BANG!BANG!BANG!
コートのポケットに紙幣と旧貨幣を満載して、通路を一気に駆け抜けたクラウドは、小屋の扉へ向かって跳び上がり、全体重をかけて蹴り開けた。
「うおらあっ!」
ボロ小屋の扉はその衝撃に耐えきれず、ばらばらに吹き飛んだ。衝撃でコインと紙幣が地面に飛び散るが、構っていられない。
「な、なんだ!?」
浮浪者を装った見張りがあっけにとられている間にクラウドは走り、路地へ飛び出した。
「無茶しやがる」
帽子を押さえてクラウドの後ろにつきながら、レイニー。クラウドは短距離走のように両腕を大きく振って走っている。コートがばたばたとなびく。
「奴の手下なんてゴメンだぜ。俺は自分の好きにやるのがいいんだ!」
競走馬になった気分で、曲がりくねった路地を走る。ヴォルカニックが身を隠すのに都合よく路地をいじったせいで、入るも出るも大変な、迷路のような道ができあがっている。
「止まれ、クズ野郎!」
どうやって先回りしたのか、男がひとり、銃を手に前方に飛び出してきた。
「走るのは得意だが、止まるのは苦手なんだよ!」
クラウドは叫び、その場で跳び上がった。扉を蹴り開けたのと同様、男の顔面に向かって靴底をぶつける。
「ぶげぇ!」
曲がりくねった路地が幸いし、男が狙いを定めるよりも先に跳び蹴りが炸裂した。仰向けにひっくり返る男の脇をレイニーがすり抜け、今度はその後をクラウドが追う。
「奴の勢力は州全体に広がっているんだぞ。逃げ切れるか?」
「なんとかすりゃあいいんだろ!」
ようやく路地を通り抜け、大通りにかけ出そうとした時。クラウドの眼前にレイニーの腕が伸びてきて、首を引っ掴んだ。
「ぐえっ。てめ、何しやがる!」
「素直に止まれるじゃないか。見ろ、危ないぞ」
レイニーが指さす先では、ヴォルカニックの手下どもが束になって大通りに歩き出していた。
「撃たれたくねえ奴は引っ込んでろ!」
ごろつきが空に向かって弾を撃つ。通り過ぎようとしていた馬が驚いて嘶き、大通りを歩いていた人々が隠れようとして肩をぶつけ合う。一気に町中に歓声混じりの喧噪が広がっていく。
悪党同士や、悪党と保安官の撃ち合いはよくあることではないが、珍しくもない。時たま起きるお祭りみたいなものだ。市民は誰もが退屈な日常に迎合しながら、どこかでスカッとする出来事や、自分が伝説的な事件の目撃者になれる日を夢見ているのである。刺激を求めている市民たちが、好奇の視線を家の中や樽の影から向けていた。
「チンピラどもめ、出てきやがれ! ぶち殺してやる!」
ごろつきが手に手に銃を構えて叫ぶ。レイニーは、じっとその様子をうかがっていた。
「チンピラはどっちだ、まったく」
「走ってりゃあ、案外当たらないもんだぜ!」
その脇でクラウドが両手を地面につけ、クラウチング・スタートの構え。
「おい、バカ……」
「こっちだ、ハロー!」
今度はレイニーの静止も聞かず、一気に駆け出す。オマケに声をあげてごろつきたちを挑発している。
「野郎!」
「撃て! 奴をやらなきゃ俺たちがボスに殺されるぞ!」
ごろつきどもが手に手に構えた銃を一気に撃った。足下の砂を弾けさせ、耳元を掠めて弾丸が飛ぶ。
「うひょう、誕生日でもねえのに、こんなにいらねえよ!」
クラウドは前転しながら積み上げられた木箱の裏へ。後を追って放たれた銃弾が箱の表面にいくつも穴を開ける。
「まったく……」
その間に、レイニーは背中の銃を構えていた。手近な樽の裏に隠れるついでに、その樽を支点に狙撃銃を突き出す。
コツは呼吸だ。吸う。吐く。体を動かすのは血液であり、血液の流れを操るのは呼吸なのだ。自分の血が青く、冷たくなるのをイメージする。完璧なタイミングでの呼吸が、男の体を震え一つ起こさない機械のように変えていく。
一度の呼吸で何百回も繰り返した精密射撃の勘を取り戻し、狙った通りの場所に向けて弾丸を放った。
「ぐあっ!」
ひどく乾いた銃声とともに、ごろつきの先頭にいた男の手首をぶち抜いた。自分の放った弾丸の行方を確認もせずに、レイニーはクラウドとは別の方向に走り、銃の中程にあるレバーを引いて不要になった薬莢を捨てる。レバーを戻せば、すぐに弾丸が中で装填されるはずだ。
「頼りになるぜ、ハニー」
エイミィと名付けた銃のグリップに軽く口付ける。その頃にようやく、ごろつきたちがレイニーの後を追い始める声が聞こえてきた。
「あっちから狙って来やがった。追っかけろ!」
