チャンス
ジェイムズは、悪党の後を追ってこの街へやってきた。
目立つ連中だ。男は行く先々で女に手をつけるし、少年は巨大な拳銃を背負っている。さらに少女は大量の飯を食うのだから、その足跡を追うことは拍子抜けするほど簡単だった。
そうして辿り着いたこの町での目撃証言をたどったところ、どうやら男と少年の悪党二人連れとおぼしき連中が、裏路地へと向かっていったという。
勘を頼りにボロ小屋を発見したジェイムズは、こう考えた。
「こういう場所には、悪党が隠れていることが多いと聞くな……」
あくまで知識として知っていただけだったが、運よくもそれは正しかった。ラッキーヒットだが、運は努力する物に向くというのがジェイムズの信条だった。
堂々と小屋の中へ入ろうとしたのだが、なぜか小屋の前に居る浮浪者に止められそうになった。
「僕は連邦保安官のジェイムズ・ジャスティス。ここに悪党が隠れているはずだ。調べさせてもらおう」
そう告げた。小悪党どもの隠れ家に違いないのだから、恐れる必要などない。慌てて中に飛び込んだ浮浪者が、しばらくしてから中に案内してくれた。
かくして、クラウドたちが苦労して辿り着いたヴォルカニックの元へ、ジェイムズは幸運と猟犬のような鋭い嗅覚で辿り着いたのだ。
小屋の中には地下室へ降りるハシゴがあり、さらに長い一本道が伸びていた。道の左右にはいくつかの小部屋が並んでおり、ジェイムズが男に言って部屋をひとつずつ確かめてみたが、その大部分は小汚い寝室か物置だった。少なくとも彼が追っている悪党の姿や、悪事の証拠は見当たらない。地下に住んでいるだけだと言われればそれまでだ。
ジェイムズの銃を預かるなどとは言われなかった。だが、連中も銃を持っていることは明らかだった。追及はしない。まるで悪党の流儀だ。
「この場所には何人もの男が居るみたいだな……」
そう感じた。まだ助っ人とも会っていないのに、悪党の隠れ家に乗り込んだのは、いささか勇み足すぎたかもしれない。いやいや、連邦保安官である自分がこの街にやってきたことは多くの市民が見ている。彼らが自分を殺しでもしようものなら、州保安官に大規模な捜査をする理由を与えるのと同じことだ。さすがに、ここで襲われるようなことはないだろう。ここを出た後のことは考えなければならなさそうだが。
「ボス。入ります」
そうこう考えているうちに、奥の部屋に辿り着いてしまった。ジェイムズを連れてきた男が他の部屋よりも立派な扉をノックして開く。ジェイムズは自分を鼓舞して胸を張り、部屋の中へ入った。
部屋の中では、巨漢がひとり。三人掛けのソファに座っている。座っているのにこちらを見下ろすような体格と存在感を持った男だ。
「よお、連邦保安官様。俺様がガストン・ヴォルカニックだ。一体全体、隠居している小市民の所にどういう用事だい?」
巨漢が自分を指さした。テーブルの上には灰皿がひとつあるだけだ。吸い殻がくすぶって、細い煙が立ちのぼっていた。
「ガストン・ヴォルカニック。その名はホワイト保安官から聞いている」
「へえ」
ヴォルカニックがぴくりと眉を跳ねさせた。そして、大ぶりな口に熊のような笑みを浮かべた。
「どんな風に?」
「かつては凶悪な犯罪者だったと。今も抜け目ない男だが、以前のように表立って犯罪を犯すことはなくなっている。証拠を掴まなければ、捜査をすることもできないと」
「ははは! そいつは買いかぶりだ。今は犯罪に手を染めてなんかねえ。若い奴らがみんなで面倒を見てくれてるんだ。それだけさ」
「……そうか」
ジェイムズはヴォルカニックの顔を見つめて呟いた。抜け目ない男だというのは、どうやら本当らしい。それだけでなく、大胆だ。連邦保安官である自分を前にしてもなお、恐れるようなそぶりを見せない。
この男はどういうつもりだろうか。このアジトの中で連邦保安官が死ぬようなことがあれば、ヴォルカニックにとっても危険だ。だが、ここを出た途端、追っ手を差し向けてくるかも知れない。自分の安全が確信できるのは、このアジトの中に居る間だけだ……妙な感覚だったが、ジェイムズは前向きに捕らえることにした。
