだ。アウトロウを許すわけにはいかない……」
銃に弾を込めるわずかの間に走馬燈のように駆け抜けた記憶が薄れ、ジェイムズは現実へ引き戻された。シルヴィアがぴったりと無法者どもを追ってくれている。ジェイムズは左腕で手綱を操り、右手を突き出した。
「捕らえたぞ、悪党!」
足の遅い馬に向けて、銃を突き出す。少女が前に、少年が後ろに跨がった馬だ。少年の背中に向かって引き金を引いた。完璧なタイミングだった。
「うおっ!」
が、野性的な勘が働いたのか、クラウドが馬の軌道を横にずらした。弾丸が惜しくも外れる。
そして、ジェイムズは驚愕した。クラウドが手綱を切ったのは、弾丸をかわすためではないと分かったからだ。クラウドの向かう先、町の出口へ向かう道のど真ん中。弾丸が飛来するその方向に、人がひとり立っていたのだ。
「命中する……!?」
ぞっとしたものが、ジェイムズの背中を走った。
そこにいたのは、少女だった。白と黒のみで彩られ、肌のほとんどを覆うたっぷりとした衣装……すなわち、修道服に身を包んでいる。髪はすっぽりとベールに覆われているため分からないが、瞳の色は紫がかっている。女性にしては高い身長も相まって、教会に置かれる銅像めいた美しさが感じられた。
「危ない!」
放たれた弾丸の行く末を案じることしかできないジェイムズが叫ぶ。彼自身が放った弾丸が、その修道女に向けて飛んでいるのだ。
そして、彼女の行動はジェイムズの想像を遥かに超えたものだった。修道服の裾を跳ね上げ、手を伸ばす。白い腿が見えたと思った瞬間、底に異様なものがあることにジェイムズは気づいた。腿に巻かれたベルト。そこには小さなホルスターと、掌に収まるような小型の
ジェイムズがあっと思う間もなく、彼女はその拳銃を抜きはなった。一瞬の抜き撃ち。小ぶりな拳銃から放たれた弾丸が、ジェイムズの騎兵銃から撃たれた弾丸へ寸分違わず命中する。
弾丸で、弾丸を弾く。常識的に考えてあり得ない現象だ。しかし、それは現に目の前で起きていた。
「悪魔の銃……?」
ジェイムズは思わず呟いた。
「何だ!? 何者……」
言いかけたレイニーに向けて、修道女がそっと、花を捧げるような仕草で拳銃を向ける。そして、静かに引き金を引いた。
たんっ、という控えめな銃声。至近距離からしっかりと向けられて、狙いがはずれるはずがない。弾丸がレイニーの肩を貫いた。
「ぐ、あっ!」
悲鳴。レイニーの体がのけぞり、馬から転げ落ちる。
「レイニー!」
顔を腫らしたクラウドが振り返る。そこへ、ジェイムズが銃を突きつけた。
「動くな、ゴールドシーカー」
「チッ!」
「クラウド……」
「君もだ。馬車強盗、それに殺人の罪で逮捕する」
ジェイムズの銃口が、サンディに向けられる。細めた目が、油断なくふたりをにらみつけていた。
「ジャスティス連邦保安官ですね?」
か細い声で修道女が問いかけた。突然の闖入者に驚きはしたが、ジェイムズは、彼女が自分に敵意がないことを感じていた。とはいえ、アウトロウを見逃すわけにもいかない……複雑な状況だ。
「わたくしはメリンダと申します。ホワイト州保安官の命で、あなたを助けるようにと」
「何? じゃあ、ホワイト保安官が言っていた、助っ人というのは……」
「わたくしですわ。お役に立てたようで、光栄です」
メリンダは両手を猫の真似をするように丸め、胸の前で合わせる。教会の一般的な、祈りの形だ。
「法にまします我らが神よ。この出会いと、悪を捕らえることができます幸運に感謝いたします」
そして、再び銃を構える。地面に伏せたレイニーの頭に向けて、まっすぐに。
「やめるんだ!」
ジェイムズは叫んだ。アウトロウを憎んではいたが、他の者が彼らを殺そうとすると、なぜかそれをよしとは言ってはいけないような気がした。
「ですが、州保安官は生死不問と申されましたわ」
「生かしていても良いと言うことだ。僕のサポートに来たんなら、僕の指示に従うんだ」
「……承知いたしました」
メリンダは銃を引き、代わりにロープを取り出した。手早く、両手を後ろ手に縛り上げる。
「君たちも、馬から降りるんだ」
ジェイムズが銃を突きつけたまま、クラウドとサンディに告げる。クラウドは満身創痍、すでにジェイムズとメリンダのふたりを相手取る力は残っていなかったし、サンディはレイニーとクラウドを見捨てて逃げることはできなかった。
「明日の朝には列車が来る。君たちはそれに乗って、ホワイト保安官の居る州都ブルースターまで同行してもらうぞ」
ジェイムズはふたりに手錠をかける。
夕陽が沈みはじめていた。
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