銃をいつでも構えられるように両手で握ったまま、レイニーは大通りに面した建物へと飛び込んだ。
「きゃあっ!?」
甲高い悲鳴。着替えの途中か何かだったのか、肌も露わな女がぱっと胸を隠して背中を向ける。
「きれいな背筋だ」
レイニーはそっと告げてから、ドアにかける錠を拾い上げ、当然のようにそれを入り口にかけた。
「ちょ、ちょっと、やだ! どういうつもり!?」
若い女が顔を赤くして叫ぶ。安心させるように、レイニーは片目をつぶる。
「追われてるんだ。二階を使わせてくれ」
了解も取らず、階段を駆け上がった。
ごろつきたちはレイニーの狙撃で驚いたものの、それでクラウドを追いかけるのを諦めるわけもない。男達にも、悪党としての自負がある。ヴォルカニックの手下になれるほどの腕はあるし、何よりボスの命令を守らなければどうなるか分からない。
「お前達はあのガキを追っかけろ。俺たちはあの優男だ」
ごろつきの中のひとりが命令を出し、二手に分かれる。
「チッ、数がやっかいだな」
クラウドは物陰から物陰へ走りながら、後ろを振り返った。自分を追いかけているのは三人。レイニーのほうに四人。甘く見られているのはしゃくだが、とにかくこの三人をなんとかするしかない。
「まずは、威力の違いを教えてやらないとな」
ごろつきたちがクラウドを追いかけるのも、それぞれが樽や木箱の後ろ、あるいは建物の影に隠しながらだ。銃撃から身を守るためだ。
「俺のは効くぜ。若者の夢みたいにでけえからな!」
背中の拳銃を抜き、まっすぐに構える。両手で支えるのがやっとの銃をしっかりと握り、肘を伸ばし、クロコダイルが口を開くような心地で撃鉄を起こした。
銃声、というよりは爆発音と共に特大の弾丸が放たれる。ヘビー級ボクサーのパンチのような衝撃で、樽の後ろに隠れたごろつきを、樽ごと吹き飛ばした。
「何だ!? 爆弾か!?」
「違う、拳銃だよ! 見てなかったのか、ぼんくら! 悪魔の銃だ!」
「ぼんくらだと! てめえ、今生きてるのは誰のおかげか言ってみろ!」
残りのふたりが驚きの声を上げ、すぐにそれが罵り合いに変わるのを背中で聞きながら、クラウドは痺れる手に銃を持ったまま走る。
「てめえがぼんやりしてるから逃げるぞ! 撃て撃て!」
思い出したように後を追うごろつきたちが、走りながら銃を撃つ。だが、それで狙いが定まるわけがない。それはクラウドの足下をかすめ、あるいは軒を支える柱に当たる。
「ひゅう、おっかねえ」
胸がどきどきと鳴っている。命の危機だが、妙に高揚していた。
ごろつきたちは樽や木箱では身を守れないと判断してか、煙突のある家の影に隠れる。クラウドはそれを見て、思わずにやりと笑った。
「俺はお前らと違って、街の奴に嫌われても構わないんだよ!」
逃げるうちにしびれの取れた手で、がちゃりと銃を構える。ごろつきらが隠れた家の煙突に向けて、見上げるように撃つと、その衝撃で自分の体も後ろに倒れ込みそうになり、がんと背中を壁に打った。
「いっちち……どうだ!?」
見上げる。放った弾丸は、屋根の上に突き出た煙突の半ばにぶつか大穴を穿っていた。自分で自分を支えられなくなったレンガの煙突が、ぐらりと倒れ込む。
「畜生、正気か、あのガキ!」
ごろつきが吐き捨てる。倒れてくる煙突から身を守るため、表通りに飛び出そうとして……
「正気でアウトロウなんかやってられるかよ!」
その男の目前にクラウドが迫る。煙突を打ち抜くと同時、それが崩れてくる路地へ向かって飛び込んでいたのだ。
「狂ってやがる!」
「お褒め頂き、ありがとよ!」
男が銃を構えようとした。その動作の間に、クラウドが肩から飛び込み、体当たり。小柄だが十分に勢いの乗った突撃がごろつきの体を突き飛ばし、後ろの男へとぶつける。ふたりまとめて、壁に向かって打ち付けた。
「ぎゃぶっ!」
カエルのつぶれるような音を立てて、前になった男ぐるっと白目を剥く。その男は膝から崩れるが、ダメージの浅い後ろの男がすぐに戦意を取り戻した。
「ボクシング、好きか!?」
クラウドは叫び、“ドリーマー”を左手に持ったまま右手を振り上げた。
反射的に男が顔と腹を守るため、両腕でガードを作る。そこで、クラウドは遠慮なくその股間を蹴り上げた。
「がっ!」
短くも壮絶な悲鳴を上げて、男が倒れる。
「俺はあんまり好きじゃないな。足を使っちゃいけない理由がいまだに分からねえんだ」
折り重なってふたりが崩れるころ、どうと音を立てて煙突が崩れた。幸い、表通りに向かって崩れたので、クラウドや、男達が下敷きになることはなかった。