すなわち、ここにいる間なら全力で捜査できる、ということだ。
「今日は、君のことを調べに来たわけじゃない」
「じゃあ、どうしたってんだ?」
「二人連れの悪党がここに来たはずだ。一人は狙撃銃、一人は拳銃の形をした悪魔の銃を持っている。僕は今、その二人を追っているんだ」
「仕事熱心だねえ。好きな飲み物はなんだ? コーヒーか? コーラか? 煙草は吸うかね?」
「質問に答えろ」
ソファにどっかりと座ったヴォルカニックがにやにや笑いを浮かべている。ジェイムズは耐えかねてかかとを鳴らした。
「あいにく、ここはこの部屋と、奥に俺様の寝室があるだけさ。その連中を隠せるような場所はないんだ」
「……その寝室も見せてもらうぞ」
「お好きにどうぞ」
ヴォルカニックが立ち上がり、部屋から唯一奥に通じる扉を開いた。
その様子を、クラウドとレイニーはこっそりとうかがっていた。
「……本当にあるんだな、こういうのが」
真っ暗な部屋の中、ぽつりとクラウドは呟いた。
隠し部屋だ。ヴォルカニックの背後にあった、酒瓶の入った棚の裏側の隠された空間である。つべこべ言う暇もなく、ふたりはヴォルカニックにこの部屋に押し込まれたのである。
「あの坊ちゃんマーシャルがこの部屋に気づくってことはないだろう。このまま隠れて様子をうかがっていれば大丈夫だ」
コーヒーカップとジョッキを持たされたままのレイニーが声を殺して答える。カップの中身をゆっくりとすすった。
「ヴォルカニックの話、本当だと思うか?」
真っ暗な部屋の中、クラウドは思案げだ。
「作り話にしか聞こえないが、他にそれらしい理由も思いつかないな。宿に戻って、サンディに聞きたいところだ。彼女の部族の秘密をな」
「本当だとしたら、俺たちがここから出してもらえるとは思えないな。ヴォルカニックの手下にされるか、口封じに殺されるかだと思う」
レイニーが目を細めるのが、気配で分かった。
「道理が分かるようになってきたな。どうする?」
「とりあえずは、奴の手下になるのも悪くないかもな。サンディが本当に儲け話のネタになるなら、やつについていったほうがいい。いざとなったら、裏切って別の州にでも逃げりゃあいい」
「おや。サンディをヴォルカニックに売っていいのか?」
「金になるならな。連れて歩くだけで金が減ってくんだぞ」
ぼそぼそと二人が囁きあう。臨時の作戦会議だ。
「反対なのか?」
「まさか。おれとしても、ヴォルカニックがその知られざる金属とやらを手に入れてどうするのか、興味がある。それが分かるまでは、付き合うのも悪くない。ただ、お前はもう少し、彼女のことを気に入ってると思ったんだ」
意外そうな様子で、レイニー。クラウドもまた、意外そうに肩をすくめた。
「俺が? なんで、あんな女に。金にもなりゃしないのに」
「分かった。そういうことにして話を進めていこう」
「あのな……」
「他に手段はないか? 奴の手下にならず、命も助かる方法は?」
クラウドの物言いたげな声を遮って、レイニーが思案する。
「知られざる金属について、すぐに分かれば……奴に付き合って手下になる必要はない。サンディをつれて、おれたちがその金属とやらを手に入れる事もできるはずだな」
向こうの部屋では、ジェイムズとヴォルカニックの声が聞こえている。自分たちの姿が見つからず、ジェイムズは苛立っている様子だ。
あまり派手な物音を立てることはできない。クラウドは庭でじっとしている犬のようにぐるぐると動き回りたくなる衝動を抑えていた。
「けど、レイニー、どうやって知る?」
「ヴォルカニックが見たっていう、研究資料でもあれば分かるんだろうが……」
「慎重なあいつのことだ、それだけ大事なモノなら、他の奴には見つからないところに隠してるだろうし……」
そこまで言ってから、ふと、クラウドは別の疑問を思いついた。
「……タバコぐらい、吸えるだろ? なんで吸えないフリをしたんだ?」
「何が仕込まれてるか分からなかったからな。それに、あいつが言ってきたことに何でもイエスと言うと思われたら、舐められる」
「ふうん、なるほどな」
クラウドは状況に飽きて座り込んだ。ちゃり、と尻の下で音がなった。その音に、二つ名の通り、金の気配を感じたクラウドの眉がぴくりと跳ねた。
「……火、あるか?」
「静かにしろよ」
「いいから」
口論するよりは早いと判断して、レイニーは懐からマッチを取り出した。クラウドはそれを壁に擦りつけ、火をつける。
小部屋の中を、小さな火が照らし出した。どうやら、ここはヴォルカニックのお宝保管庫だ。スミス紙幣に旧貨幣、宝石や絵画まである。
「見ろよ、俺の勘って頼りになるな」
クラウドが一角にあるものを指さした。紙束だ。賞金首の顔を描くような羊皮紙ではなく、木質紙である。
「……ワーオ」
レイニーは思わず感嘆の声を漏らした。
紙束のはじめに、『悪魔の銃に関する報告』という簡潔な題が打たれていた。
寝室にはヴォルカニックの体格にふさわしい大きなベッドと、悪趣味な道具の数々があった。ジェイムズはそれらをどう使うのかは知らないが、想像するだに不愉快な方法に違いない、と思えた。
「手にとって確かめるかい?」
下卑た笑いを浮かべて、ヴォルカニックが問う。ジェイムズは答えるのすら不愉快で、首を振った。
「これで分かっただろう。ここにはそんな悪党どもをかくまう場所がないんだ。あんたはまだ若いみたいだから知らないかも知れないが、言いがかりで人の家の中に入り込むのは、いくら連邦保安官でも……」
そう、ヴォルカニックが言いかけた時。
どかん、と爆弾のような音がその言葉を遮った。続けてガラスが割れる音や木が砕ける音が何重にもなって響く。
「何だ!?」
思わず肩の騎兵銃に手を伸ばしかけながら、隣の部屋をのぞき込む。
部屋にはもうもうと粉じんが巻き起こっていた。部屋の一角にあった、酒を並べていた棚が粉々に吹き飛んでいる。その裏から、何かが飛び出してきた。
「イヤッホー!」
歓声を上げるのは、見まごうはずもない、馬車強盗の二人連れだ。ジェイムズは反射的に肩の銃を構えた。だが、粉じんの中で狙いが定まらない。男たちが足音と、「ちゃりちゃり」という音を立てて逃げ出していく。
「隠していたな!」
「知らねえよ、勝手に入り込んで隠れてたんだろ」
ヴォルカニックは驚きながらも、苦しい言い訳とともに首を振る。
「畜生、君のことは後で追及させてもらうぞ!」
ジェイムズは保安官らしからぬ罵声を口にしながら、ふたりの後を追って走り出した。粉じんが立ちこめる部屋の中をくぐり抜け、通路を走る男たちの背中に向かって撃つ。
だが薄暗い地下通路でうまく狙いが定まらない。さらには、騒ぎを聞きつけたヴォルカニックの手下たちが通路の左右から扉を開いて飛び出してくる。さすがに、こちらから彼らを撃つわけにはいかず、騎兵銃を肩に担ぎ直す。
「どけ、連邦保安官だ! どけ!」
その男たちを押しやりながら、ジェイムズは走る。その背中を、ヴォルカニックは眺めていた。
「したたかな連中だ、隙を見て逃げ出しやがったか」
「追いかけなくていいんですか?」
手下の一人が、うかがうように聞く。
「奴らの宿を押さえさせてある。今慌てて捕まえなくても、どうせ遠くまでは逃げられやしねえ。後で保安官から突き上げがあるだろうが、無関係を主張すれば……」
ふと、ヴォルカニックの目が大穴を空けられた棚へと向いた。手下も知らない隠し宝物庫。そこに積まれていた旧貨幣コインと、命がけで手に入れた研究資料がごっそりとなくなっている。
その瞬間、ヴォルカニックの頭に血が上った。部族娘を運んでいた連中が間抜けな報告を聞かせ、全員を蜂の巣にして殺した時と同じように、ぶちりとこめかみ当たりで何かが切れる音が聞こえた。
「俺様の金を盗みやがった! 今すぐ追え、保安官の対処は後でやる。とにかく連中をとっつかまえて殺せ!」
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