「さて、と、どうするかな」
銃を背負いながら、やるべきことを整理する。
「町から出て別の州に逃げるんだった。そのためには、宿まで戻ってサンディを連れ出さないと。でも、ヴォルカニックの野郎、まだ怒ってるだろうな。まだまだ手下が俺たちを追いかけてるだろう」
自分のコートのポケットはいまだに重い。コインと紙幣がたっぷり詰まっている。
崩れた屋根を見て、ふと閃いた。
「サンディの真似をしてみるか」
二階に駆け上ったレイニーは、窓をそっと開いて銃を構えた。自分を追いかけているごろつきたちが、飛び込んだ家に近づいてくるのを冷静に眺め、発射。急角度で、ごろつきのひとりが銃を持っている利き手を撃ち抜いた。
「ぐあっ!」
撃たれた男は右手から銃を取り落とし、砂の上に倒れてのたうち回る。
手を狙うのは、何も殺すのがかわいそうだからではない。けが人のほうが、死体よりも相手にとって面倒だからだ。西部では、銃はほとんど最強の武器と言える。悪党は皆、銃を持っているのだ。身を守るためには、銃を使うしかない。その銃が使えない状況にしてやれば、あとはわめいたり呻いたりするだけの役立たずができあがりだ。
だから、レイニーは腕を狙う。狙撃でもっとも楽なのは相手の体のど真ん中を狙うことだが、レイニーにはその必要は無かった。ある程度の距離までなら、どこでも狙えるからだ。
レバーを引いて薬莢を直す動作の間に、ごろつきどもが自分の居場所に気づいたのだろう。銃を上に向けて狙ってくる。素早く伏せて、弾をかわした。
「さて、どうするかな。もう楽には狙わせてくれないだろうが……」
ごろつきどもの声。「裏に回れ! 奴の逃げ道を塞げ!」
壁に体を擦りつけるように、レイニーからの射線を避けて男たちが家に群がる。面倒なことになった、と思った。
「ちょ、ちょっと、いきなり家の中に入ってきて……いったい、何なのよ!」
背後から女の声が聞こえた。この家に居た女だ。下着も付けずに上着を羽織って、とにかく文句を言ってやろうと階段を登ってきたのだろう。女中には見えないから、この家の若妻というところだろう。
「今、考え事をしているんだ。静かにしてくれないか」
「ここは私の家よ! いきなり入ってきて、そんな態度ってある!?」
郵便配達に吠えかかる番犬のように女が叫ぶ。レイニーは女を疎みこそしなかったが、これで奴らはここに上がってくるだろうな、と思った。
そのとき、窓の向こうで何かが動いた。ふと視線を向けると、その女よりも賑やかな少年……クラウドが通りを挟んだ向かいの屋根にのぼって、何かを叫びながら銃を撃ったところだった。
それはレイニーの居る家の正門でドアをこじ開けようとしていた男たちの背中にぶち当たり、家の入り口ごと崩壊させた。
「わ、私の家!」
あまりの出来事に後ろの女が呆然となるのが分かった。
「無茶をする奴だ。二度とこの町に顔を出せなくなるぞ!」
窓から顔を覗かせ、クラウドに向かって叫ぶ。クラウドは通りを挟んだ屋根の上で、にやりと笑った。
「構うもんか! とっとと逃げるぞ!」
堂々と叫ぶクラウドに、呆れるのも面倒になって、レイニーは女を振り返った。
「つれなくしたことは謝るよ。だが、家に入ったのも、彼が君の家を撃ったのも、仕方なかったことなんだ」
そっと頬に触れて囁く。呆然としていた女が、ハッとしたようにレイニーを見上げた。
「これで許してくれ」
そのまま唇を奪った。感触を楽しむ前に、階下ではごろつきどもが裏口を破って走り込んでくるのが分かった。
「ルージュを塗った君とキスできなかったのが残念だ。それじゃあ」
唇を離して、レイニーは窓の外に飛び出した。猫のような仕草で地面に降りた。クラウドの弾丸で粉砕された入り口は、そこに立っていた男と一緒に見るも無惨な状態になっている。
「おい、奴はどこに行った!?」
のぼってきた男たちが女に声をかけるのが聞こえた。返事はなかったが、女はおそらく自分が飛び出した窓を指さしたのだろう。足音が窓に近づいてきた。
「……彼女が傷つかなければいいんだが」
ぽつりと呟いて、レイニーは銃をまっすぐ、上に構えた。ごろつきのひとりが窓から身を乗り出す瞬間、レイニーは冷酷に引き金を引いてそのアゴを撃ち抜きながら、ちらりと見えた女の裸を思い出し、もったいないことをしたな、と思っていた。
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